
老人党リアルグループ「護憲+」は、日本国憲法の基本理念である国民主権、平和、人権を護りたいと願い、「護憲」の視点に立った「世直し」を志す老人党有志グループです。
コラム「護憲+語憲」 :見習い期間 (07/26)
抱え込む前に開放する
「自分のことは自分でなんとかしなければならない」-そう思い込んでしまう人は少なくない。むしろこの20年でそのように考える人が増えている印象すらある。仕事がうまくいかない、お金に困っている、人間関係で追い詰められている。そんなときに「これは自分の努力不足のせいだ」「誰かに頼るのは甘えだ」と自分を責めてしまう。この考え方こそが「自己責任論」と呼ばれているものだ。
しかし、人が困難な状況に陥る背景には、本人の努力だけではどうにもならない要因がたくさんある。景気の変動、病気やケガ、家庭の事情、そもそも生まれ育った環境の違い。 誰もが平等なスタートラインに立っているわけではなく、同じだけ努力しても結果が同じになるとは限らない。それにもかかわらず「困っているのは自分のせい」と思い込んでしまうと、助けを求めること自体にブレーキがかかってしまう。
困りごとを一人で抱え込む必要はない。誰しもひとりでは解決できない事態に遭遇することがある。身近にいる人に「実はこういうことで困っている」と話してみるだけでも、状況が動き出すことがある。 話すことで気持ちが整理されたり、思いがけない情報やつながりが得られたりすることも少なくない。同じような悩みや問題を抱える人が見つかり、ともに考えて行動することができるかもしれない。
また、身近な人に相談しづらい場合や相談だけでは解決が難しい場合には、公的な制度や相談窓口を利用するという選択肢がある。暮らしを支えるための仕組みは思いのほか数多く用意されている。当然のことながら、これらは特別な人のためのものではなく必要なときに誰もが使ってよい制度だ。 親しくはなくとも近くで生活する人に話してみることで、自分では気づけなかった制度や選択肢に気づく可能性もある。 インターネットにアクセスできれば何事も無償で独学できる環境は整っているが、フィルターバブルとエコーチェンバーに知らず知らずのうちに取り囲まれ、自分が関心のない事項や異なる視点を見落としてしまう構造でもある。情報の網の目を独りよがりにならず自由気ままにさまよえるわけではない。
「自分で解決できないのは弱さの証拠だ」と考える必要はない。むしろ、早めに助けを求めることは、状況が深刻化する前に手を打つための賢明で前向きな行動ではないか。一人で抱え込んで疲れ果ててしまう前に、まずは身近な人に話してみる。そうした小さな一歩が状況を変えるきっかけになる。 困ったときに助けを求めることは、決して恥ずかしいことでも迷惑をかけることでもない。睡眠時間を極限まで削って働いて独りよがりに物事を進めようとするほうが、よほど恥ずかしい。自らを過信する姿勢と、何もかも自分で成し遂げ解決することが正解という考え方を改めるべきではないか。
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