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0149 ある映画人のこと 名無しの探偵 2007/06/18-23:14:06
今回は憲法などの話しから外れて映画の話しに移行する。

池部良という映画俳優がいる。1918年生まれなので今
88歳で現役の映画俳優である。池部さんのことを詳しく書くとそれだけで紙面が尽きてしまうので早速本題に入る。

池部良(本名、父親は洋画家で伯父は岡本一平であり、従って岡本太郎は池部氏の従兄弟である。)は戦後になって

評判となった映画に出演しているので戦後のスターと思われているが映画デビューは戦前である。それも映画のシナリオライターとして東宝に入社している。戦前の作品は2作あり2作目は高峰秀子との共演作品である。

この戦前の作品を最期に池部は出征する、そして命からがら復員して戦後の作品で華々しく登場することになる。
その戦後作品の一つが「青い山脈」であり30歳なのに高校生を演じている。

もう一つの有名な作品が「暁の脱走」(監督谷口千吉)で共演は山口淑子(戦前は李香蘭)。
今日はこの「暁の脱走」に関して詳しく観てみたい。映画のあらすじは中国戦線で敵の捕虜となって本隊に帰還した主人公が軍隊の営倉に入れられるが酒場で馴染みとなった女性と脱走し逃走中に機関銃で射殺されるというアンハッピーエンドな映画だった。

主人公を演じた池部はまだあどけなさの残る二枚目俳優なのでかなり長い戦争体験をしてきたとは思えないが、実際の池部氏は4年にも渡る戦場体験を経てきた「つわもの」なのである。
(池部氏の戦争体験は直接本人から聞いたことがあり、それは意外な話しだった、池部氏は軍隊から復員直後極度の
栄養不足から死にそうになったが、父親の疎開先の隣の主婦から母乳を分けてもらい元気を回復したというもの。)

池部氏は最初中国戦線に赴任したが、戦争末期に南方に移動するも、南方に向かう途中輸送船が敵の攻撃を受け海中に投げ出され長時間漂流して助かったという経験を持つ。

南方での戦闘はほとんど食料の現地調達に明け暮れたような話しが自伝に書かれていた。
映画「暁の脱走」はこうした戦場体験を踏まえて映画に臨んだ池部氏だけあって映画に緊張感と迫力を与えている。
ラストで射殺される直前の山口淑子と逃走するが逃げ切れないと思って一休みする時の表情がリアルである。

現在の池部氏は靖国問題などで公式参拝に反対する立場で講演をしている。戦場での理不尽な体験から講演を引き受けたと思われる。
池部さんには長編の自伝があり(かなり有名なエッセースト)毎日新聞から4冊出版された。この4冊とも読了したが、戦前と戦後の映画史の裏側を知る上では貴重な書物である。
党派的に中道的な池部氏が共産党から誘いを受けて断ると
様々な嫌がらせを党員から受けることになる(が共産党はこうした戦後すぐの横暴を未だに反省していない)。当時、映画関係者の多くが党員だったので誘いを断った池部氏などは映画出演での妨害を何度か受けている。
東宝争議という歴史に残る事件もこのときに起きたが池部さんの自伝からこの事件を過大に評価できないと考えさせられた。
池部さんは映画で戦前から友人となった市川昆さんと「暁の脱走」(谷口監督)以後「暁の追跡」(監督市川昆)など暁シリーズを摂っているが、小津安二郎の作品にも一作だけ出ていて(「お早う」)、この作品も忘れがたい。

                     以上。