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0812 強制不妊手術の憲法訴訟を問う 名無しの探偵 2019/05/30 16:29:29
旧優生保護法(昭和23年〜平成8年)の下で「強制的に不妊手術」を施され、子供を産む権利(憲法上の基本的人権):リプロダクティブ・ライトを奪われた女性が(訴訟提起者は3名)憲法訴訟を提起したが、28日の仙台地裁は「不当にも」憲法違反は容認するも、除斥期間(時効の一種)が終了したなどとして損害賠償(国賠法)の請求を斥けた。

この判決は二つの問題で不当な裁判である。
まず、第1点として、旧優生保護法の下での強制不妊手術は「憲法違反」だとしておきながら国の責任(優生保護法はナチスの断種法を継承した違法で残酷な法律であり、法の下における平等:憲法14条にも違反する)は否定するという矛盾した判決である。
そして、第2点として憲法上の基本的人権は時効にかかるような権利ではない(これは私の解釈であるが)。
このような理由から仙台地裁の判決は憲法の解釈を誤った不当な裁判であり、なんのために判決前段で「強制不妊手術」が憲法に違反するという命題を掲げたのか理解に苦しむ。
法律学的に以上の論理とするが、今回の強制不妊手術の憲法訴訟の歴史的、社会的な問題点の方が実は重要ではないかと考え、コメントする。
旧優生保護法は昭和23年から平成8年まで法的効力が存在していたのであるが、この問題に対する法学者(特に憲法論)からの批判も聞いたことが少なかったように記憶する。批判的な意見は主に社会学からなどであった。恐らくフェミニズム論からの批判だと思う。(記憶に依存しているので間違いかもしれない。)
日本の憲法学はドイツなどの憲法論を継承してきたので、断種法を引き継いだ優生保護の法律に批判的まなざしを当てることができなかったのではないだろうか。
私も若い時に「優生思想」の問題点は批判的な見解を読むことで理解していたが、法の実態である「強制不妊手術」の問題には理解が及ばなかったのである。
今回のコラムは優生保護法が成立した同じ時期に幕を閉じた「東京裁判」を予定していたがそれを変更したのはその時の「反省」からである。(昭和23年であり、私はこの12月に生を受けた。現在70歳である。)
この訴訟を提起された女性たちの無念を思うと言葉を失う。(謝りたい気分である。)