| 藤井聡太竜王が王将位を勝ち取り、五冠を達成した。 現在の棋界でNO1と称される渡辺三冠に4連勝しての勝利。 過去、五冠を達成した棋士は三人。 大山康晴、中原誠、羽生善治。 いずれも将棋界に名を残した伝説の棋士。その将棋界のレジエンドにわずか19歳で肩を並べた。
昨年わたしはエンゼルスの大谷選手と藤井聡太五冠について書いた。その中で、藤井聡太五冠の学習法について触れた。彼が愛用する将棋ソフトは、デイープラーニング系ソフトだと言う事も紹介した。 同時に、彼が将棋界を席巻する様子を新たな“産業革命”の先触れだとも指摘した。
彼は、今回、王将位を獲得したが、その戦いぶりが将棋界を震撼させた。将棋界は人も知る天才の集まり。かって、米長という名人がいたが、彼がよく言っていたのは、「兄貴は頭が悪いから東大へ行った」というセリフだ。「俺は頭が良いから棋士になった」というわけだ。
東大へ入る頭と将棋の頭は多少違うように思えるが、米長元名人の言う事にも一理ある。 プロ棋士になれるのは、一年に2.3人。それこそ、日本全国から、選りすぐられた何十人の天才たちが奨励会に入り、しのぎを削っている中でプロになれるのは、この人数。東大より難しいと言っても過言ではない。 例えば、藤井聡太五冠の師匠の杉本昌隆氏に言わせれば、将棋プロになれなかった少年の大半は、名前の知れた国立4年生の大学に進学しているそうだ。
これだけの俊才、天才が集まった棋士たちが、今回の藤井聡太五冠の勝ちっぷりに震撼した。 王将戦の解説を担当していた勝又七段は「勝ち方があるなら教えてくれ」と叫んでいた。
羽生善治の前に棋界を席巻した谷川永世名人は「将棋の質が変わった。最新形で戦おうとするとここまで準備しなければならない。ただし実戦は研究通り進むとは限らないので大変です。タイトルを狙わず、最新形を指さなければ楽ですがね」と笑う。
多くの棋士が異口同音に、【将棋は負ける競技だ】と語る。勝ったり、負けたりするのが将棋。勝率5割が普通。だから、七割勝つ棋士が出ると、その人間がタイトルを取る、というのが常識。 過去の名棋士たちはみなその道を歩んできた。大山、中原、谷川、羽生たちは、そういう常識の中でのレジエンドだった。
ところが、藤井聡太五冠は全く違う。プロ棋士になって5年間の勝率が、8割3分を超える。しかも、タイトル戦は七回戦って負けなし。中でも二日制の対局の勝敗は12勝1敗。勝率9割3分。 こんな棋士はいない。 居並ぶ天才棋士たちが悲鳴を上げるのも無理はない。 “若造が何を偉そうに”と力んでも、この圧倒的な成績を前にすれば、ぐうの音も出ない。
今将棋界でよく言われているのは、“人間にはこの手を指せない”という言葉だ。 A1が示す次の一手に解説の棋士たちが悲鳴を上げているのだ。コンピューターが瞬時に何億手も何十億手も読んで出される次の一手に翻弄されている棋士たちの困惑が透けて見える。
藤井聡太五冠などが使っているソフトはさらに上をいく。デイープラーニングソフトと呼ばれるもので、コンピューター自体が学習する。だから様々な棋譜を学習すればするほど強くなる。無限に進化する。 藤井聡太五冠はこれを自由自在に使いこなし、自らの棋力を向上させている。彼は、自らパソコンを組み立て、自分の最も使いやすいように作っているそうだ。 パソコンを使うのがやっとのベテラン棋士たちでは全く歯が立たない。
わたしは、現在の将棋界の姿に近未来の日本の姿を見る。 おそらく、近い未来の多くの日本人が直面する姿が、現在の将棋界に見える。 それも、ブルーカラーに人たち(いわゆる肉体労働者)が自分の職を機械に奪われていった19世紀の“産業革命”とは異なり、ホワイトカラーの人々が自らの職をコンピューターに奪われる時代がすぐそこまで来ている。一説によれば、官僚も弁護士も医者すら危ないと言われている。わたしから言わせれば、政治家などにとって代わって欲しいとも思う。
つまり、現在のコンピューターは、単なる計算や事務処理だけではなく、過去の様々なデーターを解析し、適切な方策を生み出すことまでできる。人間がとらわれやすい好き嫌いの感情や損得勘定やこだわりなどの人間的要素を徹底的に排除した冷徹なまでの客観的・合理的・科学的方策を提示できる。 しかも、使えば使うほど進化する。学習効果が人間などとは比較にならない。 今までこういう作業は人間にしかできないと考えられていたが、今やコンピューターの方がはるかに人間を凌駕している。 その事を藤井聡太五冠の活躍は示唆している。
藤井五冠の凄さは、コンピューターの提示する次の一手の最善手か二番目あたりの手を一局を通じて指し続けられるところにある。一局を通じて悪手と呼ばれる手がきわめて少ない。 彼が人間離れしていると評される所以である。
NHK杯で深浦9段が藤井五冠に勝った時、「宇宙代表の藤井4冠と地球代表の深浦9段」の戦い に地球代表が勝利した、と騒がれたのも無理はない。 天才と評される人間たちの集団である棋界ですらそうなのだから、天才も凡才も住んでいる他の世界では、もはやコンピューターが作り出す様々な指示に抵抗など不可能といって過言ではない。 その中で生き抜くためには、藤井五冠のようにコンピューターの思考を自らの思考に取り組み、コンピューターと人間の違いを正しく認識して生きていく以外にない。
藤井五冠は、将棋という世界での現在の自分の立位置を富士山に例えて、森林限界の下と評していた。 見事な自己評価だと言わねばならない。 藤井五冠は、19歳の少年だが、彼の認識は、時代を見事に先取りしている。 厭な事ばかり目立つ時代だが、彼のような見事な少年が存在するだけでもかすかな希望が見えてくる。
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