2005年5月9日 桜井善作(月刊小新聞『野火』編集・発行者)
信じ難い電車事故が起きてしまいました。でも、その可能性、危険性は十分に潜在していたのだと思います。JR西日本の大惨事の検証は、国鉄分割・民営化の過程で200人とも言われる労働者が、自殺に追い込まれたという厳然たる事実を抜きには成り立ちません。
また清算事業団に隔離された1,047人に加えられた人権侵害攻撃にも、しっかり目を向けなければ、「日勤教育」の本質とその非人間性は到底理解することは困難です。更には、拉致問題や中国・韓国からの反日のうねりも、過去を都合よく切って捨てて、たった今の立場や発想のみで受け止めたのでは、一面的、感情的な反応にならざるを得ないでしょう。
そして、戦争国家化の流れに対しても、歴史に目を閉じ耳を塞いだ状態では、目の前で繰り返される意図的情報に惑わされ、挙句にそれを阻止しようとする意志は湧く筈もありません。仮に気付いたとしても、身に及ぶ危険や不利益を恐れて、自己保身の道に逃げ込むかもしれません。
戦争政治を押し戻し、打ち破るためには、究極のところ、市民一人ひとりの「主権者魂」の発動以外にないのだとの思いが強まります。しかし、この人となら手を結べそうだと勇んで語り合う機会を作ったとき、実は口先だけの偽善的平和主義者だった、という失望・落胆を経験することも少なくありません。
このとき、「護憲+」の皆さんの存在は光明です。護憲の視点に立った「世直し」を合言葉に様々な活動に取り組む人たちを知ることは、自らも大きな勇気を与えられます。
戦争反対に理屈は不要。戦争勢力がいかなる机上の空論で挑もうと、断乎、戦争ノーの大声を挙げたいと思います。
大戦後のドイツのマーチン・ニーメラ牧師の「...私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した。しかしそれは遅すぎた」との述懐を自戒として、今日を明日につなげたいとの気持ちで一杯です。皆さんと共に結び合いながら。