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0197 「愛国心」 千葉の菊 2008/05/19-04:22:46
大地震の影響もあり、大騒ぎだった「聖火リレー」の報道がすっかり息を潜めましたが、今回世界中を回った「聖火」は「中国には『チベット問題』がある」ということ、動員された留学生等の行動にみえる「愛国心」というものの底知れぬ怖さも世界中に印象づける結果となりました。
私にはどうしても「北京オリンピック」が72年前の「ベルリンオリンピック」と重なって見えてしまいます。
何よりも大切なことは主催国の「国威」を世界に示すことで、おそらくオリンピックの本来の目的と思われる「スポーツを通して世界に平和を広める」などということはほとんど考えられていないのではないでしょうか?
この「国威」というときの「国」とは何を示すのでしょう?
あるいは「国家」とは何でしょう?
私は、「国」のない「民」はあり得ても「民」のない「国」はあり得ないという当たり前の論理から、「国」が「民」のためにあるのであり決して「民」が「国」のためにあるのではないという結論を得ています。
だから「民」に害する「国」など存在する価値はないのです。
そう言った意味から見ると「国威」というのは何のことでしょうね。
結局その国の権力者が自らの権力の大きさを世界に示したいだけのことではないでしょうか。
「愛国心」というのも、その人ひとりひとりの「アイデンティティ」のあり方や人々の文化や生活を思いやる心であり、決して「権力」への忠誠だったり外国への対抗心や排他性ではないはずです。
オリンピックというと祖国のチームや選手を応援し、その勝敗に一喜一憂するというのが当たり前のようですが、そんなことにこだわらず純粋に様々な国の選手のすばらしいプレーに感嘆するという楽しみだってあるんです。(パラリンピックだと素直にそういう見方をする人が多いと思いますが・・・)
北京オリンピックでもスタンドが赤い国旗一色で埋められるより、様々な色で無秩序な方がずっと美しく見えるに違いありません。
サイクロンにより多くの人々が亡くなり、さらに多くの人々の生活が破壊されてしまったことに目を向けず、自らの権力と利権を守ることだけに夢中になっているビルマの権力者たちに「おまえたちに『愛国心』はないのか」と問いかけたいですね。