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0852 天皇から庶民まで? 見習い期間 2020/01/19 21:07:55
前回投稿したコラムでは、現在の元号である「令和」が現在の権力者たちが込めた意味合いとは正反対の意味で解釈できる可能性を示す万葉研究者がいることに言及していた。
http://id.ndl.go.jp/bib/029686773
読者を飽きさせない工夫を凝らし、おもしろおかしくも丹念で確実な手続きを経て、安倍首相の談話が到底信じがたいものであることを明快に論証している。

現在の元号の策定に関連して噴出した問題は、万葉集からとられたとする「令和」という語をいかに解釈するかだけにはとどまらないだろう。現在でも中学校・高等学校の教科書に常套句として掲載される「天皇から庶民まで」という文言を、こともあろうに安倍首相が件の談話において用いてしまったのである。
筆者が把握する限りだが、中等教育機関や学習塾で用いられるテキストにおいては、現在でも『万葉集』の特色を述べる箇所で「天皇から庶民まで」という説明は生き残っている。学校や塾などの現場でも、そのまま教えられるのだろう。もっとも、高等学校などでは『万葉集』は「入試に出題されにくい」という理由で、教科書に載っていても取り上げる時間数が少ないことも珍しくなく、場合によっては授業では扱わないようだが。
あまねく階層の人物たちが率直に思いを歌い上げたという万葉歌集観が日本の国民国家成立期に想像されたいわば幻想であるということは、冒頭で紹介した論考の著者である品田悦一氏による単著『万葉集の発明』ですでに立証済みである。
https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b455381.html

それにもかかわらず、その「庶民」が詠んだ歌の例として「東歌」を挙げる者まで出てくるようになった。万葉研究者たちの中では「東歌は庶民による民謡ではない」という説がもはや一般的である。早くは「令和」ならぬ「昭和」の時代から、津田左右吉のように「東歌」が都の人間によって作歌されたのではないかという説を唱えた例も存在する。
都から派遣された国司たちを相手に、その土地の豪族たちが見よう見まねで作歌して披露したというのが妥当なところであろう。豪族も農民とはいえども、貴族文化を享受する彼らを「庶民」ということはできないはずだ。

上代貴族による歌集『万葉集』を「庶民」の歌も収録されているとして持ち上げることはまず疑われるべきであり、同様に『万葉集』が「国書」として紹介されたことも別の問題をはらんでいる。そもそも「国書」とはいかなるものを指すのだろうか。「国書」という概念がいかに想像されたのかも、これまでの調査研究の成果を参照すべきであろう。