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  裁判・司法行政ウォッチング (第八期)
厚願の美少年    −    2010/08/14-23:34:16
裁判員制度の導入など司法制度は改革されつつありますが、裁判官や検察官の意識改革はどうでしょうか、例えば裁判官は行政訴訟で、憲法76条3項の良心に従い判決し、また刑事裁判では冤罪防止のため、「疑わしきは罰せず」の姿勢を貫き、検察官は取り調べの全面可視化へ前向きでしょうか、一方国民は犯罪を個人の問題と矮小化するのではでなく、社会や行政には問題はないかとの意識改革が必要ではないでしょうか。
0047 最高裁4例目の「君が代起立命令」合憲判決 厚願の美少年 07/01 08:20
 
先に3つの小法廷で立て続けに同じ判決が下されたので今更驚きもないが、6月21日のアサヒコムは『広島県立高校の教諭らが、卒業式などで「君が代」斉唱時に校長の命令に反して起立せずに戒告処分を受けたことを不服として県教委に処分の取り消しを求めた訴訟で、最高裁第三小法廷(大谷剛彦裁判長)は21日、教諭らの上告を棄却する判決を言い渡した。教諭らの敗訴が確定した。』と報じている。これは最高裁での4例目の君が代起立命令合憲の判決である。
http://www.asahi.com/national/update/0621/TKY201106210538.html  

今、日本人は安全で安心だと信じ込まされてきた原発が大地震と大津波で破壊され、そこから漏れだした放射能は人体を蝕むことを改めて教えられた。改めてという意味は1945年8月に米国によって広島・長崎に投下された原爆と1954年3月にビキニ環礁で行われた米国の水爆実験で多数の市民と第五福竜丸の船員が爆死または放射能被害を被ったことを知っているからである。まさに国民は原発は安全という自民党政府と電力会社のプロパガンダに油断させられ、いつの間にか放射能は怖いという意識を風化させてしまっていたのであろう。(映像はユーチューブより)
http://www.youtube.com/watch?v=AVn0Y4Q4Ep4
http://www.youtube.com/watch?v=__vm9JrEWaE

広島、長崎への原爆投下は大日本帝国憲法の天皇主権の下、国歌「君が代」で天皇を崇め、昭和の15年戦争に突入し、そしてついに1941年12月8日に太平洋戦争を仕掛け、米国ハワイ真珠湾を奇襲した結果である。そして1945年8月に悲惨な敗戦である。

ところで6月30日のNHK朝ドラ「おひさま」を見ていたところ、終戦後間もなく始まった2学期の小学校教育では新教科書が間に合わず、ヒロインの女教師が「これまで先生が教えてきたことはまちがいでした」と生徒に懺悔して、戦前の軍国主義一辺倒の教科書の不都合な箇所を筆で黒く塗り潰させるシーンがありましたが、おそらく君が代斉唱で起立しない先生には、このような軍国主義一辺倒の戦前の教育を総括しないまま風化させては成らないとの思いもあってのことだろうと想像しながらドラマを見ていました。

一方で今回合憲判決を下した最高裁の裁判官や石原東京都知事、橋下大阪府知事にも是非見て欲しいシーンでした。参考までにNHKの朝ドラ「おひさま」の一シーンと墨塗られた教科書に関するブログを転載しておきます。
http://www9.nhk.or.jp/ohisama/story/week13.html
(13周:帰郷をクリック)
 
http://www.geocities.jp/yasuko8787/bokumetu.htm

(以下上記ブログより抜粋)
文部省は、(昭和)20年8月28日、9月より授業再開の通牒で、教科書・教材の取り扱いについて注意を発し、更に9月15日文教再建の一般方策の発表において、教科書の根本的改訂が行われるまで、さしあたり戦時教材を省略削除すべきことを指示した。

これに基き、9月20日の文部次官通牒によって、国史教科書のうち、肇国(ちょうこく)の精神を鼓吹した箇所や、愛国尊皇の献身を説いた文章や、戦争を論じた所を墨で黒くぬりつぶすように指示した。すなわち実例を示して、省略削除及び取扱上注意すべき規準を明らかにした。(以下はブログ参照)



 
0046 >>>最高裁の「君が代起立命令」合憲判決について 厚願の美少年 06/16 12:13
 
6月14日最高裁第二・第一小法廷に続き第三小法廷でも「君が代起立命令は」は合憲との判決が成された。弁護士出身の田原裁判長だけは多数意見(合憲)に反対意見を述べたと東京新聞は報じている。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011061502000032.html

シェクスピアであれば「第三小法廷お前も学徒出陣を忘れたか」との台詞を言わすであろう。
http://www.youtube.com/watch?v=cGDN8LBawoMhttp://www.youtube.com/watch?v=hh-b
hkkE9BM


>今回の最高裁の「君が代起立命令合憲」判決と大阪府議会の「国歌君が代起立斉唱条例」制定を聞いて、忘れかけていた大日本帝国憲法下の「君が代行進曲」や「学徒出陣」等の光景を呼び覚まされ、戦争の悪夢を思い出された方も多いのではないだろうか。
http://www.youtube.com/watch?v=hh-bhkkE9BM

宇都宮日弁連会長の最高裁第二小法廷の合憲判決に対する反対声明文も再度転載しておきたい。

【卒業式の国歌斉唱時の不起立を理由とする元都立高校教諭の再雇用拒否を合憲とした最高裁判決に対する会長声明】本年5月30日、最高裁判所第二小法廷は、都立高等学校の教諭が、卒業式における国歌斉唱の際に、国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを命ずる旨の校長の職務命令に従わず、起立しなかったところ、不起立行為が職務命令違反等に当たることを理由に同教諭の定年退職後の再雇用を拒否した東京都教育委員会の処分の取消等を求めた事件の判決において、上記職務命令は憲法19条に違反しないと判示した。これまで当連合会は、個人の内心の精神的活動は外部に表出される行為と密接に関係しているものであり、自己の思想・良心を守るためにとる拒否の外部的行為は憲法19条の思想・良心の自由の保障対象となること、君が代については、大日本帝国憲法下において天皇主権の象徴として用いられた歴史的経緯に照らし、現在においても君が代を歌うこと自体が自らの思想・良心の自由に抵触し抵抗があると考える国民が少なからず存在しており、こうした考え方も同条により憲法上の保護を受けるものと解されることを指摘し、卒業式等において君が代の起立・斉唱を強制することは、憲法の思想・良心の自由を侵害するものであると重ねて表明してきた。

本判決は、上記職務命令が、自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対する敬意の表明には応じ難いと考える者の思想及び良心の自由を「間接的に」制約することを認めたが、他方で、上記起立・斉唱行為は式典における「慣例上の儀礼的な所作」であるから、これを命じる職務命令は上告人の有する歴史観や世界観を否定することにはならないとしたうえ、公立学校教諭の地方公務員としての地位の性質とその職務の公共性等の一般的理由を挙げて、上記「間接的」制約の必要性と合理性を認めて合憲判断を行った。

しかしながら、上記起立・斉唱行為は単なる「慣例上の儀礼的所作」ではなく、日の丸・君が代に対する敬意の表明をその不可分の目的とするものであるから、上記職務命令はまさに敬意の表明を強制するものにほかならない。したがって、上記職務命令は日の丸・君が代に敬意を表明することが自らの歴史観や世界観に反すると考える者の思想及び良心の自由を直接的に侵害するものであり、端的に憲法19条に反するというべきであるが、仮にこれを外部的行為の規制として論じるとしても精神的自由の制約に対する厳格な基準により憲法判断がなされるべきである。

しかるに、本判決は、上記職務命令が根拠とする学習指導要領の法規範性や学習指導要領の改訂を通じて国歌斉唱の指導が強化されてきた経緯、国旗国歌法の制定過程で「義務づけは行わない」等の政府答弁がなされたこと、さらには、式典の円滑な進行をはかりつつ思想及び良心の自由の侵害を回避するために、起立・斉唱しない者に式典への欠席を認める等の他の方法もありうることを検討せず、緩やかな基準で制約の必要性と合理性を認めており、極めて不当である。

なお、本判決に附された3名の裁判官の補足意見には、「このような職務命令によって、実は一定の歴史観等を有する者の思想を抑圧することを狙っているというのであるならば、公権力が特定の思想を禁止するものであって、憲法19条に直接反するものとして許されない」(須藤正彦裁判官)、「この問題の最終解決としては、国旗及び国歌が、強制的にではなく、自発的な敬愛の対象となるような環境を整えることが何よりも重要である」(千葉勝美裁判官)といった慎重な指摘もなされており、本判決が起立・斉唱行為の強制を無条件に容認したものと見るべきではない。当連合会は、東京都及び東京都教育委員会を含め、広く教育行政担当者に対し、教職員に君が代斉唱の際の起立・斉唱を含め国旗・国歌を強制することのないよう強く要請する。                                      2011年(平成23年)6月3日                      日本弁護士連合会                       会長 宇都宮 健児 >      
 
0045 >>最高裁の「君が代起立命令」合憲判決について 厚願の美少年 06/11 13:11
 
今回の最高裁の「君が代起立命令合憲」判決と大阪府議会の「国歌君が代起立斉唱条例」制定を聞いて、忘れかけていた大日本帝国憲法下の「君が代行進曲」や「学徒出陣」等の光景を呼び覚まされ、戦争の悪夢を思い出された方も多いのではないだろうか。
http://www.youtube.com/watch?v=cGDN8LBawoM
http://www.youtube.com/watch?v=hh-bhkkE9BM

一方このような合憲判決や条例が制定されると言うことは、戦後65年が経過し、世代も移り変わり、悲惨な戦争体験も風化しつつあるという証左ではないでしょうか。

このことは先日作家村上春樹氏がカタルーニャ国際賞授賞式で述べた「被爆国である日本は原子力発電を拒否すべきであった」とのスピーチと表裏一体ではないでしょうか。

http://jp.wsj.com/japanrealtime/2011/06/11/%E6%9D%91%E4%B8%8A%E6%98%A5%E6%A8%
B9%E6%B0%8F%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%82%92%E6%89%B9%E5%88%A4/


ついては宮川光治裁判官の反対意見につづいて、宇都宮日弁連会長の最高裁の合憲判決に対する反対声明文も転載しておきたい。

【卒業式の国歌斉唱時の不起立を理由とする元都立高校教諭の再雇用拒否を合憲とした最高裁判決に対する会長声明】

本年5月30日、最高裁判所第二小法廷は、都立高等学校の教諭が、卒業式における国歌斉唱の際に、国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを命ずる旨の校長の職務命令に従わず、起立しなかったところ、不起立行為が職務命令違反等に当たることを理由に同教諭の定年退職後の再雇用を拒否した東京都教育委員会の処分の取消等を求めた事件の判決において、上記職務命令は憲法19条に違反しないと判示した。

これまで当連合会は、個人の内心の精神的活動は外部に表出される行為と密接に関係しているものであり、自己の思想・良心を守るためにとる拒否の外部的行為は憲法19条の思想・良心の自由の保障対象となること、君が代については、大日本帝国憲法下において天皇主権の象徴として用いられた歴史的経緯に照らし、現在においても君が代を歌うこと自体が自らの思想・良心の自由に抵触し抵抗があると考える国民が少なからず存在しており、こうした考え方も同条により憲法上の保護を受けるものと解されることを指摘し、卒業式等において君が代の起立・斉唱を強制することは、憲法の思想・良心の自由を侵害するものであると重ねて表明してきた。

本判決は、上記職務命令が、自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対する敬意の表明には応じ難いと考える者の思想及び良心の自由を「間接的に」制約することを認めたが、他方で、上記起立・斉唱行為は式典における「慣例上の儀礼的な所作」であるから、これを命じる職務命令は上告人の有する歴史観や世界観を否定することにはならないとしたうえ、公立学校教諭の地方公務員としての地位の性質とその職務の公共性等の一般的理由を挙げて、上記「間接的」制約の必要性と合理性を認めて合憲判断を行った。

しかしながら、上記起立・斉唱行為は単なる「慣例上の儀礼的所作」ではなく、日の丸・君が代に対する敬意の表明をその不可分の目的とするものであるから、上記職務命令はまさに敬意の表明を強制するものにほかならない。したがって、上記職務命令は日の丸・君が代に敬意を表明することが自らの歴史観や世界観に反すると考える者の思想及び良心の自由を直接的に侵害するものであり、端的に憲法19条に反するというべきであるが、仮にこれを外部的行為の規制として論じるとしても精神的自由の制約に対する厳格な基準により憲法判断がなされるべきである。

しかるに、本判決は、上記職務命令が根拠とする学習指導要領の法規範性や学習指導要領の改訂を通じて国歌斉唱の指導が強化されてきた経緯、国旗国歌法の制定過程で「義務づけは行わない」等の政府答弁がなされたこと、さらには、式典の円滑な進行をはかりつつ思想及び良心の自由の侵害を回避するために、起立・斉唱しない者に式典への欠席を認める等の他の方法もありうることを検討せず、緩やかな基準で制約の必要性と合理性を認めており、極めて不当である。

なお、本判決に附された3名の裁判官の補足意見には、「このような職務命令によって、実は一定の歴史観等を有する者の思想を抑圧することを狙っているというのであるならば、公権力が特定の思想を禁止するものであって、憲法19条に直接反するものとして許されない」(須藤正彦裁判官)、「この問題の最終解決としては、国旗及び国歌が、強制的にではなく、自発的な敬愛の対象となるような環境を整えることが何よりも重要である」(千葉勝美裁判官)といった慎重な指摘もなされており、本判決が起立・斉唱行為の強制を無条件に容認したものと見るべきではない。

当連合会は、東京都及び東京都教育委員会を含め、広く教育行政担当者に対し、教職員に君が代斉唱の際の起立・斉唱を含め国旗・国歌を強制することのないよう強く要請する。

                    2011年(平成23年)6月3日

                      日本弁護士連合会
                       会長 宇都宮 健児

 

>      【宮川光治裁判官が述べた反対意見の要旨】下記スレッド参照。         
 
0044 >最高裁の「君が代起立命令」合憲判決について 厚願の美少年 06/11 00:31
 
      【宮川光治裁判官が述べた反対意見の要旨】
         
憲法は少数者の思想・良心を多数者のそれと等しく尊重し、その思想・良心の核心に反する行為を強制することは許容していない。国旗に対する敬礼や国歌の斉唱は多くの人々にとっては自発的な行為であり、起立斉唱は儀式におけるマナーでもあろう。

しかし、そうではない人々が相当数存在している。「日の丸」「君が代」を軍国主義や戦前の天皇制絶対主義のシンボルであるとみなし、平和主義や国民主権とは相いれないと考えている。少数ではあっても、そうした人々はともすれば忘れがちな歴史的・根源的問いを社会に投げかけているとみることができる。
 
本件職務命令は、直接には元教職員らの歴史観、世界観、教育上の信念を持つことを禁じたり、これに反対する思想を強制したりするものではないので一見明白に憲法19条に違反するとは言えない。しかし、不起立不斉唱は思想・良心の核心の表出であるか、少なくとも密接に関連する可能性がある。
 
多数意見(今回の判決)は、起立斉唱行為を一般的、客観的な視点、いわば多数者の視点で評価している。およそ精神的自由権に関する問題を多数者の観点からのみ考えることは相当でない。
 
割り切って起立し斉唱する者もいるだろう。面従腹背する者もいるだろう。起立はするが、声を出して斉唱しない者もいよう。深刻に悩んだ結果として、あるいは信念としてそのように行動することを潔しとしなかった場合、その心情や行動を一般的ではないからとして過小評価するのは相当ではない。

1999年の国旗・国歌法の施行後、都立高校において、一部の教職員に不起立不斉唱があっても式典は支障なく進行していた。こうした事態を、起立斉唱を義務づけた都教委の2003年の通途は一変させた。

卒業式に都職員を派遣し、監視していることや処分状況をみると、通達は式典の円滑な進行を図る価値中立的な意図ではなく、前記歴史観を持つ教職員を念頭におき、その歴史観に対する強い否定的評価を背景に、不利益処分をもってその歴史観に反する行為を強制することにある。合憲性の判断にあたっては、通達や職務命令をめぐる諸事情を的確に把握することが不可欠だ。「朝日新聞」06月7日付より

>5月30日の最高裁第二小法廷(須藤裁判長)につづき、6月6日の第一小法廷(白木裁判長)でも「君が代起立命令」は合憲で、憲法19条「思想・良心の自由」を保障した規定には違反しないとの判断が示された。ところで朝日新聞によれば今回最高裁の二つの小法廷での君が代起立判決で、明確な反対意見を述べたのは第一小法廷の宮川光治裁判官(弁護士出身)のみのようである。その反対意見は6月9日の朝日新聞朝刊にも報じられているが、小法廷は5人の裁判官で構成されているから明確な反対意見は10人中たったの1名とは寂しい限りである。次の衆議員選時に行われる最高裁判事の国民審査では当然注目されるであろう。http://kotobank.jp/word/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E5%AF%A9%E6%9F%BB 
 
0043 >イージス艦(あたご)裁判に想う 厚願の美少年 05/25 15:20
 
25日のアサヒコムによれば『イージス艦「あたご」無罪判決で横浜地検が控訴』と報じている。http://www.asahi.com/national/update/0525/TKY201105250242.html

検察が漁船員から供述を得たとする「左7度」の方角が漁船員に否定されれば、結果捏造と見なされ、「疑わしきは罰せず」に沿った無罪判決に繋がり、海難審判が有名無実となることは当然予想できたことであろう。

>今後検察は控訴するのか否かも含めて、どのように自衛官の衝突回避の義務と不作為を追求するのか注目して行きたい。一方高裁には地裁のように木を見て森を見ずにならないように大局観を期待したい。


 
0042 取り調べの全面可視化は急務 厚願の美少年 05/25 00:30
 
布川事件もさることながら、陸山会政治資金規正法違反事件に関しての水谷建設側の元社長、常務、水谷元会長、運転手の各々の法廷での証言では元社長から陸山会側に金が渡された「確たる事実」で一致していないようだ。

特に5月24日の朝日新聞夕刊は『元運転手は「その日に元社長をホテルまで送った記憶はない。検察官に(送ったという内容の)調書の訂正を求めたが断られた」と証言した』と報じている。これを観ても検察は水谷建設側の関係者にどのような取り調べをしたのであろうか、やはり今後は全面可視化が必要である。

布川事件、再審無罪 発生から44年 水戸地裁土浦支部(アサヒコムより)
http://www.asahi.com/national/update/0524/TKY201105240269.html


裏金「届いたか分からない」 陸山会公判で水谷元会長(アサヒコムより)
http://www.asahi.com/national/update/0524/TKY201105240580.html

元運転手「ホテルに送った記憶ない」 陸山会事件公判(アサヒコムより)
http://www.asahi.com/national/update/0524/TKY201105240245.html

陸山会事件:1億円提供を証言 水谷建設前社長「元秘書に従った」−−東京地裁公判(毎日ニュースより)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110427dde041010081000c.html

「1億円用意した」水谷建設元常務証言 陸山会事件公判(アサヒコム)
http://www.asahi.com/national/update/0516/TKY201105160532.html

それでも小沢は有罪か! 石川・大久保裁判で見えた「検察論理」の破綻
http://astand.asahi.com/webshinsho/asahipub/weeklyasahi/product/2011022100007
.html?ref=recd

 
0041 イージス艦(あたご)裁判に想う 厚願の美少年 05/18 18:15
 
2008年2月に発生したイージス艦(あたご)と漁船(清徳丸)の衝突事件の裁判が5月11日に横浜地裁で開かれ、あたごの乗組員であった二人の自衛官に無罪の判決が言い渡された。この事件は先の海難審判ではあたご側に衝突回避の義務があったと審判されていただけに、海難審判と横浜地裁でどのような事実認定の違いがあったのか、何か後味の悪い判決であったように思う。

どうしてこのような判決になったのであろうか表裏から見てみたい。先ず一口で言えば、またもや検察はストーリー(供述調書)を捏造し、裁判官に証拠を疑われ、刑事裁判の鉄則「疑わしきは罰せず」に沿った無罪判決を下されたと言えるであろう。これが一般的な表からの見方である。

即ち5月11日の朝日新聞夕刊によれば、裁判官は「検察側の証拠評価に誤りがある」と述べたと報じている。具体的には検察は別の漁船員から「清徳丸は自船の左7度の位置を航行していた」(朝日)との供述を得たと陳述したが、その漁船員は「自分から7度とは言っていない。この辺だと言っただけ」(朝日)と供述調書を否定されたと報じている。これで検察の調書(ストリー)はまたも捏造であったことが発覚し、いっきに破綻し、「疑わしきは罰せず」に沿った無罪判決になったようである。一方読売新聞は「無罪納得できない」と題して、判決に対する仲間の漁船員の悔しさのみをいろいろ掲載しているが、論評がなく何か白々しい。
http://www.asahi.com/national/update/0511/TKY201105110100.html
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/chiba/news/20110511-OYT8T01098.htm

しかし裏から見ると次のような仮説があっても不思議ではない。即ち被告人側(自衛官・イージス艦・海上自衛隊側)には、あたごの見張りが不十分であったとの海難審判を覆し、海上自衛隊の汚名を何とか挽回したいとの強い意思が根強くあったことは誰にも想像できることである。そしてその意思が何らかの形で検察に伝わり、検察が忖度したと仮定すれば、今回の検察のストーリー(供述調書)は被告人(自衛官)の罪を立証しようとしながら、逆に「疑わしきは罰せず」の判決を得るには適切な調書になっていたのではあるまいか。即ち有罪にするための捏造調書やFD証拠改ざん(村木事件他)もあれば、無罪にするための捏造、改ざん調書があっても何も不思議ではないと想像できるからである。

具体的には刑事訴訟のプロ(検察)が洋上での「左7度」という具体的な方角を供述調書にしていることである。これが陸上であれば何らかの目印も存在し後日検証可能であるが、洋上では目印もなく客観的に検証して立証することは極めて難しい、よって捏造でなくとも証拠採用されにくいことは百も承知であったろう。しかも漁船員からは聞いてもいない「7度」という嘘の方角を、証人として出廷した漁船員に「7度と言ったか否か」誘導尋問すれば、言った覚えのない漁船員が否定することは当然想定されていたのではあるまいか。

かくして「7度」は検察の思惑どおりの効果となり、裁判官は「検察側の証拠評価に誤りがある」「供述調書の内容は信用できない」(朝日)との理由で被告人(自衛官)を無罪にせざるを得なくなったものと思われるのである。かくして「あたごに回避義務があった」との海難審判は有名無実となり、海上自衛隊の汚名は挽回されたと言える。

今後検察は控訴するのか否かも含めて、どのように自衛官の衝突回避の義務と不作為を追求するのか注目して行きたい。一方高裁には地裁のように木を見て森を見ずにならないように大局観を期待したい。

 
0040 公正な「沖縄ノート」1審・2審・最高裁判決 厚願の美少年 04/22 17:03
 
今日のアサヒコムによれば『太平洋戦争末期の沖縄戦で、旧日本軍が集団自決を命じたと記述したノーベル賞作家・大江健三郎さんの著作「沖縄ノート」(1970年)をめぐる名誉毀損(きそん)訴訟で、最高裁第一小法廷(白木勇裁判長)は、原告の元戦隊長側の上告を退ける決定をした。』と報じられている。
http://www.asahi.com/national/update/0422/TKY201104220321.html?ref=any

この訴訟をキッカケに高校の日本史教科書から軍の関与が削除されていただけに 、今回の一連の裁判で全て、旧日本軍が「集団自決」に関与していたという生存者の証言が認定された意義は大きい。文科省は早速来年の教科書から削除された記述を復活させるべく教科書検定をやり直すべきである。

 
0039 村木さん、「検察の意思改革」を訴える 厚願の美少年 04/18 22:00
 
4月18日の読売オンラインによれば、「村木さんが行政監視委出席、検事意識改革を要望」と報道。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110418-OYT1T00882.htm?from=any

裁判・司法行政ウォッチング (第八期)    2010/08/14-23:34:16  
の冒頭趣旨で、「裁判員制度の導入など司法制度は改革されつつありますが、裁判官や検察官の意識改革はどうでしょうか、・・」と記したことはあながち間違ってなかったようだ。 

 
0038 検事のFD改ざん判決 厚願の美少年 04/13 01:08
 
被告人個人の犯罪に矮小化された判決であることは残念である。最高検が身内を起訴するのだから、組織の問題に言及するはずもない、是が限界か。
http://www.asahi.com/national/update/0412/OSK201104120021.html

個人的な犯罪であれば功名心や出世欲のために犯した行為か。それもあるであろうが、それだけでは説明がつかず不自然である。当時の政治状況からして「検察の取り調べの可視化」を掲げる民主党を検察組織が胡散臭く感じていたことは疑いないであろう。

即ちここで鳩山、小沢に続き石井議員を受託収賄で挙げれば民主党に決定的な打撃を与えられ、可視化を阻止できるとの狙いが検察組織にあったのではないだろうか。一方で被告人前田元主任検事は大阪地検からわざわざ東京地検管轄の陸山会事件の捜査にも携わって調書まで作成していたことは既に報道されているとおりであり、主任検事の権限(独断)で東京地検の捜査に関わることはできないはずである。

このように職制の指示命令で民主党に関連する事件として東京・大阪の特捜部を渡り歩いて捜査に携わっていること自体が組織ぐるみであることの何よりの証左であるはずなのだが。
 
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