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0871 「立憲主義」を巡る議論 名無しの探偵 2020/05/13 22:40:26
1、問題点の指摘
現在、安倍政権がコロナウィルスによるパンデミックという緊急事態が世界的に流行して、日々感染者が増加している最中、あろうことか、安倍首相などの犯罪を見逃してきた一検察官の「定年延長のために」検察官の定年延長の法案を国会に提出し法案の成立を今月中に与党が決めようとしている事態になっている。

それはそれとして大きな問題であるが、本稿ではその前提となる議論(憲法問題)として、立憲主義の問題に言及したい。なぜなら、この立憲主義ということは政治権力を縛る、制限するのが憲法の原理である、という意味であるからだ。

この政治権力の制限という憲法の役割は昔からあった原理ではない。近代の市民革命の成果として、国家の権力を制限する原理が成立したのである。

この「立憲主義」の命題が日本で「議論」されるようになったのも、それほと昔のことではなく、戦後の憲法論ではほとんど議論されていなかったという記憶がある。

これは不思議に思われるかもしれないが、60年代、70年代の「憲法テキスト」に立憲主義の議論はなかったように思われる。

そこに書かれてある議論としては、天皇主権から国民主権に変わったこと、三権分立制度の議論が主なものであった。

それもそのはずで、憲法テキストの著者は戦前の学者であり、彼らに「立憲主義」の近代的、現代的な意味を教授できるような素地がなかったからである。(戦後の第一世代の憲法学。宮沢俊義が代表的)

したがって、立憲主義の「今日的な意味」を教授できる憲法学者として戦後に学者になった第二世代の登場を待たなければならなかったのである。(この世代としては小林直樹、杉原康男、樋口陽一が有名)

2、立憲主義とは何か

そこで、大方の憲法論とは異なり、立憲主義の議論が本格的に登場してきたのは80年代からであったと思う。
その意味を法学を学ぶ学生に教えるようなある意味で難解な説明ではなく筆者が分かり易く言い換えれば、こうなる。

立憲主義が市民革命を経て成立してきた歴史的な経緯は自然科学で言うと、コペルニクス的な転換であったということである。つまり、それまでは「天動説」という視点であったが、「地動説」という視点の転換があった。

それまでは国家が市民:国民を縛る法律であったが、市民革命を経て、法(憲法)が国家権力を制限する原理に転換したということ。これが天動説から地動説への転換に喩えられるということなのである。

3、それでは、この立憲主義が一般に理解されているのか、という問題が実は大きな問題ではないのか。

というのは、80年代頃からようやく日本で議論されるようになったが、あまり政治家の間でこの立憲主義が周知されているのか、また有権者に周知されているのか、疑問が大きいからである。

立憲主義はフランス憲法などにあるように、人権が保障されていない憲法は憲法とは言えないということであり、なんのために「立憲主義」があるのかというと人権を保障するために権力を制限する必要があるからなのである。

しかし、この意味の立憲主義が日本社会に定着しているのかは大いに疑問である。

安倍政権の例で言えば、勝手にこれまでの政府の伝統的解釈を変えて、集団的自衛権を許容する解釈に変更して、憲法第9条を事実上空文化した。

これで国民の「平和的生存権」(憲法前文など)は危うくなったと言えるが、多数の国民は、その後も安倍政権をなお支持していた。

立憲主義が憲法上規定されている(憲法前文と憲法99条が根拠条文である)と言っても政治家や官僚が「理解」していない、一般の国民も「理解」できていなければ「立憲主義」は存在していないのと変わらない。

それで、憲法秩序を大方崩壊させてきた安倍政権が不当に「長期化」してきたと言えるのである。

これは今後とも大きな反省を要する問題である。

以上。