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0986 ロシアのウクライナ侵攻に日本はどう向き合うか 笹井明子 2022/05/10 22:59:11
ウクライナへの軍事侵攻から2ヵ月半となる昨日5月9日、ロシアでは第二次大戦の対独戦勝記念式典が行われた。

プーチン大統領の式典演説では、欧米メディアによる事前の予測に反し、ウクライナ侵攻についての「戦争状態宣言」や「勝利宣言」などの文言はなく、現在の軍事作戦は「祖国の将来のための、やむを得ない、唯一正しい決定だった」という「愛国心」を前面に押し出した「侵攻の正当化」のみで、プーチンが今後どうでるかの不安が先延ばしされる結果となった。

一方、これに先立つ8日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、キーウ近郊の破壊された住宅地をバックにした演説の映像を流し、「ロシアの蛮行」を強く非難。「我々は再び勝利する。再び平和が訪れる」と、譲歩しない方針を強調した。

ゼレンスキー演説の映像にはロシア軍による攻撃や避難民の様子も盛り込まれ、ロシアの戦勝記念式典での戦車と軍人を総動員した威圧的な軍事パレードとの対比によって、侵略している国とされている国、街を破壊し、人びとの日常生活を奪い、命を危険に晒す、理不尽なロシアと、ロシアによって傷つけられ過酷な日々を余儀なくされているウクライナの人々、という構図を世界に発信し、少なくとも情報戦では圧倒的優位を示すことに成功した。

こうした結果として、私を含め、世界の多くの人々は、この理不尽な状況はいつまで続くのかという怒りと痛み、不安と焦燥感を、掻き立てられ続けることになった。

ロシアの戦勝記念日に先立つ、5月3日、日本の憲法記念日に久々に読んだ「日本国憲法」の「前文」には、
『われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。』
『われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免がれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。』
という文言がある。

今ロシアの軍事進攻下に置かれているウクライナの人々は、まさに「恐怖と欠乏」の中にあり、「平和のうちに生存する権利」を奪われていることを思う時、日本は、「専制と隷従、圧迫と偏狭の除去」のために国際社会と手を携えて、あるいはその先頭に立って、積極的な行動を採るべきだと痛感する。

今回、岸田総理と日本政府は、いち早くウクライナ支援の方針を明確にし、積極的な外交努力を続けているように見える。そのことは評価できるが、しかし、望むらくは、覇権国家の地位をより堅固なものとしたい思惑が見え隠れするアメリカとの連携に依拠するのではなく、「戦争放棄」を明文化した憲法を持つ日本だからこそ担える役割を、より積極的、自律的に果たしていってもらいたい。

そして、私たち国民も、憲法の精神に則って、ウクライナ国民の平和で幸福な暮らしの再建に資する、あらゆる可能な支援提供に尽力することを、再度心に誓いたいと思う。