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■
憲法を考える(第十二期)
笹井明子
−
2014/08/01 10:57:29
憲法の原理と意義を確認し、政治の動きを憲法に照らして検証する。自民党新憲法草案の危険性を明らかにする。
0014
憲法を考える: 日本改造計画(小沢一郎著)の安全保障政策がベター
厚顔
07/12 10:22
自民・公明の安全保障法案に対して民主党、維新の会からも対案が出されたが、いずれの法案も日本の51基の原発がミサイルで反撃されないという保障はどこにもない。仮に自民・公明案で集団的自衛権を行使して相手からミサイルで51基の原発を反撃されたら日本はどうなるか、おそらく狭い国土の大半は放射能で汚染され、1億2千万人の国民が安全に住める場所は無くなり、癌は日本の国民病となり、日本人の平均寿命は世界最低になることでしょう。今憲法を改正して日本の安全保障を再考するのであれば、日本がミサイルで攻撃されないことが最重要な安全保障対策でなければならない。その観点から今国会に提出されている各党の安全保障法案は不十分であり、特に自公の案は危険きまわりない。
安倍内閣と自公の政治家は国民の生命と国土の安全を守るためだと声を大にして言うが、日本に集団的自衛権を行使されミサイルで日本を反撃するかしないかの戦略、戦術は相手の手中にあり、安倍内閣と自公議員が言うことは何の保障もない。また自民党が仮想敵国にしている中国、北朝鮮は日本との距離が近くミサイルを100%迎撃できる保障もない。
ここで参考にせねばならないことは、先般米国はキューバとついに国交を回復することになったが、結局カストロ政権を武力攻撃(核攻撃は放射能が米国に流れまた相手が保持しないから道義的に不可能)で倒したとしても、キューバから近距離なために、フロリダ半島から東海岸その内陸部にある約50基以上の原発をミサイル攻撃されたならば100%迎撃できる保障も無く、日本の原発が攻撃された場合と同じ状態が想定され、以後何十年も米国が失うものは計り知れない。つまり自国に原発を持つ国は国土の広さと原発の分布状態、彼我との距離からみて戦争はできないのであり、戦争になれば国内の原発で自滅する運命にあり、日本はその典型であろう。
例えば米国は第二次世界大戦も含めて戦争している地域はベトナム、イラクなど米国本土から遠く離れた場所であり、中南米では絶対に直接戦争をしていないはずである、かつてベネズエラの故チャベス大統領はそれを見越して、国連総会でブッシュ大統領を中傷誹謗したが、もし米国が攻撃すればミサイルで米国の東海岸と内陸部の原発を反撃すると言わんばかりの演説だったように記憶している。(下記URLはチャベスの国連演説概要)
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/chavez.html
以上の観点から相手から日本がミサイル攻撃を受ける可能性が最も小さいのは、「日本改造計画(小沢一郎著)」の安全保障政策で他党の安全保障政策よりベターである。
その内容を要約すれば、憲法前文と憲法第9条を踏まえて次のよな内容である。
・自衛隊は個別的自衛権にもとずき専守防衛に徹する
・憲法前文の国際平和への貢献策として、国連決議に基づき派遣できる国連待機軍の創設を憲法9条3項に唱う。
誤解があるやも知れないので、「日本改造計画(小沢一郎著)」の134頁中段(国連待機軍をつくれ)から137頁までを抜粋して転載します。
・国連待機軍をつくれ
日本はPKO協力法を第一歩として、当面、国連の平和維持活動に積極的に協力するためにどのような体制整備を行うきであろうか。私は、日本も常設の国連待機軍をつくるべきだと考える。
日本が海外での武力活動に参加するのは、唯一、国連による平和維持に協力するためである。
その限りにおいて、憲法9条に違反するものではない。むしろ、憲法の精神に合致する。その意味で、自衛隊が国連待機軍として国連の要請に応じて出動し、国連の指揮下に入ることは、何ら憲法に違反しないことはすでにのべたとうりだ。国連軍が自ら常設軍を保持する場合に、日本が国連常設軍に自衛隊を提供することも、憲法に違反しない。日本国が国権の発動として自衛隊を指揮命令するのではなく、自衛隊そのものを全て国連の指揮下にゆだねるものだからである。しかし、日本には不幸な過去がある。自衛隊が海外での武力活動に参加することに対しては。先ず第一に、国民の間にまだアレルギーがのこっている。憲法違反ではなくても、この感情を無視することはできない。
第二に、アジア諸国において、かなり薄れてきたとはいえ、いまだ感情的な抵抗感があるようだ。つまり、国内外で誤解を招くおそれが皆無とはいえない。万が一にでもそのような事態になれば、日本の努力は逆の結果を招くことになり、せっかく使命に燃えて現地に赴いた若者の貢献を無駄にしかねない。
生身の若者を海外に送り込むにあたっては、一点の瑕疵もあってはならない。本当に日本は世界の平和だけを願って活動するのだということを、一点の疑いもなく、言葉ではなく行動で示す必要がある。そのためには、国連待機軍を自衛隊とは別に組織する方が、当面の政策としては現実的であろう。
その代わり、現在のように世界の常識とかけ離れた派遣のしかたはすべきではない。たとえば、PKO協力法は自衛隊が紛争に巻き込まれないことを確実にするため、停戦の合意が破られたときなどは、日本だけが業務を中段して撤収できることになっている。日本部隊の特別扱いを求めている。また派遣された隊員に対する指揮命令の権限は、国連の規定では、厳格に国連事務総長にある。ところが、PKO協力法では「コマンド」という英語を訳し分けて、事務総長には「指図」権しかなく、日本政府に「指揮」権があるかのように規定している。首相もそのように国会で答弁している。
日本部隊が紛争に巻き込まれそうだと日本政府が判断すれば、事務総長の許可がなくても勝手に引き揚げられる、という解釈なのである。この解釈は事態を混乱させるばかりか、重大な問題をはらんでいる。第一にこのように指揮系統が混乱したまま自衛隊を派遣すれば、現場の指揮官以下の隊員の行動は、苦渋にみちたものになるだろう。第二に憲法9条に違反しかねない。政府のように海外に派遣した部隊の指揮権は日本国政府が握っていると解釈することは、部隊の海外での行動に対して日本国政府が責任を持つということ、すなわち部隊の行動は国権の発動であるということだ。ところが憲法9条が禁じているのは、国権の発動としての武力活動である。もし派遣している部隊が戦闘に巻き込まれたら、憲法で禁じられている武力活動を行ったということになりかねない。
現在のようにな派遣の仕方だと、つねに憲法違反の事態がおこりうるのである。ではどうすればいいのか。日本国政府の指揮権を完全に放棄し、明確に国連事務総長の指揮下に置くのである。派遣する部隊の行動はすべて、日本国政府ではなく国連の責任の下にある、という点を内外に明示しなければならない。こうすれば、たとえ日本部隊が戦闘に巻き込まれても日本国政府の国権発動とはいえず、あくまでも国連の平和維持行動であるということがはっきりする。
日本は新時代の国際社会の重要な一員であることをよく自覚し、および腰ではなく真っ正面から日本のとるべき方針を考えるべきだ。間違っても言い逃れやごまかしですり抜けようなどと思ってはならない。国連待機軍を自衛隊とは別組織として保有することは、予算や管理の面でデメリットがないわけではない。しかしそうした負担は日本が海外で軍事的活動をするのは国連による平和維持活動に協力するためだけであることを内外に宣明するためのコストと考えたい。
(以上が日本改造計画よりの抜粋)
さて自民・公明・民主・維新の会の安全保障法案はいずれも日本がミサイルで原発を攻撃されない保障が無いのに対して、22年前に書かれた日本改造計画での安全保障案はその心配が限りなく小さいところが優れている。「生活の党と山本太郎となかまたち」は少数のため法案提出権がないと思うので、この安全保障政策を新聞等で広報して欲しいものである。
最後に日本にとってベストな安全保障政策は専守防衛に徹した武装中立国と思うがここでは論外とする。一言言及すれば、政府与党は単独では国民と国土の安全は守れないと日米関係を強調するが、一番戦争をする国と協調し、集団的自衛権を行使できるようにすれば、戦争に巻き込まれる危険はこのうえない。他国と陸上で国境を接するスイスに自国の安全が確保できて島国の日本にできないはずがない。永世中立国のためスイスのジュネーブには国連の機構も数多くおかれている。日本も中立国になれば国連の常任理事国入りも可能となり、そうなれば憲法前文の理想を世界に訴えて行けて、国際的に自国の安全もより補強されるのではないだろうか。
0013
言論の自由 再考
流水
07/03 18:17
言論の自由とは何か。
もう20年以上前になりますが、子供たちの話し合いの場を思い出します。
当時、わたしのクラスや学年の子供たちの代表は、ほとんどあらゆる事を相互の話し合いで決めていました。授業の受け方、給食の食べ方、掃除の仕方など学校生活のあらゆる事が話し合いの場に出されました。
そういう話し合いの中で最も大切にされたのが、『いじめ』『仲間はずれ』『差別』の問題です。このようなシビアな問題を取り扱う時、話し合いの場(子供たちの代表:学級委員、班長など)でのお互いの信頼感が一番重要になります。もし、子供たちがその信頼感がないと感ずれば、彼らや彼女たちは決して本音で話し合いをしません。きれいごとを並べてお茶を濁すでしょう。
ここに言論の自由を考える重要なヒントがあります。
「言論の自由とは
私は私の言いたいことを言う。あなたはあなたの言いたいことを言う。
その理非の判断はそれを聴くみなさんにお任せする。 ただそれだけのことである。 」・・・内田樹・・
上記の内田の認識は、わたしの経験を裏打ちしています。
『自分の言いたい事だけ言う』という論理だけでは、たとえ子供たちでも話し合いは成立しません。話し合いを成立させるためには、何はさておいても、後段の『理非の判断はそれを聴くみなさんにお任せする』という姿勢が重要になります。しかも、『聴くみなさんにお任せする』という【敬語の姿勢】が大切なのです。
相手の話す事を敬う(尊重する)姿勢がなくては、話し合いで何かを決定し、それを実践する事などできません。ましてや、【いじめ】【差別】【仲間はずれ】のようなシビアな問題を話し合いで見つけ、解決方法を話し合い、実践する事など不可能に近いのです。
わたしは、学級や学年を運営していく上で、この話し合いの場を何より大切にしていました。それが民主的な子供を育てる一番の早道だと信じていたからです。
金子みすずの『みんな違ってみんないい』の精神こそが、民主主義の原点だと信じていました。子供たちみんなが安心して本音で話し合い、知恵を絞り合い、何事かを決定し、それを実践していく過程こそが、子供たちを成長させるのだと信じていました。
その為には、何より安心して話し合える場をどう作り出すか、お互いを信頼しあえる雰囲気をどう醸成するかに全てがかかっています。学級とか学年をどう運営する(決して経営ではありません)かが問われます。子供たちが話し合い、決定し、実践する事柄を理解し、最後まで支え切る覚悟が問われます。学校の立場とか教師の立場とか【立場論】を前面に出す姿勢では、子供たちの信頼を勝ち取る事はできません。どうしても子供たちの立場に立てない場合は、子供たちを集め、立てない理由を説明し、子供たちに心から謝罪すべきです。
翻って、今回の百田なにがしという男や自民党のお馬鹿三銃士たちの暴言を見ていると、民主主義や言論の自由の何たるかを何も理解していないと言わざるを得ません。
そもそも、国会議員は、日本国憲法99条で『憲法尊重義務』を負うています。同条では、天皇ですら『憲法尊重義務』を負わせているのです。そして、憲法21条では、言論の自由などの表現の自由を保障すると書いています。自民党お馬鹿三銃士たちは、この事を忘れています。自分たち(議員)は憲法尊重義務があるのです。だから、他人の言論の自由を奪うような言論の自由は許されていないのです。彼らの発言を見ていると、お前たちは法を守れ、『俺は別だ』と言っているに等しいのです。こういう人間を OUT OF LAW(無法者) というのです。
もし、彼らが子供たちの前に立っていると仮定しますと、決して子供たちの信頼を得る事は出来ないと断言します。子供たちは、『お前らは守れ、俺は別だ』という姿勢の大人は大嫌いなのですから。子供たちは、本能的に無法者は大嫌いなのです。
現在、右派系連中の間で百田にも「言論の自由はある」とか言っていますが、他人を誹謗中傷する言論の自由はありません。個人の場合でしたら、これは、名誉棄損などの対象になります。
子
供たちの話し合いの場で一番大切なのは、主張の品性の問題です。相手を口汚く誹謗中傷するような品性の持ち主には、決して話し合いはできません。話し合いというのは、相手の立場・論理をわがものとして考え、それを認めたり、それを補強したり、それを超える論理を提供する場所なのです。子供たちは、「正・反・合」という形で弁証法的に成長するのです。この過程を何よりも大切にする事が、民主主義を大切にする事につながります。
ファッシズムとは、そのような人間の成長の過程を全て否定する考え方なのです。百田や自民党お馬鹿三銃士たちの認識は、その事を如実に示しています。
0012
根拠の怪しい合憲論を強弁する安保関連法案政府見解!
流水
06/11 14:49
安倍首相は、G7で以下のような演説をしました。
「「私たちには共通の言葉があります。自由、民主主義、基本的人権、そして法の支配。基本的な価値を共有していることが、私たちが結束する基礎となっています。」
「力によって一方的に現状が変更される。強い者が弱い者を振り回す。これは欧州でもアジアでも世界のどこであろうと認めることはできません。法の支配、主権、領土の一体性を重視する日本の立場は明確であり、一貫しています。」
出典:産経新聞
http://www.sankei.com/politics/news/150609/plt1506090003-n1.html
何とまあ、戦後民主主義者が裸足で逃げ出すほどリベラルな思想です。法の支配を重視しているそうです。強いものが弱いものを振り回すことなど認められないそうです。その言や良し。是非、実行していただこうではありませんか。
法の支配尊重⇒では、大方の憲法学者が「違憲」と認定している集団的自衛権行使を含む安全保障関連法案を撤回していただきましょう。憲法98条・憲法99条の規定を守ってもらいましょう。
※第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
○2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
ちなみに、『法の支配』とは、次のような概念を指します。
「法の支配の原理は、中世の法優位の思想から生まれ、英米法の根幹として発展してきた基本原理である。それは、専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し、権力を法で拘束することによって、国民の権利・自由を擁護することを目的とする原理である。〜中略〜法の支配の内容として重要なものは、現在、(1)憲法の最高法規性の観念、(2)権力によって犯されない個人の人権、(3)法の内容・手続の公正を要求する適正手続(due process of law)、(4)権力の恣意的行使をコントロールする裁判所に役割に対する尊重、などだと考えられている。
出典:芦部信喜『憲法 新版』(岩波書店 1997年) ・・・・
どうやら、安倍首相は、(1)の憲法の最高法規制の観念などという『法の支配』概念の一丁目一番地だと言う事は理解されていないようだ。理解していたら、憲法学者の大半が『違憲』と認定している法案を無理にでも成立させようとはしないはずです。
政府は、9日、衆院憲法審査会で三人の憲法学者が他国を武力で守る「集団的自衛権の行使」容認を含む安全保障関連法案を「違憲」と批判したことに対し、合憲と反論する見解を野党側に示しました。
与党推薦の学者までが、「違憲」と批判したことで、安保関連法案それ自体の根拠が根底から問われる事態になったのです。自民党も公明党も相当焦っているのでしょう。怪しげな政府見解なるものをでっち上げ、合憲論を展開しています。そもそも、憲法を専門にしている学者の大半が「違憲」と認識しているものを、合憲と言いくるめる事は相当ハードルが高いのです。
案の定、政府見解なるものは、これまで自民党などが示した認識を超えるものではありません。ほとんど論理的に破産しています。その為、「砂川事件」判決を持ち出していますが、これまた、墓穴を掘るに等しい論理です。
1959年の砂川事件の最高裁判決のテーマは、米軍の駐留の合憲性に関するもので、日本国の自衛権に関するものではありません。自衛権に関して言及した部分も個別的自衛権に関するものであると考えられています。
逆に、砂川事件の判決は、集団的自衛権を否定するものだという説もあります。
この当時の歴史的経緯を素描しますと、1950年、朝鮮戦争勃発。米国は、日本政府に30万人の再軍備を要求。吉田茂は憲法9条を理由にこれを拒否。(※米国の再軍備要求の目的は、朝鮮戦争を日本兵で戦わそうと意図した。要するに日本人の血を流さそうとした)その穴埋めとして、軍需産業を復活させ、武器弾薬を米軍に提供した。⇒これがいわゆる【朝鮮特需】⇒日本の経済復興の端緒。
★この事実から言える事は、憲法9条が、日本を戦争参加から守ったという事。同時に、この時の吉田茂の対応が、後の日本政府の方法論に大きな影響を与えました。一口でいえば、【軍備=戦争】より【経済=平和】優先という思考方法。
1959年の最高裁の砂川事件判決は、この当時の時代背景(朝鮮戦争後の冷戦時代)もあり、相当いかがわしい判決だと言えます。
1957年の砂川事件(※
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%82%E5%B7%9D%E4%BA%8B%E4%BB%B6)で、住民た
ちは、在日米軍は憲法9条二項に違反する「戦力」に当たるのではないかという訴訟を起こします。一審(通称伊達判決)では、米軍は『戦力』に該当し、『違憲』という判断が下りました。https://kotobank.jp/word/%E4%BC%8A%E9%81%94%E5%88%A4%E6%B1%BA-93734
この判決に慌てた米国は、日本政府要人(藤山愛一郎外相)と会談、日本政府に高裁を飛ばして最高裁に跳躍上告させ、『合憲』判断を勝ち取るために、様々な工作を行います。結果は、米国の思惑通りの判決が出されたのです。少し、長い引用になりますが、以下の文章を読んでもらえば、よく分かります。
・・・実は最高裁によるこの逆転判決の裏には“日本政府とアメリカの介入”が指摘されているのだ。
そのことを明らかにしたのは、2013年に出版された『砂川事件と田中最高裁長官』(布川玲子、新原昭治・編著/日本評論社)。同書によれば、米軍駐留を「違憲」とした伊達判決が出た翌日にあたる1959年3月31日の午後、東京・アメリカ大使館のマッカーサー2世駐日米大使からワシントンにある国務省のジョン・フォスター・ダレス国務長官へ一通の秘密電報が発信されたという。アメリカ政府解禁秘密文書の秘密区分で「極秘」に指定されているこの文書は、以下のように始まる。
〈(私、マッカーサーは)今朝八時に藤山(愛一郎・外務大臣)と会い、米軍の駐留と基地を日本国憲法違反とした東京地裁判決について話しあった。私は、日本政府が迅速な行動をとり、東京地裁判決を正すことの重要性を強調した。私はこの判決が、藤山が重視している安保条約についての協議に複雑さを生み出すだけでなく、4月23日の東京、大阪、北海道その他での極めて重要な知事選挙を前にした重大な時期に、国民の気持ちに混乱を引き起こしかねないとの見解を表明した。〉
当時、米国務省も国防総省も伊達判決にコメントするのは「不適切」とマスメディアに語っていたが、実際には、伊達判決の直後から密かに外交工作を行っていたことがこの秘密電報の文面からはわかる。
しかも、マッカーサー大使は藤山外相に、論議が長引けば〈左翼勢力や中立主義者らを益するだけ〉と戒め、跳躍上告することを促している。これに藤山外相は〈全面的に同意〉。実際、この藤山外相とマッカーサー大使の面会からわずか3日後には跳躍上告が決まっている。
その日のマッカーサー大使から国務省への「秘」電報には、このように書かれている。
〈外務省当局者がわれわれに語ったところによると、法務省は近く最高裁に提出予定の上告趣意書を準備中だという。(中略)政府幹部は伊達判決が覆されることを確信しており、案件の迅速な処理に向けて圧力をかけようとしている。〉
この時点で、日本政府幹部が司法に「圧力」をかけていると、マッカーサー大使は外務省から聞かされている、というわけである。しかしなぜ、まだ跳躍上告の準備中にもかかわらず、政府は「伊達判決が覆されることを確信」していたのか。その背景は4月24日にマッカーサー大使が国務長官に宛てた「秘」公電を見れば明らかになる。
〈(判決の時期について)内密の話し合いで田中最高裁長官は大使に、本件には優先権が与えられているが、日本の手続きでは審理が始まったあと判決に到達するまえに、少なくとも数ヶ月かかると語った。〉
なんと、最高裁での逆転判決の鍵を握る裁判長・田中耕太郎長官自らが、マッカーサーと「内密」に談合を行っていたのである。あらためて言うまでもなく、評議による裁判中の情報は秘密にしなくてはならない(裁判所法第75条)。しかし田中裁判長は、その後もアメリカ側と度々密会を重ね、情報をリークしていたのだ。
その漏洩内容は恐るべきものだ。同年8月3日に米大使館から国務長官宛てに発信された書簡が、その一部を物語っている。
〈共通の友人宅での会話の中で、田中耕太郎裁判長は、在日米大使館主席公使(引用者註:マッカーサー大使のスタッフだったウィリアム・K・レンハート公使のこと)に対し砂川事件の判決は、おそらく12月であろうと今考えていると語った。弁護団は、裁判所の結審を遅らせるべくあらゆる可能な法的手段を試みているが、裁判長は、争点を事実問題ではなく法的問題に閉じ込める決心を固めていると語った。(中略)裁判長は、結審後の評議は実質的な全員一致を生み出し、世論を“揺さぶる”素になる少数意見を回避するようなやり方で運ばれることを願っていると付言した。〉
田中裁判長は、裁判の争点を直接的背景である日米安保条約における危険性の論議から逸らして法律解釈の問題に限定することで、速やかに結審を下す旨まで報告していたのである。
岸信介内閣が秘密裏に進めてきた安保改定の条約調印は60年1月19日。最高裁判決は59年12月16日に田中裁判長自身が言い渡している。安保改定の反対運動が盛り上がる前に「違憲判決」を覆しておきたかったのだ。
しかも、である。田中裁判長は判決1カ月前にもマッカーサー大使と密談し、その会話のなかで伊達判決の明確な否定と、米軍駐留に合憲判断によってお墨付きを与えることまで公言していたことが、米大使館から国務長官に宛てた極秘書簡によって明らかになっている。
〈田中裁判長との最近の非公式会談の中で、砂川事件について短時間話し合った。(中略)
田中最高裁長官は、下級審の判決が支持されていると思っている様子は見せなかった。それどころか反対に、それは覆されるだろうと思っている印象だった。しかし、重要なのは、15人のうちのできるだけ多くの裁判官が、ここに含まれる憲法上の争点につき裁定することだという印象を私は得た。この点に伊達判事が判断を下したのは、まったく誤っていたのだと彼は述べた。〉
さらに驚くべきことは、外務省はアメリカ側に裁判で弁護団にどのように反論すべきかまで相談をしていることだ。
このことについて詳述しているのは、昨年発売された『検証・法治国家崩壊』(吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司/創元社)だが、同書によれば、最高裁での弁護側の答弁書には、日米安保による米軍の駐留と基地使用によって日本が直接関係のない武力紛争に巻き込まれる危険性が指摘されていた。これに対して検察側は、審理が不利にならぬよう、軍事行動のための基地使用の事実を否定する必要があった。そこで、最高検察庁から弁護団の指摘を聞いた外務省は、マッカーサー大使に相談。米解禁文書から発掘された文書には、〈ときに応じて日本の海軍施設を使うかもしれないが、日本の国内とその付近に配置された米軍とは見なされないし、日本を基地とするものではないということである〉という苦しい言い逃れが書かれている。また、こうしたなかでアメリカの国務長官の指示どおりに検察が虚偽の弁論を行ったことなども「秘」公電によって判明しているのだ。 」・・・・(永井多賀子)
http://lite-ra.com/2015/06/post-1175.html
2015.06.10. リテラ
砂川判決の内容それ自体にも非常に問題があります(いわゆる統治行為論)が、それより何より、民主主義の根幹である三権分立制度それ自体が、崩壊していたのではないか、という点が大問題です。
統治行為論というのは、要するに司法権が行政権に屈服したという事を示しています。この判決を安保関連法制の合憲の根拠にしようと強弁している首相や高村氏や政権首脳に聞きたい。
●「あなたがたは、日本の司法が時の権力(米国および日本政府)に屈服した砂川裁判を根拠にするのですか。
●日本の植民地化を証明するような判決を是とするのですか」と。
●そして「それが安倍政権のスローガン【日本を取り戻す】ためにどのような寄与をするのですか」と。
0011
沖縄の闘いこそ日本の象徴!
流水
06/08 14:31
沖縄翁長知事が、米国から帰国しました。
米国側は、辺野古移設しか選択肢がないと答えたようです。その為、目立った成果がないと嘲笑を浴びせかける報道もあります。体制翼賛メデイアの上から目線で卑しい心根が滲み出た記事です。
本来なら、外交問題は政府の専権事項。沖縄県民の心情を正確に米国に伝え、そこを原点にして、基地問題の解決に全力を尽くすのが政府の役割。ところが、沖縄県民の意志は完全無視。政府の思惑だけで辺野古移設を強行しています。この姿勢に、沖縄県民の堪忍袋の緒が切れるのは当然です。沖縄県民から見ると、強い米国には何も言えず、沖縄には有無を言わさぬ強硬姿勢。世の中では、こう言う姿勢を、『強きを助け、弱きをくじく、弱い者いじめ』といいます。人々から最も嫌われる姿勢です。侠気などという言葉はもはや死語なのでしょう。頼みの政府が何の役にも立たないのだから、自分で交渉する以外ない、というのが、翁長知事の立場です。
当然ですが、外交交渉の主役でない地方の県知事と外交交渉の主役の国とでは相手の扱いも違いますし、国との交渉で決定した以外の事が出るはずもありません。そういう事をすれば、国と国との交渉という外交の根本が崩れてしまうからです。
そんな事は常識。その事を翁長知事が知らない訳がないのです。全てを承知の上で米国に沖縄県や沖縄県民の立場・思い・心情を正確に自分の言葉・沖縄の言葉で伝える事に目的があったのです。ここが、沖縄県民の立場・心情など正確に伝えない政府とは全く違うのです。
この事を正確に評価し、沖縄の基地問題・辺野古移設問題に対する様々な視点を提示しないメデイアなど、言論機関の名に値しないのです。
実は、この姿勢こそ、沖縄県民が抱く日本政府への怒りの原点にあるのです。同じ日本国民でありながら、『沖縄の住民は人間扱いされず、モノ扱いされた。本土の目的を達成するために政治の具にされ、手段にされてきた。つまり構造的差別が背景にある』・・ 大田昌秀(元沖縄県知事)
琉球処分以降の沖縄の苦難の歴史を背景に語られる大田氏の言葉は重い。
時は明治維新まで遡ります。平和な文治国家を国是としていた琉球国に明治維新政府は廃藩置県を迫ります。これを拒否すると、明治政府は熊本鎮台の400人の軍隊(分遣隊)を駐留させ、首里城の明け渡しを迫ります。名目上は、琉球住民の保護でしたが、実質は「反日分子」の鎮圧が目的でした。この時、2万坪以上の農民の土地を強制的に買い上げ、軍隊を駐留させています。これが、沖縄の基地化の最初です。
大田氏によれば、沖縄は伝統的に軍事力を持たない安全保障を志向する伝統的な平和思想を持っていたそうです。大田氏は、その理由は、以下の3点にあると指摘されます。
@夫れ、琉球は南海の一孤島にして 如何なる兵器を為し 如何なる方策を設くるとも以て他の敵国外患に当たるべき力なし
A此の小国にして兵あり力ある形を示さば 却って求めて敵国外患を招くの基となり 国遂に危うし
B寧ろ兵なく力なく唯礼儀従順を以て外に対し 所謂柔能制剛を以て国を保つに如かず (大田昌秀が説く沖縄戦の深層)
琉球政府は、この国是に従って数百年近隣諸国と友好関係を保ってきたが、琉球処分以降、日本政府は南の防備を優先。沖縄戦の悲劇に至ったのです。
大田氏は、沖縄戦の問題等も深く考察、厳しい認識を示されていますが、わたしが最も感銘を受けたのが、上記の琉球政府の国是です。
わたしは、沖縄の本土復帰が決まり、正式に復帰する前、たしかNHKだったと記憶していますが、沖縄の子供たちが日本国憲法を学習している姿を放映した事があります。その時、沖縄の子供たちも教師も憲法9条の平和主義をまるで宝物のように語り、学び、口々にこんな素晴らしい憲法のある国に復帰するのだ、と語っていたのを鮮明に覚えています。
その時は深く理解していませんでいたが、大田氏の論を読んで初めて分かりました。沖縄の人々の骨肉の中に、琉球政府の国是が脈々と流れ、生きているのだと。【寧ろ兵なく力なく唯礼儀従順を以て外に対し 所謂柔能制剛を以て国を保つに如かず 】
よく見れば、この精神こそ、日本国憲法の精神そのものでしょう。
日本国憲法の序文にある・・「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」・・
は、琉球国の国是そのものだと思います。
その沖縄が安倍政権の強硬政策により、二度目の琉球処分の憂き目にあおうとしています。沖縄の人々の脳裏に、またぞろ沖縄戦の悲劇を繰り返すのか、という思いがよぎっても当然です。
わたしたち本土の人間にとっても同じです。世界に冠たる日本国憲法の平和主義が、馬鹿な国粋主義者たちによって蹂躙されようとしているのです。辺野古基地を巡る沖縄の戦いも安全保障法案を巡る本土の戦いも願いは同じです。
琉球国の国是を心から理解すれば、憲法の平和主義を守る戦いも同じ土俵の上に立っています。否、沖縄県民や翁長知事の戦いは、その最前線の戦いなのです。沖縄の戦いは、平和を守る日本国民の戦いの象徴なのです。わたしたちは、沖縄県民の戦いに心からのエールを送らなければならないと思います。
0010
もはや中立は許されない!
流水
05/16 10:40
誰が見てもとりどころなき男来て
威張りて帰りぬ
かなしくもあるか
石川啄木の歌。初出は『一握の砂』。であれば、作歌は1910年(明43)10月4日〜16日。
酔っぱらった友人が訪ねてきて、さんざん大言壮語を聞かされた後の句。啄木のような鋭敏な感受性の持ち主には、耐えられなかったのであろう。
戦後日本の安全保障政策の大転換を閣議決定をした後の安倍首相の記者会見を聞いていて、上記の句が思い出された。啄木の場合は、友人との関係の話だが、安倍首相の場合はそうはいかない。日本国民全ての運命に関わる話である。論理的矛盾に満ちた話を得々と語るその神経にあきれ返る。
戦前の話を読んでいると、どうもこの種の話に遭遇する場合が多い。たとえば、歌手淡谷のりこは戦前彼女の髪の色や衣裳に至るまで、町内の婦人会から注意を受けたそうだ。「この非常時に!」という理由からだ。それを疑いもなく言ったり、行動したりする人間が、いくらでもいたのが戦時体制というもの。小津安二郎は「秋刀魚の味」で笠智衆の「戦争に負けて良かった」という台詞に答えて、加藤大介にこう語らせている。「そうかもしれねえな。すくなくとも、馬鹿な野郎が威張らなくなっただけでもな」と。
この話。安倍首相のお友達連中を見ていれば、すぐ納得できる。NHK会長、曽野何がしのアパルトヘイト容認発言、百田なにがしの一連の発言。【虎の威を借るキツネ】根性の持ち主は、今も戦前も何も変わっていない。ファッショ体制の住みにくさは、【馬鹿な野郎が威張る】と言う所にある。
実は、フランスの哲学者、ミシエル・フーコーが【生―権力】で論じた権力の本質は、上記の話と通底する。
・・・・彼は、「権力の本質は、あらゆる場所で、その関係から生じる力を利用して働く内在的力である」事を明らかにした。つまり、どんな日常の営みも政治的であり、政治介入から自由であり得ない。国家よりも、むしろ家族や友人、学校や会社などの内部で生み出される力関係が社会を制御する基盤である。当然ながら、支配者(政府)−被支配者(人民)という単純な二項対立図式は成り立たない。 わたしが「言論統制」(中公新書)で示したこともそれが国家からの一方的な「言論弾圧」ではなくメデイアと権力の共犯関係の下で機能したという事だ。・・・(佐藤卓巳 京都大教授 5月14日 毎日新聞)
戦争中の日本社会の状況や現在の日本の状況を考えると、佐藤卓巳氏の指摘は、当を得ている。
問題は、あからさまな『解釈改憲』や『憲法改正』という議論には、【中立】はない、という事である。
「かなしくもあるか」ではなく、【馬鹿が威張るな】と昂然と言い切らなければならない、という事。
つまり、メデイアも日本国民もその覚悟が問われているのである。
0009
Re: 憲法を考える(第十二期)
名無しの探偵
05/14 17:47
「歴史の中の憲法」
タイトルの言葉は家永三郎氏の本の表題である。家永先生は近代史の著作を
多く刊行されていたが、特に自由民権運動の歴史や太平洋戦争に関する著述が多かった。
家永訴訟;教科書裁判は特に検閲官である文部省が家永氏の日本史教科書にある太平洋戦争の記述を何か所か例にあげて「戦争を暗く描きすぎている」
という理由などで書き換えを迫ったことなどを私は鮮明に記憶している。
その中に広島での被災者の写真もあったはずである。
一体「暗くない戦争」というものつまり「明るい戦争」などがあるのだろうか。
表題の問題に戻ると、家永氏はこの本の中で憲法が歴史の只中から生まれ、
そして歴史の只中で闇に葬られることもあることを伝えたかったのかもしれない。
明治の初頭まだ憲法(旧憲法)も制定されず、人民が政府の圧政により30万人もの農民が破産の追い込まれ田畑や土地を失うという年(明治17年)
が存在した。家永氏が注目していた民権家エリート層はこの年早々と自由党を解党して、政府のおこぼれをもらう側に逃走したが、関東の一部地域の
地方民権家は生命を擲って武装蜂起に打って出たのである。
まだ、民権思想もいまだ定着していない時期に人民に呼び掛けて、1万人規模の蜂起に立ち上がったのである。事件の後は徹底した弾圧の嵐が民権家を襲った。
彼らは憲法もなく、人権思想も萌芽の段階で自由党などの私擬憲法を拠り所に立ち上がったのである。
家永氏は憲法が歴史の中の存在であり、憲法思想が胎動している時期でも
憲法が歴史的に形成されつつあることを実証しようとしたのであろう。
近代初頭の歴史からまがりなりにも日本国憲法がいまだ存在している現在は
どうか。
今まさにこの歴史の中の憲法が時の権力によって蹂躙されようとしている時期であるが、国民はこの憲法を破壊しようとしている権力に票を投じて、憲法の破壊主体である安倍政権に寄り添っていこうとしているのである。
歴史は繰り返すのであろうか。
こういう事態が現出するとは。私たちは現憲法が制定された昭和22年前後に思いをはせる責任が誰しもにあるのではないだろうか。
いかなる時代に憲法が誕生したのか。国民の大半が飢餓感や貧困にあえいでいた時代だったのでないか。
しかし、その時の人々に今はないかもしれないが「希望」があったのであろう。
憲法の誕生と日本の上空に広がる青空が「希望」の源泉でもあった。
歴史の中で生起してきた憲法を手放すことでいいのか。
そんなに憲法は軽い存在なのだろうか。
憲法を手放すときには希望もなくすときでもある。
ここで、踏みとどまらずして後はない。
0008
「皆で考える 日本国憲法」
笹井明子
04/18 13:51
4月23日の「護憲+」月例会(「サロン・ド・朔」)は、テーマを「皆で考える 日本国憲法」としました。
(
「憲法改正のための国民投票」発義が現実味を帯びてきた今、私たちは「の根護憲派」として、自分達サイドから一般の国民・有権者と共有できる言葉を準備する必要があります。
今回の会合では、グループの原点に立ち返って、「日本国憲法」の意味、意義を話し合い、再確認し、その一歩を踏み出す場としたいと考え、手始めに、会に参加する方向けに以下のような設問を用意しました。
つきましては、当日会に参加できない方にも、このスレッドにコメントをお寄せいただき、月例会でご意見を反映させたいと思います。
また、例会で話しあったことも後日このスレッドで紹介して、更に議論を深め、私たちの「憲法についての言葉」を構築していきたいと思います。
積極的なご投稿を期待しています。よろしくお願いします。>「護憲+」メンバー各位
【設問】
・「憲法とは何か、国にとって、あなたにとって」
・「今の憲法で特に大事だと思う条文、どの条文?どう重要?」
・「憲法9条はいまのままでよいか、変える→どう変える? 変えない→解釈改憲からどう守る?」
・「変えたい条文はあるか、何を、どういう理由で?」
・「役に立つ資料などの紹介」
・その他
0007
Re: 憲法を考える(第十二期)
百山
03/17 18:54
春はすぐそこ と言わんばかりの陽気となってきた。
浮かれたいですねぇ、花びらを盃に受け、統一地方選挙で主権者の意志は復古調ノーを突きつけた のBGMを 心地よく聴きながら。
こんなことを書き出さなければならないのも、今の政治の世界に吹くあまりにも酷い「風」に、言葉をなくした思いでいるからです。
日本国憲法には、言わずもがなとすら言えるような、「憲法尊重擁護の義務」という規定が置かれている(第九十九条)。
しかし、全責任は私にと胸を張る現総理の目には、こんな規定があるの?と言わんばかりの、無用の規定であるらしい。
そも、戦争の愚かさへの反省・国際協調・平和希求等この憲法の骨格を記した「前文」にすら目をやることを避けているのではないのか。
「尊重擁護の義務」の規定を受けて、少なくとも一般職の公務員は「宣誓書」の提出を求められていると思うが、「天皇・摂政」は知らず、特別職の公務員はどうなのだろう。やはり一筆求められているのではなかろうか。
少なくとも 公職選挙の候補者足らんとするときは、一筆書くのを第一の関門とすべきと思うが、どうだろうか。
それはともかくとして、現総理には自分の思い描く「憲法」があり、それに従い何をやってもいいという「妄念」に取りつかれているとしか言いようがない「無法ぶり」だ。
どこをどう押せば、彼の描く道筋が描けるのか。
集団的自衛権から始まって、後方支援・自衛隊派遣や文民統制の骨抜きなど、憲法に反することのオンパレードではないのか。
それにしても不思議なのは、「イラク派遣は決定的憲法違反」などの違憲訴訟は、もうエネルギー枯渇とでもいうのだろうか。
提訴がなければ動きようもないの構図を改めて、憲法の番人が能動的に機能するような「委員会」的なものを付置してはいかがだろうか。
いずれにしても、現憲法を頂点に置く体制を了として入り込んだのだということをかなぐり捨てて、勝手を押し通そうとするなどは、認められないということを、直近の選挙の機会に示せるようなお国柄であって欲しいものです。
0006
Re: 憲法を考える(第十二期)
百山
02/26 17:39
好機(?)到来とばかりに改憲派が勢いづく。しかし、先ずは地ならしとばかりの小手先。第96条[改正の手続き、三分の二以上の賛成による発議]から始めると言う。二分の一以上にハードルを下げるということのようだ。
かつて町内会の総会で、執行部提案に賛否両論が白熱した時、執行部の応援団らしき一団から声あり。「議長、裁決、採決。民主主義だ。」異論は多数決で封じ込めろの声である。多数決といっても二分の一が当たり前のような空気に馴染まされて、たとえ一票差でも反対派の意見は日の目を見ることはないという世間がまかり通っている。
ことは「最高法規」として国民すべてが抱くもの、に 改変を加えようとするもの。
主権者からの受任に基づき代議する人たちの集う場からの発議が、なんで二分の一にまで引き下げなければならないのか。
多数決=二分の一超という常識(?)に疑問符を突きつけるぐらいに成長した民主主義社会だと、世界に示していただきたいものだ。少数派も同じ社会の構成員、疎外はしないという最低限のコンセンサスが根付いていることを示せるまでの成長は、夢のまた夢なのだろうか。
国民主権・平和希求の国としてあり続けたい、その輪を広げるということを率先して示し続けたいと思うのは、百年に満たぬ命しか与えられない「人類」にとって、これまた身の程知らぬ「夢」なのだろうか。
0005
Re: 憲法を考える(第十二期)
百山
02/22 13:55
今朝の新聞を開いて、危惧していたことが現実に に驚く。
取り越し苦労に の願いは、むなしくも彼方へと飛び散りそう。
憲法9条を素直に読めば、絶対に現実のものとはできない組織を、あたかも各国憲法の上部規定(究極は各国憲法は不要、世界共通・単一憲法を目指すべき)があるかに振舞ってのゴリ押しで設置し、今や、その実力は世界有数などと得意気。救いは組織設置法令の中に「文官統制規定」を設けていたことだが、その規定を取り除くという。
何たることか。
小生は、この組織は内閣総理大臣直轄、強力な第三者組織をもって各種規制を行い、前にも書いたが、関係を有した者への参政権規制など、政治とは
一番遠いところに置き、絶対に独歩は許さないの気構えで臨むことが不可欠と考えている。
だが、最近の様子を見ると、行動規範も自分たちが決める式の寛大な方向に向かっているようで、何たることをと危ぶんでいた。
これは、国民全体が真剣に取り組むべき問題であり、危機感の欠如は、やがて取り返しのつかないツケとして 孫子たちに遺すことになりましょう。
あな、恐ろしや、情けなやである。
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