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0375 Re: 護憲コラム 猫家五六助 2011/06/22 23:48:52
「神話で動いていた、日本の原発」

 その昔、国会で「記憶にございません」を連発した人達がいました。
「まぁ、なんと都合の良いコトバでしょう!」(某リフォーム番組風)
そんなに大切なことを忘れるくらいなら、その役職を降りろ!当時、テレビに向かって毒づいたことを、私はしっかり記憶しています。ところが、最近は
「想定外でした」「そのように思われてもしかたがないです」
というコトバが流行っているようですね。素直に謝らない、非を認めない、責任をとりたくない。年俸1,000万円以上もらっている、日本の最高学府を卒業した、権威がありコトバに責任をもつはずの人達が発する言い訳コトバであります。
6月20日、日本の原発事故について経済産業相・海江田さんはIAEA(国際原子力機関)閣僚級会合で
「(事故が起きたのは)技術に対する過信があり、専門家も安全神話の中にいた」
と発言しました。(東京新聞6/21付記事)
すごいですね!日本は国際社会に向けて、神話を信じて原子力発電所を監督し運用させていた・・・と公言したわけです。しかも、原子力政策は「誤り」ではなく「過信」だった、と。さらに海江田さんは続けて、今まで海外で発生した大地震や大津波の教訓に関し
「安全基準に取り入れなかったのは残念」
と話したそうです。自分たちの「落ち度」ではなく、客観視して「残念」と。こんな無責任なコトバを聞かされた原発保有国が「脱原発」に舵を切るのは当然ではないでしょうか。今まで「先進国・日本は今まで高度な技術と管理能力で原子力発電所を緻密にコントロールしてきた」と思っていたのに、実は「現場丸投げと妙な精神論で無責任な管理を行っていた」ことを知ってしまったのですから。
しかし、この類の言い訳は日本の政界・経済界・専門機関でも使われていますから、海江田さんの発言は大臣のコトバではなく「原子力村の総意」として言わされているのでは・・・と邪推しています。安全圏にいる人間が自分の利益・保身優先で会議を踊らせている。おそらく、3月12日に福島第一原発が水素爆発を起こして暴走を始めた時も、政治家・官僚・原子力安全委員会・原子力保安院・東電本社のエライ人達は火中の栗を拾わない無駄な会議を繰り返していたのではないでしょうか。
その時、地獄の釜のフタが徐々に開くのを見つめる、パンドラの箱が開きそうな状態の原子炉を眼前にした吉田所長は、煮え切らない東京に向かって叫びたかったに違いありません。
「事故は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」(某邦画のワンシーン風)
上層部の決定に背いて海水注入を続けた吉田所長を、誰が責められるでしょうか?現場主義を信条に仕事をしている私も、きっと同じ行動をとったと思います。
「生き証人」の彼が闇に葬り去られないよう、私たちは監視を続けなければなりません。葬り去るべきは、原子力ムラ社会の人達です。