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0789 世界の未来は?(1) 流水 2018/12/17 16:54:31
(1)時代閉塞の現状

石川啄木が「時代閉塞の現状」を書いたのが、大逆事件進行中の明治43年、1910年(8月末と推定される)とされている。正式な名前は、「時代閉塞の現状(強権、純粋自然主義の最後及び明日の考察)。

生前もしこの文章を発表していたら、おそらく彼も無事ではすまなかったと思われる。この文章が発表されたのは、啄木の死後、友人の土岐善麿の編集した「啄木遺稿」(大正2年5月)である。

「時代閉塞の現状」を読めば、その先見性に驚く。彼が直面した大逆事件当時の現状と現在進行形の日本の状況に驚くほど酷似している。その中で、明治の青年としての啄木は何を感じ、何を覚悟したのか。

・・『斯くて今や我々青年は、此自滅の状態から脱出する為に、遂に其「敵」の存在を意識しなければならぬ時期に到達しているのである。それは我々
の希望や乃至其他の理由によるのではない。実に必至である。我々は一斉に起って先づ此時代閉塞の現状に宣戦しなければならぬ・・・・』(時代閉塞の現状)

石川啄木がこの世を去ったのは26歳。現在の学制でいえば、大学卒業後4年と言う事になる。この若さで、「時代閉塞の現状」を書いた。当時の若者は、老成していたとはいえ、彼の鋭い観察眼には驚かされる。

この中で注目しなければならないのは、【此自滅の状態から脱出する為に、遂に其「敵」の存在を意識しなければならぬ時期に到達しているのである。それは我々の希望や乃至其他の理由によるのではない。実に必至である。】と言う認識。

彼は【敵】の存在を認識せねばならない。それは【必至】である、と書いた。その「敵」とは、「大逆事件」をでっち上げた政府(国家権力)に他ならない。明確な反政府宣言である、と読める。

ひるがえって現在の状況を見てみよう。現在の日本の現状を素晴らしい、と感じている人間は、ほんの一握りだろう。大半の人は、何とかしなければ、危ないのではないか、と薄々は感じている。

さらに言えば、何となく【物言えば唇寒し】というヤバイ雰囲気を感じ取っているはずである。山本七平のいう【空気を読む】日本人の感性が現在ほど研ぎ澄まされている時は、戦後初めてであろう。

そういう物言わぬ状況が続けば、世の中おかしくなるのではないか、と感じ取っている人も多いはず。啄木の言う【自滅の状態】を感じ取っている人が大半だと思う。

しかも、この感覚は、日本一国のものではなく、世界共通の感覚に近い。明治との違いは、この世界の狭さの感覚にある。

ただ、欧米先進国との決定的な違いは、日本は、「こんな世の中おかしい」と声を上げる人の少くなさにある。増税に対するフランス国民の反対行動は、日本では信じられない行動だろう。彼我のこの違いが、日本国民の劣化を象徴している。

わたしたちはもう一度次の言葉を噛みしめなければならない。「この程度の国民に、この程度の政府」

(2)「時代閉塞」の感覚は何によってもたらされたのか。

世の中の雰囲気とか状況の変化は、二つの大きな要因によってもたらされる。まず、その事をきちんと認識する必要がある。啄木のいう【敵】の認識である。

(A)経済的変化
世の中の変化の底流には全て「経済的変化」がある。【経済】の変化こそが、全ての「変化」の基本だと認識しなければならない。

マルクス主義では、常識的な話だが、マルクス主義が忘れ去られた現代では、意外とこの認識ができていない。

問題は、現在の経済潮流のただ中で生きている人間であるわれわれが、未来の経済のあるべき姿をどう予測し、どのようにして新たな経済潮流を創出していくか、という知性が問われている。

@現在の新自由主義的経済論をどう見るか。
A新たな経済学の萌芽はあるのか
Bアベノミクスに代表される日本の経済の現状は

@Bについてまとめて考えてみよう。

★新自由主義的経済論の世界的現状

結論的にいうと、もう新自由主義は持たない。その一つの象徴が日産のカルロス・ゴーン会長の逮捕。増税反対に端を発したフランスのデモ。いまや、マクロン政権の新自由主義的政策(金持ち優遇)に対する全面的な対決に発展している。

さらに英国のEU離脱問題。メイ首相に対する与党の不信任案はどうやら否決されたらしいが、EUとの合意案が承認される見通しはたっていない。

最善の妥協案は、メイ首相辞任。次の首相により、もう一度、EU離脱の是非を問う国民投票を実施。EU離脱を否決する事だろうが、非常に難しい情勢。もし、EUとの合意案が否決され、英国が合意なき離脱を決定すると、それ自体がEUの否定になる。EUの実質的解体に近い。

このような動きを生み出したのは、現実の社会の動きと、理論的には、トマ・ピケティ氏の「21世紀の資本」の影響が大きい。2011年オキュパイ・ウォールストリート活動にも大きな影響を与え、リベラルの主張と呼応し、バーニー・サンダース現象にも大きな影響を与えた。

そして、サンダースの支持層がヒラリーに向かわず、トランプ当選の大きな要因になった。

★新自由主義理論の根幹部分に対する理論的否定の浸透

新自由主義理論の根幹の一つに、【クズネッツ曲線】というものがある。米国の経済学者サイモン・クズネッツが提唱したもので、国が豊かになるにつれ、必ず【不平等】は拡大する。しかし、その不平等は、最終的には自然に収斂する、という理論。
●クズネッツ曲線;ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%BA%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%84%E6%9B%B2%E7%B7%9A

●トマ・ピケティ氏によるクズネッツ曲線の否定

ところが、このクズネッツ曲線に対する根本的疑問が提示された。トマ・ピケティ氏の著書【21世紀の資本】である。

この著書の中で、ピケティ氏は、2015年の時点で世界富裕層トップ1%のシェアは残り99%の人々の富の合計を上回ってしまった、と論じ、結果としてクズネッツ曲線の誤りを指摘した。

彼は以下のように論じている。
・・「魔法のようなクズネッツ曲線は、・・・その実証的根拠は極めて弱いものだった。1914年〜1945年にかけてほとんどの富裕国で見られた、急激な所得格差の低下は、何よりも二度の世界大戦と、それに伴う激しい経済政治的なショック(特に大きな財産を持っていた人々に対するもの)のおかげだった。
 戦後、格差が縮小したのは、戦時中に破壊された資本の再蓄積の過程で、一時的に高い成長になったからだ。・・・(21世紀の資本)

さらに彼は、r>gというきわめて分かりやすい定式を論じる。

彼によれば、資本主義においては本質的に経済格差の拡大は不可避であり、長期的にみると、資本収益率(r)は経済成長率(g)よりも大きい。資本から得られる収益率が経済成長率を上回れば上回るほど、それだけ富は資本家へ蓄積されるという理論。

換言すれば、 株や不動産、債券などに投資することで財産は増えていき、こうした財産の成長率は、給与所得者の賃金が上がる率よりも、常に高くなるので格差は常に拡大する。⇒ピケテイ理論の核心・・・市場と経済
市場と経済 FPアドバイス 
http://fpadvice.com/wpz/markets/%E6%88%90%E9%95%B7%E3%81%A8%E6%A0%BC%E5%B7%AE%E6%8B%A1%E5%A4%A7%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%EF%BC%92%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%90%86%E8%AB%96/

安倍首相が口癖のようにいう、経済が拡大し、会社や経営者(金持ち)が儲かるといずれ労働者にもその果実がしたたり落ちるようにお金が回ってきて、生活が豊かになる、というトリクルダウン理論の根幹にこの【クズネッツ曲線】がある。

しかし、トマ・ピケティ氏によりこの理論の誤りが指摘されたのである。現実の日本でも貧富の格差は開く一方。ピケティ氏のいう【r>g】理論の正しさが証明されている。

新しい経済学は、今やこの理論を踏まえないと存在感を出せない。つまり、理論的にも新自由主義的経済学は終焉したと言って良い。

●アベノミクスに代表される日本経済の現状はどうか。

当初から、アベノミクスに対する批判は、心ある経済学者の間では常識だった。浜矩子女史などは、「アホノミクス」と最大限の批判を繰り返していた。

ここでは、経済学者植草一秀氏の批判を列挙しておく。彼は、「アベノミクス」を「アベノリスク」と呼び、その七つの大罪を挙げている。安倍政権が内包する7つのリスクを明らかにしたものだ。

インフレ・消費税大増税・TPP・原発・シロアリ増殖・憲法改変・戦争
・・・『アベノリスク 日本を融解させる7つの大罪』(講談社)
https://amzn.to/2BjXSM3

ここでは詳述しないが、いずれもこの危険は顕在化し、現在の日本の大きな問題になっている。

アベノミクスを主導した学者に竹中平蔵という人物がいる。竹中は、小泉内閣時代から新自由主義者として、政府の経済政策に重要な影響を与えている。

彼の経済学上の最大の論敵が植草一秀氏である、植草氏の破廉恥罪による逮捕、彼の失脚という一連の流れは、日本が「新自由主義的経済】に席巻されていく動きと密接に連動している。

現在、安倍内閣が連発している【民営化】という名目で、国富がハゲタカ資本に収奪されていく動き(一例が水道民営化法案等)の背後に竹中平蔵がいる。彼の民営化手法の本質は、民営化の道筋を法制化し、自らが会長を務める会社(パソナ)が民営化に参入し、大きな利潤をあげるというもの。

現に、加計学園の時、問題になった「国家戦略特区」の制度設計に深く関わり、その特区にパソナは参入している。きわめて悪辣で危険なやり口である。

少し、彼の思想を見る。

・・・階層的に、99%の市民と認定された人々は、半市民であり、準奴隷と云う扱いで、それらの国家に帰属する奇妙な世界秩序が出来つつある進行形の中で起きている。新自由主義の学者・竹中平蔵などは、99%にもチャンスは与えている。能力さえあれば、1%に属することが可能なので、社会的階層などは幻想で、努力ひとつで、市民になれるし、奴隷からも解放されると。しかし、万に一人が救われるシステムは、社会的システムとは言えないのである。それは偶発的現象に過ぎない。・・・
(世界的反グローバルの波 そんな中、新自由主義に走る日本)
https://blog.goo.ne.jp/aibatatuya/e/490592cb9f1aa62502182d79408329a5
2018年12月13日 世相を斬る あいば達也

あいばの最後の言葉が重要。
「万に一人が救われるシステムは、社会的システムとは言えないのである。それは偶発的現象に過ぎない。」

これを教育に置き換えて考えてみれば、竹中の思想の理不尽さが一発で分かる。良く考えてほしい。万人に一人のための教育など、そもそも教育ではない。残りの9、999人は放り出される教育制度など、社会に差別を助長するだけで、百害あって一利なし。ない方がましである。

選ばれた一人になるなどと言うのは、【幻想】に過ぎない。これは教育ではなく、運任せの博打という。こう考えると、竹中平蔵という男の危険さ、異常さが非常に良く分かる。

先に書いたように、世界的には新自由主義的経済に対する反対が理論的にも社会的にも主流になりつつある時代に、竹中のような狂った新自由主義論者が政府中枢に陣取り、政策をリードしているのが日本の現状である。

しかも言論の府である国会が完全に機能不全に陥っている。メディアも完全に御用メディアに成り下がり、政府の御用聞きの役しか果たしていない。時代閉塞の現状も当然だろう。
(以下続編)