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0769 宮本太郎『生活保障』を読む 名無しの探偵 2018/08/16 18:04:25
私は大学で「労働法」を研究しているが、近年の「労働問題」と「労働社会」は安部政権の「働き方改革」に見られるように、隔靴痛痒というものであり、現場の労働者(ほとんどの国民はこの階層)の切実で差し迫った問題には触れず、政権の恣意的な「改革案」を提示し、結果は「強行採決」によるものにとどまった。つまり、正社員の「長時間労働」(その結果としての「過労死」など)や企業のブラック化による被害に向き合おうとしない。また、非正規労働による「不安定な働き方」にも何らの解決策を示していない。

この問題は安部政権に限らず、労働法学それ自体にも大きな原因がある。ことは労働法や労働政策という領野に限定する問題ではなく、福祉政策や政治的な解決を同時に考慮しないと本質的な問題に接近できない状況になっているからである。

そんな時に宮本太郎氏の本書に出会ったのである。

宮本氏は本書でそのことに端的に触れている。
「生活保障は,社会のグランドデザインが改められる時に必要な視点なのである。大多数の人々が生活に足る見返りのある仕事に就けた時代には、雇用と社会保障はそれぞれ別次元に属する問題のようにも見えた。日常の安定した雇用環境を前提に、社会保障は労災、失業、疾病などまれに起きる所得の中断に備える、という関係である。こうした時代には、生活保障といった大きな視点をことさらに持ち出す必要はなく、雇用保障と社会保障それぞれの個別調整が進められれば事足りた。ところが、そのような時代は終わってしまったのである。
 低賃金の非正規労働者が急増して保険料が払えなくなれば、社会保障の中心である社会保険は成り立たない。」「私たちは、雇用と社会保障の関係そのものを、抜本的に再検討しなければならない時代に入っているのである。
 そのような議論の枠組みになるのが生活保障という視点である。」(宮本太郎著『生活保障』、「はじめに」の箇所)

このように宮本氏は「生活保障」というキーコンセプトを切り口として従来のパラダイムである「日本型生活保障」を改革して新しいパラダイムとしての「生活保障」の具体的なプラン(構想)を本書で提示している。

宮本氏は同じ「はじめに」の箇所で「求められるビジョン」として「大事なことは、これまでの日本型生活保障の特質を改めて考え、また欧米の福祉国家の過去の経験にも学びながら、生活保障の新しいデザインを考えていくことである。」と言う。

さらに続けて、「欧米の福祉国家の経験が示しているのは、社会保障の大小と経済成長の度合いは直接対応しない、ということだ。グローバル化に対応していくために社会保障支出を切り詰めなければならないという見方には根拠がない。北欧諸国のように、社会保障支出が大きくても、経済成長率が高い福祉国家がある。」

 「これに対して日本の生活保障は、雇用と家族に頼りすぎてきた限界が露わとなっており、これからの社会保障の比重を高める必要がある。」とされる。
この視点の転換は今回の安部政権の「働き方改革」の空虚さを明白に浮き彫りにしている。安部政権は従来の日本型生活保障の限界にはなんら手をつけず、高度プロフェショナルによる正社員という改革案を示しているが、それは「長時間労働」のひずみをこれまで以上に増大させるものであり、また、非正規労働の「不安定な働き方」改革にもなんらの救済政策も提起していない。

経営者団体の要望を聞くだけの一方通行の「改革」にとどまり、それは「非政治的で、情けないもの」だったのである。

宮本氏は本論の中の第1章では「断層の拡がり、連帯の困難」というタイトルで今日の日本社会の大きな問題点と核心に触れる。

1では、「分断社会の出現」という見出しを掲げ、今日の日本社会の大きな亀裂・断層である格差社会に迫る。すわわち、正規社員層と非正規労働者の間にある亀裂である。後者は近年拡大化を進めており、現在では全労働者の40パーセントに迫ろうとしている。しかし、実際において非正規労働では生活困難であり、この階層の労働者は親の援助を受けない限り結婚もできないありさまなのである。

このような格差社会の拡大を政治的に放置するとどうなるかは目に見えている。特に年金制度を担う若者において、低賃金では国民年金や健康保険の保険料も払いないという人たちが増大する。年金制度自体が成立不可能な事態が将来に出てくる。

また、宮本氏が本書で指摘した「秋葉原事件」(2008年に秋葉原で起きた大量殺傷事件)の「犯人は、派遣労働者であった。彼は日雇い労働者」と同じような匿名的な環境の中で蓄積した孤立感と不安感を爆発させたと見られている。」と言う。

こうした事件を防ぐために宮本氏は、失業などで孤立感に陥る人たちに向けて、「生活保障は、単に所得を保障するでけでなく、人々が他の人々と結び付くことを可能とし、「生きる場」を確保する見通しを提供できるものでなければならない」と言う。

 また、「派遣の若者が職場のコミュニティの一員となることを強く望み、そのための技能をい身につける意志があるのならば、技能訓練の機会が提供され、またメンバーシップを得るための回路が容易されるべきである。」と、提言している。

宮本氏の本書はかなり情報量の多いものであり、序論の部分しか紹介することができなかったが、現在の日本の社会と政治の状況は宮本氏の見解に沿うものではなく、すでに「使い物にならなくなった」旧制度に固執し、社会不安をより一層煽るような言説(安部官邸がその発信源になっている)が蔓延っているのである。

マスコミも(市民の流言飛語なども含めて)安部政権の末期的な症状を直視できず、その政権の無意味な延命に手を貸す存在になっている傾向が強い。(「安部一強」という言説はこれを裏付ける。)

こうした格差社会の政治的なネグレクトによるおかしさは日本社会の本来あるべき方向性を歪め、取り返しのつかない「暗黒の未来」を招き寄せてしまう。

こうした中で宮本氏の本書などは今後の日本社会の方向性を示す、一定の「羅針盤」足りえると思えたのである。

以上。