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元幕僚長関連記事: 伏字、隠し、遺憾に思う
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蔵龍隠士
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2008/11/10 20:59
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http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081109-OYT1T00131.htm @ 前空幕長、問題視されるアパグループ代表との親密関係 ※何かを隠しながらの記事? http://mainichi.jp/select/seiji/news/20081109ddm001010054000c.html A 読む政治:前空幕長論文問題(その1) 元首相の名挙げ抵抗 辞職巡り押し問答 > 浜田靖一防衛相や増田好平防衛事務次官らと押し問答が続く最中、田母神氏は「私の考えは理解されている」として唐突に元首相2人の名前を挙げた。 増田氏は、元首相らの支援があるかのような田母神氏の姿勢に身構えた。発言を伝え聞いた自衛隊首脳は「武人のすることじゃない」と激怒したという。ただ、政界との関係が焦点化しないよう、やりとりは封印された。 関係者によると、田母神氏が口にした一人は森喜朗元首相だという。森氏の地元、空自小松基地(石川県)に勤務したことで接点はあった。空自幹部は「森さんは歴代の小松基地幹部と親交がある。田母神さんの空幕長就任時にも森さんから祝い酒が届いた」と話す。 森氏は12月の懸賞論文授賞式に招待されていたが、今回の騒ぎでキャンセルした。森氏は、近隣諸国の植民地支配と侵略を謝罪した「村山談話」(95年)の取りまとめに自民党幹事長としてかかわった。 http://mainichi.jp/select/seiji/news/20081109ddm002010103000c.html 読む政治:前空幕長論文問題(その2止) 「危険人物」不安現実に ◇言動に官邸懸念
http://www3.diary.ne.jp/user/338790/#1226270152 B きっこの日記: 田母神論文を支持していた2人の元首相 ※森元首相・安倍元首相 「田母神論文を支持していた2人の元首相」(世田谷通信)
田母神俊雄前航空幕僚長(60)が日本の侵略行為を否定する論文を発表した問題で、田母神氏は浜田靖一防衛相との面談において、「私の思想は森元首相や安倍元首相と同じもので、この2人の元首相からも支持されている」と発言していたことが分かった。この発言内容が事実だとすれば、森喜朗氏と安倍晋三氏も政府見解を否定する思想を持っていたことになり、野党による追及は自民党内部にも波及することになる。また田母神氏の論文を最優秀賞に選んだアパグループの元谷外志雄代表は、田母神氏と10年来の深い付き合いがあり、航空自衛隊の戦闘機に乗せてもらったこともあるという。元谷代表は、安倍晋三氏の後援会である「安晋会」の副会長をつとめている他、自身の著作の出版記念パーティに森喜朗氏を招いていたことも分かった。(2008年11月10日)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008111090200338.html C 小松基地トップ(司令官)名で論文作成を命令 ※部隊が一括して提出:組織的!そのもの
● 取り敢えず、今は、記事添付のみ。 ブログしか、はっきり書けない、書かないとは情けない。 先日の国会(野党)への情報提供の如く官僚のように規制されているわけでもなく、戦前の治安維持法下の統制令があるわけでもないのに。このへっぴり腰、萎縮は何だろう。 それにしても、事実が明らかになる度、旧軍のおぞましい復活劇を目撃する… 堪らない。徹底的に民主化・現代化、日本国憲法にふさわしいものに、と思う。
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Re: 新聞記事などの紹介(第六期)
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名無しの探偵
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2008/10/23 14:20
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「日本で国産の牛乳が飲めなくなる」
テレビで上記の報道が流れた。理由はアメリカから輸入される飼料が投機の対象にされ価格が高騰したからである。 他の国は牛乳の価格を上げたのでなんとか経営が成立しているが、日本では価格の値上げ幅が少なく酪農家の経営が行き詰まっているという。 こうした現象はアメリカなどの国で飼料までも投機の対象にされているところに大きな原因がある。 英米が特に顕著であるが資本主義のあり方としてすべてのものが商品として売り買いされているからである。
金融市場に出回る商品として不適当なものはあるはずだ。
最近では人間の遺伝子までもアメリカでは商品として開発されていることは有名であるが、上記の乳牛の飼料なども金融市場に流通させることは大変に不適当なのである。
こうしたものは投機の対象にされると基本的な食料が入手できなくなり、人工的な物資の不足を招き資本主義自体の崩壊を招くことにもなる。(具体的には日本のような国内自給率が低い国での生活が崩壊するということだ。)
今の経済学のパラダイムは「市場原理主義」に傾いてきたので上記の問題に無関心な経済学者が日本の大学では多数だった。そこで、「牛乳が飲めない」とか「魚が食えなくなる」という現象の方が先行してしまっているのである。
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戦争責任を考える上で
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厚顔の美少年
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2008/09/03 23:45
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新聞に今晩10時からNHK総合テレビ「その時歴史が動いた」で「日本降伏(前編)」という番組が紹介されている。この番組は日本のアジア太平洋戦争の責任は誰にあるかを認識する上でも貴重な番組ではないかと楽しみにしているところです。
そう言えば老人党掲示板に8月15日の終戦記念日にあわせて「戦争責任の追及を継続しよう 昭和 人 2008-8-15 18:58:55 」というスレッドが立てられいました。終戦記念日によせて戦争の原因と結果を正視し、戦争責任を問うためにも大変意味のあるスレッドと思いながら、小生は老人党掲示板から追放されているため投稿することもできず傍観していましたが、遅蒔きながらスレッドを立てられた昭和 人さんに敬意を表します。
ところで誰しも日中戦争から太平洋戦争に掛けての日本軍が他国に与えた戦禍や日本軍の惨状、また日本人が本土で受けた原爆や空襲の戦禍をドキュメンタリーや戦争体験映像等で見聞するたびに、その戦争責任は誰にあったのかを考えざるを得ません。それはまた過去の過ちを二度と繰り返させないためにも必要なことだと思います。、
戦争は天災と違い人間が引き起こした災いである以上その責任の所在は人間にあることは明らかで、決して曖昧にすべきではありません。ところが日本の場合、大日本帝国憲法(明治憲法)の条文を見ればその戦争責任は明らかであるにも拘わらず、あたかも国民全体に戦争責任があるかの如く、真の責任が塗りつぶさて以外にも曖昧にされて来たのではないでしょうか。
その原因は戦後、かなりの戦禍と共に明治憲法も葬られ、新旧憲法での天皇に関する規定の違いすら歴史教育で教えられていないところにあるように思います。ついでに明治憲法の第一章(天皇)の規定を抜粋掲載して、今晩のNHKドキュメンタリー番組と併せて見てみたいと思います。 http://constitution.at.infoseek.co.jp/tennou2.htm
中でも第一章の下記条文、特に第十一条、十三条を見れば、戦争責任は誰にあるか明白ではないでしょうか。
第三条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス 第四条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ 第十一条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス 第十二条 天皇ハ陸海空軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム 第十三条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス
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0014
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>Re: 新聞記事などの紹介(第六期)
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笹井明子
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2008/09/01 17:23
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竹知庵さん(0013)
ご紹介有難うございます。レシャードさんのお話を聞けば聞くほど、伊藤和也さんたちがやってきた活動の大事さと、伊藤さんの死という喪失の大きさを思わずにはいられません。それにしても、伊藤さんのご両親は立派ですね。親にこんな風に理解されて、伊藤さんも幸せだったと思います。
>【NGOが問う】伊藤さんの死を無にすまい(1)「カレーズの会」のレシャードさん >http://www.news.janjan.jp/world/0809/0809015950/1.php
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0013
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Re: 新聞記事などの紹介(第六期)
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竹知庵
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2008/09/01 16:23
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【NGOが問う】伊藤さんの死を無にすまい(1)「カレーズの会」のレシャードさん http://www.news.janjan.jp/world/0809/0809015950/1.php
カレーズとは: ペルシャ語で「地下水」を意味する。トルファン(吐魯番)の生命線、天山山脈からの雪解け水が、砂漠の下を流れる地下水路のことを言う。トルファン・ハミ(哈蜜)・アクス(阿克蘇)3地区に多いが、特に吐魯番盆地が最も多い。盆地の傾斜を利用し、高い所に井戸を掘り、そこから天山の底を流れる地下水を暗渠を通して、その同位にある地上に水を引くという方法で、飲料水、生活用水に用いられてきた。
カレーズというのは中国の地下水路だけを言うのではなくて、世界中の地下水路をカレーズと呼ぶのだそうだ。カレーズはイランでカナート、北アフリカはフォガラ、中近東ではファラジと呼ばれている。これらは構造的にまったく同じものだそうである。
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0012
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ブラジル訴訟と国会図書館の米兵事件資料一転非公開
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蔵龍隠士
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2008/09/01 08:12
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http://news.goo.ne.jp/article/chugoku/region/Tn200808140047.html?C=S ブラジル訴訟 広島県は控訴 > 県庁で記者会見した健康福祉局の糸山幸一総務管理部長は「手帳交付は国の業務を代行する法定受託事務で、当時(2006年3月)は法定外の申請を県独自の判断で受理できなかった。裁量権の乱用を指摘した判決は受け入れがたい」と述べた。 >控訴しない場合、法定受託事務全般や、在外被爆者の手帳申請をめぐる他の訴訟への影響が大きいとして「国から控訴するよう強い要請を受けた」とも説明した。
※参考 http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/laws.html 国立国会図書館 >国立国会図書館法(PDF) http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/39e42e5f941390a2fe28e0ca6fb7a1dd ヤメ記者弁護士: てえへんだ、てえへんだ…国会図書館が裁判権放棄を裏付ける文書を急きょ閲覧禁止に!
二つの事件に、直接関連はない。しかし、同質の問題を感じる。 それは、法の主体(権利・義務者)が、(国民のための、或いは法の定めた)本来の働きを果たしていないのではないか、ということ。
今回は、ブラジル訴訟を専らとしますが、実はそれぞれの時に、引っ掛かった事件だったのです。が、最近は特に不精になってしまっていて(ご容赦)。 国会図書館の件については、1点だけ、ハッキリさせておきましょう。それは、国立国会図書館法によれば、館長は両院議長が任命するとしてあります(つまり、立法権の下にある)。なのに、なぜ、行政権の1つ法務省の申し入れだからと言って、一転非公開にしたのでしょうか?…法には、全く従っていませんよね。 唯、この背景には、戦後の長期政権の存在が無視できない・あるのでしょう、多分。内閣総理大臣や内閣が最上位であるというような錯覚を、或いはそのような刷り込みが一般に抜き難くなっているのではないでしょうか。特に、公務員の間では。
ブラジル訴訟(本論)の方に戻りましょう。この記事で、一番奇異なのは、国は判決を受け入れ、控訴しないが、広島県には控訴させた点でしょう。実は、最初に収録した朝日の記事には、この国の指しがねは触れていなかったように記憶します。 だから、その時は、例え国の全面委託事業であろうとも、その関係の法律主体であれば、判断するのが当たり前ではないか(判らなくなっているのか)そんな感じでした。 しかし、これが、国の指しがねとなれば、更に大きな問題を感じます。国が地方自治体に実質的な支持命令をする、その実態は、(事業者に対する)「行政指導」に極めて似て来ます。 で、判決(地方自治体は独自に判断するもの)をそのまま認めると、地方自治体への国(内閣以下中央官庁乃至その長)からの縛りが効かなくなり、これまでの支配の構造に重大な懸念を孕むと認めたのでしょう。 しかし、もともと、これらの場面では、日本国憲法を最高位とする「法の支配」こそ、あるべきものであって、首相を頂点とするかのような“上命下達”を旨とすべきではなかったのです。 だから、そこ(国・自治体・国民間)では、その主体は、問題状況にあって(法に従って、国民のために)どうあるべきか、それぞれが先ず判断し実行すべきなのです。 ところが、戦後の余りにも長きに亘る長期政権のためか、或いは中央政府の中央集権志向が強すぎるためか、本来の「法の支配」を蔑ろにし、指示待ちしたり、伺いを立てたりの“上命下達”政治を継続してきた。 広島地裁の一本の判決が、国が受容れると決めた(そうせざるを得ない)判決が、却って、国の実質的(自治体)支配の仕組みを脅かしたのでした。それで、姑息にも、広島県に控訴するように仕向けたのでした。
結局、日本における「法の支配」を妨げているのは、政府であり、その支配体制だということになりますか。端的に言えば、「法の支配」を裏切る内閣総理大臣乃至中央官僚(次官)を頂点とする「人の支配」が横行しているのではないか、と思うのです。 しかし、これでは、国民のためにはなりません。国会図書館の公開資料/一転非公開事件を見れば、どちらが良いか、もっと明らかになるでしょう。資料公開は、もともと国立図書館(館長)の判断だった筈です。 法の主体は、もっと誇りを持って、国民のために、「法の支配」を実現しましょう。 また、控訴審の判断も待たれますね。なんと言いますか? 裁判所の正論を期待します。 それと、我々にもできることがあります。 それは、政権交代を実現することです。4年も8年も10年も、そうして始めて、従来の「人の支配」を破ることができるだろうと思います。 勝負の初めは、次の解散・総選挙。勝ちましょう!
※追伸:題名について、仮に変えるとすれば、歪(いびつ)な「法の支配」、「法の支配」の(困った)一側面、なんてのはどうでしょう? ともあれ、いつも通り、お任せします。
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0011
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「どうする自衛隊派遣」(毎日新聞8/19〜8/23)
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笹井明子
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2008/08/24 11:50
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毎日新聞が8月19日から5回にわたって、自衛隊の海外派遣に関する『議論の現状と構図』について、判り易い特集記事を掲載していました。その論旨とURLをご紹介すると共に、それを「護憲」の立場としてどう読み解くかについて、考えて見ました。
==== 〔どうする自衛隊派遣〕(毎日新聞記事)
@「給油延長」−不毛な蒸し返し続く− 国民の「米国にタダで渡す石油があるなら、国内に回すべき」との批判にこたえた「シーレーンの確保」という位置づけの新法案の主張が、麻生幹事長らから再浮上しているが、これは済んだ議論の蒸し返し。防衛省も難色を示している。また与党内では、解散・総選挙をにらみ、来年の通常国会まで先送りの案もささやかれている。
一方、洞爺湖サミットで国際貢献をアピールしたい外務省は、アフガン派遣検討を盛んに宣伝し、メディアもその可能性を報道し続けたが、サミットが終わると議論は一気に終息。国際社会向けのアリバイ作りだったようだ。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080819ddm005010070000c.html
A「恒久法」−制定 政局で消える− 恒久法制定は、民主党小沢代表の自民党幹事長時代からの考えでもあり、昨年秋、自民・民主大連立騒動が成就していれば、実現する可能性があったが、大連立構想撤回以降、小沢代表は政策を転換。政局打開のきっかけにしようとした恒久法は、政局の転変で実現が遠ざかった。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080820ddm005010006000c.html
B「憲法解釈」−首相交代で逆回転− 安倍前首相の私的懇談会「安全保障の法的基盤整備の再構築に関する懇談会」が6月に提出した報告書は、安倍氏の意向どおり集団的自衛権の行使を容認するものであったが、集団的自衛権の行使容認に慎重な福田首相の反応は素っ気なく、議論は事実上「お蔵入り」となった。
しかし一方、麻生幹事長は「首相になれば報告書を尊重する」と明言しており、麻生氏の台頭で報告書が「蔵出し」される可能性はくすぶっている。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080821ddm005010163000c.html
C「9条改定」−「3分の2」過信、後退− 2005年の「郵政選挙」で与党が衆院の3分の2を超えた勢いで、自民党は9条2項の改正に踏み込んだ「新憲法草案」を公表。しかし、安倍前首相による「改憲を参院選の争点にする」との明言と、「3分の2」を使った法案再議決の乱発に野党が反発。改憲の気運は遠ざかった。
本来2010年の「国民投票法」までの3年間は国民的議論を深める期間だが、来る総選挙を前に、各党は「票にならない」と改憲議論に頬かむりしている。次期衆院選で「3分の2体制」が消滅した場合、自衛隊派遣の議論は、どのような局面をむかえるのだろうか。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080822ddm005010113000c.html
D「石破前防衛相に聞く」−国民の信頼不可欠− 安倍前首相時代、憲法議論は一部の人たちの思い入れで走ってしまった。新内閣では、国民が安心を抱くまで、医療や年金で信頼回復に努めるしかないが、その間、安全保障の議論を休ませるのではなく、地道な準備と体制の立て直しをし、何年かに一度、必ず巡ってくるチャンスを逃さないように常に備えなければいけない。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080823ddm005010149000c.html
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感想: ●政府自民党は、“国際社会”からの「一国平和主義」との批判に怯え、旧態然として、アメリカの言いなりの“国際貢献”実現のために四苦八苦している。しかし、アメリカ(ブッシュ政権)による軍事政策の行き詰まりが“国際社会”の中で明らかになっている今、別な形での国際貢献を創造することが大事なのではないか。
●自民党内部でも、安全・外交政策について、福田路線と麻生路線の間には、大きな隔たりがある。麻生氏のそれは安倍路線を引き継ぐものであり、マスコミが作り出している浅薄な「人気」には要注意である。
●小沢民主党も、「国際貢献」の考え方の基本は自民党と大きな隔たりは無く、「政権交代」が実現した場合にも、安全・外交について、そのまま一任するわけにはいかない。「政権交代」が今までと違った「国際貢献」作りのための議論のきっかけとなるようウォッチし、働きかけていきたい。
●改憲派は、「必ず巡ってくるチャンスに備える」としている。私たちも「必ず巡ってくるその日」に備えて、地道な準備と体制作りが必要だ。
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>Re: 新聞記事などの紹介(第六期)
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猫家五六助
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2008/08/24 00:54
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宮天狗さん
> 今朝は赤旗日曜版8月24日号読んでいて思わず笑ってしまいました。
前略 赤旗とか労働新聞とかは、ものすごく「同志〜っ!」みたいな内容だと思っていたので、ホッとしました。
東京新聞の生活面にも赤ちゃん・子育てのQ&Aコーナーがあり、私でも参考になります。自分の頃はやらなかったクセを子供がやると、理解できないことがありますから。2歳の息子など、気に入らないことがあると勝手にオムツを外し、オチンチンをギュ〜ッ!と引っ張る。おいおい、よく伸びるな、千切れちゃうだろ・・・とか。
東京新聞はQも読者、Aも読者。ヘンに新聞社や専門家が介在しないスタンスも良かったりします。某業界紙など、編集部の自作自演ネタとかありましたから。草々
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Re: 新聞記事などの紹介(第六期)
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宮天狗
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2008/08/22 10:05
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今朝は赤旗日曜版8月24日号読んでいて思わず笑ってしまいました。
「小学1年の女の子が性器いじりを覚え、今でも時々触っているようで害がないか心配です」という祖母の質問に「ところ構わずではなく親の目を盗んでそっとやっているようなら、『そこに触るのはお布団の中だけにしようね』と話したらどうですか」と回答者。
正論を振りかざす共産党がともすれば敬遠されるのは、あまりの真面目さが弱いと同時にしたたかな庶民の感性と食い違うからです。こういう相談を載せた編集部に乾杯!
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Re: 新聞記事などの紹介(第六期)
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宮天狗
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2008/08/18 13:50
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猫家五六助さん
東条元首相の手記私も読みました。
ポッダム宣言を受諾するか否かを決定する御前会議では、「最後の一人まで戦う」ことを主張する主戦派と、「そうなっては天皇制そのものが消滅してしまう」とする和平派が激論を展開したようですが、国民の安全とか命はすっぽりと抜け落ちてます。
彼らにとっては国体の護持すなわち天皇制の存続こそが目標で、極東軍事裁判でも被告は天皇に累が及ばないよう全力を尽くしている。北京オリンピックのみならず指導者はいつでもど こでも国の威信とか体制の維持しか念頭にないのですね。
>偽善者による「お国のため」など、ナンセンス。死んでプライドを守るより、生きて親を悲しませないほうが大切。子であり親となって、そう思います。
当時出征する男子は「お国のため喜んで命を捧げて来ます」と誓い、家族は「私たちのことは心配しないで心置きなく戦って来て」と笑って見送ったものです。
本気だった若者もあるでしょうが、死ぬのはやはり怖かったろうし、まして年老いた親や妻子がある場合、その行く末を思うと身を切られるようにつらかったに違いない。涙をこらえて演技する兵士とその家族、知りつつ「万歳万歳」と勇ましく見送る近所の人たち。
誰もが仮面をかぶらざるを得なかったあの時代の重苦しい空気、思い出すと猛烈に腹が立ってきます。
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新聞記事などの紹介(第六期)
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猫家五六助
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2008/08/17 16:29
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前略 東京新聞8/16付けコラム「放射線」に、東京外国語大学大学院教授の酒井啓子さんが書いています。
******* 久米島から考えること *****************
この夏、沖縄の久米島に行ってきた。第二次大戦中、この島で日本軍による住民虐殺が行われたからである。
世界で最も美しいといわれるイーフの浜に米軍が上陸したのは1945年6月26日。その後、捕虜となったものや米軍の降伏勧告状を預かった物、さらには挑戦出身の貧しい住民が密告されて、家族ともども合計20人が日本軍に虐殺された。スパイだとして処刑されたのである。
だが、これらはすべて沖縄戦終結の後のことだ。半数は8月15日の終戦の後に殺された。虐殺を命じた守備隊の責任者は、後にインタビューで「米軍にやられるより先に島民にやられるのではないかと考えた」と述べている。
「守備隊は30人だから島民1万人が寝返ったらひとたまりもない」という責任者の発言は、久米島住民を同じ国民と見なしていなかった証左だ。世界中の植民地統治官が、植民地住民に対して発する言葉と変わるところがない。
戦争の恐ろしさは、誰が正しい国民か、といった切捨ての思想が当たり前になっていくところだ。戦争の中で、生き延びる道が希少になれば、それまで「国民」と見なしてきた人々の間に差別を設けて相手を切り捨てようとする。非国民とか、民族や血筋が違うとか、思想が違うとか。
民族や宗派の対立は、最初からあったのではない。誰が生き延びる権利を持つかという不毛な競争を、それまで共存していた人たちの間に惹起(じゃっき)するのは、戦争である。
***********************
ものすご〜く、わかりやすい寄稿だと思いました。護憲+の皆さまがおっしゃる「軍隊は国民を守らない」という所以です。
付け加えるなら、文末の「〜不毛な競争を、それまで共存していた人たちの間に惹起(じゃっき)するのは〜」戦争ではなく、戦争を画策する人(=政治家・官僚)、戦争で得する人(=実業家)、戦争が使命の人(=軍人)だと思います。草々
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Re: 新聞記事などの紹介(第六期)
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猫家五六助
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2008/08/17 15:57
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宮天狗さん 前略 おっしゃる通りだと思います。「軍人の命令が全て(正しい)」として、軍人のプライドのために「日本人最後の一人が死ぬまで戦え」=一億玉砕などは許しがたい傲慢です。
東京新聞8/13付け記事に「東条元首相、終戦直前に手記」とありました。これは東条英機氏が1945年8月10〜14日の間に書いた、ポツダム宣言受諾に批判的な心情を書き残した手記との事。記事から抜粋すると、
●ポツダム宣言に対する政府の姿勢を「新爆弾(広島・長崎の原爆)に脅え、ソ連の参戦に腰を抜かし」などと批判。
●「『敗戦者なり』との観念に立ちたる無条件降伏を応諾せりとの印象は軍将兵の士気を挫折せしめ・・・」と、軍人の立場に固執。
●「敵の脅威に脅え簡単に手を挙ぐるがごとき国政指導者及国民の無気魂なり」と国内情勢とその背景を批判。
こういう心情の一方、昭和天皇が臨席した重臣会議の結果から終戦の判断を受け入れた、と書き綴られているそうです。
「皇軍」「軍神」「軍人魂」といった精神論がいかに判断を誤らせ、「殺すか、殺されるか」という単純さが破滅の道へ導いているか・・・靖国神社を否定する意味ではありませんが、無謀な作戦・作戦の失敗で玉砕させられ、無謀な戦域拡大・補給不能で餓死させられた兵隊を「見事な最期だった」「御魂は靖国で英霊になる」と美化していいのでしょうか。
偽善者による「お国のため」など、ナンセンス。死んでプライドを守るより、生きて親を悲しませないほうが大切。子であり親となって、そう思います。草々
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Re: 新聞記事などの紹介(第六期)
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宮天狗
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2008/08/15 12:38
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猫家五六助さん
竹槍訓練は東京でも例外ではありません。
完全武装した大の男に女子供が竹槍で戦う、こんなことを企画した指導者の愚かさもさることながら、これを「ばかばかしい」とも「無駄だ」ともいえなかった当時の空気こそ私のもっとも嫌いなものでした。
「上官の命令は朕の命令と心得よ」の戦陣訓は、マルキ・ド・サドも顔負けの多彩ないじめを生み、日中戦争以後国民の間にも上官=軍、官 部下=一般人という構図で急速に広がって行く。
何しろ上官は朕で、朕は神様なんだから向かうところ敵なし!そして神にまつろわぬ者として主義者(マルキスト)や抵抗する中国人が目の仇にされた。かくてヨーロッパ中世の魔女裁判で敬虔なキリスト教司祭が主役を演じたように、普段穏やかでやさしい日本人は鬼と化して、中国大陸その他で残虐行為を繰り返すようになったのだと思います。
私はいまさらながらなぜ日本人自身が戦争犯罪を徹底的に糾明しなかったか悔やまれてなりません。無謀な戦争を推進したのは軍人や政治家のみならず、著名なジャーナリスト、作家、詩人、歌人、画家など枚挙に暇がないのですから・・。
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新聞記事などの紹介(第六期)
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猫家五六助
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2008/08/15 04:29
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前略 東京新聞8/12付け「発言」コーナーの投稿をご紹介いたします。
●投稿者;千葉県千葉市の無職・女性、90歳 ●タイトル;終戦直前の竹槍訓練 ●本文; 「竹槍訓練」知ってる?「なにそれ?明智光秀のこと?」。いいえ、違います。これは私が実際にやったこと。あれは昭和20年7月末日、村役場から緊急の回覧板がきた。
「アメリカ兵が進撃してきたとき、身を守るために竹槍訓練をする。各戸1名小学校へ参集のこと」。男はみな戦場へ行き、婦人、老人は農作業に必死だ。娘たちは「女子挺身隊」となって軍需工場へ出向し、中学生は勤労動員で町の工場へ行っていた。
訓練に出るのは私のような子連れか、よぼよぼの老人か大柄な小学生だ。私も7ヶ月の息子を背負って手ぬぐいの鉢巻を締め、青竹の槍を担いで丘の上の小学校へと急ぐ。
校庭についてみると指導者はなんと豆腐屋の元さんだ。古い軍服を着て威張っている。「整列。気を付け。1.2.3歩進んで突けェ!」「エィエィオー」。説明も何もない。「突け!」一筋である。
「徒歩の米兵が素手で縦一列に並んで来るべかね」「こんな山の中へ何用あってくるだろうね」・・・。「しゃべってないで、もっと突け!」と元さん。老人はせき込んで座ってしまう。赤ん坊は暑さとひもじさで泣き出す。真っすぐ並んで立っているのは土手のヒマワリだけ。
数日後に広島に原爆が落ちるなど夢にも思わず、8月15日に終戦だなどとつゆ知らず、最初で最後のエィエィオーを繰り返した。
B29の空襲で東京の家が焼失し、落ちのびて住んだ山あいの村のある日の思い出です。
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竹槍訓練の話は聞いたことがあります。各地で実施されていたようで、やはり上意下達なのでしょう。中には本気で、B29を竹槍で落とそうと説教していた軍人もいたそうですね。
「知らされない」「強制」とは、怖いことです。いまだに「オリンピックで国威掲揚」とか「国歌・日の丸は職務命令」などを進める輩がいるのですから、どうにもなりません。草々
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Re: 新聞記事などの紹介(第六期)
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千葉の菊
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2008/08/12 21:20
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私が購読しているメールマガジン「ガンジー村通信」2008/8/10 vol. 317に北京オリンピックの開会式をみて思ったことが記事になっていました。 私も同じように思うことが多く、また転載の許可も得られましたので、少々長いですが紹介します。
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【1】商業主義と政治ショーの北京オリンピック 香取俊介
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8月8日午後九時(日本時間)、北京オリンピックの開会式が北京市の国家 体育館で行われた。サマランチがオリンピック委員会会長になるまでのオリン ピックは、かろうじて「アマチュアリズム」の精神が残っていたのだが、彼が 就任してからのオリンピックは商業主義が極端にまで推し進められ、スポーツ をダシにした金儲けイベントの趣を呈していた。
金儲けは別に悪いことではないが、アマチュアのスポーツ競技である。おの ずと限度というものがあるはずだが、それを簡単に飛び越えてしまった。今度 の北京オリンピックも商業主義の延長線上にある。「経済大国」への道をひた 走る中国としては、この路線こそ国策にかなうものなので、この傾向を強める とともに、さらに国威発揚の場として最大限活用しようとしたに違いない。
胡錦涛国家主席は開会式で、「オリンピックを開催することは100年の夢 であった」と率直に語った。その思いはいいのだが、テレビ中継で見た開催式 は、どこぞの独裁国家や全体主義国家、宗教組織等の「デモンストレーション」 かと思われるものだった。
中国は清朝末期、欧米に蹂躙されて以来、苦難の道を歩いてきた。「誇り高 い」中華意識を傷つけられ、いつか見返してやると思ったとしても不思議では ない。しかし、21世紀のいま、そういう「大国主義」は国際的理解を得られ るものではないし、共感もよばない。アメリカの一国覇権主義などとともに「 過去の遺物」として葬り去らなければいけないものである。
北京オリンピックを主導した中国当局には、「大国中国」の国威発揚の場と して最大限活用することしか頭になかったようだ。中国の国力、経済力を誇示 し、かつしっかり金儲けをする。露骨な商業主義である。前大会のアテネ・オ リンピックでも商業主義は目に余ったが、アテネでは「政治利用」はみられな かった。
何より気になるのは、徹底した言論統制である。外国メディアの取材を制限 したほか、国内でもインターネットを規制し、政府や党に批判的な人を拘束し たり、地方から働きにきた農民工を追い払ったりと、「全体主義国家」でしか やらない常套手段を行使した。
世界各地で行われた聖火リレーの際、普通は沿道の観衆は当地の国旗と開催 国の国旗の双方を振って歓迎するものだが、今回は当局から大量に動員された 中国人留学生が五星紅旗を振る。ヒステリックな愛国主義を垣間見る思いで、 一瞬、文化大革命のときの紅衛兵の姿をだぶらせた人も多かったにちがいない。
オリンピックは世界に開かれた民主主義的なイベントであるはずである。こ れを機会に中国はさらに「開かれた国」に変わるのでは――という期待も、わ ずかながらあったのだが。開会式の模様をテレビで見て、「中華思想」はかわ らないという思いを新たにした。
世界に開かれたオリンピックだからこそ旧弊をあらためて、「中国も経済発 展でかわったな」と評価される姿を見せる良い機会であったのに、残念ながら 「俺達はこんな金持ちになったんだぞ」ということを示す成金趣味のオンパレ ードの趣が強かった。
あまりマスメディアは報じないが、商業主義もきわまれりで、例えば現地時 間の午前中に決勝戦が行われる競技が多いのは、テレビ放映権の都合でそうな ったのである。どういうことかというと、多額の放映権をはらう海外メディア にあわせて設定したのである。
具体的にはアメリカの放映権を独占しているNBCに強く配慮したものであ る。NBCがIOCに払う放映権料は北京オリンピックのすべての運営費の半 分強もしめているとのことで、その関係から決勝が午前になるのである。選手 の体調などを最優先させ力をだしきるには、午後にもってくるのが普通なのに、 それをねじまげてしまった。
いってみれば、アメリカの商業主義と中国の国威発揚の2本柱で成り立つ、 特異なオリンピックである。オリンピックそのものは意味のある国際的なイベ ントで、ぜひ続けていって欲しいものだが、商業主義と国威発揚がここまでく ると、根本から考え直す必要がありそうだ。
国内の言論が統制されているので外には伝わってこないものの、17日間に わたる大会期間中に、不穏な動きもあるという。 一方、ヨーロッパを中心に中国の人権弾圧を批判する動きもつづいている。 チベットへの弾圧問題では、フランスのサルコジ大統領も当初、批判していた。 ところが、中国当局からフランス製品をボイコットすると圧力がかかると、サ ルコジは前言をひるがえした。これにはルモンド紙もサルコジを強く批判した。
首脳の招待も過去最高で、オリンピックが完全に「政治の場」になっている のである。スポーツには戦闘や戦争の「代理行為」という側面も否定できない ので、国際大会ではナショナリズムが強くでがちである。それはいいのだが、 あまりにむき出しで、ナチスドイツが主催したベルリンオリンピックを彷彿さ せる。
もっと地味に、手作りの趣のあるオリンピックにすれば、中国も世界から評 価されるのに、開会式での、これでもかという派手さ、さぞお金がかかったで あろうと思わせる物量による演出は、いただけない。演出を担当したのはチャ ン・イーモウ監督である。チャン・イーモウ監督の映画は評価するものの、こ ういうものの演出はやらないほうがいい、と思ったことだった。
じっさい、花火や電飾が光輝く光景は、イラク戦争でアメリカ軍が行った空 爆の光景を彷彿させる。アメリカに張り合って「中華帝国」をめざそうという 指導層の底意が見えてしまいそうだ。逆に考えると、現在の中国指導層の「焦 り」の裏返しではないかとも思う。
雑誌「選択」によると、中国は現在、国内で三つの試練を受けている。(1) は中央、地方政府によって徹底的に虐げられている農民を中心とした貧しい人 々、(2)はチベットやウイグル人など差別されてきた少数民族、(3)は屈 辱の中国近現代史を耳で学び、愛国主義にこりかたまったいわゆるネット世代。 (4)は人権問題に対する外国からの圧力。
いずれも、そう簡単には解決できない問題で、当局は力でおさえこもうとし ているようだ。が、うまくいかず、国内に反体制の空気が確実に醸成されつつ ある。 胡錦涛の最有力後継者と黙されているオリンピック担当の習近平副主席は、 7月7日、「何より大事なのはセキュリティだ」と言明した。これも異様なこ とである。それを受けたのかどうか、7月9日、当局はウイグル独立を目指す 若者3人を、北京オリンピックを妨害したとして公開銃殺している。
一方、人民解放軍はオリンピック会場を中心に「臨戦態勢」をしいている。 「選択」によると、テロ対策部隊は10万人、紅旗7地対空ミサイル発射台が 会場周辺に配備され、海軍の軍艦が海上の警備にあたっているという。さらに 会場には8万人の警察官と、オリンピック期間中動員されるボランティア50 万人が配備され、観客の行動を30万台の監視カメラが見張っている。 異様な警戒態勢のもとに行われるオリンピックである。無事に終わってほし いが、なにかが起きる可能性も強い。
オリンピックには海外から3万人の報道関係者が訪れる。彼らは競技場だけ に張り付いているわけではない。いずれ、彼らや多くの観光客の目や口を通し て、中国の本当の姿が内外に知られるようになっていくだろう。当局の思惑と は別に情報統制が強まるのではなく、逆に統制が弱まって、自由にもののいえ る社会に一歩近づくかも知れない。
そのとき、一党独裁で指導者を選挙で選ぶことのできない国家が、そのまま 継続されるかどうかは保証の限りではない。国内の不満はマグマのようにたま っており、2010年の上海万博まで現体制はもたないのでは、という説もあ るが、果たしてどういうことになるか、未来は予見できない。
いずれにしても、日本にとって良くも悪くも「重要な国」であることにかわ りはなく、中国の混乱はそのまま日本の混乱にむすびつくので、対岸の火事と 見ていることはできない。ともあれ、「平和の祭典」オリンピックである。日 本人選手の活躍を祈りたいものだ。
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Re: 新聞記事などの紹介(第六期)
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松林
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2008/08/02 22:16
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どんぺりのほうで、五六助さんが石原のことを書いていらっしゃいましたが、週刊朝日8月8日号に、『東京五輪招致で皇太子様にラブコールする裏で・・・「宮中行事はほぼ欠席」の愛国心』という特集がありました。
7月4日の記者会見で「せっかくある皇室を私たちは大切にしてきたんだから、この際『お国のために皇太子さん頑張ってくださいよ』と声を上げるのは当たり前」といったそうだが、彼が皇室を大切にしてきたというのはウソであると例を挙げている。
たとえば、宮中行事への石原知事の出欠簿。1999年5月の春の園遊会と12月のヨルダン国王夫妻主賓の晩餐会の2回出席しただけで、同年6月のオーストリア大統領夫妻との晩餐会から2008年5月の中国主席夫妻を迎えての晩餐会までの34回はすべて欠席だったという。
元日の「新年祝賀の儀」にも一度も参列したことはないという。
天皇制廃止を掲げて当選した知事ならば勝手であろう。しかし石原の態度はあまりにも傲慢で露骨である。普段は無視しておいて、自分の手柄?になることには皇室を利用しようとしている。それもお国のためだなどといって。
大体東京で五輪を開くことにどれだけの国民(税金も出せといっているので敢えて国民という)が賛成しているのだろう。 私は大反対である。
最初立候補していた福岡ならば賛成してもいいが、いまさら東京でする意味はないとおもう。それを「お国のために」皇太子さん頑張ってとは!!! 東京観光のために宮城をライトアップする許可を天皇に直訴(天皇の政治利用になるからこういうやり取りは公表しないのが慣例)したと公表したり、皇太子が都の下水道設備を視察した際には、視察と無関係の五輪招致のポスターやのぼりが、通常の倍に増やされ、皇太子が説明を受ける部屋や廊下にべたべた貼り付けてあったという。
豪遊視察といい、身内優遇といい、首都銀行(名前わすれました)といい、五輪のための築地市場の移転に大金をかけることといい、週3日しか出勤しないことといい、 側近政治といい、みんな都民の税金です。 しかも傲慢不遜!!!
都民の皆さん、いい加減に追放して!
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新聞記事などの紹介(第六期)
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笹井明子
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2008/08/01 05:25
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2008年8月1日以降、新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、インターネットなど、各種メディアに出た興味ある話題や情報はこちらに紹介してください。>メンバーの皆さん
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