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  メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期)
笹井明子    −    2018/08/01 04:09:57
既存のスレッドに当てはまらない「つぶやき」を投稿する場です。普段発言をしていないメンバーも、夫々の都合に合わせて、「毎日いちどは」「毎週いちどは」「毎月いちどは」投稿しましょう!
0001 メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期) 笹井明子 08/01 04:09
 
既存のスレッドに当てはまらない「つぶやき」を投稿する場です。普段発言をしていないメンバーも、夫々の都合に合わせて、「毎日いちどは」「毎週いちどは」「毎月いちどは」投稿しましょう!
 
0002 翁長知事の憤死 流水 08/10 16:18
 
翁長沖縄県知事が亡くなった。享年67歳。早すぎる死だった。

今年の沖縄の慰霊の日。翁長知事の痩せ方が気になった。立っているのも苦しそうに見えた。相当、病魔が進行していると感じていたが、やはり持たなかった。

翁長知事は、保守政治家の家に生まれ、保守政治家として生きてきた。ただ、沖縄辺野古基地の移設に関しては、断固反対の姿勢を貫いてこられた。

「イデオロギーよりアイデンティティの問題だ」という翁長知事の主張は、多くの沖縄の人々や心ある本土の人々の心を捉えた。

わたしは、翁長知事の主張を一番重く受け止めなければならないのは、リベラルを自称する本土の政党や組合、文化人ではないかと考えている。

イデオロギーの問題を考えるとき、そのイデオロギーを血肉とするためには、自らのアイデンティティを掘り下げなければ決して本物にはならない。

自らのアイデンティティを真剣に見詰め、掘り下げれば堀り下げるほど、その実現のための方策が見えてくる。そこで初めてその実現の一手段としての「イデオロギー」が浮かび上がってくる。

この順序を間違ってはならない。「逆もまた真なり」は成立しない。

巷間、左派の退潮は、ソ連の敗北による冷戦終了のためだ、と言うのが定説のようだが、わたしは左派の多くの人が、自らのアイデンティティに真剣に向き合うという当たり前の思想の手続きをおろそかにしたのが最大の要因だと考えている。

だから、その時々の政治課題にアクロバティックに飛び移り、気が付いた時には、自分たちの足場が完全に崩壊していたのである。

翁長知事は違った。

沖縄県が辿った苦難の歴史を踏まえ、辺野古基地建設を進める国(安倍政権)の不合理、不条理を厳しく指弾し、自らの命を賭して戦った。

このような不条理を認めることは、「沖縄のアイデンティティを捨て去ることだ。それは決して許されることではない。ありとあらゆる手段を駆使して反対する」という姿勢を貫いた。

翁長知事の奥さんが、「高校時代、これほど勉強していたら、俺は東大に入った」と翁長知事が語っていた、と笑い話のように話していた。知事は帰宅してもそれほど懸命に勉強し、ありとあらゆる手段を尽くして、沖縄県のために戦っていた。

知事の頭は沖縄の事で一杯であり、休まる暇はなかったはずである。

●「東アジアをめぐる安全保障環境は大きく変化し、緊張緩和に向けた動きが始まっている」
●「20年以上も前に合意した辺野古移設が普天間問題の唯一の解決策と言えるのか」
●「辺野古に新基地を造らせないという私の決意は県民とともにあり、微塵も揺らぐことはない」

「慰霊の日」に語られた翁長知事の言葉である。すい臓がんに冒され、やせ衰えた姿になりながら、自らの命を削るように語られた翁長知事の信念が滲み出ている言葉である。

同じ日に読まれ、全国の心ある人々を感動させた中学生相良さんの詩とともに、長く人々の心に刻み込まれていくであろう。

この「慰霊の日」に見られた姿が、人間の歴史継承の正しいありようだろう。

翁長知事のご冥福を心よりお祈りいたします。 合掌。
 
0003 文部科学省不祥事をどう読むか? 流水 08/13 17:03
 
(1)底なし沼の不祥事拡大

文部科学省不祥事から東京医科大学の入試不正、女子入試差別と問題は拡散する一方である。こうなると、森友問題、加計問題における財務省の公文書改竄、厚労省のデータ改竄などが霞んでしまう。

岡山・広島・愛媛などの水害被害における安倍晋三の不作為の罪もあまり追及されない。

誰の心も打たないばかりか、あまりの不誠実な態度で被爆者の怒りを買うだけの広島・長崎の安倍晋三のコピペ演説。グテーレス国連事務総長の真摯な態度と比較して、これが唯一の被爆国の総理の演説かと情けなくて涙も出ない。

加えて、杉田水脈とかいう馬鹿な代議士のLGBT差別問題。さらに、キャラの際立つボクシング連盟の木村明会長の連名の私物化問題など、あきれ果てる不祥事が枚挙に暇がない。

以前にも書いた事があるが、まさに【箍が外れた】状況とは今の日本を指すのだと思う。

(2)不正を見逃す、見て見ぬふりをする論理と心理

1970年代から80年代にかけて「荒れる中学」時代があった。教師に口を荒らす。授業を平気で抜け出し校内を徘徊する。注意すると平気で暴力を振るう。なめられた教師の授業では、生徒が平気で立ち歩く、私語が止まらなく、全く授業が成立しない。

なめられた教師の言う事など誰も耳を傾けない。校舎は壊す。特に、トイレの破壊は酷かった。暴力沙汰、いじめ、差別は当たり前。警察用語でいう「不純異性交遊」など日常茶飯事。中には、昼日中、校内でいちゃつくあり様。

実は、校内がこのような状況になるには、そんなに時間はかからない。一人の突出した暴力的体質の生徒が現れると、一気に校内が荒れた状況になる。

教育委員会にしろ、学校にしろ、教師にしろ、彼らは全て【公務員】。暴力に暴力で対峙するのを好まない。もし、本気で殴り合いをして、生徒を怪我でもさせたら、下手をすると懲戒免職。軽くても教育委員会の懲戒は避けられない。

そして、たいていの場合、そのような生徒の親は、学校教師に対する敵愾心が顕著。「うちの子供が悪いのです。」とはならない。こうなると、「触らぬ神にたたりなし」の心境になっても不思議はない。

ところが、学校には突出した生徒だけがいるのではない。そうでない普通の生徒が大半。多数の生徒が彼の暴力的行動を苦々しく思っていたとしても、教師や学校が何も手を出せないと知ったら、学校教師に対する信頼は一気に地に堕ちる。この心理的影響は、皆が考えるよりはるかに大きい。

心理的に言うと、「あいつがあれだけの事をしてもどうにもならないのだから、少々俺が悪いことをしても良いだろう」となる。

ところが、教師の中には、暴力的な子供に対しては、叱れないが、そういう生徒に対しては強く注意する人間がいる。そうなると、教師に対する信頼はさらに落ちる。「強いものには注意できないくせに弱い者には偉そうに注意するのか」となり、さらに学校は「荒れる」。

(3)魚は頭から腐る;腐敗のメカニズム

現在の日本で進行しているのは、まさにこの状況。何年来、わたしが言い続けている【魚は頭から腐る】というのは、このような状況を指す。

翁長知事への追悼文の中で、「イデオロギー」が先行して、「アイデンティティ」の追及を忘れた政党などを批判したが、学校のアイデンティティは、【生徒が安心して学べ、安心して自らを表現できる場所を確保する】ところにある。

その為に何をどうするかを必死で考え、実践しなければ、学校も教師も存在する価値はない。単純な非暴力の論理は、上記のような荒れた学校では通用しない。

★非暴力の思想

「非暴力」を追求するなら、荒れた子供の前にたち、殴られ、蹴られ、多少の怪我をしても【あなたが間違っている】と注意しなければ、非暴力の思想は貫徹できない。

中学生といえ、図体はでかい。180cmクラスの男の子が本気でつかみかかってきたらどうするのか。口で非暴力を唱えるのは難しくないが、現実のこのような場面でどうするのか。この問いは非常に重い。

現に、生徒から暴行を受け、入院したり、教職を続けることに自信を失い、退職した教師は多数いた。言葉で言うのは簡単な「非暴力」が、自らの存在を賭けた思想となっているかどうかを試される。そういう厳しい状況に置かれる。

わたしが現役教師だった時代、このような場面で生徒の前に立ちふさがった「非暴力」が信念の教師はわずか2人。わたしは彼らを大変尊敬している。

非暴力が信念のマハトマ・ガンジーもキング牧師も暗殺された。非暴力は、最後は自らの死で貫徹しなければ、本当の意味での思想の重さを実践できない。こういう厳しい思想である。

わたしは、非暴力の思想を貫く人を尊敬する。わたしには黙って殴られる度量も覚悟もなかった。だから、もし、自分に手を出して来たら、有無を言わさず徹底的に反撃する覚悟で生徒に対峙してきた。

さいわい、その覚悟が生徒に伝わり、大きな問題になる事はなかったが、本当は非暴力の覚悟と信念が最大の抑止力だという考え方は変わらない。

★ひたすら「嵐」過ぎるのを待つ=大人の知恵

しかし、「荒れる中学時代」の教師の大半が、ひたすら自分を傷つけないように(暴力被害もそうだが、感情に任せたつまらない暴力をふるわないように)息を殺して生き抜いてきたと言って良い。こういう状況下でつまらない男気など見せたら自分が損をする、という大人の知恵である。

★強権的支配 「力こそ正義」⇒「管理教育」へ

ところが、そんな中、多少のリスクは覚悟で、生徒を力でねじ伏せる教師もいた。そういう教師の力で抑え込む生徒指導が功を奏して荒れの鎮静化に成功した学校もかなりあった。そういう学校では、【力こそ正義】の論理が正当化された。

そんな学校で次に来るのが、一部の教師だけが権力を握り、物言わぬ生徒と物言わぬ教師を支配するがちがちの【管理教育】である。特に力で抑える生徒指導の教師が権力を握った学校の【管理体制】は強烈。それこそ、髪の長さから、スカートの長さに至るまでがちがちに管理した。

ものさしを持って生徒の髪の長さやスカート丈を図る。こんな馬鹿げた行為が好きな人間はいない。しかし、これを真剣にやるように強制されるのが【管理教育】。大多数の教師が疑問を持ち、大多数の生徒たちが反感を持つ。しかし、それを口にしたり、態度で表したりすると、学校での居場所がなくなる。

こういう学校で横行するのが、陰湿な「いじめ」と「理不尽」な命令の横行。この場合、「いじめ」は生徒だけではない。管理職などによる教師へのいじめも横行する。日大的体質そのままの現場である。典型的体育会的体質と言って良い。良心的教師たちは、またまた沈黙を余儀なくされる。

「体育会体質」が強い財務省のセクハラ問題もこの文脈で説明できる。

日本ボクシング協会の理不尽さは、おそらくこのようなメカニズムで実現した。山根某の理不尽さばかりが強調されるが、こういうモンスターを生み出す土壌が協会内部にあったに相違ない。

★自民党内の沈黙⇒自己保身以外語るべき言葉を持たないヒラメ集団⇒無責任集団へと変身

安倍晋三の無茶苦茶な「権力私物化」に物申さない自民党の政治家たちのだらしなさは、おそらく「荒れた中学」時代の教師たちの心理と同じだろう。

二階や麻生太郎が石破茂を口をきわめて批判していたが、一言で言えば、俺たちがどうにかこうにか抑え込んでいる自民党内の力学を乱す奴はけしからん、と言っている。要するに、二階や麻生たちにとって、予定調和的静穏さが最も心地よい。その静穏さを乱す奴は、許さない、と言っている。

二階や麻生などは、権力の「私物化」も、お友達優遇も、全て権力者の特権だと考えている。彼らには【公共】という概念も【公】という概念もない。あるのは、【権力=公】という概念のみ。だから権力に歯向かう奴は、全て【公】に歯向かう奴と言う事になる。

しかし、彼らの批判の節度の無さが現在の自民党執行部の危機感の表れだと読める。彼らも、自民党内や地方に広がるじめじめとした湿気のような「安倍批判」や嫌悪感を何となく肌で感じているのだろう。こういう澱んだ「空気」が彼らを苛立たせている。

自民党の場合、「荒れる生徒」に当たるのが、日本会議などを中心とするネトウヨと考えればよい。しかも、安倍首相を始めとする政権幹部には、ネトウヨと変わらない感性の連中が多い。

うっかり彼らを非難したり、叱責すると、味噌も糞も一緒にした理不尽な反撃の嵐が見舞うだろう。亡くなった翁長知事や米軍ヘリコプターの窓枠が落下した小学校に対する理も非もない攻撃。現在の石破茂に対する攻撃を見れば一目瞭然。まさに、精神的暴力以外の何物でもない。これに耐えるのは、相当タフな精神力がいる。こういう連中を相手にするのは本当に面倒だ。

まして、政治家には選挙がある。どんな邪魔をされるか分かったものではない。黙って嵐が通り過ぎるのを待つのが得策。終わった後に、実は俺は反対だった、と言えば良い。

これには前例がある。東京裁判の時、「実は俺は日独伊三国同盟には反対だったが、空気を読んで賛成した」と述べた閣僚がいた。山本七平はこの逸話から【空気の研究】を書いた。

この種のずる賢さは、別に政治家でなくても、日本人の得意技。日本のあらゆる組織、会社、組合、官庁など至る所にいる、と考えていい。

小沢一郎がこのような自民党政治家に対して厳しい批評を下していたが、彼などには信じられない感性だろう。

・・「憲法が嫌いで、国会も嫌いで、親友のために特区を悪用し、国有地の不正売買では現場に犠牲者も出ていて……」と、安倍晋三首相が強い意欲を見せる憲法改正、批判が高まる加計学園問題、森友学園問題を指したと思われる批判を展開。その上で「『権力の私物化』を公約にでもするのだろうか」と安倍首相を痛烈に批判した。
 
4日にも「それにしても不思議である。この総理が自民党総裁選で圧勝の勢いだそうである。自民党議員は一体どこをどう見て支持しているのだろう。国会をだましにだます虚偽工作や改ざん、お友達のための特区の悪用に国有地のたたき売り。裸の王様と実はわかっていても、保身のために支持をする。一番悪質である」(日刊スポーツ18年8月10日)』・・・・・・

(4)文科省職員逮捕の政治的深層

★巷間、囁かれているのが、文科省解体の狙い。安倍政権に叛旗を翻した前川前事務次官への報復説。

安倍政権もそうだが、自民党右派の連中は、教育への介入が彼らのレーゾンデートルと言ってもよいくらい大好き。特に自民党「清和会」=(現在の細田派)は、昔から文部省の族議員の巣窟。神の国発言の森喜朗元総理大臣もそう。安倍の腰巾着下村前文科大臣もそう。要するに、文科省の教育政策を捻じ曲げてきたのも彼ら。今や、文科省は彼らの支配下にあると言って過言ではない。

戦後、GHQは、【修身】(戦前の道徳教育)を軍国主義教育と考え、授業を廃止した。ところが、いわゆる「逆コース」と呼ばれた教育の戦前型復古運動の中で、理性ある社会人を育てる「道徳」として復活したのである。当然ながら、日教組などは大反対。侃々諤々の大論争が行われた。

そこで落としどころとして、道徳教育は、学校の教育活動全体を通じて行うもので独立した教科ではない。その為、副読本は、現場の学校の裁量に任せられていた。(戦前型修身のような押し付けにならないようにと言う配慮)

しかし、小学校は今年から、中学校は、来年度から、道徳教育は教科として位置づけられた。その為、評価や副読本の教科書化が始まる。

道徳を評価するなど、戦後教育の原点から考えると、ナンセンスの一言。権力者の都合の良い人間を育てるための道具にしかならない。道徳副読本の教科書化は、政府に都合の良い教材しか教えられない事になり、国家主義的教育の温床になる。(例;安倍晋三が教科書に載るという話もある)

このように教育の反動化は着々進んでおり、そのためには文科省をなくすのは時期尚早。この説は同意できない。

◎逮捕された人物の出身官庁に秘密がある。

佐野太⇒科学技術政策局長 ※ 受託収賄(裏口入学)疑惑
川端和男⇒国際統括官 ※JAXA出向中の業者による140万円接待疑惑
この接待に戸谷一夫文部事務次官も同席⇒事情聴取されている

この三人の出身官庁は、【科学技術庁】。三人とも、原子力発電や宇宙開発の大型予算を担当していた。2001年の省庁再編により、文部科学省に入り、出世街道を歩んできたという共通点がある。

TVで寺脇研氏が、今回の不祥事をさも「汚いものを見る」ような口調で厳しく批判していたが、文部科学省内部に旧文部省と旧科学技術庁との間の確執と文化の違いがある事がよくわかる。

寺脇研氏は、旧文部省出身。彼の倫理からすれば、裏口入学など文部官僚としては、絶対やってはならないイロハのイ。裏口入学は、教育の公正、公平を崩壊させる自殺行為。これをやれば、文部省に対する国民の信頼が地に堕ちる。文部省の役人は、この倫理を徹底的に叩き込まれていたはず。

これから考えれば、佐野氏の行為は、信じられない。しかも、将来の事務次官候補とされたエリート官僚が、である。

ところが、科学技術庁出身者の文化からすれば、それほどおかしくはない。

もともと科学技術庁は、1956年の原子力委員会発足に伴い総理府外局として設置。
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/ugoki/geppou/V01/N02/19560615V01N02.HTML

組織と予算の半分以上は原子力関連で、それにロケット宇宙開発、海洋開発を科学技術発展の名目で担当。政財官学原子力村形成の中心的役割を果たしてきた。
※ニッポン原子力村相関図 東洋経済
https://ameblo.jp/4matic/image-10872833675-11188347026.html

この原子力村こそ、天下りの宝庫であり、様々な利権が渦巻く温床。

※原発関連団体は「天下り」の巣窟だった
2011年3月29日(火)10時0分配信 日刊ゲンダイ 
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/gendai-000141119/1.htm

※天下り先リスト
原子力関連機関 
国・公立研究機関 
http://www.jaif.or.jp/ja/link.html#org

これらを見ていると、旧科学技術庁の文化が、旧文部省の文化とは【水と油】。全く違う事がよくわかる。

今回の不祥事はこの文脈で読まなければならない。同時に文部省と科学技術庁の合併は、いわば「小が大を飲み込む」合併。例えば、文部事務次官は、文部省と科学技術庁の「たすき掛け」人事。一期ごとの交代人事。

曲がりなりにも、明治以来、存続してきた文部省のトップを後から合併してきた科学技術庁と折半するなど普通なら考えられない。文部省生え抜きの人間からすれば、冗談ではない、と言う事。

それが堂々と「たすき掛け人事」が行われている、と言う事は、文部省の方針が、根元のところで変わってきているという証左でもある。

では一体何があったのか。

一橋大学名誉教授加藤哲郎氏は、「大学のグローバル化と日本の社会科学」という論文の中で以下のように分析している。
file:///C:/Users/owner/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/ONRG6VYC/daigaku.pdf
・・
「文部省は伝統的に「科学技術研究の組織化」の領域が手薄だった。この手薄な領域に科学技術庁職員が食い込んだ。

もともと、科学技術庁の仕事は、巨額な予算と民間企業の利権やブローカーが暗躍する原子力開発とロケット開発(※いつでも核兵器と核兵器を搭載できるミサイルを持つことができる=潜在的核武装)を国策として推進してきた。

その「国策」に役立つ限りで、大学の原子力・宇宙海洋研究も巨額のプロジエクト型予算と研究利権で組織化してきた。

もともと手薄な「科学技術研究の組織化」に科学技術庁の官僚が食い込み、科学技術庁型期限付きプロジエクト研究・予算配分・競争的研究資金配分と経済界の要請に応える実践的労働力要請教育を差配した。

これが現在の大学の学問的荒廃と基礎研究の衰退を招いた」・・・・

加藤教授の分析は出色のもので、これまで散々指摘されてきた日本の大学の学問研究の荒廃と基礎研究の衰退の要因を、文部科学省の合併により、産業界の要請に唯々諾々と応じる官僚の跋扈と「学問の自由」を大切にし、時の権力とか産業的理念の押し付けから独立した文部行政をしようとする伝統的文部官僚との相克が真の要因であると考えている。

今回の文科省官僚の不祥事は、この文脈で読まなければ本当のところは見えてこない。

★政府・法務省の真の狙い(ファッシズム支配の完成)

問題は、旧科学技術庁が代表する行動様式による文科省の教育・研究支配が、安倍政権によるファシスト型官僚支配、軍事化政策による強力な後押しがある事。

今回の不祥事摘発が、科学技術庁型行動様式の一掃につながるのではなく、文科省の完全支配につながる可能性が高い。

理由は明白。2014年の「内閣人事局」発足により各省庁次官など600人の幹部人事局を官邸が掌握。これによる官僚支配の変化を【静かなる革命】と呼ばれる。同時に、内閣官房や内閣府に優秀な官僚が集中し始めた。

こういう変化の中では、もともと弱小官庁だった文部科学省などひとたまりもなかった。

科学技術庁出身者が台頭し、旧文部官僚の希望の星だった前川喜平氏などは、内調による個人情報を握られ、追い落とされた。前川氏の叛乱にはこのような背景があった。

「巨悪は見逃さない」 過去の栄光などとっくの昔に雲散霧消し、安倍ファッショ政権の露払いに甘んじている東京地検。本来なら、多くの国民から拍手喝采されるべき今回の捜査だが、現在の政治状況の中では、本丸である安倍晋三の森友・加計疑惑、財務省の公文書改竄・セクハラ・スキャンダルから世論の関心をそらし忘れさせるためのスピン手法だと言われても仕方がない。

それだけ、司法行政や裁判におけるファシズム的様相が濃くなっていると考えられる。
 
0004 日本支配層の底無しの腐敗 流水 08/21 20:08
 
相撲・レスリング・アメフト・ボクシング。スポーツ界のスキャンダルが止まらない。東京医科大学の入試不正疑惑は、底なし沼の様相を呈し始めている。

日本の各層で噴出し始めたスキャンダルは、この国の支配層の底無し沼のような腐敗と人間としての劣化を容赦なく露呈し始めている。

その中で安倍晋三首相は、平成天皇退位に基づく恩赦にかこつけて、佐川前国税庁長官の公務員懲戒の軽減を言い始めている。あまりにも見え透いた論功行賞。こういう不正義(悪と言って良い)が白昼堂々と行われている日本では、国民や社会が腐るのも無理はない。

悪とは何か。
「悪と言うものがどこかにあるわけではない。醜いものが悪ではないし、邪道が悪ではない。真実でないものが悪でもない。空虚も悪ではない。災害も悪ではない。
悪は何かに固有のものではない。
悪はただ、そこに自由がある時に存在する。
人間の自由意志。この意志だけが、悪であることができるものなのだ」(ヴィトゲンシュタイン 哲学)

ヴィトゲンシュタインの説を信じれば、現在行われている政治の悪は、安倍晋三や取り巻き連中やお友達の「自由意志」の発露だと言う事になる。完全な「確信犯」だと言う事である。

数年前からこの掲示板で指摘し続けた【魚は頭から腐る】が、日本の支配層の骨がらみの問題として浮かび上がってきた。この国の支配層(エリート)の眼を覆わんばかりの劣化と腐敗は、完全な確信犯の行為だと言う事になる。

こんな支配層が支配する国に、未来はない。

日大アメフト問題で浮かび上がった田中理事長の恐怖支配やボクシングの山根会長の言動に象徴される理不尽な力による支配の共通点は、突出した個人の力を背景に、それをさらに増幅し、さらに過激にし、直接的に下の者へ降ろす【取り巻き連中】の存在である。

昔から言う【虎の威を借るキツネ】の存在。彼らの存在が際立ち始めると、その組織が【腐っている】という証明になる。

【忖度】という言葉で一括りにされるが、実はこの忖度野郎が一番困る。一番の権力者に近い存在である事を嵩に着て、権力者の意図に自分の都合(利益)を上乗せして、下の者に要求するのである。この上乗せ部分が下の者を大変苦しめる。これは何もボクシング連盟の話だけではない。ありとあらゆる組織で日常的に起こりうる。

わたしも経験した教育界の話でいえば、文部科学省が新たな教育方針を決定し、地方の教育委員会に伝達する。痩せても枯れても文部科学省の職員は官僚。全国の教育に適用できる「普遍性」を持った方針を伝達する。

ところが、その伝達を受けた各地方の教育委員会は、自分たちがやりやすくなるような方針を付け加えて、自らが管轄する現場の教師に伝達する。ありていに言えば、自らの権限強化に役立つような方針を付け加える。

当初の文部省の方針だけならそれほどの負担はないのだが、それに付け加えられた各地方教育委員会の方針のため、現場の教師の負担は過重になる。そのため、文部省の教育方針が浸透しなかったものも多々存在する。

このメカニズムこそが日本社会に根深く残っている「忖度文化」の根源にある。

このメカニズムの淵源は、戦前の体制にある。以前にも何度も指摘したが、戦前の天皇制の本質は、人間の言動の「正当性の担保」=「権威」が、「天皇との距離」=「社会的地位」に正比例する。そして、人間の罪の軽重は、天皇との距離に反比例する。

具体的に書くと、戦争映画で上官が直立不動になり、声を張り上げて「畏れ多くも、天皇陛下の御心だ」という場面がよく出てくる。この時、【何が天皇陛下の御心ですか】などと聞こうものなら大変である。間違いなくボコボコにされる。

【天皇陛下の真意】が何なのか、などは、知る必要がない。ただ、天皇との距離が自分より近いと思われる人間(簡単に言うと社会的身分の上下による)が「天皇陛下の大御心」といえばそれが真実。それを疑う事は、「社会的身分」=「社会秩序」を疑う事になる。天皇制国家では、そういう人間は即排除される。

これが天皇制国家(特に戦前の超国家主義=ファシズム国家)の心理的メカニズムだと考えてそれほど間違いはない。

NHKスペシヤルが「ノモンハン事件 責任なき戦い」の特集をしていた。
https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180815

これは大変良く出来た作品で、旧日本陸軍指導層の無責任体質を容赦なく暴き出していた。これぞ、天皇制国家のメカニズム(無責任体制)の象徴だと言って良い。

参加した兵士2万人近くが戦死。精神主義と根拠なき(データなき)楽観主義に支配された関東軍幹部の無能力ぶり、その敗戦の責任を現場の将校などに押し付け、自決を迫る。その失敗の反省もなく(責任を下に押し付けるため、最後は、事件そのものをないものにする発想になる。太平洋戦争でも同様な過ちを繰り返した。(※現在の歴史修正主義者たちのやり口そっくり)

ノモンハン事件は、司馬遼太郎が最後まで書こうとして書けなかった事件。あまりの無責任ぶりに、司馬の憤怒があまりにも強すぎたのが原因だとされている。

その他では、五味川純平の「ノモンハン事件」がある。五味川純平の【人間の条件】は、旧陸軍の非人間的やり口があますところなく書かれていて、胸が痛くなる。映画では、仲代達也が主人公を演じた。
https://www.youtube.com/watch?v=J3m0e8MTGTI

さらに、ETV特集「自由はこうして奪われた〜治安維持法 10万人の記録〜」で、超国家主義の国家は、どのような理屈をつけ、どのように国民を弾圧したかが、克明に放送されている。(NHKの放送では、国内・植民地併せて10万人強とされていた)

当初、共産党や共産主義弾圧を目的にした法律(1925年)から、如何に一般国民へ弾圧の矛先を拡大したかが、詳細に語られている。

国民は、ファッショ体制の国家が持つこの理不尽な「暴力性」を厳しく認識し、二度とこのような法律が作られないように監視しなければならない。
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259621/index.html

ファッシズム体制の恐ろしさ

@無責任体制(責任の軽重は、社会的身分に反比例する。身分が低いほど、責任は重くなる⇒国民の怒りに対するスケープゴートにしやすい)

A体制維持のための【暴力】が日常化する。⇒理性、知性が喪失し、理不尽が支配する体制。⇒管理教育体制≒似非ファシズム体制≒現在の教育体制 ⇒東京オリンピックのボランティアに授業を休んで大学生に参加させろとか中学・高校生なども参加させようとしている(戦前の勤労奉仕とか学徒動員を彷彿とさせる)

※ナチスドイツのベルリンオリンピック利用を彷彿とさせるオリンピックの政治利用

Bファシズム体制は、有能な官僚によって支えられる。⇒戦前は、「革新官僚」と呼ばれた若手の官僚たちが支えた。⇒現在は、官僚の人事権を掌握した内閣府に有能な官僚が集まりつつある。⇒内閣府が、各省庁を統御、支配している。⇒戦前内務省直轄の【特高警察】が治安維持法取り締まりに当たったように、いずれ内閣調査室や公安などが、内閣府直轄になり、国民弾圧の最前線に立つだろうと予想できる。⇒その先触れが、前川前文科省事務次官に対するスキャンダル仕掛け事件。今回の文科省幹部の汚職事件摘発なども、内閣府主導事件と読める。(加計事件、森友事件、財務省公文書改竄事件等々を忘れさせるためのスピン事件)
★戦前のファッショ体制の再来だと見てそれほど間違いはない。

このように見てくると、現在問題になっているスポーツ界の不祥事のメカニズムは、戦前の超国家主義を支えた国民の心理的メカニズムと同根である事がよくわかる。戦後70有余年。日本人の権利意識の希薄さは変わっていない。

日大の教職員組合員の恐怖は、戦前の天皇制国家に反逆した共産党員や学者、知識人、労働組合員の恐怖に他ならない。アメフト部の暴力性もこの種のやり口に共通している。チアリーデイング部のパワハラ(というより、いじめ)問題も日大執行部との距離の差により起きている。

治安維持法の恐怖は、これが普通の国民に広がったものである。
 
0006 Re: メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期) 名無しの探偵 08/28 18:53
 
「思想の違いを超えて」

総裁選がいよいよ安倍の出馬(今頃とは姑息だ。それも「西郷どん」の鹿児島で)表明で本格化する中で実は自民党総裁選が日本社会の現在における「縮図」でもあることが明白にもなっている。

安倍首相と石破氏は思想的にも憲法改正論でほとんど変わらないタカ派でもある。いわば「同志」なのである。

しかし、共通点は多いが決定的に異なるのは石破氏は人格的には尊敬に値する「政治家」であるということだ。

彼は森加計問題が終息することを憂いている。安部首相の悪徳ぶりに我慢がならず、「ただ一人」に近く官邸主導(ファシズム化する自民党)に反旗をひるがえしている。

そして、決定的な違いは総裁選で候補同士の対話を望んでいるということだ。公正さや正直さを言っているのに党内で攻撃されている。(自民党自体が腐食を強めている)まっとうな議論でさえ抑え込む卑劣が支配しているのである。

その対話をひたすら拒否する安部晋三。この人はもう自民党という政治集団でさえ全体主義と体制翼賛化(戦前の思考であり、軍部の進出時代と同じだという坂野先生の指摘もある)を完成させるファシスト以外の何ものでもない。
それに賛同する一部マスコミであり、石破氏さえ排除の対象にしているのである。

犯罪的な指導者(安部の森加計事件は何ら「国政ではない」ことを肝に銘ずるべきだ)を再び総裁にしたい自民党に「党内民主主義」さえもなくなっている。

これは残念ながら日本全体の政治傾向(特に一部の女性に根強い政治的な無関心;実際このことを年配女性から私自身が何度も指摘された経験も多い。)なのである。

自民党総裁選は日本の「縮図」でもあるのだ。
 
0007 反省なき小池都政 猫家五六助 09/06 15:29
 
ここ最近、首都大学東京を名称変更して元の東京都立大学に戻すという記事を読みました。テレビではあまり聞かないニュースなので、東京新聞を読んでいないと知らぬ間に・・・というはなしになります。

 首都大学東京は2003年、当時の石原慎太郎都知事の肝いりで東京都立大学、東京都立科学技術大学、東京都立保健科学大学、東京都立短期大学の4つの大学と短大を整理・統合して設立されました。当時は「首都にふさわしい革新的な大学」という石原流の強引さで各大学の教職員の反対をねじ伏せ、人員整理が行われたと記憶しています。

 その大学が今、唐突に学校名を元に戻すと。新聞記事には「わかりやすい大学名に」「学生の声」という文言はありますが、突飛な“首都大学東京”と名付けた総括がまったく載っていません。4つの大学を統合・改称して得た成果は何だったのか。なぜ、いまさら元の“東京都立大学”なのか。小池都知事のコメントもありません。

 これは「都合が悪いから改称する」で済む問題ではありません。どんな組織でも改称には費用がかかります。大きな組織や名前の知れ渡った組織ならば、なおさらです。校門のプレートから始まり、駅の案内板や広告の作り直し、既存の印刷物廃棄と新調、文書フォームやホームページ等の電子媒体の更新など、「首都大学東京」の文字が入ったものは全て「東京都立大学」に差替えなければなりません。

 これほど多大な費用=都民の税金がかかる案件なのに、改称を唱える関係者はその効果と費用を検討したのでしょうか。「4つの大学・短大を1つにして改称した意味はあったのか」、17年間の検証も「首都大学東京」と改称した石原慎太郎を批判する声も全く聞こえてきません。石原氏に小池都知事や関係者が配慮しているとしたら、とんでもない話です。

 反省しろよ、百合子。・・・佐々淳行氏には、きっぱりと叱ってもらいたい。
 
0009 Re: メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期) 名無しの探偵 09/09 11:33
 
体操のパワハラ問題で男性のコーチが女性選手(宮川選手)を何回か平手打ちする場面がテレビ放送で流れた。これはすでに「指導」ではない。単なる暴行である。

この男性コーチは体格がよく女性選手は殴られても抵抗すらできなかった。

パワハラとかいう問題ではない。刑事告発するべき問題である。

安倍の森加計同様に、告発するべき事柄である。(元議員や弁護士が立ち上がったばかりである。スポーツ界も同じだ。)

マスコミは興味本位で黙認していることは許されない。(マスごみばかりが
蔓延っているので一言した。)
 
0010 私論 平成時代とは(1) 流水 09/17 15:30
 
今年で平成という時代は終わる。小渕官房長官が、平成の文字を掲げたのを昨日の事のように鮮明に記憶しているが、平成と言う時代を一言で言い表す適当な言葉が見つからない。

「平成の歌姫」と称された安室奈美恵が引退した。最後のコンサートが行われた沖縄には、チケットを購入できなかった客が大量に押しかけ、別れを惜しんだ。

しかし、私は、安室奈美恵の曲で満足に歌える歌は、一曲もない。昭和の歌姫と呼ばれた美空ひばりの曲なら、ほとんど歌える。

印象論でいうと、この安室奈美恵と美空ひばりの違いが、昭和と平成の違いなのだと思う。

美空ひばりの歌に込められた時代の色は、まさに演歌そのままだった。彼女が少女時代に歌った「悲しき口笛」の歌詞「丘のホテルの赤い日も/ 胸の灯りも消えるころ /みなと小雨が降るように /ふしも悲しい口笛が/ 恋の街角 路地の細道 流れゆく」

敗戦で廃墟になった横浜の街。人々が生きる希望を失いかけていたころ、米軍の宿舎になっている丘の上のホテルには煌々と灯りがついていた。敗戦国の悲しさ、やるせなさを象徴するような口笛の音が雨に濡れた街角や路地に流れている。見事な時代の切り取り方である。

この曲が素晴らしいのはそれだけではない。この歌を歌ったひばりは、新しい時代を担う子供たちの象徴。占領下の日本からいつか抜け出し、丘のホテルの赤い灯を取り戻す、という希望も描いていたところにある。

以前にも書いた事があるが、戦後の解放感をそのまま歌った「リンゴの歌」。一方、パンパンと呼ばれ娼婦に身を落とさざるを得なかった一部の女性たちがいて、彼女たちは、生きること自体が難かしく、自暴自棄にならざるを得ない退嬰的気分を歌ったのが「星の流れ」。この両極端の歌が戦後と言う時代をよく表している。

美空ひばりは、この両側面を兼ね備えた傑出した歌手だった。だから彼女は、戦後を生き抜いた庶民たちの絶大な人気を勝ち取ったのである。

その意味では、美空ひばりの歌には、日本国民の全てを引き付ける共通の感性があった。だから、彼女の歌は日本国民の誰もが歌える【普遍性】を持った。一部の特殊なファンの「ひばり」ではなく、文字通り「国民」の「歌手」としての「ひばり」だった。

それに比べると安室奈美恵は多少ニュアンスが違う。わたしは彼女は、良くも悪くも【沖縄】の歌手だったと考えている。

わたしが沖縄の歌手で最初に知ったのは、「フィンガー5」だった。あのリズム感、踊りの切れ、ハーモニーの素晴らしさ。これまでの日本人歌手とは全く違っていた。これはアメリカのポップスだ、と思った。

戦後、占領され、米国の支配下に生きざるを得なかった沖縄の子供たちが、米国文化を肌で受け止め、彼らの感性で咀嚼し、新しい日本のポップスとして創造したのである。

これ以降、沖縄からは多くの歌手が誕生した。その伝統の中から生み出されたのが、安室奈美恵である。

1996年 - 1997年、茶髪のロングヘアー・ミニスカート・細眉・厚底ブーツなどといった彼女のファッションスタイルや髪型、メイクなどに憧れる若い女性たち、いわゆるアムラー"が大量発生した「アムラー・ブーム」を巻き起こし、社会現象となった。・・・ウイキペデイア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%AE%A4%E5%A5%88%E7%BE%8E%E6%81%B5

たしかに彼女は多くのヒット曲を出し、レコード売り上げの記録を次々に塗り替えたが、彼女の歌が国民的歌になる事はなかった。※国民的歌⇒国民の誰もが歌える曲

わたし自身も安室奈美恵の歌は一曲も歌えない。しかし、彼女の存在は、平成と言う時代の象徴だと考えている。例えば、彼女のスタイルは、今では若い女性たちの当たり前のファッションになり、若くして結婚、子供をもうけ、離婚。それでも自分自身の生き方を変えることなく、安室流で生き抜いていく。生活の苦労ややつれなどみじんも見せない。

また、彼女の代名詞のようだったミニスカートのなんと格好の良いこと。わたしたちの若い時代、ツイギーというミニスカートの女王がいたが、彼女のスタイルの良さは、ツイギーを上回っていると思う。

安室奈美恵は、そういう意味で、平成と言う時代に生きる日本人の「国際性」を象徴していると思う。同時に、占領という苦難の歴史が沖縄の音楽をより豊かに、より洗練し、より普遍性を持った音楽に変容させたのだが、安室奈美恵はその象徴だと思う。

ヘイトスピーチなどに血道を上げる連中には理解できないだろうが、他国の文化をうまく取り入れ、それを咀嚼、その結果新たな文化を生み出すのは、日本の歴史的伝統文化。その意味で沖縄は、日本国内で最も新しい文化を紡ぎだす土壌が備わっている。安室奈美恵は、その最も分かりやすい例である。

平成という時代を考えるとき、安室奈美恵という存在の意味を忘れてはならないと思う。
 
0011 私論 平成時代とは(2) 流水 09/19 21:49
 
(1)日本型集団主義の崩壊

ところで皆さんは、平成元年が西暦何年かを記憶されているだろうか。

平成元年は、1989年。
3月に消費税3%かかる。⇒日本人が消費税という税制を知ったのはこれが最初。
11月 ベルリンの壁崩壊
12月 マルタ会議⇒東西冷戦終結

平成2年 1990年
6月  日米経済構造会議決着
10月 東西ドイツ統一

平成3年 1991年
1月 湾岸戦争勃発(パパブッシュ大統領)90億ドル支援
12月 ソ連邦崩壊
バブル経済崩壊

平成4年 1992年
PKO法案成立

平成5年 1993年
6月 自民党分裂
8月 細川連立内閣成立

こう見てみると平成という時代のはじまりは、世界史的に見れば、歴史の大転換期の始まりであり、大動乱時代の始まりだった。何度も書いたが、歴史の【転形期】に入ったのである。

世界史的に見れば東西冷戦時代の終焉と、米国と言う「唯一の覇権国家」の誕生と重なっている。「パックスロマーナ」に比して「パックスアメリカーナ」を本気で論じる人が少なくなかった。

東西冷戦の終焉と唯一の覇権国家としての米国の存在は、20世紀の様々なルール(秩序)の改変の契機になった。

特に、米国が主導する新自由主義的経済理論に基づく経済ルールの改変は、日本経済のありようを根底から変えるきっかけになった。

東西冷戦の終焉は、日本のアメリカ従属の傾向をより顕著にする結果をもたらした。

一言で言うと、「覇権の多極化」から「覇権の一極化」に変化すると言う事は、覇権国家の横暴さを増幅し、選択肢が制限される。その為、弱小国家の自立性が弱体化する。

東西冷戦の終焉は、日本にとっては、選択肢が一つになる事を意味したのである。

最近、頻発する災害情報で、「これまでに経験したことがない」とか「過去の常識が通用しない」というフレーズをよく聞くが、よくよく考えてみると、平成という時代の始まりは、「これまでに経験したことがない」とか「過去の常識が通用しない」というフレーズが最も当てはまると考えられる。

最近の企業の不祥事の頻発、官僚の公文書管理の杜撰さ、ブラック企業の増加、地域社会の崩壊、限界集落から崩壊集落への転落。特に政党・政治家や企業経営者などの社会の指導層の劣化と腐敗堕落、言葉の軽さ、無責任体質の蔓延。

どれもこれも昭和の時代では、ごく少数だったが、平成の時代では、逆に「真面目さ」が駄目さの指標のように思われる時代になった。それこそ、日本的倫理の崩壊が起こっている。【魚は頭から腐る】のが平成の倫理になってしまった。

戦後、日本企業の躍進は、目をみはるばかりだった。この躍進を支えたのが、日本型終身雇用制度。猛烈社員という言葉が喧伝され、一億企業戦士の時代だった。終身雇用で後顧の憂いがない企業社員は、それこそ企業のために文字通り粉骨砕身し、先輩から後輩への技術の移転もスムーズだった。

さらに、堺屋太一が「社縁」と名付けたそれこそ人間関係全ても企業丸抱え的(社宅、運動会や慰安旅行など)日本型企業風土がさらに企業への忠誠心を高めた。

こういう企業風土の中では、突出した個性的人材は育ちにくいが、平均的(というより日本企業の場合は平均より上)人材が、数多く育った。さらに各企業それぞれの独自の企業文化(社員の常識=コモンセンス)が育った。

この民間の企業風土の上に各官庁があった。戦後、焼け野原からの復興を担った官僚たちの中には、【国士】と呼んでもよい気概を持つ官僚たちが少なからずいた。日本の復興は俺たちがやる、という気迫があった。そういう官僚たちと企業はタッグを組み、厳しい国際競争に打って出たのである。

これを【護送船団方式】と呼び、揶揄する人間が多いが、戦後日本を牽引したのも間違いなくこの【護送船団方式】だった。国の生きる道を経済に求めた戦後日本の覚悟があった。

東西冷戦の終焉とともにはじまった米国主導の「新自由主義的経済ルール」=「グローバルスタンダード」=「アメリカスタンダード」の浸透は、この日本型企業風土を直撃し、その足元を徐々に崩し始めた。(冷戦終了前だが、プラザ合意が大きな転換点)
※プラザ合意 ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E5%90%88%E6%84%8F

さらにコンピューターの発達は、これまでの日本的あいまいさを壊し始めた。下世話に言うならば、「露骨は厭よ」という日本的社会風土が壊れ始めたのである。

これが人間の能力評価に浸透し始めると、これまでの微温的企業風土が一変しはじめた。露骨に人間の評価がなされ始めたのである。

このことを三谷太一郎東大名誉教授は、「企業を頂点とする日本の集団主義的傾向、かっての日本文化を特徴づけるものとして強調されたその傾向が弱体化された。」と語っている。・・・毎日新聞 平成という時代 第一部「語る」

小熊英二慶応教授は同じことを次のように語る。
「現代でも経済活動は組織で営まれていますが、昔のように顔の見える範囲で組織を作る必要がなくなった。そうなると、旧来の業界団体や地域共同体、労働組合などはもう社会に合わない。いわゆる「集団主義」でなくなっていくでしょうし、政党の基盤も衰えていきます」・・・毎日新聞 平成という時代 第一部「語る」

「日本支配層の底無しの泥沼」や「安倍政権はなぜ続くか」で指摘した政治の閉塞状況はこの平成の最初の数年で予感されていた。

小熊教授のいう【日本的集団主義】の崩壊は、日本社会を規定してきた【社会的常識=コモンセンス】の崩壊を招き、政治を頂点とした社会の【モラルハザード】を引き起こしているのである。

同じ対談に出席していた小説家高村薫氏は、
・・・「わたしがショックを受けたのは、貧困の風景というのを目の当たりにしたことです。その風景が初めて現れたのは平成だったと思います」・・・(中略)「そういう衰退の風景を突きつけられ、その中ではたと立ちすくんだのが私にとっての平成の始まりだったと思います」・・毎日新聞 平成という時代 第一部「語る」

高村氏の指摘は非常に鋭い。小泉純一郎が口癖のように言っていた【頑張る人が報われる社会】とは、常に【頑張らない人は報われない】という逆説を内包している。そしてその論理的帰結が【貧困にあえぐ人たち】は、「頑張らなかった人たち」と言う事になり、【貧困は自己責任】という結論になる。これが「新自由主義」理論から導き出される結論である。

わたしの経験だが、日本のエリートと呼ばれる連中の多くは、非エリート連中を心の奥底では軽蔑している。しかし、昭和の時代は、この心の奥底を吐露したら大変まずい状況に陥る。だから、彼らはおくびにも出さなかった。
実は、そういう配慮をする事自体が、彼らにとってストレスだった。

だから、新自由主義的思想が存在感を増すたびに、エリートたちのストレスが解消されていたと思う。もう馬鹿な奴に遠慮することはない。「お前は能力がない。お前は馬鹿だ。役立たずだ。辞めてしまえ。よくこの世に生きているな」と思い切り罵倒してやる。これが平成の時代にブラック企業やパワハラ、いじめ、弱者切り捨てが横行している心理的要因だと思う。

現在の不祥事の連鎖は、弱者(非エリート)に配慮する必要がないと考え「箍の外れた」官僚たちのおごりの心理が引き起こしたものだと考えられる。

しかも、この種のいじめ・パワハラ・弱者切り捨てなどを一番積極的に行うのは、本当のエリートではない場合が多い。昔でいうなら、中間管理職的エリートである。彼らもまた生き残りに必死。そのためには、自分より下の人間に権力を振るう以外方法を見つけられないのである。彼らのパワハラ・いじめなどには、「俺はどうしても生き残らなければならない」という悲鳴にも似た声が聞こえる。

旧陸軍で最も暴力を振るったのは、軍曹・伍長などの古参兵。それと少尉とか中尉などの若いエリート将校。現在のブラック企業の構造と同じ。つまり、日本社会が、旧陸軍なみに退化していると考えられる。

だから、高村氏の指摘する【貧困の風景】が平成と言う時代の一つの象徴になったのであろう。今年の24時間TVでヒロミが子ども食堂をリフォームしていた。TVが取り上げるほど子供食堂がポピュラーになり、「子供食堂」がどうしても必要なほど子供の貧困(経済的にも精神的にも)が深刻なのが平成という時代である。

ところが、上記三人の意見は、実は同じことを語っている。社会の発展が理屈通りに進むなら、日本型集団意識の弱体化は、一人一人の「個人の自立」の強化につながるはずだが、現実はそうはならない。

わたしの認識を以下に図式化する。

●農村共同体の上げ底化・・・・・・・・・・・・・・・⇒●流民化
      ↓農村人口の都市への流入          ↑
●産業の発達・・・・・・・⇒●機械化・合理化・効率化・差別化・選別の進行

新自由主義的経済は、一言で言えば 【利潤の最大化】であり、【利潤の配分の差別化=独占化(寡占化)である。

となると、合理化・効率化・差別化の網にかかり、選別される労働者が増加するのは論を待たない。昔なら故郷へ帰る選択肢がかなりあったが、現在の農村の荒廃、地方の衰退は、その選択肢を狭めている。

離職しても都会に住み続ける選択肢しか持たない人々は、ホームレスなどに転落せざるを得ない。ホームレスにならなくても、非正規雇用でその日暮らしの生活をせざるを得ない人々も多い。しかも、その生活から抜け出る事は非常に困難。湯浅誠が提唱した【滑り台社会】の現実が待っている。

・・
「まず教育課程からの排除があります。高校中退などによって教育を受ける機会を失います。もちろん自発的な中退もあるでしょうが、経済的な状況により生活できないといったケースもあります。次にあるものが企業福祉からの排除です。正社員であれば受けられる恩恵が非正規雇用にでは受けられなくなるのです。次に家庭福祉からの排除があります。これも重要な問題ですね。公的福祉からの排除もあります。こちらは生活困難などを示すものです。

そして最後には自分自身からの排除があります。社会のあらゆる公的な保障が受けられないとわかったときに、すべてをあきらめて投げやりになってしまうものですね。これによって、社会のすべり台をすべり降りた人は、這い上がれない場所へと落ちてしまうのです。本書が記されたのは2008年ですが、湯浅誠が予期した社会がすでに存在しているのは確かではあるでしょう。」・・・
すべり台社会とは何か 
https://www.excite.co.jp/News/column_g/20180913/B_chive_society-what-slidesoci
ety.html


わたしのいう【流民化】とは、このように自分の居場所を社会に持てない人々を言う。これには、多くの高齢者も入ると考えられる。孤独で社会への帰属意識すら奪われた彼らや彼女たちの意識はどうなるのか。自分が生きる事に精一杯。【公共】とか【市民意識】が薄れていくのも無理はない。

高村薫氏のいう【貧困の風景】の背後には、このような膨大な数の流民化の現象があり、多くの人々の悲しみや苦しみ、怨嗟の声が渦巻いているのである。(続く)
 
0013 Re: メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期) 名無しの探偵 09/20 19:30
 
「総裁選が日本の政治を決める?」

こうした政治的な重要問題が民主政治や憲法の基本原理である「国民主権」と大きなギャップがあり、しかも総裁選の候補二人がいずれ劣らぬ反憲法の極右政治家なのである。

なぜ、こうした事態(憲法秩序の空白、民主主義の沈黙)が起きるのか。それは憲法自体の自己矛盾にある。議院内閣制という本来的に民主主義的な国家ではなかった英国の「一つの時代の産物」を旧憲法の継承として採用したからである。英国などのように二大政党がしのぎをけずる国家では民主主義の破綻(ファシズム)を招いたりはしないが、日本のような集団主義(流水さんの引用する学者たちの見解には疑問が多い?)を伝統とする国家では全体主義や独裁国家を自ら招いてしまう。

国民が選挙を他人事のように考えている風土であるからだ。それが「集団主義」の末路なのである。隘路とも言える。

確かに、経済や会社組織がうまく機能して労働組合などの中間集団が政治的にも発言力を保っていた(社会党の存在は意外に有効だった)時代にはこうした民主主義がまがりなりも民主主義を支えていたし、憲法秩序も安定していた。

「集団主義」や「戦後民主主義」の黄金自体だったのであり、高度成長という経済的な成功と企業の健全化を示していた。太平洋戦争の惨禍を生き抜いてその反省も生きていたからである。

しかし、この蜜月、黄金自体も(主に米国の操った)日本経済のバブル崩壊とともに「風とともに消え去った」のである。

そして世界はグローバリズムという妖怪(モンスターとも言える)の新しい波(ヌーベルバーグ)にも曝された。それはアメリカの低所得層への貸付破綻不況から始まり、リーマンショックで幕を閉じたのである。これは1930年代の大不況を凌ぐものであった。

この二重の不況は戦前の昭和恐慌を思い出させる。その次にやってきたのが
軍国主義であり、具体的には軍部による政権の掌握であり、その前夜に起きた5・15事件、2.26事件という政府要人の暗殺テロであった。そして日中戦争、太平洋戦争へと突入し国家自体が崩壊したのである。

現在、この状況が再現されていると私は見ている。実際、歴史家の半藤一利先生、保坂正康先生、坂野潤治先生は安倍政権を戦前の軍部進出の時代に類似していると警鐘を鳴らす。

議院内閣制という危うい制度はが政党独裁化せず、なんらかの形でバランスを取っているときはうまく機能するが、長期に独裁化して安倍政権というモンスター内閣の出現によってバランスが破壊されると暴走を誰も止めることはできない。

これが現在の悪循環の正体なのである。国民が「観客民主主義」から目覚めない限り日本のファシズムは終わらない。

「総裁選」などという憲法の想定外のことでマスコミが右往左往しているのは戦前のドイツに起こった「ワイマール体制」の崩壊を想起させる。
 
0014 日本的集団主義の問題(名無しの探偵さんへ) 流水 09/22 20:05
 
名無しの探偵さんが、三谷太一郎氏や小熊英二氏の日本的集団主義理解に「?」を呈しておられます。「さすが」と思います。

集団主義の理解も、企業・官庁・労働組合・学校・地域・部落・スポーツ集団などなど属している集団によって違います。企業でも会社によっても違います。それこそ千差万別であり、本当に「日本的集団主義」とひとくくりにするのが正しいのか。議論の分かれるところでしょう。

そして支配層が【集団主義】にアレルギーを起こすのは、共産党や社会党、労働組合の集団主義だと思います。これを解体するのが、戦後保守政治の一つの目標でしたから。

この問題の難しさに輪をかけているのが、【世間】というよく分からないものがあります。西欧的にいうならば、社会とでもいうのでしょう。

この問題は、多くの社会学者や知識人が取り上げてきました。しかし、現在でも不祥事を起こした個人や会社、政治家などは、「世間をお騒がせしまして申し訳ありませんでした」と謝罪するのです。と言う事は、いまだに日本では社会と世間というものが定義なしに使われているのでしょう。

わたしは教師でしたので、担任のクラスがありました。その中で、もつとも苦心したのが、学級集団の雰囲気と質の問題でした。ですから、集団と個人の問題を考える事は、教師の仕事そのものでした。この問題は教師の経験のある人ならだれでも理解できるのですが、なかなか部外者には理解してもらえないものです。

同じクラスと言っても、生徒はみな別人格を持った個人です。それぞれの個性があります。一人一人の生徒の個性尊重が戦後教育の建前です。

ところが、生徒たちの能力も個性も千差万別なので、それを充分に尊重し、一人一人の個性を伸び伸びと発揮させるのは至難の業なのです。そのノウハウなど理屈では多少理解できても、実践するとなるとほとんど不可能ではないか、と思えるほどです。

ですから、日本的集団主義の当否などを考える前に、現実の集団をどう考え、どう一人一人の個人を生かしていくかは、まったなしの実践的な課題なのです。この点が肝心です。

私見では、ここで一番重要なのは、集団と個人の【意識】の問題です。相手は生きている人間です。【意識】は毎日毎日揺れ動きます。これをきちんと観察できるかどうか、が担任教師の力量です。

まず教師がきちんと認識しなければならないのは、個人の「意識の総和」が「集団の意識」にストレートにならないということです。例えば、強権的で独裁的な担任教師の場合、生徒たちは教師に忖度した【意識】にならざるを得ません。担任教師は、「生徒は良く分かっている。俺のクラスはきちんとしている」と錯覚します。

ところが、担任はそれで満足でしょうが、往々にして他の教師は大変迷惑を受ける場合が多いのです。単純な話です。担任教師に辟易した分、他の弱い教師の授業で元を取るのです。担任教師が「俺のクラスの子供はきちんとしている」と胸を張っていても、本当の生徒たちの意識は別のところにあるのです。

このように、集団の意識(例えば試合に勝とう)が個人の意識にならない場合も多いのです。理由は明白です。この「集団の意識」というのは、往々にして教師の意識の投影になる場合が多いからなのです。学校・教師という立場上、やむ負えない部分もありますが、担任をしているからには、その辺りはきちんと認識しておく必要があります。

次に重要なのは、「個人の意識」は、「集団の意識」に非常に感化されやすいのです。(※いじめなどが典型的な例)授業中の雰囲気もクラスの意識に連動します。だれかがあの教師の授業は厭だな、と言い始めます。当然、俺も嫌だ、あたしも嫌だ、という付和雷同者も出ます。これが授業の雰囲気を壊します。酷いときには、授業が全く成立しない場合もあります。当然、その教科の成績は落ちます。

義務教育では、クラスの生徒はみな同じ時間帯で同じ勉強し、給食を食べ、掃除をします。否応なく「集団生活」を営まなければなりません。その生活リズムが乱れたり、真剣に取り組めなかったりしたら、その生徒一人の問題だけではなく、同じクラスの生徒全員が不利益をこうむります。

わたしも何度も経験しましたが、生徒の信頼のない担任教師のクラスの成績は間違いなく落ちます。それは見事なくらいです。成績だけがすべてではありませんが、入試がある以上、ある程度の成績は取らなければなりません。この問題をどう解決するか。

最大の問題は教師の力量ですが、これだけは教えてできるものではありません。教師本人の考える力、物事をきちんと見る力、判断する力、生徒の心を理解する力(共感する力)、実践する力などなどそれこそ人間としての総合力が問われるのです。

一人一人の生徒を大切にし、個性を尊重し、楽しく伸び伸びと学校生活を送り、大切な友人もつくり、学業生活もきちんと行う、というのが理想です。

同時に教師たちにも、どうしても教えておきたい事柄もあります。例えば、一人一人の人権を大切にするにはどうしたら良いか。大きく言えば環境問題に収斂しますが、教室の美化・清掃活動をどうやって熱心に取り組むか。話し合い活動を通じて、民主主義のイロハをどのように身につけさせるか。等々。

学級つくりを行う事は、集団と個人の問題をどのように克服するかを問う事と同義なのです。同時に、【人権】とか【民主主義】とかをどのように現場で具体的に根付かせるかの実践の場でもあります。

例えば、授業だけで「人権」を教えても、生徒たちは決して変わりません。生徒たちの日常生活の中で何気なく出る言葉、態度、声音などをその場で注意し、その場で一つ一つ指導しなかったら身に付くものではないのです。この時は本気で怒ります。絶対、建前では怒らない事にしていました。

同時に、クラスで起きた【人権侵害】にあたる問題は、それこそエンドレスで話し合う覚悟がいります。簡単な注意や指導で治るなら、とっくの昔に「いじめ」など無くなっています。

わたしは「帰りの学活」が終わった後、生徒を残して一時間でも二時間でも徹底的な話し合いをしました。その中で生徒一人一人が変容するのを待つ以外、方法はありません。それこそ「我慢と忍耐」なのです。

わたしの口癖は「だんだん良くなる法華の太鼓」でした。その心は、法華経の「うちわ太鼓」は、近所で聞いている人間にとって、迷惑以外にありません。ところが、毎日毎日叩いているといつの間にか太鼓の音が澄んできて、意外に心地よくなるのです。

それと同じで、生徒たちのやる事は、最初は下手糞だったり、見ておられないのですが、そのうち上手になるものです。特に【意識の問題】は内心の問題です。長い目でゆっくり育つのを待たなければなりません。

ところが現実の学校では、上記のような教育を行う事は求められません。それよりも、問題がない学級を求められます。上記のような教育を行おうとすると時間がかかります。生徒の成長が学校や保護者の要求と食い違う場合が多いのです。現実の学校では、生徒の成長を【待つ】事が難しいのです。

その為、一番手っ取り早い方法論は、教師の強権的指導(上意下達)で生徒を有無を言わさず従わせるやり方です。その時の理屈が、【日本的集団主義】に依拠したものになるのです。

「個人の事情も分かるが、全体の事を考えろ」「個人のわがままは我慢しろ」「人に迷惑をかけるな」「いちいち文句を言うな」的方法論になりがちなのです。日本的集団主義の負の部分がもろに出てきます。これに付け加えて【世間の目】が強調されます。特に管理職は敏感です。「世間はそう思わない」というのが、錦の御旗です。現場の教師たちの抗議もこれで押さえつけるのです。

この方法論に慣れると教師の力量は上がりません。現在の学校現場は、教師の位階が細分化され、上司の教師の権限が肥大化しているので、この傾向が酷くなっていると思います。

ではわたしはどうしたか。まず、クラス(学級)の基本的な考え方です。

@生徒が安心できる学校・学年・学級が一番重要
A生徒たちに教師集団の理念・精神などがきちんと視えている
B教師一人一人が個性的で独自の理念と方法論を持ち、それを発揮できる条件がある⇒※ これが大変難しい。校長・教頭・主任などが強権的体質だった場合、みな同じ顔になるように強制される。学級担任などがそれに抗するのは、至難の業。
C秩序重視の硬直した生徒指導が行われていないか
D授業の雰囲気が【生きてるか】⇒授業事態は静かなのだが、生徒の雰囲気は死んでいる授業が多い。⇒生徒の目が生き生きと輝いている授業を創出することが重要
E部活動の論理が優先されていないか⇒現在問題になっているスポーツの様々な暴力問題などは、部活動の論理がすべてに優先された結果起きる場合が多い。
F自分の教育活動の実践の理論化、実践の総括がきちんと行われているか
G女性教員の活躍が保証されているか
Hその他

教師の活動は、生徒たちの支援者(ファシリテーター)である、という基本姿勢を貫く必要があります。同時に、次に何をどうすれば生徒がより成長できるかを考えるためには、生徒の成長を測る評価の視点を持たなければなりません。

わたしは以下の視点で見るようにしていました。

@自治能力⇒自分たちの生活を自分たちで制御できる力
A自己表現能力⇒自分自身を語れる力、自らの思いを要求する力、身体的・芸術的能力を育成
B耐える力   
C要求する力⇒ ※ この力の育成が重要⇒教師の力を育てる
D学習意欲の喚起⇒教師の力量の最大の評価視点
E人権感覚をどう磨くか⇒いじめ撲滅の鍵
F民主主義的技の習得と習熟⇒民主主義の基本は話し合い。その技を習得しなければ、話し合い活動は活性化しない。

実は、通知簿での「生活評価」より、わたしはこの「生徒の成長評価」を重要視していました。「生活評価」は公簿ですので付けざるを得ませんでしたが、保護者との個人面談の席では、主に「成長評価」で話しました。

列記した項目一つ一つにどのような方法論で育てるかの詳細なプログラムを作成し、それを基に学級(クラス)を育てました。

最大の目標は、生徒一人一人が自立し、学級が自治的に運営できるように、子供たちの人権を最大限保証し、誰もが安心して生活し、誰もが平等で公平な立場で学級生活を送れる学級を創出する事でした。

その中でマイナスイメージが多い【集団教育】に新たな光を当てるのが、目標でした。

今回の「平成時代とは」で三谷教授の【日本的集団主義】が弱体化しているという論を読みながら、30年遅いと思いました。現在、大問題になっている少子化の問題も、わたしが現役時代の教師の間では常識でした。それはそうでしょう。毎年毎年新入学生の数が減ってくるのです。これが将来どうなるのだろうか、と考えない奴は馬鹿です。

以前にも書きましたが、「時代の矛盾は、最初に一番弱いところに現れる」のです。その意味で、このような時代の矛盾を見抜けなかった支配層の意識の低さにあきれています。
 
0015 Re: メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期) 名無しの探偵 09/23 08:48
 
「日本的集団主義の問題」(0014)の議論(予告)

流水さんの体験的な問題提起に私なりの回答を現在準備していますが、問題自体が政治思想の大問題なので現段階では予告(問題点に触れるのみ)しか容易できていません。

この問題を探究してきた思想家は大体3名いると思います。

丸山真男、加藤周一、網野善彦。

いずれも日本を代表する世界的な思想家であり、歴史家です。
丸山氏は戦後の著書で戦争(太平洋戦争)の諸相に触れて、日本の国家体制を「無責任の体系」として精緻な議論を展開され、その後も「古層」論で日本の思想史や歴史に通低する論理を明らかにされています。一言で言うと、そのときどきの事態の勢い、趨勢が(なりゆきが)時代状況を決定するシステムであったと言っています。

加藤周一氏は戦後の早い段階で「雑種文化」としての日本文化論を提起され、日本の通念であった日本文化の純粋主義や独自論を否定されています。
そして日本の社会を思想史的に明らかにされて「集団主義」であるとしてこれは伝統的な性格(多分、近代になってからの伝統であると思います)だと表現されています。

網野善彦氏は従来の(今も)通念であった歴史の枠組みを疑う古文書や文献以外の証拠(史料としての伝承や遺跡)を新しく発見され、日本文化の単一性をまず批判し、日本の文化は大きく3つに分かれていたこと、特に東と西では歴史の起源からして全く異質であることを実証されています。
そして、律令制という日本の歴史はミスリーディングな制度であり、日本が稲作を基本的な文化であるという枠組みを否定しています。水田稲作文化というのは完全なフィクションであるとして表現されています。特に江戸時代はこの枠組みは「士農工商」として為政者が国民を分別しているが、大きな擬制にすぎず、能登の海鮮問屋であった時国家の土蔵からこの漁師の元締めは「水のみ」と幕府が規定していることはとんでもないフィクションであると批判している。
そして、百姓≒農民という通念を否定し、百姓は多様な性格の職業を持った人々であり、農民はその一つにすぎないと喝破されました。学界はこの網野説を未だに認めていません。士農工商になぜ、漁民が存在していないのか。網野説が妥当なことは明らかでしょう。(日本は漁民が活躍してきた国である。歴史学会の結論は笑止千万)

今回は予告だけなので以上の思想家の枠組みをもとにあらためて回答を準備する予定です。
つまり、集団主義という問題の根底には3名の思想家の緻密な論理構成による実証が存在する。これを流水さんの引用している三谷氏などの論理には反論するような「実証性」があるのか。これが大きな疑問符であるということです。
 
0016 Re: メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期) 名無しの探偵 09/27 17:41
 
「日本的集団主義」の問題、1

流水さんの的確な体験に基づいた意見に賛同します。まず、自分たちの身近な集団の問題から議論されていることに納得します。「集団と個人」の関係はどこの国でも同じなので日本だけが「集団主義」に傾いているということはありません。アメリカも9・11以後は集団主義がひどかったし、今になってトランプが大統領に選ばれたことは偶然ではありません。

「民主主義」と日本では一口に言ってそれで終わりになる傾向は強いです。
歴史が浅く、議論がなされない国民性(大学も同じ)からか議論の蓄積と形成に寄与していない。

日本の集団主義と「戦後」民主主義は密接不可分だと思っています。8・15の「夜」が明けると日本人(昨日まで神州不滅だとか鬼畜米英を唱えていたのに)がみな一億民主主義思想者に「転向」していた、というマイナーな意見をかなり多く聞いたことがあります。

ですから、憲法改正問題も戦争体験者が少数になると自公政権の改正案に反対する人もマイナーになってきました。

民主主義ということは一口で議論して終わりになる問題ではありません。
流水さんが指摘したように個人という存在は意識面で集団の影響を受けやすいと思います。議論がなされない背景の方が問題です。学校現場から始まって、国政の現状でも同じです。学校の規則の問題で憲法違反のルールも最近では目立ちます。元来、「赤毛」の女子に黒く染めてこいという事件がありました。この教師は民主主義も個人の尊重も何も分からずに大人になった人です。この学校も同じ。集団主義にみんなそまっていった。
これは少数の事例だという意見もあるでしょう。

同様に、今回の総裁選で石破派の大臣に「石破に入れるなら辞職届けを出してから投票しろ」という圧力までありました。三谷氏の議論どおりなら「集団主義」は終わっているはずなのに自民党内部でも「集団主義」的な圧力は依然として根強いです。誰を総裁にするかは個人の問題であり、多分、民主主義を取っていない国でもこれくらいの「自由」はあるはずです。

集団主義という伝統はねじれた形で残っています。昔からのルールだった「村八分」さえも学校や自民党という政党には残っていません。「村八部」であって、二部の配慮は守られたからです。

2、少し制度的な問題に言及します。民主主義の問題(特に憲法上での基本原則で)で一番大きな政治的な問題は「少数意見の尊重」(これは個人の尊厳などと関連してくる)だと考えます。殊に西欧などで発展してきた民主主義の原則では多数決のよる専制から個人の権利や思想を守る場合には「少数意見の尊重」という政治的な重要命題(基本的な自由の前提条件)は制度的にも保障されるようになっています。
戦時下における「良心的兵役拒否の権利」、各人の「信教の自由」などなど。(政治と宗教の分離原則として確立)

そして第二次大戦後には全体主義の猛威から圧政に苦しんだ経験を活かして、「違憲立法審査権」の制度が日本をはじめ各国で採用されました。この制度の目的な「少数意見の尊重」以外にはあまり存在理由は考えられません。
明らかに「多数の専制」(集団主義のマイナス面)を抑制する制度です。
「選挙」だけでは民主主義や立憲主義(国家の権力を制限する憲法の原則)
が守られないことは世界的に合意されているということです。ちなみに、安倍さんは「立憲主義」を理解できていなかった。

(今回はこのくらいにして、次回では思想史などの問題に移ります。)
 
0017 Re: メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期) 名無しの探偵 09/29 11:08
 
「日本的集団主義」の議論に重要なコメントあり。

名無しの探偵ですが、竹内氏の重要な問題提起がありました。学校と政党だけの今日的状況だけでは分析が不足していました。竹内さんのコメントに触発されました。

「日本はゲームオーバーした」という分析にまったく同感。企業の労使関係で労働者を過労死させながら内部留保金を400兆円も貯め込んでいる。これは労働者の給料がここ10年以上も上がらず、しかも年収で50万円も下がっているという「平均値」からも企業のみがゲームを恣意的に牛耳っているゲームの規則を逸脱しているからに他なりません。(カジノ法案まで立ち上げた安倍最低内閣ですが、ゲームの規則も守らない政権にカジノ法制は全く言語道断。)安倍政権は「同一労働同一賃金」などと口当たりのいい言葉を安倍自ら表明したのに、実際に出てきた「働き方改革」の中味の中心事項は高プロという残業代ゼロ法案でした。また、厚労省の忖度と違法があり「裁量労働の拡大」も引っ込めたばかりです。まさにインチキ政権でした。これでも知性の低い国民(労働者が大半)は羊のように安倍政党に投票しています。

しかも竹内さんの指摘で重要なのは「国民の心中は政治に対する不信感」で一杯だということ。これは宮本太郎氏の国民意識調査でも指摘されています。
また、日本内部だけなら問題はないが(問題大アリです。学校でのいじめと自殺がとまりません。企業内部でも同じです。)、「得たいの知れない外国が絡んでくると、危機が迫って来る」という指摘です。

実際に迫っているどころか、沖縄の辺野古基地への移設問題は危機という状況をはるかに超えています。国連への提訴も必要だと思っています。国連 もこの問題に勧告を考えている状況だと思います。実際一部の動きもある。

竹内さんのコメントに感謝いたします。
 
0018 沖縄県知事選に見る県民の誇り(希望は沖縄から!) 流水 10/01 22:24
 
沖縄県知事選が終わった。

台風と重なり、ほとんどの報道機関が、玉城デニー氏の当選確定を報道しなかった。今日(10/1)の報道でも、沖縄県知事選の意味を丁寧に解説する局はほとんどなかった。

これが日本メデイアの現状。最近のメデイアは、政権に「不都合な真実」は蓋をする、という報道姿勢が目に余る。戦前の大本営発表と同じ。【横並びの大政翼賛会】報道。以前からその傾向が強まっていたが、安倍三選前後から、今は「戦前か」と見まがうばかりの「翼賛報道」一色になりはじめた。

今回の沖縄県知事選挙。自公や維新・希望が推薦した佐喜眞候補陣営の選挙運動はまさに物量作戦そのものだった。玉城陣営が「アリと象の戦い」と評するほど、TVCMはジャックするは、全国から動員するわ。湯水のごとく選挙資金を使っている。

同時に、その締め付けは、ここは民主主義の国なのかを疑わせるに十分な激しさ。佐喜眞陣営は、期日前投票をさせる選挙作戦を採り、業界団体には「期日前実績調査票」を提出させるなど、常識では考えられない強権的手法を採った。

おまけに、SNSなどを使った玉城候補に対するデマ攻撃などまさにやりたい放題。それこそ警察の捜査が必要なほど酷かった。(※特に上念司、公明党代議士遠山は酷かった)

さらに、自公両党の党幹部が沖縄に常駐。かってない規模の総力戦を展開した。菅官房長官、人寄せパンダの小泉進次郎などは何度も沖縄入りし、てこ入れを図った。

しかも、佐喜眞候補陣営は辺野古基地建設の是非には一言も触れない争点隠しの選挙を徹底した。これは新潟知事選挙で、原発再稼働を隠し続けた戦術と同じ。さらに付け加えれば、安倍と石破の自民党総裁選で安倍が徹底して争点隠しの選挙を行ったのと相通じる。

要するに、争点を議論するような面倒なことはしない。選挙に勝てば、どんな政策を採っても、住民の意思を得ていると強弁する、という典型的ファシズム手法を行っている。

以前から何度も指摘したが、【権力維持】そのものが自己目的化した典型的ファッショ政党に自・公・維新・希望などの政党が転落している証左である。

このような本土の上から目線の傲慢政党に沖縄県民は、明確にNOを突きつけた。本土の差別視線に、ウチナンチュウの誇りをかけてNOを突きつけた。

腑抜けの本土国民や自民党の政治家連中の腰抜けぶりに比べると見事な腰の据わり方である。

圧倒的武力を持つ占領軍に「非暴力」で抵抗するには、相手の力を利用する以外ない。沖縄県民は、この【巴投げ】発想をわがものにしている。その代表が、翁長知事である。

彼は自民党員でありながら、【イデオロギーよりアイデンティティ】という見事な【巴投げ】発想で辺野古建設に粘り強く抵抗した。

安室奈美恵や沖縄の音楽の素晴らしさは、占領という悲劇や本土の差別などという苦しみを見事に【巴投げ】した沖縄県民の誇り高き精神の象徴である。

わたしたちはこの沖縄県民の誇り高き生き方に学ばなければならない。わたしたちは、「希望は沖縄から」を合言葉にしたらどうだろう。
 
0019 「護憲+」HPのアドレス変更 笹井明子 11/16 17:54
 
「護憲+」HPのアドレスが変更になりました。
新らしいアドレスは以下です。
http://magiwa.net/user/goken/

変わらぬご訪問をお待ちしています。よろしくお願いします。

(旧アドレス:http://yufuu.com/user/goken/
 
0020 象徴天皇へ歩み続けた明仁天皇(帝王学の成果か!) 流水 12/22 18:03
 
【1】明仁天皇の象徴天皇制へのこだわり

私自身は、日本の支配階層(政治・官僚・財界、メディアも含む)の中でもつとも日本国憲法の遵守義務を実践されているのは、明仁天皇であると考えている。

明仁天皇は、何故、ここまで憲法の精神(※特に象徴天皇制)を遵守しようとされているのか。

・・・2016年8月8日、明仁天皇は、「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」をテレビやラジオ、インターネットを通じて人々に伝えた(本書二六三頁)。この「お気持ち」は自身の意思を強くにじませながら、しかも自身の考える象徴天皇のあり方や天皇制という制度の問題についても言及していた。

明仁天皇はこのなかで、「即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました」と述べ、「象徴」としての天皇像を自身がこれまで模索してきたことを強調している。その模索とは、憲法に規定された国事行為だけではなく、「象徴」としての立場からなされる「公的行為」の拡大と言える。

全国各地を訪問し人々と触れ合うことや被災者の見舞いを行うことなど、明仁天皇が重要視する活動は「公的行為」とよばれるものであり、憲法や法律にはそれに関する規定はない。それは、天皇が「象徴」としてのあり方を模索してきた結果生み出されたものであった。

「お気持ち」では、そうした公的行為を含めた「公務」すべてが「象徴」としてのあり方だと主張されている。自らが模索し形成してきた「象徴」としての天皇像への強い自負とも言えるだろう。そして「お気持ち」では最後に、「国民の理解を得られることを、切に願っています」と結び、自らが模索してきた「象徴」像を人々に問うた ・・・
河西秀哉の「象徴天皇制とは何か ★――★制度と個人のはざまで」
https://www.amazon.co.jp/平成の天皇制とは何か――制度と個人のはざまで-吉田-裕/dp/4000247239

この会見で、明仁天皇自らが語っているように、天皇自身が象徴天皇としてのあり方を模索し続けてこられたことが正直に語られている。

河西氏が指摘しているように、天皇としての【国事行為】だけでなく、象徴としてなされる【公的行為】の拡大により、象徴天皇としてのあり方を模索し続けてこられたことが良く分かる。

このような明仁天皇の象徴へのこだわりは、どのように生まれてきたのか。これまでわたしには今一つ腑に落ちなかった。

しかし、12月15日NHKTVで「歴史秘話 小泉信三 波乱の人生」の再放送を見て、明仁天皇が身をもって実践されている【象徴天皇制】への強いこだわりと自らを律する強い信念は、どのようにして育てられたのかが理解できた。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
★日本国憲法第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。 
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上記の規定がどのような過程とどのような議論に基づいて書かれたのか。憲法9条問題はかなり詳細に議論されているが、「象徴天皇制」についての議論は意外と少ない。逆に言えば、現在の象徴天皇制のありようがそれだけ国民に認知されている、という証左かもしれない。

同時に、この議論の少なさにも関わらず、明仁天皇が自らの人生を賭けて普遍化しようとした【象徴天皇制】について、国民はもう少しきちんとした議論をする必要があると思う。

【2】教育係としての小泉信三

上記の問題を考えるとき、明仁天皇の教育係としての小泉信三の役割を外して考えるわけにはいかない。

小泉信三は、慶應義塾大学塾長をつとめた学究。父信吉は、福沢諭吉の初期の門下生。その縁で慶應義塾大学に入学。経済学を学ぶ。晩年の福沢諭吉にかわいがられた。英・仏・独の大学で学び、帰国後慶應義塾の教授・塾長になる。

長男は戦死。自身も昭和20年3月の東京大空襲で被災。顔面などに火傷を負う。
昭和22年に慶應義塾大学塾長を辞任。昭和24年に東宮御教育常時参与に就任
皇太子 明仁親王(平成天皇)の教育係になり、「ジョージ五世伝」 「帝室論」 を説く。

小泉信三の略歴をざっと述べたが、彼自身の思想傾向は基本的に自由主義者だと考えてよい。彼は共産主義に対する強固な反対論者だったが、その反面唯物史観に対する一定の評価もしていた。特にマルクスの「資本論」は高く評価していた。その意味では、バランスの取れた知性の持ち主であったと考えられる。

彼は明仁親王の教育係としての信念を以下のように述べている。

・・「皇室がうまくいかないと言う事は、日本の不幸でもある。この厳しい言葉を伝えるのが自分の役割。
「新憲法によって天皇は国政に関与しない事になっていますが。しかし、何ら発言なさらずとも、君主の人格、識見は良くも悪くもおのずから国の政治に影響するものであり、殿下のご勉強と修養とは日本の国運を左右するものとお心得ください」

そうしないと天皇制は生き残れない、と小泉信三は考えていた。同時に、彼の皇室に対する敬愛の念は、戦前型知識人の一つの典型だった。

「世の君主、皇太子たるものの第一の義務が人の疾苦を思う事である。」・・疾苦とは、人々の悩み苦しみを指す。

小泉の天皇制存続に対する厳しい見方は、彼がGHQや日本国内での天皇に対する厳しい意見を知っていたからである。(例えば、戦後皇居前で行われたメーデーのプラカードに掲げられた文言。“朕はたらふく食っているぞ。汝臣民、飢えて死ね”)

彼の明仁親王に対する帝王学進講は、「天皇制存続」のための存亡を賭けた講義でもあった。

小泉は親王教育に積極的にテニスを取り入れた。小泉は、欧州留学の最後にウィンブルドンの大会を見学するくらい、テニス好き。英国貴族などのテニス好きを肌で知っていたのだろう。英国ではテニスは紳士のスポーツとされていた。その為、親王教育にテニスを積極的に採用した。

当初、明仁親王は、練習中、ボールを自分で拾いに行かなかった。彼には自分でボールを拾うという感覚がなかった。何事もおつきのものがしてしまうので、自分自身が何かをしなければならないという感覚が育っていなかったのである。

「貴族のお姫様は、恥ずかしさという感覚がなかった。だから平気で人前で裸になった。それが恥ずかしいことだと言う感覚が育っていなかった」という話がある。これと同じ事が明仁親王の感覚にもあった。小泉信三は、この感覚を直す事から始めた。彼は、我慢強く明仁親王がボールを自分で拾うまで待った。この当たり前の感覚を養うところから、明仁親王の帝王学は始まった。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
【何ら発言なさらずとも、君主の人格,識見は良くも悪くもおのずから国の政治に影響するものであり、殿下のご勉強と修養とは日本の国運を左右するものとお心得ください】 
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これぞ、帝王学。儒学の教えだが、良くも悪くも日本の支配階級は、こういう姿勢で統治にあたっていた。君主の道とは、自らを厳しく律する道だと言う事である。

この番組では触れられていないが、英国貴族に【Gentleman Ideal】という考え方がある。日本の武士道と同様な「紳士の道」とでも言うべき考え方である。この中で特徴的なのは、エリートたるものは、頭脳はもちろん、自分の部下に腕力・体力でも負けてはならないという考え方がある。日本流に言うならば、【文武両道】である。同時に、自分の行為に対する「責任意識」も強かった。小説で言えば、シャーロック・ホームズのイメージ。彼はボクシングも強かった。

戦争中、英国人捕虜の中で将校を見つけ出すのは簡単だったと言われる。彼らは一般の兵より、身体が図抜けて大きかった、と言われている。映画「戦場にかける橋」でアレック・ギネスが演じた将校の姿が英軍人の将校の姿に近いと言われている。

このような紳士像は、英国の厳しい階級社会で生まれた。支配階級は一つ間違えば、革命でその地位を追われてしまう。文字通り、自らの生命がかかる問題。そういう中で自らの支配を継続する。生半可な姿勢ではできない。その緊張感がこのような教えを生み出した。

小泉は英国留学をしている。同時に父親は武士。当然、武士道の教えの中で育っている。これらが相まって、明仁親王に理想的な天皇像を構築してほしいという願いを託したのであろう。

安倍晋三や麻生太郎たちに聞かせてやりたい言葉である。

【3】福沢諭吉の「帝室論」とは

小泉の進講した福沢諭吉の【帝室論】は、1882年の4月26日から5月11日まで12回にわたって無署名社説として連載され、同年5月に単行本が刊行された。

福沢諭吉 帝室論 現代語訳
https://www.amazon.co.jp/帝室論-福沢諭吉-著-現代語訳-三島堂-福沢諭吉-ebook/dp/B014KG19C2

福沢の帝室論の肝は、政治上の争いに「帝室の尊厳とその神聖」を利用してはならないと言うところにある。その為に、帝室は「今後政治社会の外に立ちて、高尚なる学問の中心となり、かねてまた諸芸術を保存してその衰頽を救わせたまう」と述べている。福沢は、1887年に書いた「尊王論」でも同様の趣旨を主張している。

家永三郎は、福沢の政治的狙いについて、以下のように述べている。

・・・自由民権運動の展開に伴う官民の抗争の中で、政府与党が民権派を天皇制に敵対するかのように非難し、民権派の中にも事実共和主義の傾向を帯びた動きを生ずるおそれもなしとしなかったのを深く憂い、天皇を政治から隔離する事により、天皇を政治上の闘争が天皇制の安否に波及するのを防止し、その安全を図ろうと考えたところから出ている。

それは帝室の存続を図るための提案であるという点では、天皇制護持論の形をとっているけれど、そのためには天皇を政治上の実権から遠ざけねばならぬとする点では、天皇の大権強化を主張する政府とその他一般のいわゆる「尊王論」とは、名は同じでも、実際は著しく違ったものだと言わなければならない」・・・・・
家永三郎 筑摩書房 現代日本思想体系 福沢諭吉 解説 35p

家永は、このような福沢の考え方を彼の乾いたプラグマティックな発想にあると考えている。

・・・「第一。福沢が天皇制を護持しようとするのは、彼が心から天皇制を尊貴なものと仰ぐのではなくて、彼自らが露骨に言っているとおり、「経世上に尊王の要用」を認めたからに外ならず、言いかえれば、天皇制に利用価値があるというだけの話なのである」・・・・
(同上書)

小泉信三は経済学者。晩年の福沢の知己を得ている。福沢の人となりを知らないはずがない。もちろん、帝室論の中の福沢の乾いた認識を知らないはずがない。

同時に、彼は、新憲法制定の経緯についてもある程度知っていたはずである。天皇制存続についてのアメリカ国内の論議、諸外国の論議、GHQ内の論議もある程度知っていたと考えられる。(委細後述)

その彼が、あえて、明仁親王に「帝室論」を講義したのはなぜか。わたしの想像では、三つあると考えられる。

一つには、皇室存続の危機感がある。戦勝国の間にも、昭和天皇の戦争責任を問う声が少なくなかった。皇室存続の危機は、間違いなく現実の危機だった。

新憲法で、象徴天皇制として皇室が存続したのは、ある意味僥倖といってもよいくらいのものだった。だからこそ、次の天皇を担う皇太子(明仁親王)には、次の時代にふさわしい【天皇像】を創出する課題(皇室にとっては、責務と言って良い)があった。

二つ目は、戦前の歩みへの反省があった。福沢が、「天皇を超越的存在に祭り上げ、政治の領域外の存在」として位置づけた最大の理由は、「天皇の政治利用」が進むと国を誤る、と考えたからに相違ない。その福沢の杞憂が杞憂でなくなったのが、戦争までの日本の歩みである。この反省が小泉に無かったとは考えにくい。

三つ目は、新憲法の【象徴天皇制】の規定である。天皇制をどうするかについては、戦争が終わる前から、アメリカ国内でも議論されていた。戦争が終わり、いよいよ新憲法が制定されるという時、天皇制存続か否かの議論は、アメリカにとって最大の課題だった。

この問題について最も影響力を持ったのが、「極東における政治・軍事問題-日本統治制度の改革」(PR32)という国務省の指針である。詳細な事実の羅列は、煩雑になるので省略するが、PR32では、【日本がポツダム宣言を受諾した事を踏まえれば、天皇制を廃止してアメリカ型共和制に移行させるよりイギリス型立憲君主制にとどめることを勧告したのである。
・・・新憲法制定と象徴天皇制の起源一 マッカーサー草案の成立過程一 小倉裕児
file:///C:/Users/owner/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/723DDZRA/contentscinii_20181218143010.pdf

ここから読み取れるように、象徴天皇制の制度は、イギリスの立憲君主制(王は君臨すれども 統治せず)をイメージして設計されたことは確かである。

小泉信三は、皇太子(明仁親王)に上記の問題を総合的に考え、皇室としてのあり方を模索させるために、福沢諭吉の「帝室論」と英国王室の「ジョ−ジ五世伝」を講義したと考えられる。

【4】 象徴天皇制の役割

戦後政治史における象徴天皇の政治的役割の研究では、一橋大学教授渡辺治のものは避けては通れない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E6%B2%BB
『戦後政治史の中の天皇制』(青木書店、1990年)

渡辺氏は戦後天皇制を以下のように断定する。
・・常に「保守政治の従属変数、利用の対象」 であったと定義。内奏などによる天皇の政治介入の余地は残ったものの、総攬者としての権力が外形的にも存在しないために、実際の政治的な影響力は少なかった。・・・(同上書)

「保守政治の従属変数」とは手厳しい評価だが、現実の天皇制の評価としては、そんなものだろうと思う。

問題は、一般の人にはなじみが薄い【内奏】という言葉である。

◎内奏(ないそう)は天皇に対して国務大臣などが国政の報告を行うことである。

芦田内閣では行われなかった内奏が、第二次吉田内閣で復活した。現在においても首相をはじめとした閣僚による内奏は不定期ながら行われている。

政府は、内奏について「天皇の教養を高めるために閣僚が所管事項の説明を行う」「国情を知っていただき、理解を深めていただくということのためにご参考までに申し上げる」としている。・・・ウィキペディア ・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E5%A5%8F

この「内奏」問題をクリアするために、小泉が選んだのが、「ジョージ五世伝」。おそらく、この伝記の中で引用されているウォルター・パジョットの君主論における三原則を重要視したのだろうと推測されている。(ケネス・ルオフ)

●パジョットの三原則(王は諮問に対し以下の権利を持つ)
@忠告し A奨励し B警告する

内奏行為を正当化する

※ケネス・ルオフ (Kenneth James Ruoff, 1966年 - ])はアメリカ合衆国の歴史学者、日本研究者。ポートランド州立大学教授。 Center for Japanese Studies(日本センター)所長]。著書『国民の天皇』で2004年大佛次郎論壇賞受賞。
‥ウィキペディア・・

※ウォルター・パジョット
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%88

このように、象徴天皇制議論を詳細に詰めていくと、きわめて難しい要素が多く存在する。

ただ、このウォルター・パジョットの考え方は、マキャベリの「君主論」を発展させたもので、きわめてリアリスティクで福沢諭吉の乾いたプラグマティズムと認識を共有するものがあると考えられる。小泉が、「帝室論」と「ジョージ五世伝」を進講の材料に選んだ理由もその辺りにあるかもしれない。

【5】小泉信三の考える象徴天皇制

小泉が、「帝室論」について触れたのが、1948年。彼の解釈は以下の通り。
・・「皇室は政治社外に仰ぐべきものであり、またかくてこそ始めて尊厳は永遠に保たれる。 苟も日本において政治を談じ、政治の事に関するものは、その主義においてかりそめにも 皇室の尊厳と神聖を濫用してはなら」ない。皇室の任務というのは「日本民心融和の中心」 となることである。政治は人の「形体」は支配できるが、「人の深奥の心情」を動かすこ とはできない。であるから、「人情の世界を支配し、徳義の風俗を維持する一事に至って は終にこれを皇室に仰がなければなら」ない。「爾来六十年を経て回顧すれば、先生の尊 皇の志とその先見洞察とは、新憲法の制定せられた今日において特に人の心に感ぜしむる ところが多いと思う。」 ・・・・

小泉の帝室論の解釈は、福沢の皇室の活用法と言う意味できわめてプラグマティック。彼は、皇室の任務というのは「日本民心融和の中心」 となることである、と断じている。

・・政治は人の「形体」は支配できるが、「人の深奥の心情」を動かすことはできない。であるから、「人情の世界を支配し、徳義の風俗を維持する一事に至って は終にこれを皇室に仰がなければならない・・・

これは、ある意味、日本独特の考え方と言って良い。「人情の世界を支配し、徳義の風俗を維持する」のが、象徴天皇制の最大の役割でこれは皇室にしかできない、と言っている。

ここが立憲君主制のイギリス王室との大きな違いになる。イギリス王室の住人は、お世辞にも【徳義の風俗】を維持する中心とは言い難い。逆に言えば、彼らは、君主であっても人間で、人間としての喜び、悲しみ、苦悩、煩悩を体現している。

小泉の言う【徳義の風俗維持】というのは、戦前の神格化された天皇制の残滓を引きずっていると言わざるを得ない。この辺りが、戦前の良質な知識人であった小泉の限界だったかもしれない。

このように読んでみると、小泉は、福沢の「帝室論」に象徴天皇制のモデルを見ている。事実、彼は、「爾来六十年を経て回顧すれば、先生の尊皇の志とその先見洞察とは、新憲法の制定せられた今日において特に人の心に感ぜしむる ところが多いと思う。」と書いている。

このように見てくると、小泉信三が何を思い、何を考えて、「帝室論」を明仁親王の進講の教材に使ったかは明らかであろう。

同時に、彼は象徴天皇制の歴史とか意義とか思想的意味とか、そのような形而上的問題については、あまり語っていない。そんな事を語っても、「生まれながら天皇として生きる事を定められた宿命」のもとに生まれた明仁親王に何の意味もない。

彼はあくまでも、定められた宿命をどのように生きるか、を具体的に語った。「人情の世界を支配し、徳義の風俗を維持する」には、どうしたら良いか。おそらく、小泉は、皇太子への進講のすべての目的をこれ一本に絞った。
テニスボールを自ら拾う、などという何でもない行為一つ一つに、「人情の世界」の具体性を教え、【徳義の風俗を維持する】具体的行為を教えたのであろう。

【6】 明仁天皇の考える象徴天皇制

昭和天皇が最初に担った戦後の「象徴天皇制」の歴史的役割については、渡辺治氏の「保守政治の従属変数、利用の対象」であって、実際の政治的力はほとんどなかった、という評価は、肯定しなければならない。

その後を継いだ明仁天皇は、父親である昭和天皇のやり方をほとんど踏襲しているが、天皇の国事行為をきちんとこなした後、象徴としての【公的行為】に力を注いだ。実質的には、【公的行為】の拡大と言って良い。何故なら、【公的行為】には法的規定はなく、天皇の意志によるところが大きい。

では、明仁天皇は、象徴天皇としての【公的行為】を拡大したのだろうか。

★制度としての天皇制

わたしは、明仁天皇は、【制度としての天皇制】を徹底的に生きる覚悟を固めたのだろうと推測している。

では制度としての天皇制とは何か。

評論家で詩人の吉本隆明に源実朝を書いた評論がある。その評論の骨子が、【制度としての実朝】論である。

この論は、歌にそって説明が必要である。

大海の/磯もとどろに/よする波/われてくだけて/さけて散るかも

・・・【かういう分析的な表現が、何が壮快な歌であらうか。大海に向つて心開けた人に、この様な発想の到底不可能な事を思ふなら、青年の殆ど生理的とも言ひたい様な憂悶を感じないであらうか。(中略)いかにも独創の姿だが、独創は彼の工夫のうちにあつたといふより寧ろ彼の孤独が独創的だつたと言つた方がいい様に思ふ。(中略)これが、ある日悶々として波に見入つてゐた時の彼の心の嵐の形でないならば、ただの洒落に過ぎまい。】(小林秀雄『無常といふ事』所収「実朝より)・・・

吉本の解釈も小林の解釈と変わらない。ただ、吉本は、実朝の孤独の解釈に【制度としての将軍】を生きるという意味を付与した。

よく知られているように、源実朝は、鎌倉幕府の三代将軍。初代頼朝は、流人。平家との戦争に敗れた源氏の御曹司。本来なら命のないところを命だけは助けられ、伊豆に流された。当然、彼の行動は平家によって監視されていた。

しかし、地方豪族にとって、源氏の御曹司はいわゆる【貴種】。存在そのものに意味があった。それが彼を鎌倉幕府初代将軍にしたものだった。頼朝は、自分を将軍にしてくれた地方豪族(北条氏など)を大切にしたし、それなりの配慮もした。頼朝は、将軍ではあったが、自分の置かれた位置をよく知っていた。それが、彼が将軍としてそれなりの権威と権力を保持できた要因だった。

ところが、二代目頼家は、そういう配慮があまりできないし、自らの立ち位置をあまりよく理解できていなかった。それが彼が修善寺で非業の最後を遂げる原因となった。

その後を継いだのが実朝。西行と実朝と言われるくらいの歌詠みだったが、現実世界での彼は非常に孤独だった。将軍と言う名前はあっても、実質的権力はない。文字通り名前だけの存在だった。同時に彼は、兄頼家の非業の最後の原因を知っていたはずである。将軍として、自らの意志を押し通せば、待ち受けているものは死。だから、彼はただ【制度としての将軍】を生きた。

彼は、自らが「本当の事を言えば、世界が凍る」情況を生きなければならなかった。

●大海の/磯もとどろに/よする波/われてくだけて/さけて散るかも

この歌が、これほど辛い精神状況で読まれた歌だとしたら、小林の言う通り、実朝の孤独の精神のありようが独創的だった、と言う事になる。吉本は、この孤独のありようを【制度としての実朝】という視点で論じたのである。

明仁天皇の象徴天皇としての【公的行為】拡大の決意は、実朝の歌詠みに賭けた決意と重なるように見える。彼以外には、天皇の孤独は理解できない。彼以外には、天皇の覚悟は分からない。日本でただ一人の存在であるがゆえに、日本でただ一人の孤独を覚悟しなければならない。彼の悩みや苦しみは、そのほとんどが【抽象的悩み】であったはずだが、その【抽象性】に生きなければならないのが、天皇だった。

わたしは、これを【制度としての天皇制】だと考えている。

★慰霊と鎮魂の旅

太平洋戦争で死亡した人々への【慰霊と鎮魂の旅】を天皇在位中に精力的に行い、その足跡はパラオ諸島まで及んでいる。もちろん、沖縄にも出かけ、平和の礎の前で鎮魂の祈りをささげた。

天皇の慰霊の旅にかける思いの解釈は様々あるだろうが、以下の文章が一番近いと考えられる。
http://news.livedoor.com/article/detail/10346601/

さらに毎年全国各地で頻発する自然災害の被害者の慰問とお見舞いを欠かしたことはない。齢を重ねるとよく分かるが、被害者の前で正座をして、被害者と同じ目線で話を聞く。この姿勢はなかなかできない。正座から立ち上がるのが大変難しい。明仁天皇も美智子皇后もそんな事はおくびにも出さず、平然とその姿勢を続けてこられた。

林家辰三郎だったか誰だったか、京都史学と呼ばれた歴史学者が、天皇ほど便利なものはない、と言っていた。その心は、「転変地変だろうが政治的災悪だろうが、みんなわたしが悪いのよ、といって責任をかぶってくれる存在ほど、ありがたいものはない」と言っていたが、明仁天皇と美智子妃殿下の象徴としての【公的行為】は、まさにこの評価そのものであると言える。

明仁天皇にとって、【公的行為】とは、天皇と言う存在の抽象性を具体性に変える重要な行為だった、と言えるのではないか。天皇制がこれだけ存続してこられたのも、こういう天皇家のありようが大きな要因だったことは間違いない。

私自身は、明仁天皇の象徴天皇制についての考え方の中核に、この世の様々起きる災悪に【全部わたしが悪いのよ】と全ての責任を負うのが天皇の宿命という考え方があると考えている。そして、その宿命を具体的行為に変えて、国民の前に差し出す。これが国民統合の要(象徴)になると考えておられるのではないかと想像する。これが小泉信三の言う【国民の疾苦に寄り添う】思想だと思う。

だから、明仁天皇になってから、天皇制についての疑問を呈する論者が少なくなった。昭和天皇の時代、あまりにも「保守政治の従属変数」的要素が目立った。理由は明白。昭和天皇の心の中に、戦争責任についての忸怩たる思いが終生付きまとったのではないかと想像する。

この点が明仁天皇と違う。さらに、小泉信三は、きわめてプラグマティクな考え方で天皇制を考えていた。つまり、天皇制はかくあるべき、という理論から天皇制を考えるのではなく、【むしろ、現状の象徴天皇制をどのように理論化し、正当化するかを目指した】。

これは福沢の立場に近い。新憲法下での天皇制を丸ごと認めたところから出発し、時代の進歩や変化に応じた【象徴天皇制】のあり方を模索し、理論化し、正当化する、というのが、小泉信三の姿勢だった。

明仁天皇が在任中ずっと【象徴天皇のありよう】について熟考し続けてこられたのも、小泉の思想や思考のありようの影響が大きかったと言わざるを得ない。

同時に明仁天皇は、戦後の民主主義志向にも柔軟に対応された。園遊会の席上で将棋の米長氏が、「学校で国旗を掲げる運動を一生懸命やっている」と言う趣旨の話をしたとき、天皇は「強制はいけません」とぴしゃりと言い放った。この断固たる姿勢は、明仁天皇の民主主義的思想の強靭さを感じさせた。

天皇制の存続については、多様な意見がある。それぞれにそれなりの論拠がある。天皇制と言うシステム自体が、民主主義システムとは本来相容れない。それが分かっていながら、【象徴】というきわめて微妙な立ち位置で存在している天皇制の頂点に位置する天皇が、最も日本国憲法の遵守義務を果たしている。

本来なら、政府与党や国会議員、官僚たちこそ、最も憲法の遵守義務がある。その彼らが、憲法遵守義務をないがしろにする。これが、平成と言う時代の思想状況の悲惨さである。

明仁天皇の退位を巡って様々な問題が顕在化している。秋篠宮の「宮内庁長官」に対する批判も、この間の天皇家と政治の確執を感じさせるに十分である。

家永三郎が、福沢諭吉の帝室論や尊王論の真の狙いを「天皇制護持論の形をとっているけれど、そのためには天皇を政治上の実権から遠ざけねばならぬとする点では、天皇の大権強化を主張する政府とその他一般のいわゆる「尊王論」とは、名は同じでも、実際は著しく違ったものだと言わなければならない」と書いたのと同じ状況が現在の日本で起き始めていると感得しなければならない。
 
0021 本と建前、まかり通る自衛隊 猫家五六助 12/29 22:39
 
先ほど、Yahoo!ニュースを見ていて、この記事にハッ!とした。

This is JAPAN NAVY…日本は「軍」を保有? 答えを出さなかった平成の終わりに
https://news.yahoo.co.jp/byline/yanaihitofumi/20181229-00109459/

先日、海上自衛隊の哨戒機が韓国海軍艦船にロックオンされた事件で、証拠映像(音声付き)が公開され、NHKニュースでも流れた。

ロックオンする韓国海軍に”海上自衛隊”が呼びかけた音声が
「THIS IS JAPAN NAVY, THIS IS JAPAN NAVY」
(我々は、日本海軍)
であったという。もっとも、ニューステロップには
「こちらは日本国海上自衛隊」
と和訳されていたとのこと。

この記事を書いた楊井人文さん( 日本報道検証機構代表・FIJ事務局長・弁護士)は、こういう言葉の言い換えが横行している現状(政治)について、このような警笛を鳴らしている。

+++++ ここから +++++
(前略、海上自衛隊は)諸外国の軍隊と同じような装備品を持ち、国防を担う軍事組織であるという事実は否定できないはずだ。それでも、私たちの社会は「言葉の言い換え」によって、いわばオルタナティブ・ファクト(代わりの事実)を信じることにしてきたのである。 
 古くは「退却」を「転進」と言い変え、現実から目を背けた。最近も「戦闘」を「衝突」に、「空母」を「多用途運用護衛艦」に言い換えるなど、枚挙にいとまがない。戦後社会を貫くオルタナティブ・ファクトの最たるものが、「自衛隊は『軍』ではなく、『実力組織』」ではなかろうか。
(中略)憲法9条の矛盾問題はさんざん議論が交わされてきた。しかし、私たちは、すでに「軍」を持っている国なのかどうか、という基本的な問いにも答えられないまま、平成の幕が閉じようとしている。(文末)
+++++++ ここまで +++++++

 まったく、おっしゃる通り。放送用語に厳しいNHKまでもがサラッと書き換えるのも疑問だが、私を含めてそれを見逃し聞き逃してしまう”慣れ”は恐ろしい・・・この記事は再確認させてくれた。

専守防衛を勝手に逸脱し、先制攻撃さえ辞さないような軍拡路線(国防予算要求)を突き進む安倍政権は、軍国主義を”積極的平和”主義と都合よく吹聴する所以である。
 
0022 「空母」机上論のアホ総理、大臣、官僚。 猫家五六助 12/30 01:05
 
護衛艦の空母化と、そのためのF-35B導入に戸惑い、呆れているのは一番危険を背負う自衛隊のパイロットでしょうね。

空母はF-35Bを”載せているだけ”では、張り子のトラです。甲板上で常時さらされた時の塩害、時化た海で離着艦を行う困難さ。米国空母が艦載機の離着艦時に救難ヘリをホバリングさせているのは、なぜか。通常、F-35Bの垂直離着陸は狭小の”上下左右に揺れない”地面を想定しています。

米国は、敵地へ切り込む海兵隊のAV-8B ハリアーU(ベースは英国製)に替えて、米国軍需産業のために次世代型のF-35Bを導入したいのでしょう。

せめて国産化(部分的に国内生産)してF-35Bのノウハウを吸収しよう・・・と軍需産業に数千億円を設備投資したのに、アホ総理の鶴の一声により”言い値”FMSで完成機を購入”へと方向転換。

膨大な開発費を上乗せされ、米国内で「高価すぎる!」と批判されるF-35シリーズやオスプレイですが、日本がワリカン・・・どころか、いくらでもツケを払ってくれるのだから大喜びでしょう。

「常に飛行機を載せていないから、空母ではない」とのたまうアホな政治家は、自衛隊のパイロットに土下座してほしい。荒天、強風、突風、雨天、濃霧など気象条件の悪さは陸上への垂直離着陸でさえ難しいことがあります。

「空母を持つ」ということは「海上自衛隊の戦闘機パイロットが必要」ということ。タテ割りの航空自衛隊と海上自衛隊が共同で指揮・運用するという事です。米国がそのバックヤードに、どれだけの時間とカネをかけてきたか。

さらに空母は、単体では運用できません。数千名の乗員とともに撃沈されないため、護衛艦・イージス艦・潜水艦など10隻前後で防御形の艦隊を組みます。米国では「空母打撃群」と呼び、北朝鮮の威圧に派遣されたのは記憶に新しいところです。

一隻の空母から始まり、その整備港の整備、艦隊の維持費用、保守点検中の”もう一つ”の艦隊づくり、艦載機の購入・整備維持・機材更新、”海軍”パイロットの養成・・・等々。どれだけ「国防費」が底なしになるか、年単位の時間がかかるか、想像がつきますか?

空母化という遠回りの改修作業に血税をつぎ込み、「まずは威張れる空母が欲しい」といきがる、机上論のアホな輩たち。
 
0023 ラグビー競技の精神と多様性を見習え 流水 01/03 21:24
 
護憲+の皆さん、
あけまして おめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。 流水

現在、大学ラグビー選手権と高校ラグビー選手権が戦われている。近鉄花園ラグビー場での高校ラグビー、秩父宮での大学ラグビーを観戦するのが、わたしの年末年始の年中行事。

特に、今年の高校ラグビーは、各校のレベルが格段に向上していて、見ごたえがある。理由の一つは、科学的合理的トレーニング方式の導入により、選手のフィットネスの各段の向上がある。もう一つは、日本で2019年のワールドカップが行われるため、選手強化が進んでいるためであろう。

日本では、ラグビー競技は、今一つ人気がない。その理由の一つに、ラグビーが肉体的にきわめてハードな競技である点とルールが結構難しくて理解できない点がある。それとラグビーの日本代表メンバーに、生粋の日本人が少ない点が挙げられる。その為、国民のナショナリズムをあまり掻き立てない点にある。

日本人が好きなのは、かっての早明戦。体の大きな明治フォワードがスクラムで押し立てる。体の小さな早稲田フォワードがゴール前で必死に耐える。一瞬のスキを見つけて早稲田バックスが走り、トライを取る。

“柔よく剛を制す”“小が大を制す”これに日本人は熱狂する。だから、身体のでかい外国からの帰化選手に今一つ熱狂できない。ナショナリズムがいまいち燃え上がらない理由。

しかし、近年、他のスポーツでも、混血の選手が大活躍している。陸上のケンブリッジ・飛鳥、サニブラウン、卓球の張本、バスケのオコエ、テニスの大坂など枚挙に暇がない。

その意味でも、スポーツの世界は、これからの日本の社会を先取りしている。その中でも、ラグビーは最も先進的で、最もラディカルな「多様性」を実践している。

例えば、現在の日本代表。36人の代表選手中、日本国籍を取得した選手を含め、16人が外国生まれないし混血の選手。
https://www.jsports.co.jp/rugby/japanese_player/
これからの日本が直面する社会のありようを先取りしている。

入管法改悪の最大の問題点は、政治家や経営者、官僚たちの感性が、ラグビー界などよりはるかに遅れている事を全く自覚していないという点にある。
日本のエリート集団が、如何に【国際性】を喪失しているか、という問題である。

例えば、一時、南アフリカの選手が多数来日した。彼らが日本を選んだ理由は、治安が良くて、日本での生活が安心できる、というのが一番だった。南アフリカでは、高給取りであるラグビー選手は、家族の安全を守るためにどれだけ気を使っているか、という問題である。

日本の会社は、彼らの宿舎、家族の生活に至るまで丁寧に面倒を見た。その為、多少収入が悪くても日本でプレーする事を選択したのである。(NZやオーストラリア、南アフリカ、英国、フランスなどはラグビー先進国。日本は後進国。プロとしての収入は、先進国がはるかに良い。プレーのレベルも日本は劣る)

つまり、日本で働こうと考える選手には、先進国で働いて得られる収入より安い収入でも働こうというインセンティブが必要。これを日本を選択してもらうために考えなければならない。

入管法の最大の問題点は、このインセンティブを提供しなくてもよい仕組みになっている事にある。ターゲットがアジア諸国だからそれで良い、と考えている姿勢がありありと見える。この差別意識が、最大の問題点。

給料は安い。インセンティブもない。これで日本が選択されると考えている政府や経済界、官僚連中の国際感覚の無さは度し難い。彼らは世界が狭くなっている事に気づいていない。今回の入管法の改悪の問題点の情報は一瞬にして世界中を駆け巡っている。

さらに度し難いのは、自らの根拠のないエリート意識、そこから生まれる差別意識、差別意識から生み出される人権感覚の薄さ、それが国際性の欠落につながっている、という自覚の無さ。

それに比べると、ラグビー界の国際感覚は素晴らしい。昨年亡くなった神戸製鋼の平尾GMなどは、20年以上前からラグビーの国際化を推進していた。

「多様性こそラグビー文化」。4年前のワールドカップで活躍した五郎丸選手の言葉。こういう先進性こそ、日本ラグビーが世界的強豪国に肩を並べられる国として進化した最大の要因である。

さらにラグビーという競技は、正統的保守主義(漸進的民主主義。安倍自民党のいう保守主義とは全く違う)思想を見事に体現している。

少し、ルールに即して説明する。

★ラグビーは、ボールを前に投げてはいけない。

この場合の選択肢⇒ @自分で運ぶAキックで前に運ぶ(キックの場合は前に蹴る事を許されている)B後ろの味方にパスする

@ Aの場合は、敵にボールを奪われる危険性が高い。⇒ラグビーの防御は、タックルという強烈な方法が許されており、自分だけでボールを運ぼうとすると、奪われる危険性が非常に高い。キックする場合は、敵陣に蹴りこむことになるので、ほとんどのボールを敵に奪われる。⇒そのため、Bの方法を選択する場合が多い。⇒後ろの味方にパスする。

※このルールの思想的意味⇒進歩(前に進む)とは、後ろ向きに進むことである。⇒前進するためには、いったん後退する必要がある。⇒過去の検証なくして、進歩はない。
⇒この考え方は、イギリス人の国や社会に対する考え方と一致する。

●「ドイツ人は、考えてから走り出す。フランス人は、走ってから考える。イギリス人は、歩きながら考える。」この比喩は、欧州を代表する国家である英独仏の考え方の相違を見事に言い当てている。

★ラグビーボールの特殊性⇒楕円形のボールでどう転ぶか分からない。不確定要素が多い球技⇒この不確定要素に対応する技術と瞬時の判断力と個人の創意工夫が求められる。
⇒個人のアドリブが重要になる

★ラグビーは15人の選手が必要

ラグビーのような激しい肉弾戦を伴う競技では、怪我は日常茶飯事。15人だけではチームは組めない。最低でも20人から25人の選手が必要。しかも、不確定要素が多く、個人の判断と創意工夫が必要な競技だからこそ、チームとしての理念、戦略、戦術が重要になる。それを実践する選手の理解度、それを具現化する技術の練度、90分間戦い続けるフィットネスが重要になる。だからこそ、それを司る指導者の頭脳が問われる。

ここで問われているのは、古くて新しい【組織と個人】の問題であり、二者択一ではなく、組織も個人も生きるにはどうしたら良いか、という組織論である。

(1) 指導者の明確な理念が必要(戦術・戦略の問題)
(2) 選手の理念(戦術・戦略)の理解度が鍵を握る
(3) 組織が前進するためには、前の実践の総括が重要⇒後ろ向きに進む
(4) 組織が前進するためには、前の実践の継続が必要⇒継続の精神
(5) 組織が活性化するためには、個人の創造性が不可欠⇒アドリブが重要
(6) 個人の創造性を生かすためには、他の選手のフォローが重要⇒継続の精神
(7) 組織の活性化には、選手それぞれの能力にふさわしいポジションが必要⇒選手は与えられたポジションの理解が必要。同時に他のポジションに対する理解が重要。⇒能力の評価、ポジションのトータルな理解、フォローの問題

こう見てくると、外国人選手や混血の選手たちをチームの一員として迎え入れ、チーム活性化やチーム強化に生かす、と言う事は、日常からの国際性が必要になる。これをやり遂げて初めて、チームが強くなり、選手も進化する。

今年は、ラグビーのワールドカップが日本で行われる。日本チームの主将、リーチ・マイケルは、ニュージーランド生まれ。高校生の時、北海道札幌山の手学園に留学。冬の全国高校ラグビー大会に出場。活躍した。その後、東海大学に進学。主将として活躍。その後、実業団の東芝に入団。日本代表に選出される。日本チームの主将として、ワールドカップ南アフリカ大会に出場。今回の日本でのワールドカップでも日本チームの主将に選ばれている。

彼が主将に選ばれたのは偶然でも意図的でもない。彼の選手としての力量、チームに対する献身的プレー、チームメイトの信頼も厚く、人間としての評価も高い、などが合わさって、大学でも選ばれ、日本代表チームでも二回連続選ばれたのである。きわめて自然で当然な選出。

日本人でなければならないとかいう狭いナショナリズムや狂信的ナショナリズムを止揚して、多様性を大切にした新たなナショナリズムを作り上げなければ、21世紀の日本の未来はない。

その意味で、多様性を大切にし、個人の創造性を大切にしながら、チームのために犠牲になる(特にフォワードの仕事)ことも厭わないラグビー競技のありようは、大変参考になる。

英国のイートンとかハローなどのPublic School でGentleman Idealを育成する重要なツールとしてラグビーが奨励されているのも了解できる。

日本でも良く引用されるが、One For All  All For One、とかノーサイド精神(試合が終われば、敵味方でなく友達)というのが、ラグビー精神と言われるもの。日本で言うなら、剣道とか柔道のような英国流【道】の精神。

ここで注意しなければならないのは、上記の精神性だけに注目しすぎない事である。日本では、上記のような精神性ばかり強調されるが、ラグビーの本当の要諦は、戦術であり、戦略にある。

肉体強化もさることながら、将来を見据えたチーム強化をどのようにするか、という理念と戦略。その場その場に応じた戦術戦略を組み立てる頭脳とそれをチーム全てに説明できる論理性と説得力。その「戦術・戦略」を実践できる技術と体力を育成する能力と選手の成長を待つ忍耐力など多様な能力を育成している。

こういう教育を経て社会に出た紳士たちは、政治や経済などあらゆる部門で活躍する。例えばイギリス情報局 M16などで活躍したりする。イギリス情報局は世界でNO1の諜報能力を誇っていて、アメリカCIAのお手本だった。戦後のCIAの驚異的拡大の裏には、イギリス情報局の影響が大きかった。

第二次大戦後、イギリスはかっての力を失ってしまった。そのイギリスが、世界に影響力を行使できたのも、イギリス情報局がCIAに深く影響を与えた結果だった。

イギリスは、このように長期的戦略・理念をきちんと持ちながら、短期的戦略を柔軟に使い分ける。第二次大戦後、イギリスが世界の覇権国から降りなければならない事を誰よりもよく理解していた。その最も有利な降り方を考えて、次の覇権国であるアメリカに強い影響力を行使する事により、自らの国の維持を図ったのである。

ラグビーの理念、戦略、戦術を考える、と言う事は、このような国家の将来を考える貴重なトレーニングになる。その為には、多くの能力が必要。狭いナショナリズムにとらわれていては、国際性が喪失する。

ラグビーのワールドカップ出場選手規則では、その国のラグビーリーグに三年以上在籍した選手は、その国(日本なら日本)の選手として出場できる。
これが、イギリスが影響力を行使している国際ラグビーの規則。如何にも、多様性・国際性を重視するイギリス的規則である。

イギリスなどは、この種の教育を経て世界の覇権国になっていったという歴史は知っておく必要がある。イギリス流が全て正しいとは思わないが、米国流のやり方より、はるかに地に足がついたやり方に見える。

今年は日本でラグビーのワールドカップが開催される。日本チームの勝敗をさることながら、ラグビーという文化をもう一度見直してほしいと思う。
 
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