
老人党リアルグループ「護憲+」は、日本国憲法の基本理念である国民主権、平和、人権を護りたいと願い、「護憲」の視点に立った「世直し」を志す老人党有志グループです。
コラム「護憲+語憲」 :見習い期間 (05/04)
今こそ大切にしたい日本国憲法
不穏な世界情勢の中、日本でも全国各地で戦争に反対する運動が行われている。 20世紀は戦争の世紀と言われるが、21世紀になってもなお世界各地で民間人を巻き込んだ戦争が続く。日常生活が奪われていく、見るだけでも苦しくなる悲惨な光景が日々報じられていれば、たとえ日本で戦争が起きていなくても戦争に反対したいと考えるのは当然のことである。 ましてや、日本のリーダーが他国への攻撃を繰り返す人たちに媚びる態度を取っていれば、なおのこと強い危機意識を持つのは自然ではないか。
言うまでもなく、日本もかつては近隣の国や地域への侵略・略奪を繰り返し、世界大戦に加担してきた経緯がある。歴史的背景があって現行の日本国憲法は制定・施行されている。「古いから」だけでは簡単に改憲できない。日本国憲法より古い憲法を現在も施行している国では、付帯事項を追加してその時々の社会情勢や構成員に合わせている。
すでにこのコラムでも何度も言及しているはずだが、この地球全体で理不尽で身勝手な攻撃を止めたい、今は直接的には戦争に参加していなくても今後も加担してほしくないと意思表示をするのは個人の思想・信条の自由であり、誰も妨げられない。戦争放棄と同様に日本国憲法で市民に保障されている事項だ。 様々な立場や状況に置かれている人たちが各々にできる範囲で意思を示している。歩くことや大きな声を出すことを避けたい人たちのために、動かずにプラカードを提示するスタンディングのような新しい形の意思表示の場も作られ、表現の幅を広げている。 自分の意見を各々の方法で表現している人たちに対して「みんな戦争に反対しているのは自明なのだからこのタイミングでわざわざ言うことではないだろう」「戦争反対が当たり前なのだからむしろ戦争賛成の人がいたら意思を表明すべきではないか」と冷笑するような意見が現在でも散見される。 戦争には当然反対する、現在世界で起きている戦争は明らかに国際法に反している、と前置きをしたうえで、わざわざ戦争反対の抗議行動に潜入し他の参加者を非難する人もいる。日本は戦争をしていないだろう、言論の自由がなければ集会で積極的に発言などできないだろう、と嘲笑う。
「戦争反対」を押し付けることもまた、思想・信条の自由に反することはたしかだ。しかし、自分とは異なる意見の人たちを貶める行為も市民の分断を煽ることに組みしていないか。身近な市民同士での対立に気を取られ、本当に大切な論点から視点をずらされる。 こうした見せかけの対立にとらわれることなく、各々が日常生活を破壊されない平和な世界を実現するにはどのような方法があるのか、改めて考えさせられる憲法記念日であった。
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