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0194 岡山駅突き落とし事件 に思う 蔵龍隠士 2008/04/27-23:40:36
犠牲となられた假谷(かりや)国明さん(38)のご無念やその長女(小学1年)の「父さんがいなくても学校がんばります」の健気さ・振舞いを思う時、その理不尽に、居た堪れなくなります。また、今後への心配も消えません。
 がしかし、この事件、そもそも起こさないでも良かったのではないか、私にはそういう思いが、ずっと離れません。加害者・少年の人殺しも避けえたのではないか、否、容易に避けえたのではないか、周囲の者がもっと親身にフォローすればとの(1人合点な)思いです。
 その少年の事情・情報も断片的に伝えられるだけですので、不確かな前提での物言いにはなるのですが、一応ここでは、新聞記事の見出しにもあるように「(経済的事情で)進学断念し家出」し、凶行に及んだとしましょう。
 伝えられるところでは、その少年、東大進学が可能かどうかは兎も角国立大には進学可能な学力とその進学意欲があれば、実家の支援なしでも進学は可能だったのではないか、衝動的に「殺し」に走らせないで済んだのではないか、重大な被害もなくて済んだのではないか、残念でなりません。
 更に、その父子、どうしてそこまで孤立してしまったのでしょう?派遣社員である父は、しばし、置いておきましょう(罪があるとは思いませんから)。
 その加害少年のことなのですが、高校卒業後ということなので、事件に高校側がコメントしないこと、成る程とは思われるのですが、卒業前に、孤立しがちであったこと、進学問題で悩んでいた(したいけど、いけないとの思い)とは受け留められなかったのでしょうか?
 http://shingakunet.com/rnet/column/syougaku_column/backup_grant.html
 自分にあった進学費用バックアップ制度
  http://www.jasso.go.jp/shougakukin/index.html
  日本学生支援機構 >奨学金情報 >奨学金の種類と貸与の対象
 その他、民間でもいろいろ奨学金はあるはず、です。

 孤立しがちである少年(高校生)、経済的事情で隘路に陥るかもしれないままに、捨て置いてはならないものと思います。国であれ地方自治体であれ、また、教育現場の高校であれ。
 本当に、残念。親身になる者が1人でもいれば、この加害者(とその家族)も被害者(とその家族)も生まないで済んだのではないか、と思う。また、そういう社会でなければならない筈だ。
 孤立・放置からとんでもない事件を生んでしまったことが返す返すも悔やまれる。
 (後日、少年には「発達障害」或いは「アスペルガー症候群」が認められるとのことである。或いは、これが周辺とのコミュニケーションを阻んだのかもしれない…のだが。
 或いは又、これも少年の今後を慮っての計らいなのかとも想像できもする…)

 そして、最後に序ながら、派遣社員等の不安定雇用或いはワーキングプア(年収200万円以下)をつくり・追い詰め、固定(身分)化した政府らにものを言わなければならない。
 どうするんだ、と。
 後期高齢者医療制度(年金天引き)或いは、生活保護者には、後発医薬品を「強制せよ」との行政指導も、社会保障を闇雲にカットしようとする為政者の姿を映す鏡であろうか。
 少子化対策などと一方で吹聴しているが、これら(政策)とはどのように辻褄を合わせようというのだろう?矛盾はないのか。
 彼ら(全労働者の1/3を占めるとされる)からは「結婚もできない」「子作りは更に困難」「生活ができない」との訴えのあることは、累々承知の筈なのに。
 国民の1/3相当など、どうでも良いというのか。「75歳以上姥捨て」「身障者切捨て」は、当然、当たり前だというのか。
 年金に国家が(貪り)集ることが当たり前のことだと言うのか。介護保険料の天引きに飽き足らず、まだまだ天引きを進めようというのか。

 国家の務めは、どこにあるというのか。
 日本国憲法前文第1項:…そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。
 正に、政府や公務員の存在理由は、ここにあるのではないのかと思う。