護憲+ 第2期 ホームページ   非公開掲示板   ドキュメント用BBS   [投稿規定]   護憲+掲示板 護憲+掲示板過去ログ(1) 護憲+掲示板過去ログ(3)

護憲+ 公開用BBS 過去ログ(2)

  [新規スレッド作成]   [スレッド一覧]   [▼ラスト]   [リロード]   [記事検索]   [利用の手引き]   [大文字画面]    

⇒ 新着スレッド(10件)     (月/日) 【連絡事項】 蔵龍隠士10/16 16:40
今日のトピックス07/31 20:49 護憲活動のいろいろ07/29 07:20
護憲+メンバーの「今日の、今週の、今月のひとこと」07/31 16:04 老人党に現状改革の狼煙あがる!07/29 06:08
どんぺりを飲みながら07/31 00:27 明日へのビタミン! ちょっといい映画・本・音楽07/28 19:38
2007年参議院選挙に向けて07/30 07:59 戦争体験者の証言07/26 15:26
新聞記事などの紹介07/29 08:04 イベントの紹介07/24 10:46
  いつまでも戦後日本である為の日本史
ハンドインハンド    −    2006/08/05-11:46:15
日本史と自分史を重ねてみたり、過去を振り返りつつ現在を考えるためのスレッド
0010 Re: いつまでも戦後日本である為の日本史 名無しの探偵 12/14 11:21
 
「自死の社会史」(フランスの学者の本)という本を20年前くらいに読んだ。フランスの学者が日本の江戸時代における「腹切り」などの自害を端緒にして自殺(著者は自死という広い概念を使用)を近代から現代まで社会学的に考究した本である。
この本を読んだ当時は自殺が日本で多発していたわけではないのであまり関心をもってこの本を読んだわけではない。

この本を読んだ頃に「ある外交官の回想」(アーネスト・サトウ)を読んだときに日本の腹切りがリアルに書かれていたので自害という刑罰(日本の江戸時代)の実相を
知った。
生麦事件後に英国が英国人を殺害した薩摩の武士に薩摩藩が制裁を課すように要求したことから英国人の軍人の面前で腹切りを行うことになった、そして実際に犯行(大名行列の前を馬で走り殺害された事件での殺害に加わった武士たち)を行ったとされた武士が次々と腹を切っていくが何人か自害をした後で英国仕官の一人は気持ち悪くなりこの制裁儀式を中止させたのである。

こうした自害から最初の本は書き出されているのだが、組織の命令で自害を迫られる
人間はヨーロッパでは珍しかったのであろう。

社会学の古典となったデユルケーム著「自殺論」を読んだことがあるが、この中で著者は自殺を個人的な問題に還元することを排し、自殺のほとんどが社会的な存在であり社会の圧力で自殺したことを論証している。
同時にデュルケームは自殺を心理学的な意識によるものであるとの結論を厳しく排除している。彼は心理学的な個人の問題に「自殺」を還元する立場(現代の日本ではもてはやされているが)を批判するところから自身の「社会学」を始めた創始者なのである。
こうした視点から日本で「流行」(?)している自殺を再考するべきであると最近思う。
とくに国民生基簿番号制度(すいません、用語を度忘れ)の違憲判決を出したあとに
自殺した裁判官などのことを考えると日本では今でも「組織による自殺圧力」が生き残っているのではないかと疑問がわいて来るからである。    
 
0009 >Re: いつまでも戦後日本である為の日本史 名無しの探偵 08/15 21:21
 
ごまめの翁さん、
名無しの探偵です。
そうですね。今度アメリカが負ける(ベトナムで負けているのにその敗北を教訓としていない)のはいつになるのやら。
ただ、イスラエルがテロの限りを尽くしているのに依然として「同盟国」に名を連ねていることはもうアメリカは世界の秩序はどうでもよく単に戦争を仕掛ける相手が存在すればいいという論理になる。
勝てば官軍という歴史も自ら乗り越えている。官軍でさへもない。イスラエルのような悪の枢軸との同盟をどこまでも重要と考えている。単なるならずもの国家に成り果てている。

鶴見俊輔氏(日本に居場所がなく戦前にアメリカに留学した)がいみじくも言っていましたが、戦争に勝つ、勝ち続けるというのもその後の身の処し方が非常に難しいと。
むし>名無しの探偵さん
>
> 私は歴史は詳しくはありません、仰るように勝ちは永遠ではありません。勝つという事は次ぎにくるのは負けしかありませんから。
>
> ですから何時しかアメリカも負けることが来ると思います。
> それが,どの様な形でくるのか、夢のような話ですが、私はアメリカを含めて人類が今のような愚かな行動を取っていれば自然が我々を滅ぼすような気がしています。
>
> 時間と暇があれば、いろいろな国の歴史の勉強も面白いだろうと思います。しかし私の人生には残り時間が少ないのが残念です。
>        
 
0008 Re: いつまでも戦後日本である為の日本史 ごまめの翁 08/14 20:44
 
名無しの探偵さん

 私は歴史は詳しくはありません、仰るように勝ちは永遠ではありません。勝つという事は次ぎにくるのは負けしかありませんから。

 ですから何時しかアメリカも負けることが来ると思います。
 それが,どの様な形でくるのか、夢のような話ですが、私はアメリカを含めて人類が今のような愚かな行動を取っていれば自然が我々を滅ぼすような気がしています。

 時間と暇があれば、いろいろな国の歴史の勉強も面白いだろうと思います。しかし私の人生には残り時間が少ないのが残念です。
    
 
0007 >Re: いつまでも戦後日本である為の日本史 名無しの探偵 08/14 18:03
 
ごまめの翁さん、名無しの探偵です。

大田光の先日の番組途中まで観ていました。大田氏はかなりの知識人でしかもリベラルです。それに比べて宮崎とかいう(小柄な評論家)評論家は感情丸出しで叫んでました。(かなり右翼的な人物)
あの番組では自民党の山本氏をはじめ最初から答えが決まっていて(山本ならこういう回答をするだろうと思っていたら案の定の回答だった)、意見が異なる相手の言い分などどうでもいいのです。
こういう連中が議員では討論は確かに「勝てば官軍」という結果は目に見えている。

しかし、歴史はそういうわけには行きません。
平家物語でも言っているように歴史は今日の勝者が明日の勝者とは決まっていない。
むしろ明日は敗者だというのが真理だと(勝者必滅の理を顕す。という仏教的な無常
観に立っている)

勝てば官軍というのが歴史ではないという教訓から国家の歴史を超えた世界史が成立してきたと思います。
だから、日本だけ、あるいは周辺国との関係だけで歴史を考えたらいかんのと違いますか。
勝てば官軍というのが真理だったのは20世紀前半までだったはずです。ところがここらへんをアメリカがひっくり返していることも事実ですが。

> 歴史孝
>
> 先日、バラエティ番組だが太田光るの私が総理になったらで歴史問題をやっていた。
>
> お名前は忘れたが、ある方が歴史は戦に勝ったものの歴史だと言っていた。昔から「勝てば官軍、負ければ賊軍」と言う様に負けたものの言い分は通用しない。
> 全く本当だと思う。
>
> 大東亜戦争も当時を知っている者は、全面的に侵略戦争とは思えない。あの時代の地図を見れば多く国々が植民地なので日本だけが他国を植民地にしたと云う事は少し違うと思う。と言って朝鮮、満州、中国に手を出したことは許される事ではない。
>
> 歴史は一分一秒の通過点が歴史として残る。だから歴史は一つしか無いのだが、同じ国家の人間でも其れを見る立場立場でその感じ方が変わるのだから国によって歴史の見方が変わるのは避けられない。特に戦争などは実際に体験した者が書けばかなり正確なものが伝えられるのだが、全く経験のない歴史学者や第三者が書くのだから始末が悪い。
>
> 此のような事をなぜ書いたか。ここにビールの空き缶があります。これは何ですかと問うと、「ビールの空き缶」「アルミ缶」「空き缶」と同じものでも違う答えが返ってくる。
>
> だからその国家の歴史は同じ事柄でも違ってくるのは当たり前だと思う。南京大虐殺の数値でも終戦初期の時より変わってくることを見てもよく分かる。
>
> 中国も韓国も自国の感じる歴史を書けば良いと思うのだが、歴史の中に史実に関係のない呪詛を教えていることだ。
> 呪詛では平和は絶対にこない。それはイスラム問題が物語っている。
>
> 日本の呪詛。中国・韓国とも現在の指導者の立場を日本呪詛を国民植え付けることは自分達の立場を保護するためとしか写らない時がある。
>
>
> 兎に角、何を書いても歴史教科書で呪詛を教えることだけはやめてほしい。恐らく中国の留学生も韓国から来た観光客も現在の日本人を見ていると、いろいろ文句を言って逆らっているのは国家と知識人で、周りの庶民は呪詛を教えられた様な国民ではないことに気付くのではないか。 
>        
 
0006 Re: いつまでも戦後日本である為の日本史 ごまめの翁 08/14 16:40
 
 歴史孝

 先日、バラエティ番組だが太田光るの私が総理になったらで歴史問題をやっていた。

 お名前は忘れたが、ある方が歴史は戦に勝ったものの歴史だと言っていた。昔から「勝てば官軍、負ければ賊軍」と言う様に負けたものの言い分は通用しない。
 全く本当だと思う。

 大東亜戦争も当時を知っている者は、全面的に侵略戦争とは思えない。あの時代の地図を見れば多く国々が植民地なので日本だけが他国を植民地にしたと云う事は少し違うと思う。と言って朝鮮、満州、中国に手を出したことは許される事ではない。

 歴史は一分一秒の通過点が歴史として残る。だから歴史は一つしか無いのだが、同じ国家の人間でも其れを見る立場立場でその感じ方が変わるのだから国によって歴史の見方が変わるのは避けられない。特に戦争などは実際に体験した者が書けばかなり正確なものが伝えられるのだが、全く経験のない歴史学者や第三者が書くのだから始末が悪い。

 此のような事をなぜ書いたか。ここにビールの空き缶があります。これは何ですかと問うと、「ビールの空き缶」「アルミ缶」「空き缶」と同じものでも違う答えが返ってくる。

 だからその国家の歴史は同じ事柄でも違ってくるのは当たり前だと思う。南京大虐殺の数値でも終戦初期の時より変わってくることを見てもよく分かる。

 中国も韓国も自国の感じる歴史を書けば良いと思うのだが、歴史の中に史実に関係のない呪詛を教えていることだ。
 呪詛では平和は絶対にこない。それはイスラム問題が物語っている。

 日本の呪詛。中国・韓国とも現在の指導者の立場を日本呪詛を国民植え付けることは自分達の立場を保護するためとしか写らない時がある。


 兎に角、何を書いても歴史教科書で呪詛を教えることだけはやめてほしい。恐らく中国の留学生も韓国から来た観光客も現在の日本人を見ていると、いろいろ文句を言って逆らっているのは国家と知識人で、周りの庶民は呪詛を教えられた様な国民ではないことに気付くのではないか。 
    
 
0005 長崎原爆の日(8.9) ハンドインハンド 08/09 04:58
 
http://www.ffortune.net/social/history/nihon-mei/nagasaki.htm   

長崎原爆資料館
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/na-bomb/museum/    
 
0004 Re: いつまでも戦後日本である為の日本史 名無しの探偵 08/07 20:22
 
「歴史」とは「現代史」でもある。
故網野善彦氏の著書を15年前に読んだときの印象が最近明確になってきた。
網野氏は(東大で色川氏とも同窓だったらしい)「大体今の日本人の生活パターンが
確立されたのは南北朝の頃であり、その生活ぶりが根本的に変わるのは東京オリンピックの後である。」という。
この網野氏の記述は後の学習ではっきりとしてきた。
秦の始皇帝の地価帝国と言われる「兵馬俑」の発掘と研究をしている人の本で「この
あたりの農業は現在もあまり変わっていません。基本的な農具なども変化していない。」という中国の歴史。
「地中海」という大著を著したフェルナン・ブローデルの記述でも地中海の歴史はこの5000年間に基本的な変化はない、とする。
いかに現代が特殊なものかがはっきりとしている。
網野氏に海から見た日本という視点の転換を示唆した故宮本常一氏の著書で宮本氏は
何千と言うスチール写真を記録しているが、その中で宮本氏は能登の寒村で何度も
手洗いした古雑巾の干した風景を残している。
日本の地域では最近まで何度も洗って擦り切れるまで使用したのであり、これは日本史でも最近の30年前までは同じだったはずだ。    
 
0003 昭和二十年 日本の敗戦 ハンドインハンド 08/07 20:22
 
敗戦を認めながら、国体護持の為に国民を犠牲にした日本の歴史だと思います。

2月4日 米英ソ、ヤルタ会談開設(〜2月11日 対独戦後処理 ソ連の対日参戦)

2月14日 近衛文麿、敗戦の必至と共産革命の脅威を単独上奏

2月19日 米軍、硫黄島に上陸 3.17 2万3000人の守備隊全滅

3月9日 B29、東京大空襲(〜3.10) 江東区全滅(23万戸消失 死傷者12万人)
5.24〜5,25 東京都区内の大半消失

3月14日 B29、大阪を空襲(13万戸消失)

4月1日 米軍、沖縄本島に上陸、6.23守備隊全滅

4月5日ソ連外相モロトフ、日ソ中立条約不延長を通告

4月25日 米ソ両軍、エルベ河畔のトルゴウで出会う(エルベの誓い)
      サンフランシスコ国際連合創立総会(〜6.26 50カ国参加)

4月30日 ヒトラー、ベルリンの地下壕で自殺(56歳)

5月7日 ドイツ軍、連合国に対し無条件降伏

5月9日 政府、ドイツの降伏にもかかわらず日本の戦争遂行決意は不変と声明

6月1日 米スチムソン委員会、日本への原爆投下を大統領に勧告

6月8日 天皇出席の最高戦争指導会議、本土決戦準備の「今後採るべき戦争指導の基本大綱」を採択

7月10日 最高戦争指導会議、ソ連に終戦斡旋依頼のために近衛文麿の派遣を決定
      (7,13 ソ連に申入れ 7.18 ソ連拒否)

7月16日 米国、ニューメキシコで初の原爆実験に成功

7月17日 米英ソ、ポツダム会談開く

7月26日 ポツダム宣言発表

7月28日 鈴木貫太郎首相、ポツダム宣言黙殺・戦争邁進の談話を発表

8月6日 広島に原爆投下(年末までの死者推定14万人±1万人)

8月8日 ソ連、対日参戦

8月9日 長崎に原爆投下(年末までの死者推定7万人±1万人)
     御前会議開催

8月10日午前2時半、国体護持を条件に、ポツダム宣言受諾を決定、政府、中立国を通じて連合国に申入れ

8月12日 日本の降伏に対する連合国の回答公電着く(天皇制には直接ふれず)

8月14日 御前会議、ポツダム宣言受諾を最終決定、天皇、戦争終結の詔書を録音

8月15日 天皇、戦争終結の詔書を放送(玉音放送)、第2次世界大戦終わる

岩波ブックレットNo.624『年表昭和史 増補版 1926〜2003』中村政則編p22〜24より            
 
0002 1945/8/6 広島 原爆の日 ハンドインハンド 08/06 19:25
 
今日、平和について何か、考えましたか?

http://www.asahi.com/national/update/0806/OSK200608060012.html

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060806k0000e040005000c.html

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060806it02.htm

http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20060806/mng_____sya_____009.shtml

http://www.sankei.co.jp/news/060806/sha026.htm

http://www3.nhk.or.jp/news/2006/08/06/d20060806000073.html
    
 
0001 いつまでも戦後日本である為の日本史 ハンドインハンド 08/05 11:46
 
 小林信彦著の「唐獅子株式会社」を読んでいたら、下記のようなシーンがでてきました。

p204〜205
「(フォア・フリーダム、田中釣具店に栄光あれ)とな」
「待ってくださいよ」
 原田が言った。
「田中釣具店いうたら、元キャンディーズのス―ちゃんの実家の名とちがいますか」
「これは、わしとしたことが・・・つい私情を迸らせてしもうた。許してたもれ」
「いや、スーやったら、ぼくも好きですから」
「原田の趣味は、あの娘やったんか。わいは、断然、伊藤蘭や。どうしたらええやろ?」

 しょうもないシーンですが、自分的にはよーくわかる青春同時代の風景なんです。昔は良かったやないけれど、自分の文化史などを振り返りつつ、自分が望んでいる日本国の姿を考えるなんてのはどうでしょうか?

 単純に過去を回顧するのでも、お互いがより理解できて、思想やらなんやらを踏み越えられて、いいんじゃないかと自分勝手に思いました。    
 
護憲+ 公開用BBS

護憲+ 公開用BBS