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老人党リアルグループ「護憲+」は、日本国憲法の基本理念である国民主権、平和、人権を護りたいと願い、「護憲」の視点に立った「世直し」を志す老人党有志グループです。

コラム「護憲+語憲」 :見習い期間 (10/18)

物質的豊かさと争い

 わたしは毎日生きるために必要なエネルギーを摂取できている。現在の日本の社会ではむしろエネルギーを摂りすぎていることが問題視されているだろう。かつてのように、エネルギー不足どころか栄養全般の不足が叫ばれることもない。
 毎日お風呂に入り身体を洗うこともできている。一般家屋にも浴室があり、銭湯に行く必要もない。洗髪も1ヶ月に1度ではなく、必要があれば毎日できる。

 物質的に充足しているだけではなく、物理的距離による制約も年を追うごとに少なくなっている。どこかに直接出向くことなく買い物ができ、行政手続きなども遠隔で場所や時間を選ばずにできるものが増えている。
 体調を崩してしまっても親しい人と話すことができる。家庭には固定電話がなく、電話をするにも交換手を通さないといけない時代から考えれば、個人単位で電話を所有し、必要があればビデオ通話ができるなんて夢のような話だろう。物質面を超えて精神的な面でも制約から解き放たれて充足されると考えられる。

 物理的に豊かになり、住んでいる場所などによる制約が減っているにもかかわらず、わたしたちが他者を攻撃し争いたがるのはなぜだろうか。
 毎日生存することに必死でなくなったからこそ、小さな違いや欠点が目につくようになってしまったのか。そして、その違いに対して敏感になるだけの余裕が出てきたのか。

 物理的な充足と精神的な充足が別の次元にあると考えれば、より高次にある精神的欲求は満たされていないと考えるべきなのか。自らの社会的地位を高めることや自らの富を増やすにあたって、利害が一致しない相手や自らを脅かすであろう相手には容赦なく攻撃して自らの優位性を示したいのか。

 ここまで文明が進歩しても侵略も略奪もなくならないのだから、どうすれば不当に他者を攻撃しなくなるのか、その方策が全く検討もつかない。進歩すると問題が解決するだけではなく、新たな問題と向き合う必要が生じる。道のりは果てしないし、個人の人生と同様に常に何かしらの課題に取り組みながら高みを目指すということなのだろう。

 
お知らせ

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「護憲+」は2026年8月1日をもって、第二十四期に入りました。
詳しくは、「趣旨」をご覧下さい。
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