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0861 新型コロナウイルスのパンデミック宣言を受けて 笹井明子 2020/03/16 23:07:45
2月24日に政府や新型コロナ専門家会議によって語られた「ここ2、3週間が重要」という言葉に、当初は、3月半ばには収束の目途が立つとの望みを抱いた人が多かったのではないだろうか。私もその一人だった。

しかし、この期間を経過した現時点の専門家会議の言い分は、「2、3週間というのは、小中校の休校、イベントなどの自粛による効果を測る期間であり、結果として、方向性を見定めるのにあと9日は必要、19日まで自粛継続を要請」というものであった。

新型コロナウイルスの流行について、早くから警告を発し続けてきた「羽鳥真一モーニングショー」の直近の説明によると、発症していない人を含め感染者はすでに国内のあちこちに存在し、これからも感染者は増え続ける見通しだそうだ。

専門家会議の見立ても同様で、感染拡大の勢いを、いかにゆるやかにして医療提供を維持するか、また感染拡大防止措置の社会経済への影響をいかに最小化するか、が目下の課題だということらしい。
https://mainichi.jp/premier/health/articles/20200311/med/00m/100/009000c

ということは、安倍政権の日ごろの言動から、政府の提供する情報や意思決定の根拠への不信の拭い難さはそれとして、今の状況下、私たち一人ひとりが、長期戦覚悟で、うつらない、うつさないために、これからどういう行動を採るか、自分なりに冷静な判断と心積もりを持つ必要がありそうだ。

さて、ここにきて、コロナウイルス感染は世界規模に広がり、3月11日、WHOもついに「パンデミック」宣言をするに至った。こうして、今までアジア地域の出来事とのんきに構えていたヨーロッパやアメリカなど世界各国は、急遽「非常事態宣言」を出し、入国規制や外出制限、店舗の営業禁止など、厳しい対応策を次々に打ち出している。

こうした各国政府の反応を見ると、どの国の政治主導者も、持てる知見と判断力を最大限発揮して、国民の命と国家の存続を守るために、最善の道を探り、経験したことのない国家的危機を乗り越えようと必死になっていることが感じられる。

それに対する各国国民の反応も、ウイルス感染の収束迄は政府の方針に従い、政府と共に乗り越えるしかないというのが、共通の基本的コンセンサスのようだ。

それでも、テレビや新聞、SNSに流れてくる、この状況に対する人々の反応やちょっとした振る舞い方に、夫々の国民性が表れているのは、なかなか興味深いものがある。

当初は、どの国でも人々がパニックに陥り、トイレットペーパーなどの買い占めや、攻撃的人種差別の言動が散見されるなど、「いずこも同じ」人間の弱さが露わになる様子が伝えられてきたが、そうしたヒステリックな混乱は次第に治まってきているように見える。

今ツイッター上には、外出禁止令後、時間を決めて医療従事者にむけて一斉に拍手で応援するスペインの人たちや、高層マンションの窓を開けて、歌や楽器演奏でハーモニーを作って互いに励まし合うイタリアの人たちなど、不自由な環境の中で困難を乗り越えようと努める人々の感動的な姿がいくつも紹介されている。

人々が互いにいがみ合い、攻撃しあっても、自分たちの身の安全は守れない。誰もが同じ厳しい状況下に居るという現実を受容し、その中で心身の平安と生き続ける勇気を保つための方策を編み出し、分かち合っていく知恵こそが、今最も必要なことだと、これ等の映像は教えてくれているようだ。

日本に再び目を転じれば、長期政権に胡坐をかいてきた安倍政権が、真の非常事態に直面した現在、他国と比べても不思議なほど及び腰で、いつとんでもない「リーダーシップ発揮」に転じるか分からない危うさを内包しつつも、今のところ人々の顔色を伺い右往左往しているのは、ある意味幸いであり、この状態の今こそ、地方自治体や一人ひとりの私たちが自主性を持って、真っ当な日本社会の維持に必要な見識、良識の力を発揮する、ある意味チャンスではないかと思う。

更にいえば、グローバリゼーション、インバウンド、など、大手を振るってきた新自由主義の行きついた先に突如訪れたこのパンデミック騒動自体、これまでの価値観を見直し、夫々の国の独自性の維持、国内生産・国内需要の充実化、各国国民の長所の学び合い、など、新たな世界の枠組みの再構築について、考えなおすチャンスと捉えることもできるのではないだろうか。

今の息苦しい新型コロナ感染騒動が終焉した暁に、苦難を共にした世界の人々が、他者を踏みつけ利用してきた社会構造と決別し、人々の自立と調和の新しい社会構築に向けた一歩を踏み出す。そんな可能性をも胸に抱き、今しばらくは、様々な工夫を凝らしながら、忍耐の日々を送りたいと思う。