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0141 銀座でみつけた平和のかたち(生活の中の憲法) 笹井明子 2007/05/01-12:54:17
間もなく憲法記念日。憲法が施行されて60年がたちます。大分前に買った「世界」憲法論文選(岩波書店)を眺めていたら、「座談会・生活の中の憲法」(「世界」1957年6月号)に目が止まりました。発言者は桑原武夫(フランス文学者)、川島武宜(法学者・弁護士)、伊藤昇(ジャーナリスト)、阿部艶子(小説家・評論家)。いずれも故人となっています。

この座談会は「−われわれはこのように守られている−」というサブタイトルが示すように、新憲法によって日常生活がどう変わったか、どれだけのものが確保されたかということを、その前の時代との対比において話し合っていますが、その中で、桑原武夫さんは「若い人たちにとっては新憲法の中で育ってきているので空気みたいなものになっていて、お日さんが十年照ったからといってそれを改めてお祝いをしたり、感謝したりする行事などしなくてもよい、という感じにもなっている」と指摘。

「しかし考えてみれば、今お日さんが出なくなればどういうことになるか、(略)ひどく暗いところでわれわれは生きた経験をもっているわけですから、太陽がない、あるいは日蝕の世界とはどういうことかということをやはり話してあげなければ、太陽の輝いた中だけで暮らしてきた子供たちや若い人にはわからない面もあると思うんですね」と言っています。

それから50年たった2007年。安倍内閣の改憲への並々ならぬ意欲と、それに対して余りにも無防備・無頓着な人々の空気に、50年前に語られたと同じ懸念を拭えず、「何かをせずにはいられない」との思いで、憲法記念日を前に提案された「憲法9条 守る?変える?全国投票」(事務局長=野田隆三郎・岡山大学名誉教授)に友人達と参加することを決意。4月30日に、銀座の歩行者天国で「シール投票」を実施しました。

当日は素晴らしい初夏の陽気で、歩行者天国には、並べられたパラソル付きのテーブルの下でお弁当を食べる人、ライブ演奏の前で立ち止まる人、行き交う親子連れや、若いカップル、中年のご夫婦、主婦達で賑わい、ゴールデンウィークらしい和やかで楽しげな空気が流れていました。

こんな風に寛ぐ人たちに「シール投票」を呼びかけて、迷惑がられるのではないか。一抹の不安を抱えながらも、投票のために造った立派なボードが銀座通りに不思議にマッチしているのに勇気付けられて、第一声をあげてみました。「憲法九条を変えるか、変えないかのシール投票をしています。シールを貼るだけです。参加しませんか?」

最初の数人は、ジロっと一瞥して通りすぎて行きました。「うわ!めげそう」の気持を振り払って、数回声をかけているうちに、「貼るよ」との声。「ありがとうございます!」とシールを渡すと、「変える」にぺタリ。「あら!」

でも、これをきっかけに皆さんが気軽にシールを受け取り、それぞれのスタイルでボードに貼ってくれ始めました。「やる?」「やろうか」「九条って何だっけ」などと話し合って、ボード脇に立てた「9条の条文」を眺める若いカップル。「やってみたい」という子供に「左の赤い字の方だよ」と言って自分が受け取ったシールを貼らすパパ。「やりますよ〜」と肩をいからせて近付いてきて、「守る」の方のど真ん中にぺタリ、晴れがましい顔で離れていく若者。意見が分かれてボードの前でしばし議論するご夫婦。

誰もがお祭りに参加しているような楽しそうな様子で、おみやげに手渡した「憲法さんお誕生日おめでとう」のリーフレットを興味深げに眺めたり、ボードから離れながら憲法の話を続けたり。当初の心配をよそに、明るく伸びやかなコミュニケーションの空間ができて、一時間余りがあっという間に過ぎて、合計597枚のシールが貼られました。

「公正・中立」を大原則とする今回の「投票」でしたので、どんな結果になるか興味津々でしたが、結果は「守る」428票 「変える」142票 「分からない」27票。7割以上の人が9条を変えない方に投票しました。50年前に先輩達がいったとおり、人々は普段憲法なんて意識して暮らしているわけではありません。でも憲法9条の価値を直感的に感知している、そんな嬉しい結果になりました。

更に嬉しいことは、「政治」とはおよそかけ離れた空間、銀座の歩行者天国で、寛ぐ人たちの意識の中に、憲法のことが一瞬通り過ぎ、それに対してたくさんの人が参加し、判断し、意思表示をしてくれたことです。政治というのは、人々にとってこんな風にさりげなく、でも考えて参加することは、こんな風に楽しい。そんな風に受け止めてもらえたような手応えがありました。

思ったことを思ったままに話し合う自由。呼びか人と、参加者の間に生まれた、いきずりの、一瞬の、でも温かい相互信頼の気持。2007年4月30日、銀座の真ん中に生まれた「平和のかたち」は、こうして4時過ぎに幕を閉じました。