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0608 安保法案成立と『グローバル市民の誕生』 流水 2015/09/28 10:57:23
2015年9月19日。日本の民主主義が「死んだ日」として、長く記憶されなければならない。同時に、日本ではじめて『グローバル市民』が誕生した日として記憶されるかもしれない。

1960年6月19日。岸信介が強行採決した日米安保条約が自然成立した。その時、国会を取り巻いた市民の間から自然発生的に『赤とんぼ』の歌が湧き起こった。多くの市民や学生たちの目に悔し涙が溢れ、みな頭を垂れ、『赤とんぼ』に象徴される古き良き日本の崩壊を予感しているかのようだつた。

しかし、今回の安保法案の強行採決決定の瞬間の時、国会前を埋めている若者たちの表情は、60年当時の若者たちとは全く異なっていた。ラップの軽快なリズムに乗せて、安保反対を訴え、多くの人々の心をとらえた。彼らは、単純な玉砕主義ではなく、安保法案の成立を仕方がないものとして受け止めたうえで、反安保の活動を行っているように見えた。「赤とんぼ」と「ラップ」。若者たちの表情の違いが、55年の歳月の流れを象徴しているように思える。

SEALDsに結集した若者たちは何が違っていたのだろうか。わたしの誤解かもしれないが、今回の若者たちは、個人主義に徹していたのではないか、と思う。リベラリズム、自由主義に徹していたように思える。何はさておいても、『わたし』が疑問に思う。『わたし』が危険に思う。そこから出発して、同じ思いの人々が連帯している。かっての動員などとはそこが決定的に違う。

この違いを見て、経済学者浜矩子は、この若者たちの活動を日本での【グローバル市民主義】の誕生かもしれないという期待を込めている。(毎日新聞―声なき声が声を上げる時)

浜の信念から言うとグローバル時代は、グローバル市民の時代である。決してグローバル資本主義の時代ではない。この違いは、どうしようもなく大きい。この時代感覚は、わたしも共有する。

『グローバル市民』とは何か。ヨーロッパにその萌芽は見られる。

たとえば、英国で労働党の党首に無名のコービンが当選した。多くのメデイアが『時代遅れの社会主義者』と揶揄し、馬鹿にし続けた彼が、多くの若者の支持を集め当選した。ヨーロッパでは、スペインのポデモス、ギリシャのシリザなど左派政権が成立している。コービンが労働党党首に当選した事は、この動きと無縁ではない。

田中宇は、「英国に波及した欧州新革命 」 http://tanakanews.com/150917uk.php
で刺激的な文章を書いている。・・

●経済面では、コルビンが「サッチャー政権以来30年以上、英政府が超党派で進めてきた市場主義の経済政策を否定して元に戻す政策を掲げている」と指摘する。さらに、英中央銀行のQEの方向性の変更(金融界のテコ入れ⇒実体経済へのテコ入れ)を掲げていると指摘している。

●国際政治面では、きわめて興味深い政策を掲げている。「「英国のNATO離脱」「核兵器(トライデントミサイル)の放棄」「パレスチナ人を虐待し続けるイスラエルへの経済制裁」「シリア空爆の停止」「ロシアはウクライナ問題で米欧から濡れ衣的に不当に非難されている」など、反米的であり、既存の英国のエリート政治と正反対な方向をめざしている。・・・・

これが米国の忠実なポチだったブレア労働党の政策か、というくらいの変わりようである。読みようによっては、米ソ冷戦時代の社会主義政党の政策と大差ない政策である。メディアが「時代遅れの社会主義者」と揶揄するのも頷ける。

しかし、この批判はメディアが時代の深層に錘を下していないせいだとも言える。日本を見れば一目瞭然だが、冷戦終了後の新自由主義の席巻は、世界各国がアプリオリに前提にしていた国家・企業・労働者・農民などの慣習を根底から破壊しつつある。

国家や企業の『富の再分配機能』が大幅に低下し、貧富の格差は、もはや看過できないまで拡大した。1%の富める者と99%の貧しき者の格差が現実化し、情報社会の進展は、それが可視化され、人々の不満がかってないほど高まり、澱のように沈殿し、鬱積している。

社会の深部で起こっている矛盾がもはや誰の目にも明らかになりつつある。これらの内部矛盾の拡大と若者たちの不満の拡大が、コルビンを勝たせた。

岩上安身も同様の事を指摘している。

・・・コルビンの時代遅れの政策が一周遅れの先頭に立ちつつある。・・「ブレアの路線に未来はなかった。新自由主義への迎合による格差拡大、失業と貧困の増大、そして米帝国へ追従してイラク戦争への参戦。第三の道も、ニューレイバー(新しい労働党)も大嘘、無残な幻想だった。」・・・「岩上安身のツイ録」

浜のいう【グローバル市民】とは、この欧州の新革命を担う市民たちと通低している。さらに良く見なければならないが、田中が指摘しているように、英国労働党のコルビンの勝利は、奥が深い。これが、英国という国の強かさ、歴史の深さなのだろう。 

・・・コルビンの登場は、英国が、米国覇権の黒幕として世界を(金融から)支配して繁栄を維持する従来の(すでに機能不全に陥って何年も経っている)国家戦略を放棄し、米英同盟を重視しなくなり、代わりに新革命に参加して欧州で大きな力を持つことで、今後の米国覇権崩壊後の多極型世界を生き抜く道を模索し始めたことを意味している。この動きはすでに今春、英国が米国の反対を押し切って中国の地域覇権的な国際金融機関AIIBに参加したことにも表れている。 コルビンの登場は、米国覇権の崩壊と多極化への英国の対応として、必要不可欠なものに思える。

コルビンの登場は、英国の国家戦略であるといえる。それを実現する方法として、英国の上層部は、労働党内の選挙制度を目立たないように変え、国民の民意がコルビンを首相に押し上げていく民主主義のかたちをとって実現している。この点は、民主主義制度を創設した英国のすばらしさだ。民主主義を所与のものとして、深く理解せず形式だけ導入し、権力中枢も国民も民主主義をうまく使いこなせていない(中国やベトナムなどは、形式的な導入すらできない)アジアなどの後発諸国(当然、日本も含まれる)には真似できない高度な政治芸能を、英国は持っている。
・・・ 「英国に波及した欧州新革命 」 http://tanakanews.com/150917uk.php

世界を支配した経験を蓄積している英国上層部の生き残り戦略は、見事としか言いようがない。現在の保守党政権を変えるのではなく、労働党を変化させる。労働党が政権を取れるのは、まだ5年近くかかる。その間の世界の変化を読んで、労働党が政権を取った時、米国覇権崩壊後の世界に対応しようとしている。「七つの海を支配した帝国」の歴史はだてではない。

日本の今回の反安保法制デモは、このような英国市民の民主主義的強かさの萌芽が垣間見える。SEALDsはじめ各団体は、次の目標をしっかり見定め、運動を強かに継続させようとしている。代々木公園の大集会はその事を示している。前の安保闘争の時の挫折の空気と比較すれば、雲泥の差がある。わたしたちは、そこに大きな『希望』を見出して、運動継続をしなければならない。

最後に、老人と若者(学生)との連携は強力であると論じている加藤周一の論を紹介しておく。2006年12月8日東京大学駒場での加藤周一講演会「老人と学生の未来―戦争か平和か」
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/tpp-a1ee.html

・・・・自由万歳というけどね、それは老人の自由の万歳ですよ。
そして同じようなことは、学生さんもそうなんですよ。会社に入ったら黙るでしょう。退職までは長いですよ。定年退職までは。その間は黙っていることになるんですね。黙っていて、別のことを考えていると、毎日が楽じゃない。
真っ向みじんのことを考えているのは。
言っていることと、考えていることが全く違うというのはつらいことです。
それを解決する一番なめらかで、しばしば行われている方法は、団体の方向に変える、転向する、コンフォーム、合わせるっていうかな。大部分はそうです。
しかし一部には、そうでなくていかに苦しくても、別の考えを持っている人がいる。言わないけれど。でそれが、そういう歌があるんですね。リンゴはなんにも言わないけれど、リンゴの気持ちはよくわかるっていうやつ。
それが団体の圧力ですよ。社会学的にいえば、団体の圧力ですよ。

人生の中で、子供の時には、親とか先生の圧力が非常に強いね。
仲間同士は一生懸命いじめたりして。生き延びれば大人になるでしょう。
大学にきて、四年間、日本では、日本人の人生では、四年間、基本的人権の筆頭であることの権利が、最大限。
それを過ぎるとずっと下がって、60歳以後、また定年退職以後に、復活してもう一度自由になるんですよ。だから二度山があるんですよ。

だから、学生と老人の同盟はどうですかというのは、二つの自由な精神の共同、協力は強力になりうるということです。・・・・

さらに同じ講演で加藤は次のようにも語っている。「大きなのは老人だけの力では日本は根本的に代わらないと思う。根本的に変える力は学生さんだと思うんですね。」と。

今を先取りしたかのような加藤の言である。わたしたち老人は胸を張って学生たちや若者たちと協力し、強力な反対の声を上げ続けなければならない。そして、若者たちの手で世の中を根本的に変革してもらうための捨て石にならなければならない。