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0668 10年前の私へ 見習い期間 2016/11/06 21:09:58
 突然お手紙を出してしまい、ごめんなさい。びっくりしていることでしょう。私は10年後のあなたです。でも、10年経っても人間の根本的な部分は変わらないものですよ。変わらないのは私一人だけでもありません。驚くべきことに、2016年の今も日本の総理大臣はなんと安倍晋三なのです。もっとも、この10年の間に日本の首相は何人も交代しましたが。
 あなたは大学卒業を控えているけど進学の予定があり、学校で教育を受ける立場として教育基本法改正、いや改悪の問題には強く関心を持っていたと記憶しています。10年前は教育実習にも行きましたね。「愛国心」は誰かから押し付けられるものではないという思いに今も変わりはありません。道徳や価値観を上から押し付けるなんてもってのほかです。日本国憲法にも明示されていますよね、私たちには信条の自由があります。それなのに、顔が見えない権力者に「国を愛せよ」なんて突然言われるとは思想統制への第一歩に他ならないです。
 そういえば、教育実習での収穫の一つに「心のノート」の実物を見ることができたということがあったと思います。あれも不思議でしたね。学校から持ち出すことができない副教材。「心のノート」という副読本をわざわざロッカーの奥にしまっていることに対してあなたが感じた疑問は、実習終了後に大学へ足を運んだ際に一部の人には共有してもらえたと思います。お世話になった先生や授業を一緒に受けていた先輩は、あなたはおかしくない、真っ当なことを言っていると肯定してくれたことでしょう。
 しかし、あなたはそういう日常的な疑問をもっと多くの人に伝えようとしましたか。答えは「いいえ」でしょう。自分の話を理解して共感してくれる人、考えが似ていると思う人には思いの丈を語ることができました。けれども、日々の政治決定とそれによって引き起こされる身近な出来事について意見を交換すべきは、一見するとそんな問題に何ら関心がなさそうな人、あるいはこれから社会に出るにあたり権力に対して肯定的な人だったのではないだろうか。私たちが次の世代の人を育てて見守る立場になった今、強く感じています。
 安倍晋三が二度目の政権を執ってから憲法改正が現実味を増してきました。詳しい経緯はあなたが自ら体験して知るべきことですから、ここには書きません。2016年現在でも国会内で圧倒的な人数を誇る与党「自民党」は、憲法改正へ向けて関連する法律を次から次へと成立させてしまいました。
 こうした強硬的な政治勢力に対して、もちろん市民も黙っていません。強い反対の声が可視化されるようになります。今のあなたと同じ年代、さらに若い高校生の人たちが立ち上がって何度も何度も声を挙げました。私はこの様子を見るのがとてつもなくたまらなかったのです。私の仲間の中には「若い人が頑張っていて偉い」と称賛する人もいます。私もそういう思いが全くないわけではなく、むしろ彼らの活動を全面的に支持しています。私にできることは何でもしてあげたいぐらいです。しかし、他でもない10年前の私は、どうしてもっと強く上からの力に対して強く反対できなかったのか、あの時教育基本法改悪という「戦争ができる国」への第一歩を食い止めていれば、今の若い人にこんな大変な思いをさせずに済んだのでは、という猛烈な後悔の念に襲われています。
 現在、若者と呼ばれる人たちにも、しょうもない政権への抗議活動なんかよりもあの時の私のように学業や資格の取得、あるいは芸術活動やスポーツ、何でも構わないから自分が一番やりたいことに打ち込んでほしいのです。若い人だけではありません。仕事などをとっくの昔にリタイアしたであろう年配の方の中にも、体力的にもかなりきついはずなのに全力で声をあげてくれている方がいます。本当はもっと悠々自適に老後を過ごしてもらいたいのに申し訳ないとしか言えません。どうして、こんなことになってしまったのでしょう。
 自分と意見が違う人や話が通じなさそうな人と話すことをどうか恐れないでください。頭ごなしに否定されてもあなたはあなたの意見でいいのです。それに、あなたには仲間もいます。話すのが怖かったら、チラシをそっと置いておくだけでもいいですよ。案外、共感してくれる人もいるかもしれませんね。
 あ、そうそう、部屋の掃除はちゃんとしておくように。これも詳しくは言えないけど、数年後に大きな地震があるかもしれないので。天災だけでなく人災も起きる可能性があります。その人災も、ずっと前から問題視されていたことがついに現実化してしまったというものです。
 過去の自分に手紙を書けることになって、私は相変わらずだし特に伝えることもないと思っていたけど、ずいぶん長くなってしまいましたね。何はともあれ健康には気を付けて。言いたいことが言える、好きなことができる幸せを享受しながら、これからもそんな日々が続くようにできることからはじめてみてくださいね。