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  芸能・スポーツの行政、運営への感想
厚願の美少年    −    2011/08/06 11:39:10
芸能、スポーツと言えどもその舞台裏では運営方法を巡っての交渉や裏取引もあると聞く、それらの運営方法のウォチングや試合を観賞しての感想も大歓迎。
0009 男たちの挽歌:横浜ホンキートンク・ブルース 流水 07/31 12:01
 

先日、宇崎竜童の「横浜ホンキートンク・ブルース」を聞いた。良かった。http://www.youtube.com/watch?v=r--iHEVA9OI
ブルースの魂が込められていた。この歌は、歌う人によって「演歌」にもなり、「フォーク」にもなる。宇崎の歌は、やはりブルースだった。
宇崎といえば、「港のヨウコ・横浜・横須賀」の鮮烈な印象は、今でも忘れられない。

「あんた、あの子のなんなのさ」・・あっと驚くフレーズだった。日本人の感性もついにここまで来たのか。あの時の驚きは、忘れられない。
宇崎は、後に山口百恵の歌を次々に書き、百恵を伝説の歌手に押し上げた。当時16歳の百恵が、宇崎に惚れこみ、懇願して歌を書いてもらったそうだが、このエピソードは、彼女の感性がただものではない事を物語っている。特にプレイバックパート2で山口百恵が醸し出した凄艶な色気は、女性の持つ奥深さを脳裏に焼き付けた。阿久悠が「女性に様々な衣装をまとわせる」名人ならば、宇崎竜童と阿木耀子コンビは、「女性の衣装を脱がせる」名人だと言える。山口百恵の内面を一枚一枚脱がせて、百恵自身が気がつかなかった百恵をえぐりだした。これが山口百恵を伝説にした。鬼籍に入った平岡正明が、「山口百恵は菩薩である」という本を上梓したのも頷ける。

わたしには、もう一つ忘れられない歌がある。内藤やすこの「想い出ぼろぼろ」である。http://www.youtube.com/watch?v=gDU21QoGAtw
この歌詞は尋常でない。男女(おそらく同棲中だろう)の微妙に食い違う感情をものの見事に表現している。これは男性には書けない。女性である阿木耀子だから書けた。

しかし、これは艶歌の世界である。この艶歌の世界を宇崎は、見事にロックの世界に転化した。一つ間違えば、陰々滅々になりかねない男女の世界を、見事にふっ切って見せた。わたしには、艶歌世界とロック世界の微妙な共存こそが「想い出ボロボロ」の新たらしさだし、この微妙な共存の在り方こそが【戦後世界】だと思う。

その宇崎が「横浜ホンキートンク・ブルース」をカバーした。この曲は、藤竜也が作詞している。わたしが藤竜也という俳優を注目したのは、【野良猫ロック】(日活)が最初。精悍だが何となくシャイ。溢れでるエネルギーを辛うじて抑え込んでいる青年の鬱屈を体現しているように見えた。比喩的に言えば、石原裕次郎の「坊ちゃん性」を抜いた個性とでも表現したら良いかも知れない。

その彼が書いたのが、「横浜ホンキートンク・ブルース」。
・・ひとり飲む酒 悲しくて 映るグラスは ブルースの色
たとえばトムウェイツなんて 聞きたい夜は 横浜ホンキートンク・ブルース

ヘミングウェイなんかにかぶれちゃってさ
フローズンダイキリなんかに 酔いしれてた
あんた知らない そんな女 横浜ホンキートンク・ブルース・・・

ヘミングウエイだって、フローズンダイキリだって。海・港町そのままではないか。何となく粋で、何となく物悲しくて、大きな舵が置いてある港のバーでグラスを傾けている男の姿が思い浮かぶ。
これが戦前なら、「夜霧のブルース」になるのだろうが、藤の世界は、トムウエイツが出、ヘミングウエイが出る。ダイキリに酔っぱらう女が出る。
そして・・・革ジャンはおって ホロホロトロトロ バーボン片手に 千鳥足
ニューグランドホテルのあかりがにじむ
センチメンタル ホンキートンク・マン・・・とくる。

これぞ、1970年代の男の世界。精悍だが、シャイで何となく物悲しい藤の世界そのもの。

だから、この曲のカバーをしたのが、同じ匂いのする連中。原田芳雄。http://www.youtube.com/watch?v=1yOpj7L3GRo
松田優作。http://www.youtube.com/watch?v=0_kf3tSbOY0
原田も松田も鬼籍に入った。宇崎は、彼らの死をきっかけに、この歌をカバーしたそうだが、やはり彼らと同種の匂いがしたからだろう。
原田芳雄も松田優作も、戦後の青年たちが考えた【男】の一種の理想形を体現していたと言える。一方では、アウトロー的精悍さを持ち、一方では優しさを追い求め、一方では理想を追い求める。世間の枠組みの窮屈さの中で窒息しそうになりながら、酒場ではバーボン片手にくだを巻く。男の夢もロマンも挫折も男のやりきれなさも一杯のバーボンのグラスに閉じ込めて謳いあげる。「・・ひとり飲む酒 わびしくて 映るグラスは 過去の色 あなた恋しい たそがれの 横浜ホンキートンク・ブルース・・」と。
宇崎の歌を聞きながら、わたしには、戦後の【男】の葬送の歌に聞こえて仕方がなかった。藤・原田・松田たちの映画に表現された【男】たちの挽歌が、「横浜ホンキートンク・ブルース」だろう。


 
0008 オリンピック開会式を見て 厚顔の美少年 07/28 22:49
 
ロンドンオリンピックの開会式のアトラクションの一つとして、かつてのザ・ビートルズのメンバーのポール・マッカトニーが「ヘイ・ジュード」を歌っていたが、その歌詞の内容(下記)からして場違いな感じがした。それより近代オリンピックの精神に照らせば、ジョン・レノンの「イマジン」の方がマッチして良いようにおもう。

しかし現在兄弟国のアメリカと共にアフガンで戦争中であり、それも許されなかったのであろう。なんとなくロンドンオリンピックにアフガン戦争の落としている陰を見たような気がした。

「ヘイ・ジュード」和訳歌詞
http://stimaro.seesaa.net/article/181457582.html

ヘイ、ジュード 落ち込むなよ
悲しい歌も少しはましにできるさ
彼女を君の心に受け入れるのさ
その時 全てが良い方向に向かいはじめるさ

ヘイ、ジュード 恐れるなよ
君は出て行って彼女を手に入れる事ができるさ
彼女を君の心に受け入れるのさ
その時 全てが良い方向に向かいはじめるさ

そしてどんなにつらい時でも
ヘイ、ジュード 思い出して
全てをひとりで背負い込むことはない
君はクールを気取っている奴は馬鹿だって知っているだろ?
それは人生を少しつまらなくするだけさ

ヘイ、ジュード がっかりさせるなよ
君は彼女を見つけて手に入れる事ができるさ
彼女を君の心に受け入れるのさ
その時 全てが良い方向に向かいはじめるさ

全てを捨てて全てを受け入れろ
ヘイ、ジュード はじめよう
君は誰かが助けてくれるのを待っている
でもそれは君がやるべきことなんだ
ヘイ、ジュード 君ならできるさ
君に必要なことは君にしかできない

ヘイ、ジュード 落ち込むなよ
悲しい歌も少しはましにできるさ
彼女を君の心に受け入れるのさ
その時 全てが良い方向に向かいはじめるさ

http://www.youtube.com/watch?v=M0d_P-QMdNQ
(和訳つきイマジン)
 
0007 イチロー選手の電撃トレード 厚願の美少年 07/27 21:25
 
イチロー選手がマリナーズからヤンキースに移籍するとのニュースには現地のスポーツ記者にも寝耳に水だったらしい。そしてイチロー選手の記者会見が終わったら早速移籍したヤンキースのユニフォームを着て古巣のマリナーズのホームグランドでマリナーズと戦っている姿には驚かされた。いかにもアメリカらしいパフォマンスである。しかしこれだけの選手が移籍するのであれば、水面下で最低1ヶ月以上の交渉が両チームとイチロー選手の間であったはずである。それでもメディアに情報が洩れなかったのは当事者の情報管理が余程しっかりしていたからであろう。メディア側の完敗である。

余談はさておき、今なぜイチロー選手は自ら移籍を希望したのか、本人曰く、マリナーズは選手の若返りを計っており、若い人に道を譲りたい、もう自分はマリナーズに居るべきではない、といかにもイチロー選手らしい言いぐさであったが、一方今年で契約が切れることになっており、今の成績(打率2割6分台)では3割も難しく、年齢も38歳であれば、今年の松井選手と同じように、来年どこからもオファーが懸からない状態を想定したのではないかと思われる。事前に投手の投げる球種を読んで、松井選手の二の舞を事前に回避した読みはさすがに打撃の職人である。これからヤンキースでの新たなイチロー選手のプレーが楽しみである。

 
0006 オリンピック競技の見方を変えよう 厚願の美少年 07/26 08:15
 
間もなくロンドンオリンピックが開幕する。生まれて初めてオリンピック競技を意識したのは1952年のヘルシンキオリンピックからであった。それは選手派遣費用のために小学校で、「ヘルシンキオリンピック」と書かれた鉛筆を1本5円くらいで半強制的に買わされた記憶があるからであろう。色も深緑色だったと記憶している。その時金メダルを取った日本選手にはレスリングの石井庄八。体操の竹本選手は銅メダルではなかったかと記憶している。以来前回の北京オリンピッックまで日本選手を無意識のうちに応援してきたように思う。これも無意識のうちにメディアに煽られ、操作されていたのだと思う。

今回の各テレビの過剰な前宣伝を見ているとそう思わざるを得ない。しかし今度は国を意識せず、無意識の中のナショナリズムを解き放ち、その競技で発揮される選手(人間)の極限の心・技・体と記録と人間の勝負を見て楽しんでみたいと思う。芸術鑑賞には国家は関係ない、あるのは芸術家個人とその作品のみである。どうしてスポーツ競技となると無意識のうちに勝負にこだわりナショナリズムが生ずるのであろう、多分メディアに煽られているせいではないかと思う。ベルリンオリンピッックでの有名な平泳ぎの実況放送、「日本がんばれ、前畑がんばれ!」もその類と言える。そこで今回は究極(?)のスポーツ鑑賞(観賞でなく)に挑戦してみたい。

そんなことできるかと思われる人は逆にアメリカ、中国の金メダル獲得数から表彰式でのアメリカ国歌と中国国歌の演奏回数を想像して見ることである。日本は精々10回前後であろう、それに対して米中国歌演奏は合わて100回を越えウンザリ感が想像できると思う。全競技を見ることができれば、おそらくオリンピッックでの国歌演奏と国旗掲揚はもうええわ!と思われる人が多くなるのではなかろうか。

 
0005 メダルに一喜一憂せず、オリンピックを観賞しよう 厚顔の美少年 07/22 14:39
 
間もなくロンドンオリンピックが開幕する。ヨーロッパでのオリンピック生放送を見るには時差の関係で日本では深夜になる場合が多く見るのはつらいが、それでも各種目で選手が技と体力の限界に挑戦してメダルを獲得する姿には誰しも感動を覚える。しかしそれがいつの間にか国家がオリンピックを開催することと、選手のメダル獲得を目標にしてしまったのは、ヒットラー率いるナチスドイツが開催したベルリンオリンピックからではないかといわれる。

以来東西冷戦時代はソビエトとアメリカの金メダル争いが続けられ、中国も追いつき、追い越せと追随してきたように思う。とくに全体主義国家は金メダル獲得に国家の威信と宣伝をかけようとする。しかしその流れは自由主義国家にも大なり小なりそんざいする。韓国も金メダルを取れば一生生活を保障し、国製選手を育成していると言われる。しかし日本はそのような真似はしてほしくない。日本のメダル獲得に一喜一憂せずに人間の技と体力の限界に挑む姿に感動し、オリンピックを観賞したいものである。

そのような意味では今回の開催国イギリスは以前からメダル獲得に釈迦力になならずにスポーツそのものを楽しむ国民性があるような気がする。それはウインブルドンテニスや全英オープンゴルフを観戦する観客の姿からも感じられる。今回は競技もさることながらイギリス人の観戦スタイルにも気をとめてテレビを見てみたいと思う。

メダルは選手個人の努力の賜物であり、オリンピックという最高のスポーツの祭典の舞台で日ごろ鍛えた心と技と体力の極限を誰よりも発揮できた者だけが手にすることができるものである。そのことは観戦者も何らかのスポーツ経験から如何に難しいことであることかを知っているから心から賞賛するのであろう。その証に選手が勝利した瞬間は選手を讃え、出身国の国家を賞賛している者はすくないはずである。

そのような意味で表彰式での国歌演奏と国旗の掲揚は辞めてもよいと思う。一時そのような機運があったがいつの間にか沈んでしまったことは残念でならない。しかし勝利した選手は大いに讃えるべきで、それなら国歌に代わってヘンデル作曲の「見よ、勇者はかえりぬ」曲の方がまだよいようにおもう次第である。
http://www.youtube.com/watch?v=fKGW1kWJUGA

 
0004 日本プロ野球選手会の主張に賛成 厚顔の美少年 07/21 15:23
 
表題の件で投稿しようと思ったが、天木氏が既に同趣旨の投稿をしておられたので転載させていただきます。
http://www.amakiblog.com/archives/2012/07/20/#002332

まったく其のとうりだと思う。とにかく日本野球機構やプロ野球コミッショナーが今後交渉する相手は日本の選手会ではなく、スポンサー企業であり、米国プロ野球協会である。とにかく政治でも経済でもスポーツでも、アメリカ側に言うべきことはいうべきである。
 
0003 昨夜の日米女子サッカー 厚願の美少年 06/19 17:38
 
結果は4−1で日本は惨敗したが、オリンピッックに向けては良い反省材料が得られたのではなかろうか、もう一度ワールドカップで優勝した時の感激を味あわせてほしいものだ。日本のスポーツ界は体操を除いて女尊男卑で嘆かわしい。
 
0002 横綱が誕生しない背景 厚願の美少年 03/29 18:05
 
大阪場所で優勝した鶴竜が大関に推挙され、大関6人は相撲史上初めてらしい。早くも誰が次の横綱になるか期待されているが、果たしてそのとうり行くであろうか、とてもそうとは思われない。その前に大関が増える理由を考えて見るべきではなかろうか。それは先ず横綱昇進への魅力が無いこと、大関陥落の条件(2場所連続負け越し)が甘く、かつ報酬面で一番居心地が良いからではなかろうか。

周知のとうり、横綱は万一負け越したならば無条件で引退である。よって負けが込んできたら病気休場して次か次次場所に力士生命を賭け、最低でも10勝はしないことには横綱の面目は保てない。一方大関は2場所負け越しても大関を陥落するだけで引退不要、次の場所で10勝すれば大関復帰であり、平幕・十両に落ちても怪我さえなければ35歳くらいまでは関取として相撲がとれる。

ここで力士の待遇を観てみよう。http://roke89.xsrv.jp/income/480/post_87.html

横綱:月収282万 年収約4000万(手当込み)〜 

大関:月収234.7万 年収約3000万〜

小結と関脇 :月収169万 年収約2000万〜 

前頭:月収130.9万 年収約1500万

十両(十枚目): 月収103万 年収約1250万

先ず上記の給与体系をプロ野球やサッカーの選手と比べれば横綱の年収は明らかに低い、もっとも年6場所では他のプロスポーツに比べ興業収入も少ないからでもあろう。しかし18歳で相撲界に入門して10年、28歳で横綱に昇進したとしても、5年間、(33歳迄)横綱を維持するのは大変であろう。現役の横綱白鵬も今年の7月で横綱5年目であるが、先場所の相撲辺りから全盛期の強さに限りが見えてきたように思う。長くて来年1年横綱を保てればいいところではあるまいか。しかし大関であればまだまだ5年は維持できるであろうから、上記の横綱と大関の年収から横綱1年と大関5年の場合を比較すれば、大関の方が年収は多くなる。また外人の場合相撲部屋の親方にはなれても相撲協会の理事になった人はなく、引退後の進路は日本人より厳しい。

先場所優勝して今場所優勝すれば横綱昇進と言われた大関把瑠都や以前優勝した大関琴欧州も前の場所とはうってかわって横綱が懸かった場所は後半崩れている。横綱になる以上、5年〜10年間は横綱を維持できる心技体を保てる自信がなくては割の合わない給与体系と見ているのではあるまいか。さらにそれは引退後の生計を左右するとなればなおさらである。

スポーツを収入の糧と見たくはないが、しかしプロスポーツは運営者もスポーツマンもそれが目的の一つであり、またお金を払ってでもそれを見たい人間の欲望(本能)がそれを支えている。しからば大関を綱取りに本気で挑戦させるにはどうすればよいか、それは大関に居るより横綱になった方がより大きな給与が得られるように改革して、例えば月収1000万円、年収1億2000万円くらいにすべきである。そうすればクンロク(9勝6敗)大関、大関互助会相撲も少なくなり、横綱狙いの真剣勝負が観られ、連日満員御礼の垂れ幕が下がるはずである。それなくしてNHKのアナンサーと解説者が幾ら横綱待望論を論じてみても大関陣には馬耳東風である。一方横綱審議会も10年1日の如く横綱の品格ばかり論ずるだけでなく、横綱を狙いたくなるような仕組みを考えて欲しいものである。

 
0001 芸能・スポーツの行政、運営への感想 厚願の美少年 08/06 11:39
 
オリンピックやワールドサッカー開催誘致を巡っての買収問題、大相撲八百長事件後の相撲協会の対応の在り方、また福島原発事故後の外国人音楽家の日本公演キャンセルの多いこと等々(現に予約していた夏のオペラ公演が中止になりました)。

このように芸能、スポーツ界でも組織運営が伴う限り人の思惑と意思が交錯して方向づけられることは当然であるが、観客、フアン無視の決定をされると違和感を感じるのは大なり小なり皆同じではないだろうか。これらをこのスレッドではウォチングしたいと思います。

ところで今日から甲子園球場で夏の高校野球が始まった、開会式を観ていていつも気になることがある。先ず入場行進で手足を高く挙げての軍隊式の行進である。もう少し自然な歩行に変更はできないものだろうか、だんだん自衛隊の行進に似てきているような気がする。

次は行進に使われる曲はいつものとうりであるが、今年はちょっと編曲されているように聞こえた、この行進曲は同じメロディが何回もリピートされるが、今年はその途中に神宮外苑での学徒出陣の際に使われた行進曲のメロディの一部が僅かに編曲転用されているように聞こえたのであるが気のせいであろうか。
http://www.youtube.com/watch?v=cGDN8LBawoM

最後は国家「君が代」の起立斉唱である。過去に何回も春夏の高校野球の入場式は甲子園に見に行ったことはあるが、以前は観客に向かって
起立斉唱の協力の場内アナンスは無かったと記憶している。国旗国歌法が制定されてからあらゆるスポーツ競技の開会式で「スタンドの皆様も起立脱帽にご協力して下さい」と場内アナウンスがされはじめてように思う。いつかは「協力ではなく」「起立脱帽して下さい」の命令調のアナウンスになることは時間の問題ではないかと思っている。知らず知らずのうちに国民はあらゆる場を通して感化されていくのであろう。

余談ながら上記に言及したのは、国歌そのものの必要性は否定しないが、天皇主権の大日本帝国憲法下の国歌「君が代」が国民主権の国体になっても同じというのは、昭和天皇の戦争責任を思う時に違和感を覚えるからである。
 
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