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コラム「護憲+語憲」 :笹井明子 (08/11)

原爆投下から81年目の「原爆の日」に思う

2026年8月。広島と長崎への原爆投下から81年目となる「原爆の日」が巡ってきた。

1945年8月6日と9日に、アメリカによる原爆投下で被爆し、同年末までに亡くなった広島と長崎の住民は合計20万人を超え、生き残った被爆者も長年にわたり後遺症で苦しんできた。

そして、日本原水爆被害者団体(被団協)は、「自らの体験を通して人類の危機を救おう」と立ち上がり、核廃絶を訴える活動を続け、2024年にはノーベル平和賞を受賞し、一方、戦後に生まれた私自身は、「平和憲法」に守られた日々の中で平穏に暮らし、8月6日、9日の「原爆の日」は、原爆で亡くなった方々への鎮魂と平和への祈りを胸に、静かに「祈念式典」を見つめる日となってきた。

しかし、ここ数年、ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルによるガザ地区住民へのジェノサイド、アメリカのイラン攻撃が引き起こした中東紛争等、核保有大国による戦争や紛争が相次ぎ、「核抑止力」という言葉が安全保障の鍵のように語られ、「核廃絶」は非現実的と位置づけられて、8月6日と9日は「平和祈念」だけでは終われない、被爆地から世界の政治リーダーに向けたより現実的で切実な訴えの日になってきた。

こうした状況下、今年の平和祈念式典では、来賓として出席した高市首相の言動に注目が集まったが、結果として、高市首相の「核持ち込みを辞さない安全保障政策」の本音と、首相自身の「共感力の欠如」「対話の拒絶」「強権体質」が、予想以上に際だったものとなった。

すでに指摘されているように、高市首相は「来賓挨拶」の中で「我が国は非核三原則堅持しており」と現状を述べる形で語ったものの、式典後の会見で「非核三原則を将来にわたり堅持するか」と問われても「予断することは差し控える」として、回答しようとしなかった。

8月6日の式典後の記者会見では、あらかじめ設定された質疑応答を短時間で終えると、「次の公務があるので」とさっと切り上げ会場を後にしたが、「首相動静」によれば、その後は東京に戻って、3時間に及ぶ歯科治療を受けていたという。

長崎での被爆者団体との面会時には、被爆者代表の発言の間、興味なさげに書類をパラパラとめくり、時に不機嫌そうな眼差しを発言者に向ける、国会での野党対応のような不誠実で不遜な態度をとり続けていた。

そして私が特に気になったのは、此れ等のいずれの場面でも、高市首相の周りを、やたらに多くのSPや市職員と思われる人たちが威圧的な態度でガードを固め、式典会場周辺の一般の人たちや、被爆者の方々、あるいはフリーの記者たちと高市首相の接触を遮断し続けていた姿だ。

ネットを通してとはいえ、鎮魂と平和祈念の場でのこうした姿を見せつけられるうちに、「スパイ防止法」「国旗損壊罪」等、高市政権がこだわる国家主義的法案や、昨今の国会前集会等に対する警察の強権的な警備なども思い起こされ、高市政権の独裁志向と符合するようで、心穏やかではいられなくなった。

今年の広島、長崎の原爆の日に、より明確になった高市首相の民主主義国家のリーダーとしての不適合性と危険性、それを許容している自民党政権の無責任に対し、今後私たちは私たちなりに明快な「NO」を示し、「核のない世界」を目指して献身的に行動する被爆者の人々と連帯しつつ、「平和」と「人権」「民主主義」の社会を再構築するよう努めて行きたい、と改めて思う、今年の8月であった。

 
お知らせ

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「護憲+」は2026年8月1日をもって、第二十四期に入りました。
詳しくは、「趣旨」をご覧下さい。
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