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  メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十八期)
笹井明子    −    2020/08/01 02:56:59
既存のスレッドに当てはまらない「つぶやき」を投稿する場です。普段発言をしていないメンバーも、夫々の都合に合わせて、「毎日いちどは」「毎週いちどは」「毎月いちどは」投稿しましょう。
0001 メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十八期) 笹井明子 08/01 02:56
 
既存のスレッドに当てはまらない「つぶやき」を投稿する場です。普段発言をしていないメンバーも、夫々の都合に合わせて、「毎日いちどは」「毎週いちどは」「毎月いちどは」投稿しましょう。
 
0002 歴史と歌と(時代を切り取る能力とは!)(1) 流水 08/06 13:12
 
わたしは、自称世捨て人。「自粛」など屁でもないとたかをくくっていたが、どうやら大きな間違いだった。

世捨て人の最大のメリットは『自由』。どこへ行くのも自由。どこへ行かないのも自由。

ところが、コロナ下では、ひたすら家に居ること以外選択肢がない。この『自由』のなさが、どれだけ人の精神を腐らせるか、今回の自粛騒ぎで骨の髄まで思い知らされた。

ビートたけし(わたしはあまり評価しないが)が、家にだけ居たら、絵も描けないし、文章も書けない、映画の構想も生まれないと嘆いていた。外で受ける刺激なしに創作活動をする精神の自由は、手に入れられない、という事なのだろう。たけしの嘆きは良く分かる。

世捨て人が『自由』の無さを思い知らされているのだから、現役の人々の鬱屈は推して知るべし。

そんなわたしがはまっているのが、ユーチューブ。特に、音楽にはまっている。駅ピアノにはじまり、バイオリン、オーケストラなどを手当たり次第に聞き漁った。クラッシックをこれだけ聞いたのは、クラッシック喫茶に毎日入り浸っていた大学時代以来。

同時にメジャーではない日本の歌謡曲や歌手などを探し求め、今まで知らなかった歌手や歌を発掘しては楽しんでいる。

その中からいくつかを紹介してみたいと思う。

“歌は世につれ 世は歌につれ”と言うが、【歌】は世につれ以外ない。歌が時代をリードする事はない。

“世につれる”歌の中でも、本当に時代を切り取れる歌は、ごく少数。作詞家、作曲家、歌手の感性がぴたりと重なり合った歌のみが時代を切り取れる。以前紹介した藤圭子の歌などが好例。そんな奇跡的な『歌』に出会えた時の喜びは何物にも代えがたい。

今日はそんな歌をいくつか紹介したい。

最初に紹介したいのが、「センチメンタルゲイブルース」
https://www.youtube.com/watch?v=v70cICoI7hA&list=RDUJHQIp2SsK0&index=4
作詞 最首としみつ 作曲 杉本真人 歌手杉本真人 

作詞を担当している最首としみつ。初めて名前を知った作詞家だった。税理士をしながら作詞家として活躍している人のようだが、この人の感性は凡庸な作詞家とは一味違う。

何はともあれ彼の作詞を追ってみよう。

“あたしが男を知ったのは
女を知った日からまだ三日目の夜
場末の酒場でむせていた あたしを介抱してくれたGIジョー
熱い嵐が身体をはしり 気づいたところは安ホテル
・・・(後略)

ゲイとかおかまとか言われる人たちの話の中でよく出てくる言葉に『どんでんが来る』というのがある。『どんでん返し』から取った言葉で、男が女を愛する通常の性から男が男を愛する「異形の性」へと反転する瞬間を『どんでんが来る』と表現するのである。

最首はその瞬間を“熱い嵐が身体をはしり”と書く。表現するのが難しい『どんでんが来る』という感覚を見事に表現している。これだけでも、この作者の感性がただものではない事が良く分かる。

おそらく、歌謡曲で『ゲイ』を真正面から題材にしたのは初めてだろう。この斬新な切り口とその歌詞は、見事としか言いようがない。

さらに彼が並みの作詞家と一線を画しているのは、時代との向き合い方だろう。肩ひじ張った政治的主張ではなく、人間の感性を掘り下げた隠喩としての“時代と人間とのかかわり”を表現している点である。

以下の歌詞を読んでもらえば理解できる。

・・・・・
“あたしが男を愛したのは
女に絶望してから まだ間もない頃
男と男が部屋をかりて それからしばらくは幸せだった
ある晩 ジョーは大酒飲んで 手当たり次第に あたりをぶち壊す
その日が来たのね あたしのいい人に 真っ黒のほほに 大粒の涙
ルールルル 〜ルールルル〜

あたしが街に立ったのは
ベトナムが終わって しばらく過ぎた頃
寂しさまぎらす化粧もいつか ルージュを引く手つきも女を超えた“
・・・・・・・

同棲していたGIジョーが“手当たり次第にあたりをぶち壊し”ながら“真っ黒のほほに大粒の涙“を流している。

作者は、何も書いていないが、ベトナム戦争当時を知っている人ならすぐピンとくる。ジョーにベトナム行の命令が下ったに違いないと。当時、日本はベトナム戦争に参加する米兵の待機場所であり、戦争に疲れた米兵たちの一時的休息場所でもあった。

“地獄”と呼ばれたベトナムの戦場に行かざるを得ない兵士の哀しみが、真っ黒のほほに大粒の涙“という歌詞に濃縮されている。

以前にも書いた事があるが、特攻出撃がきまった前夜、特攻兵たちが酒を浴びるように飲み、涙を流しながら大荒れに荒れた。しかし、出撃の当日は“瘧”が落ちたように澄んだ顔と目をして飛び立っていった、と言う話を、当時、鹿児島県の鹿屋基地から多くの特攻兵の出撃を見送った整備兵だった人から聞かされた事がある。

最首としみつは、その事をよく分かっている。人間はみな一緒。人種なんて関係ない。誰も戦争なんか行きたくない。人はみな生きたい。“グローバル”な視点とは、それを共有する事だ、と言っている。

米国の戦争だったベトナム戦争は、米国内でも大きな反戦運動を引き起こし、当時の日本の若者たちにも大きな影響を与えた。“べ平連”という市民運動も盛んに行われた。
※ ベ平連  ウィキペディア 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0%E3%81%AB%E5
%B9%B3%E5%92%8C%E3%82%92!%E5%B8%82%E6%B0%91%E9%80%A3%E5%90%88


鶴見俊輔、小田実など多くの学者・知識人や若者が参加していた。

最首としみつは、ベトナム戦争時の市民運動などのその後を、
“あたしが街に立ったのは ベトナムが終わって しばらく過ぎた頃 寂しさまぎらす化粧もいつか ルージュを引く手つきも女を超えた“
と書く。

最首には、どんな運動もいつか初心とは別なものに変わらざるを得ない、という辛い真実が視えている。同時にそれが、新しい何かを生み出すという真実も見据えている。“寂しさまぎらす化粧もいつか ルージュを引く手つきも女を超えた”とは、その新しい真実を指している。

最首としみつの時代とのかかわり方は、ゲイという性的マイノリティの『生きる姿』を描くことによって見事に表現されている。人間の歴史とのかかわり方には様々なありようが考えられるが、このような視点で歴史を切り取るのも意味がある。

作曲を担当した杉本真人は、わたしが最も評価する作曲家の一人。彼の紡ぎだすメロディーは、ジャズとブルースとフォークと艶歌のない混じった独特の世界観を生み出している。

彼のこの感性は、日本の音楽界の“ごった煮”的状況を象徴している。あらゆるジャンルの音楽が存在し、それぞれが相互に影響し、侵食し、混じり合って、新しい音楽的感性を創造しているのが、現在の日本の音楽界だろう。

彼は歌手としても、素晴らしい。その中で、この歌は、彼の代表作と言っても過言ではない。

“センチメンタル”というネーミングでも分かるように、一種のもの悲しさを漂わせたブルース調ではあるが、きわめて軽快なリズムで、主題の重さや暗さを見事に“軽み”に変えている。

ここで言う“軽み”とは、芭蕉が俳句生活の最後に求めた“軽み”に共通するものとして考えてほしい。
※コトバンク “軽み” 
https://kotobank.jp/word/%E8%BB%BD%E3%81%BF-468278

(2)で紹介するが、彼は重さや暗さを主題として多くの演歌調の歌を書いている。例えば、「惚れた女が死んだ夜は」と言う曲がある。小林旭が歌っているが、作曲家である杉本も見事な歌を披露している。
https://www.youtube.com/watch?v=WuDEs1yExks

このように暗く重い歌を歌えないわけではないし、というよりむしろそのような彼の歌のファンも多数いる。

しかし、この歌では、杉本は、ゲイの置かれた現状を、リズムの“軽み”で表現している。この“軽み”が社会で市民権を得つつある『性的マイノリティ』の現状を象徴している。こういうところが、杉本の時代感覚の優れたところで、並みの作曲家ではこうはいかない。

例えば、厳密な意味で“ゲイ”かどうかは知らないが、マツコ・デラックスやミッツ・マングローブなどのトークの切れ味は、杉本の“軽み”に通じている。今や、この“軽み”こそが、時代の感覚だ。

これが“センチメンタル ゲイブルース”を他の追随を許さない存在感を与えている理由だろう。
 
0003 【主観的願望を客観的事実にすり替えよう】とする似非科学者と似非政治家に騙されるな! 流水 08/11 16:06
 
【1】 前提

わたしは、悲惨な退却戦を戦わざるを得ない安倍後の日本!(インパール作戦の二の舞)でヘーゲルの弁証法的思考について書いた。

最後の合に達するためには、ドイツ語で言うアウフヘーベン(止揚)という次元を高める事が必要で、それは螺旋階段を上るような思考過程の緻密さと飛躍が求められると書いた。

先々週から先週にかけてのコロナ患者の増加と「GO TO キャンペーン」の失速。お盆の帰省を巡る自治体と政府の亀裂。専門家委員会による科学的エビデンスを欠いた新たな数値入りの『緊急事態』を判断する指標の発表。

いずれも、アウフヘーベン(止揚)という論理的思考過程を経ていないお粗末な大騒ぎにしか見えない。

理由は明白。安倍政権にコロナ・パンデミックにどう対処するかという明確な『グランドデザイン』が描かれていないため、『GO TO トラベル』キャンペーンをどう実施するか、というガイドラインの根本が理解されていない。

要するに、科学的合理的思考を放棄して、政治的思惑に振り回された結果だろう。

その為、コロナ撲滅【正】VS経済の復活【反】という図式でしか問題解決の過程を描けないため、不毛な論議しか生まれていない。

「羽鳥のモーニングショウ」とBS TBSの「報道19:30」以外の多くのメディアは、コロナ撲滅【正】VS経済の復活【反】の図式に絡めとられているため、本質的な論議に踏み込めていない。

問題(危機管理)の本質は明白。コロナ撲滅(国民の命を大切にする)。これに尽きる。命を大切にすることは、政治の要諦。それを毅然として明確に国民に示すことが、国民の【安心】を担保する。

この大前提を揺るがしてはならない。

◎全ての政策、人員、予算、組織、法制度をコロナ撲滅に向けて総動員する。
◎経済の復活=(GO TO トラベルなど)も、コロナを撲滅する政策の一つという明確な位置づけが必要。悲惨な退却戦を戦わざるを得ない安倍後の日本!(インパール作戦の二の舞)でも書いたが、コロナ撲滅を前面に打ち出すための一つの手段としての(GO TO トラベル)という位置づけを行わないから、現在のような中途半端な状況に陥るのである。

【2】 コロナをどう理解するか
 
この問題は深い医学的・科学的知見が必要。最低限、この問題を語る時は、サイエンスとして語らなければならない。間違っても、非科学的な政治的思惑や政治的偏見で語ってはならない。
 
では、今回のコロナをどう考えたら良いのか。

多くの評論家や感染学者、医者などがこの問題を語っているが、その中で最も科学的で論理的。しかも自らも医者として現場に出かけ、PCR検査なども自ら行う現場の実践者としても活躍している東大先端研究所名誉教授児玉龍彦氏の議論が一番説得力がある。

【児玉氏の理論】

彼が参考人として国会で語った議論を集約すると以下のようになる。

彼が東大先端研で5月に無作為で抽出した1、000人に行った「抗体検査」の結果、7人に「抗体」が見つかった。つまり、0.7%の人間に抗体があると推測できる。

この0.7%という数値を東京都の人口1,398万人に当てはめると、東京では既に9万人に感染歴があることになる。これは5月の東京都が公表している累積感染者数の18倍にのぼる。

それでも、日本での100万人当たりの死者数は、アメリカの48分の1、スペインの83分の1。これはなぜか。

コロナの死者数が少ないのは、東アジアの特徴。日本の100万人あたりの死者数が7人なのに対し、中国は3人、韓国は5人にとどまる。台湾にいたっては0.3人。

日本人を含め東アジアに住む人々はこれまでに繰り返し中国南部を震源とする新型コロナと非常に似通ったウイルスに起因する「風邪」を経験してきた。そのおかげでわれわれの血液中には新型コロナに似通ったウイルスに対する免疫を持つT細胞ができている可能性が高いことがわかってきた。

それは新型コロナウイルスそのものに対する獲得免疫ではないため、免疫効果は完全無欠とまではいかないが、ある程度までのウイルス量への暴露であれば発症を防げるし、運悪く感染してしまっても重症化に至らずに済んでいる可能性が高いというのだ。児玉氏も日本や東アジアで死者が少なかった理由として、この説を支持する。

彼は、日本での第一次・第二次感染での感染者数・死者数が意外と少なかったのは、この【交差免疫】のせいだろうと推測している。

※交差免疫  “過去の風邪”の免疫記憶が新型コロナから世界を救う?
千葉丈=国立感染症研究所客員研究員、東京理科大学名誉教授 
https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/20/06/18/07102/

だが、新型コロナウイルスはRNAウイルスなので、高速で変異を繰り返すこともわかっている。ある程度の免疫があるからといって用心を怠ると、変異したウイルスによって痛い目に遭わされる可能性が高い。

実は、ここからが、児玉名誉教授が国会で行った証言の肝になる。
https://www.youtube.com/watch?v=_nD742yj8eo
7/16 参院・予算委員会

彼が東大先端研で行ったコロナウイルスの【ゲノム解析】から、現在東京で猛威を振るっているコロナは、2月、第一次の武漢型、3月、第二次の米・欧州型とは違った新しい型に変異していると言う。児玉氏は、それを東京埼玉型と名付けているようだが、名前はどうあれ、彼の分析を国立感染研も後追いしたようだ。

本日(8/11)の羽鳥のモーニングショ―でも国立感染研究所の解析を取り上げていた。

つまり、ウイルスの変異を常に解析していないと、対策がピント外れになると言う事である。

※「新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査」
 https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/467-genome/9586-genome-2020-1.htm
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※ゲノム解析
ゲノムとは、ある生物の持つ遺伝情報全体を表している概念です。その実体は細胞内にあるDNA分子であり、DNA上には4種類の塩基(A,T,G,C)が並んでいてこの配列(AAGCTGCA....のような並び)の中に遺伝子や遺伝子の発現を制御する情報などが含まれています。RNAやタンパク質はこの情報に基づいて作られ、それらが働いて細胞を作り上げ、生命活動を行います。ゲノムはいわば生命の設計図のようなものです。 

 ゲノム解析とは、まず細胞に含まれる全DNAの配列を決め、この設計図を解読することから始まりますが、大事なのはこの配列に含まれる情報を引き出して、生命活動に携わる機能を一度にすべて明らかにすることです。そして、その目的は、それらの働きを総合的に調べ、生物のもつ"生きる仕組み"を理解することです。
https://institute.yakult.co.jp/dictionary/word_25.php

児玉名誉教授に言わせると、日本は2月の武漢型、3月の米・欧州型ウイルスでは、交差免疫が幸いして、死者数・感染者数とも、米国や欧州、ブラジルなどより少数で済んだ。児玉名誉教授流の比喩で言えば、森(日本国民)が湿っていた。その為、他所(外国)から火の粉が飛んできても、ボヤで済んだという。

ところが、今回の感染拡大は、根本的に違う。ゲノム配列を見れば、明らかにこれまでとは違う【日本型】=(東京埼玉型)ともいえるウイルスに変異している。

つまり、日本の森の中から火が燃え始めているという。こうなると、多少の森の湿りなど役には立たない。視覚的に言うならば、米国やオーストラリアで起きた森林火災を想起すれば良い。
https://www.youtube.com/watch?v=a4KueiBG9z4

児玉名誉教授が国会で声を震わせて、「来月は目を覆わんばかりの惨状になる」と危機感をあらわにして訴えたのも上記の理由からである。

では、何故新しいウイルス(東京埼玉型)に変異したのか。第一次・第二次感染の時から問題になった【PCB検査】の少なさが仇になったと考えられる。

児玉名誉教授に言わせれば、第二次感染が収束し始めた頃、市中にはまだ多くの感染者が存在していたはず。(抗体検査から推測すれば、約9万人)
その多くが無症状な感染者と考えられ、彼らが感染源となって、新たな感染者を生み出してきていた、と考えられる。

PCR検査数を第一次・第二次感染が下火になった時こそ積極的に行うべきだった、と彼は言う。グラフが右肩下がりになった時こそ、検査数を増やし、陽性者の発見と保護(隔離)をすべきだったと言う。

◎この種の予見性・先見性こそが専門家に求められるもので、それを受けた政治の実践力が危機管理の要諦である。

しかし、現実はそうはならなかった。そのため、これらの感染者を多く生み出す場所=(感染集積所)⇒【エピセンター】が生まれ、ウイルスが自立的に活動。そこを中心にして広がっていった、と考えられる。

児玉名誉教授の理論では、ウイルス防御の要諦は、この【エピセンター】を特定し、そこを中心にして、徹底的な【PCR検査】を行うしかない、と言う事になる。

彼の言う【PCR検査】は、現在の日本の【PCR検査】とは決定的に違う。彼の想定しているのは、中国が武漢や北京で行った【PCR検査】。韓国が当初新興宗教関係者に行った徹底した【PCR検査】を想定している。

新宿の歓楽街がエピセンターになっているのなら、新宿歌舞伎町全域のPCR検査を実施する。(その前提として、歌舞伎町の封鎖なども視野に入れている。)そこで陽性者を明確にし、彼らを保護(隔離)して、感染拡大を防御するという方法である。

彼が想定しているのは、武漢ウイルス封じ込めの先頭に立った中国の中心人物であるSARSの英雄鐘南山医師の方法であろう。

※中国専門家チームを率いる「SARSの英雄」医師、鐘南山とは何者か(NEWSWEEK)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/03/post-92734.php

児玉名誉教授は、最初から政府や専門家委員会のコロナ対処法に異議を申し立てていた。彼らの対策は、100年前のスペイン風邪の対策とほとんど変化していない、と断じていた。

児玉名誉教授から言わせれば、21世紀の現在、精密医療の考え方で対処する事が十分可能だと断じる。先のエピセンターの方法論に見られるように、ピンポイントで対象を絞った対策を講じるやり方である。

ところが、いまだにマスを対象にした【三密】だの【ステイホーム】のような大雑把な施策で対応してきたため、多大な経済的・社会的損失を被った。
そもそも「感染者」を特定し、「感染者」と「非感染者」を引き離す政策なら意味があるが、「非感染者」同士を引き離す政策に何の意味もない、と断じる。

児玉名誉教授の提唱する【エピセンター】を特定し、ピンポイントで新宿なら新宿と言う【面】を制圧する方法とは全く相いれない方法論を取っているのが、安倍政権といわゆる専門家会議。

だから、児玉名誉教授は、先日出された専門家会議の4段階の数字入りの指標など全く評価しない。そんな数字に一喜一憂するより、【エピセンター】を確定し、【PCR検査】を徹底する具体的実践を重視している。

【3】 世田谷方式
残念ながら、児玉名誉教授の方法論は、現在の政府・東京都・厚生省や専門家委員会などの主流の方法論とは相いれない。

そんな彼の方法論を具体的に実践しようとしているのが、世田谷区で、その方式を世田谷方式と呼ばれる。区長の保坂展人氏が積極的に児玉名誉教授とタッグを組んで実践しようとしている。わたしは、これに期待している。

※政治が動く時だ PCR検査の世田谷モデル
https://www.youtube.com/watch?v=bDq61Dd_WqA

児玉名誉教授自身も【具体的成果】を出すことによって、科学的正しさを証明する、と語っている。

似たような方式が長崎市でも行われようとしている。長崎方式は長崎大学を中心とし県医師会が長崎市とPCR検査を行う集合契約を結ぶというやり方で、PCR検査をするために、結ばなければならない面倒な契約(これがPCR検査の数が増えない大きな要因)を集団で一括して結び、PCR検査をやりやすくしようという狙い。

※九州医事研究会ニュース
PCR集合契約(長崎県・長崎大学病院・長崎県医師会・長崎市・佐世保市)
2020年8月3日2020年8月4日 九州医事研究会 
これだけの大規模集合契約は日本初
https://qmir.wordpress.com/2020/08/03/pcr集合契約(長崎大学・長崎大学病院・長
闌ァ医/


政府や厚生省や専門家が信頼できない現状では、このように、地方自治体が自立して頑張る以外方法はない。

何度も言うようだが、今や日本の統治能力は、地に落ち、ほとんど信頼するに足りないが、日本の現場力と国民の民度はまだまだ信頼できる。最後は、そこに期待する以外ないと思われる。

【4】 太平洋戦争の反省に基づく危機管理の要諦とは

昭和史研究家保坂正康氏が太平洋戦争時の指導者たちの最大の欠陥を以下のように簡潔にまとめている。

◎ 主観的願望を客観的事実にすり替える。

これは何を意味するか
(1)敵を実態として把握していない。⇒総力戦研究所が出した結論を無視
 ・具体的事例  
  保坂氏がインタビューした東条英機の秘書の話として、東条が巣鴨プリズンに入っていた時、20歳くらいの米軍兵士に米国の民主主義のレクチャーを受け、米国の民主主義を評価していたそうだ。⇒戦争が終わってから、戦う相手の政治方式を知るようでどうする、と言う話。
(2)敵を知って、対抗する手段(戦略・戦術)を考えていない
(3)自国の対抗しうる国力・戦備はどうなっているか、を科学的数値として把握していない。
(4)開戦理由を国民に納得させ、経過を正確に情報開示しているか。全くできていない。
(5)戦いの終結のメドを伝える
  
安倍政権下で起きている様々な出来事を総括してみると、公文書を改竄する、統計数値を変える、公文書を残さない、など、真に向き合わなければならない「不都合な真実」に一貫して目を背け続けている。

極端に言うと、自分たちに都合の悪い真実や事実は、《全て無いものにする⇒隠蔽する。消してしまう》ことが政治だと考えている。

これこそ、保坂正康氏の指摘する【主観的願望を客観的事実にすり替える】手口そのままである。

メディアが政府批判を強めると、必ず政権の擁護者が現れ、「炎上」と言う形で批判を封じ込める。最も良い例が、コロナ禍が騒がれ始めた当初、TVで積極的に発言していた大谷クリニックの大谷医師に対して、SNSなどで批判するだけでなく、クリニックに批判電話を集中し、医療それ自体が困難になるほど妨害行為が行われた。

大谷医師はそれ以降TVに出ていない。戦前にも同じことがもっと壮大な規模で繰り広げられた。(いわゆる隣組を通じた言論封殺)
https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&gdr=1&p=%E9%9A%A3%E7%B5
%84%E3%81%A8%E8%A8%80%E8%AB%96%E5%B0%81%E6%AE%BA


しかし、コロナ問題は、政権維持の問題、イデオロギーの問題ではなく、国民一人一人の命と健康にかかわる重大問題。真実を探求しようとする科学者、医学者、医療従事者、多くの国民の意志を抑えてはならない。それら全てをイデオロギーの違いに解消しようとするやり方は、反国民的と言わざるを得ない。

保坂氏の指摘する戦前指導者の5つの問題点を現在のコロナ禍に対する政府指導者、与党関係者、官邸官僚、厚生官僚、経産省官僚、専門家と称する御用学者などの言動に当てはめると、ほとんど全て当てはまる。

8月15日も近づいている。わたしたちは、もう一度、太平洋戦争の教訓を拳拳服膺して、現在の政治のありようを刮目してみておかねばならない。
 
0004 日本の統治機構(政治家・官僚たち)は、何故軌道修正ができないのか! 流水 08/17 15:42
 
【1】問題の所在

インパール作戦やガダルカナルの話を持ち出すまでもなく、日本では、失敗だと分かっていても、いったん動き出した政策は止まらない。今回の「GO TO キャンペーン」もその例に漏れない。誰がどう見ても失敗なのだが、止める気配はない。

それでいて、その失敗の原因を徹底的に検証するわけでもない。その政策の責任者や官僚たちが、本当の意味で責任を取った事もほとんどない。

しかし、当事者たちの多くは、自分たちが遂行している政策が失敗している事を知っていたし、このままやり続けたらまずいのではないか、と思っていた。しかし、勇気をもってその政策を辞めるとか中止するという選択肢は生まれなかった。それは何故か。

日本人論を考えるなら、研究しがいのあるテーマだが、そんな政治家や官僚たちを持った国民はたまったものではない。何故なら、その失敗のつけを直接受けるのは、国民だから。

インパール作戦のつけは、白骨街道を埋め尽くした兵の命が支払った。ガダルカナルのつけも見捨てられた兵士の命で支払った。

ポツダム宣言の受諾が遅れたつけは、何十万に及ぶ広島・長崎の人々の命で支払った。

先日、一審で原告勝訴となった「黒い雨」訴訟。井伏鱒二の「黒い雨」が描くように、原爆投下後に降った放射能を帯びた「黒い雨」が広島県に広範囲に降ったことは多くの人が知っている。今回の判決は、当然なことを当然とした判決に過ぎない。

しかし、政府は、「科学的根拠」なる怪しげな論拠を持ち出して控訴した。原爆被害や黒い雨の降った範囲などを徹底的に調査検証するのが、本来の国の仕事。戦後75年も経っているのに、黒い雨の降った地域すら特定できないのか。一体全体政府は何をやってきたのか。国家として恥ずかしくないのか。

こう考えると、国の控訴は、裁判を延ばせるだけ引き延ばして、原告が死んでしまうのを待つ作戦だと思われても仕方がない。

少し、話は違うのだが、わたしは、【裁判員制度】の問題について、制度が確立する以前から、疑問を呈してきた。

「裁判員制度」を導入するのなら、いわゆる「行政裁判」に導入すべきなのに、「刑事裁判」に導入するのは、国民の処罰感情を利用して、量刑を重くしてしまおうとする当局の意図が隠されている。

もし、「行政裁判」に裁判員制度を導入すると、裁判時間が短くなり(裁判が長期化すると、裁判員の拘束時間が長くなり、彼らの生活を脅かす。だから裁判員裁判は裁判時間の短縮が必須条件)、裁判の長期化により、原告側が諦めたり、死亡したりして、国が有利になるような方法がとれなくなる。

同時に、今までのような裁判引き延ばしのための屁理屈が「裁判員」の不信を買う可能性が高く、国が敗訴する可能性が高い。

だから、わたしは、「行政裁判」こそ、裁判員裁判がふさわしいと考えている。

しかし、そんな制度を官僚たちが作るはずがない。「民は寄らしむべし。知らしむべからず」の封建時代の政治原理がいまだ脈々と生きているのが、日本と言う国家。
※コトバンク 
https://kotobank.jp/word/民は由らしむべし%2C知らしむべからず-94398

国家が「責任」を取る事を異様なくらい拒否する官僚たちの姿勢が良く見える。

◎【国家無謬説】こそ、戦前も戦後も変わらぬ日本の官僚たちの姿勢である。要するに俺たちが間違うはずがない。お前たち国民は黙って言う事を聞け、という話である。

【2】 厚生労働省の出自

(1)現状
では、現在最も問題になっている新型コロナ問題を担当しているのはどこか。厚生労働省である。
 
前の投稿で、PCR検査促進のための長崎方式(PCR等検査実施の委託契約を長崎大学を中心として一括集団契約を結ぶ)について触れた。

8月5日、日本医師会も『新型コロナウイルス感染症の今後の感染拡大を見据えた PCR等検査体制の更なる拡大・充実のための緊急提言』の中で「PCR等検査実施の委託契約(集合・個別)の必要がないことの明確化」を書いている。
※日医ONLINE
https://www.med.or.jp/nichiionline/article/009526.html

あまり一般には馴染みのない規定だが、PCR検査はあくまで『行政検査』。
『行政検査』だから、PCR検査を行っている病院・診療所、地域外来・検査センターは、地域の保健所と『委託契約』を結ぶことが求められる。これが結構煩雑。そのため、PCR検査の数が増えない。長崎方式は、この現状に風穴を開ける試み。

8月5日、日本医師会も政府に『新型コロナウイルス感染症の今後の感染拡大を見据えた PCR等検査体制の更なる拡大・充実のための緊急提言』を提出した。その中で、今よりPCRの検査の数を増やすためには、以下のようなことが必要だと述べている。  「PCR等検査実施の委託契約(集合・個別)の必要がないことの明確化」

実は現行の検査体制では、PCR検査を行っている病院・診療所、地域外来・検査センターは、地域の保健所と委託契約を結ぶことが求められる。つまり、PCR検査とはあくまで「行政検査」であって、医療機関はそれを代行しているという建て付け。 

『行政検査』の理由は明白。⇒ 新型コロナは「第2類相当の指定感染症」。⇒ポリオ。SARS・結核などと同等の感染症。
〇感染症の分類 日本看護協会共済
※https://www.e-kango.net/safetynet/measures/page21.html

感染症法に基づいて都道府県知事が定めた指定医療機関への入院、場合によっては隔離措置。⇒保健所⇒患者の情報を自分たちでしっかり把握したい。
⇒委託契約を結んだ医療機関にしかPCR検査をさせない。

🔷長崎方式や日本医師会の提言は、この【委託契約】それ自体が、PCR検査の拡大を妨げているとして、その【委託契約】それ自体の廃止を求めている。

🔷一番手っ取り早い方法⇒新型コロナを指定感染症から外せばよい⇒厚生労働省がうんと言わない。(感染者情報の独占)

(2)厚生労働省のはじまり
・1938年(昭和12年)厚生省(厚生労働省の前身)設立
・目的⇒最大の目的は、「結核撲滅」。
・設立の立役者⇒陸軍省医務局長小泉親彦を中心とした陸軍主導で設立

(A)これまでの衛生行政の中心⇒警察(内務省) 学童と学生の健康維持・増進⇒文部省・・・・・・・・⇒縦割り行政を克服し、一元化する目的
  (B)徴兵検査の成績を上げる必要性⇒徴兵検査の最大の障害が『結核』
   1930年当時⇒日本の結核の死亡率は世界に比べて突出して高い⇒これを下げて、徴兵検査に元気な若者を多く合格させたい。⇒強い兵隊を育てたい。
   
※人口動態調査から見た結核の100年
   http://www.tokyo-eiken.go.jp/sage/sage2003/
   ※結核の歴史・結核の社会史 青木正和 青木純也
   https://www.seijo.ac.jp/pdf/faeco/kenkyu/172/omori.pdf

(3)強い兵士をつくり、軍に送り込む。⇒厚生省設立の最大目的

(A)1940年5月1日〜7月31日 (3ケ月)⇒全国民対象の大規模健康診断
  ⇒結核及びそれに類する不健康者を根こそぎ調査
  (B)1941年 小泉親彦 厚生大臣に就任 ⇒(A)の方針を強化
  (C)1942年 「結核予防要綱」作成
     国民を「健康者」「弱者」「病者」に3分類し、「病者」は「結核病床に収容」というルールが定められている⇒現在のコロナ対策と酷似

※わが国の結核対策の現状と課題1
「わが国の結核対策の歩み」 結核予防会青木正和
https://jata.or.jp/rit/rj/2010_1.pdf#search=%271942年結核対策要綱%27

このように厚生省の始まりは、感染症対策(結核)のためだ、と言っても過言ではない。悪名高い731部隊のリーダー石井四郎陸軍軍医中将の軍医時代の上司は小泉親彦。731部隊は満州で結核菌の研究もしていた事が分かっている。小泉親彦は、BCGの研究もしており、陸軍で初めてBCG接種をしている。

これらの歴史的事実から類推できることは、日本の感染症対策の目的は、決して『国民の命を守る』という目的から始まったものではなく、【日本国を強くする】という国策的視点から始まっている、と言う事を忘れてはならない。

これが、厚生労働省、特に、国立感染症研究所や厚生労働省の医系技官たちに脈々と受け継がれている【組織文化】。

(1)日本の医療行政は、厚生労働省が担う。(2)なかんづく、感染症に関する全てのデータ・情報・権限は、厚生労働省が握る。(3)医療や感染症対策の目的は、強い国民を作る⇒国家のための人材育成の一環 ⇒◆背後に隠れた思想=生産性の低い弱い国民の淘汰=優性思想が時折垣間見える。

21世紀の日本でこのようなアナクロニズムが通用するかどうか分からないが、今現在厚労省の医系技官や国立感染症研究所出身の旧専門家委員会(現分科会)委員などには、この組織文化が脈々と流れているように思われる。

例えば、新型コロナ対策の基本は、【集団免疫】理論ではないかと推察できる。当初、イギリスが行い、方針転換をし、スウエーデンが実践し、現在手直しをしている方法論。

現在の政府の無為無策のやり方は、どうも、政府は【集団免疫】路線に方針転換をしたのではないかと思えてならない。羽鳥のモーニングショウーで玉川キャスターが、現在スウエーデンより日本政府の方が何もしていない、と指摘していた。

※集団免疫とは ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%86%E5%9B%A3%E5%85%8D%E7%96%AB
※新型ウイルスの【集団免疫】は非現実的 BBC
https://www.bbc.com/japanese/53316709
※「新型コロナ集団免疫は期待できない」保健福祉部長官 KBS
http://world.kbs.co.kr/service/news_view.htm?lang=j&Seq_Code=76314

【集団免疫】は、国民の6割が抗体を持てば自然にコロナは収まる、という理論なのだから、裏を返せば、国民の6割が感染するのを待つと言う事を意味する。

と言う事は、重症化しやすい高齢者や基礎疾患を持つ人間は、死んでも仕方がないと考えている。それは、やむを得ない必要な犠牲だと言う事だろう。
感染爆発が起きたイタリアでもフランスでもアメリカでも行われた【命の選別】が現実のものになるだろう。強い国民以外必要ない、と言っているようなものだ。

国民がよほどしっかりしないと、知らないうちに壮大な人体実験の道具にされかねない。

🔷厚生労働省の優性思想

先日、ALS患者に依頼されて、安楽死を手伝った嘱託殺人の疑いで、二人の医者が逮捕された。

この問題については、リテラの記事が詳しい。
・・・・
大久保容疑者は厚労省で医系技官を約7年半務めており、妻は2012年の総選挙で自民党から出馬し当選(比例復活)、衆院議員を1期務めた元“安倍チルドレン”議員だった。・・・(中略)・・・・
メディアではこの事件を「安楽死」と報じているが、そもそもこれは「安楽死」と呼べるようなものなのか。彼らは殺害したALSの女性とSNSで知り合った関係で、担当医師でもなんでもなかった。被害者本人の明確な意思表示に基づき他にとれる手段がなく安楽死に協力したのではなく、むしろ自分たちの殺人欲求が先にあり、安楽死をのぞむ人間を積極的に探していた可能性も考えられる。

 しかも、2人は高齢者や障害者は死んだほうがいいと主張する典型的な優生思想の持ち主だった。・・・・・
「安楽死」の名を借りてALS患者を殺害した元厚労省医系技官らのグロテスクな優生思想! 麻生財務相や古市憲寿も同類 (リテラ)
https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0724/ltr_200724_9953603644.html

厚生労働省の医系技官の全てが優性思想の持ち主だとは思わないが、日本の医療行政に優性思想の影響がある事は、1948年に成立した「優生保護法」や「ハンセン病患者隔離」問題や「薬害エイズ問題」等で容易に類推できる。

・優生保護法 
第二次世界大戦直後の1948年に成立した法律である。1996年に、母体保護法へと改正されるまで、約50年間生き続けた。目的は2つあり、1つは優秀な子どもを産み、劣った子ども(不良な子孫)を産まないようにすることである。2つ目には人工妊娠中絶が許されるための条件を示すことであった。 中絶は刑法の罪に問われるものであった。しかし、この優生保護法の成立によってある条件が満たされれば中絶の違法性がキャンセルされ、犯罪とはみなされなくなったのである。 
※中絶が認められるのは、妊娠22週未満(胎児が子宮の外へと取り出されたら生きていけない時期)に限られる。 
http://kwww3.koshigaya.bunkyo.ac.jp/wiki/index.php/%E5%84%AA%E7%94%9F%E6%80%9
D%E6%83%B3


※優性思想 ⇒身体的、精神的に秀でた能力を有する者の遺伝子を保護し、逆にこれらの能力に劣っている者の遺伝子を排除して、優秀な人類を後世に遺そうという思想。優生学の成果に立脚する。人種差別や障害者差別を理論的に正当化することになったといわれる。
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%84%AA%E7%94%9F%E6%80%9D%E6%83%B3

「相模原障害施設殺傷事件」の犯人の極端な優性思想が多くの人に衝撃を与えたが、実はこの思想は、もっと薄めた形で、厚生労働省だけではなく、政治家や官僚、経済人、言論人などに幅広く存在している。わたしたち一般人にもかなりの数で浸透していると考えた方が良い。特に現代の「新自由主義的」思想は、せんじ詰めれば、優性思想の行きつく先と考えたほうが良い。

※「優生思想」は現代社会に脈々と息づいている
障害者施設殺傷事件が突き付けた問題
https://toyokeizai.net/articles/-/145061

【3】日本型組織の意思決定のメカニズム

わたしの大学時代の主任教授は、東大出身。戦争当時、総力戦研究所に勤務していた。彼の専門は、科学史。歴史学者でありながら、数理系に強く、きわめて合理的なタイプの人間だった。

彼は、「太平洋戦争前に米国と戦争をしたら絶対負ける」という研究結果を提出していたのに、陸軍の指導部が聞かなかった」と述懐していた。

当時の総力戦研究所の分析では、米国の経済力は、日本の約50倍。戦争したら、絶対敗北する、という分析だった。陸軍の首脳たちは、この分析結果をよく知っていた。知っていながら、太平洋戦争に突入した。

何故、そんな不合理な選択(意思決定)をするのか。国民から言わせると、何故、そんな決定ができるのか。

◎今でも、この問いは有効である。

コロナ渦で決定された“GO TO トラベル”キャンペーンのドタバタ劇をはじめ、初期の学校閉鎖問題、10万円給付を始めとする政府決定のドタバタとスピードの遅さ。安倍のマスクの頓珍漢さ。一体全体、この政権の意思決定の「不合理さ」、「感性のなさ」、「無責任さ」はどこから来るのか。

少し、満州事変当時の日本が直面していた問題について考えてみる。

(1)満州事変⇒米国をはじめとする諸国は、満州国を認めない。国際連盟は、鉄道爆破について、リットン調査団を派遣。日本政府の言い分の正当性を検証。⇒国際的孤立。
(2)米国⇒日本軍の中国本土からの無条件撤退要求。鉄などの主要な資源を禁輸。
(3)日本軍⇒欧州で始まった独ソ戦を利用⇒陸軍を北進(対ソ戦念頭) 海軍⇒南進
   ⇒南方の石油資源念頭
(4)海軍の南進策⇒米国の怒りに火を注ぐ結果⇒石油の全面禁輸

🔷日本のリーダーたちの直面した課題(ジレンマ)
  
▼米国の要求に屈する⇒〇石油は手に入る ●中国の権益を手放す⇒明治以来の日本の努力が水泡に帰す⇒国内の強い反発を招く
  
  ▽米国の要求を無視⇒南方進出⇒〇石油は手に入る(石油資源の独自調達)
   ●米国の怒りに油を注ぎ、日米戦争は避けられない。(勝ち目なし)
            ↓
 【決定】 時間経過とともに、石油備蓄はなくなり、じり貧状態に陥る。
 追い込まれ、かすかな可能性を信じて、南方進出・石油獲得・米国との戦争に突入。

🔷彼らの意思決定のメカニズムは何か
  
★組織は合理的に失敗する

当時の政治の指導層や官僚、軍の指導層、彼らは、ある種の合理性を備えていた。特に陸軍・海軍の指導層は、選りすぐりのエリート。頭脳明晰で合理的思考のできる人材が揃っていた。

がちがちの精神主義者のように見える東条英機だが、「カミソリ東条」のあだ名がつくくらいきわめて合理的思考のできる人間だった。

【合理的思考】なくして国家経営、戦争遂行などできるはずがない。がちがちのイデオロギー論者では、そんな事は到底できない。

では彼らの合理的思考とは何か。基本的には、シンプルな【損得勘定】。
【行動原理】
徹底的に状況分析⇒「損得計算」⇒+ならば前進。−ならば後退。

問題点⇒コスト計算に、会計上の見えるコストと見えないコストが含まれる。見えないコストの計算が大問題。誰しも無意識にこの見えないコストを計算している。

例えば、この決定をすると、利害関係を持っている有力者Aさんのご機嫌を損ねる。Aさんのご機嫌を損ねたら、出来るはずの政策が出来なくなる。だから、Aさんの利害に関する事だけは、政策決定から外すか、それともできるだけ配慮する、という具合に。

こういう人間の思考過程を勘案した最新の取引理論⇒【取引コスト論】⇒すべての人間は不完全で限定合理的であり、スキがあれば利己的利益を追求する機会主義的な存在として仮定される。

 ※取引コスト論 
http://www.osamuhasegawa.com/%E5%8F%96%E5%BC%95%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E7
%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6/

     ↓
人間関係上の無駄な取引⇒「取引コスト」。これが、大になればなるほど⇒非効率的な現状をより効率的な現状に変化させることが困難になる。
     ↓
現状維持勢力が強ければ強いほど、「取引コスト」が大きくなる。
     ↓
不条理な結論⇒コスト削減するための現状を変革するために膨大なコストがかかる。現状維持ならば、コストが少なくて済む。(しかし、将来的には危うい)⇒コストを考えると、現状維持を選択する方が一番コストがかからない。

※『合理的損得勘定』を積み重ねた結果、最も非合理なはずの現状維持政策が、最もコストが少ない方法であるという結論になる場合が多い。

◎日米開戦にいたる陸軍・海軍の思考過程

▽陸軍⇒総力戦研究所で日本とアメリカの戦力分析を徹底的に行い、日本の敗戦を予測している。しかし、中国大陸から引き上げるには、手ぶらでは帰れない。←(コスト)明治以来、中国大陸に進出しており、利害関係者が多数いる。彼らを説得できるだけの利権の確保は難しい。これに失敗すると、責任追及は必至。

この「コスト」を考えると、日米開戦が合理的。

▽海軍⇒石油の備蓄=一年半程度 ⇒海軍は2年程度で自滅の運命
 自滅を避けるために南方侵略⇒米国との戦争必至⇒勝つ見込みなし
 石油禁輸を避けるためには、陸軍を満州から撤退させなければならない。
⇒陸軍の説得は至難の業。当時の陸海軍の仲を考えれば、限りなく不可能に近い。
⇒「取引コスト」が膨大。

結論⇒一筋の光明を信じて、米国と開戦をするのが合理的。

つまり、陸軍も海軍も政治家も合理的思考の限りを尽くして、最も非合理的な結論(日米開戦)に達した。

たしかに、日本は、明治以来、中国侵略には、多大な犠牲を払っており、中国に利権を持つ人間も多数いた。夢を求めて中国に渡った国民も多数いた。陸軍は、彼らを説得する必要性もあり、その交渉・取引コストはあまりにも膨大だったのである。こうして、陸軍も勝てない米国との戦争を行う方が合理的だという不条理に導かれた。

以前から、何度も『空気』を読み、『空気』に逆らわないのが日本人の行動様式の特徴だと書いてきた。この「空気」を読む基本に、このような【損得を計算する】思考法が、その背後にある。

『空気』の醸成は簡単にはできない。人は馬鹿ではない。『空気』の論理に、ある種の正統性がないと、人は付いて行かない。この正統性の担保に「取引コスト」論があると考えられる。

「取引コスト論」自体は、新しい理論だが、日本人の思考法=処世術・生き残り術を説明する理論としては、きわめて有効である。

『損得を計算する=取引のコストを計算する』ことは、誰でも日常的に行う。指導者の本当の優秀さ、能力の高さは、この「取引コスト」を超えたトータルな思考にあるのだが、凡百の指導者は『取引コスト』の精緻な計算に固執する。『取引コスト』の損得勘定が行動原理になりがちである。

これが、合理性を突き詰めて、突き詰めて思考した結果、誰がどう見ても『不条理な結論』にいたるメカニズムだろう。

この結論は、誰がどう考えても非常識で非合理的結論。だから、保阪氏が主張する『主観的願望を客観的真実』に変容させる必要がある。合理的結論のように装う必要があった。

その為にどうするか。
(1)予想を支える数値を甘く見積もった。誰が考えてもそれしか方法がない。今でいうなら、『統計偽装』や『統計改竄』を行う事にならざるを得ない。この最たるものが、いわゆる『大本営発表』である。

(2)同時にプロパガンダを大々的に行う必要がある。(戦争標語、学校で軍国教育、戦争プロパガンダ映画、メディア統制、隣組制度の強化、歌謡曲、戦意高揚儀式など)

(3)それでも疑問を呈するものには、強権的対応を取らざるを得なかった。⇒メディア・知識人・共産党などの弾圧。⇒ファッショ体制の確立

(4)ポツダム宣言受諾決定後⇒『戦争責任追及』を免れるため、あらゆる文書を焼却⇒(例)内務省の文書焼却3日3晩、外務省文書8000冊など。満州や朝鮮、地方役所などの文書など⇒軍人・役人の戦争責任を灰燼に帰した。(★明治以降の日本の歴史が消え失せた)

この「責任回避」が、日本の政治家・官僚・軍人たちの悪しき伝統になっている。「従軍慰安婦」問題などは、『文書焼却』がなかったら起こりえなかったはず。この歴史に対する冒涜ともいえる蛮行が、歴史修正主義者の背景に横たわっていることを忘れてはならない。

現在の政権は、敗戦時の『歴史を消し去る』蛮行を良しとしているように見える。単純に言うなら、証拠さえなければ、どうとでも言いくるめる事ができる。出来るだけ、証拠を残すな! これが安倍政権の姿勢だろう。

だから、現在のコロナ対応でも、出来得るものなら、きちんとした文書は残したくない。『責任』を取るくらいなら、何もしない方が良い⇒典型的な政治家・官僚の『不作為の罪』。

厚生省を作った小泉親彦は、戦後自刃して果てている。せめて彼くらいの覚悟が現在の政治家・官僚たちにあれば、もう少しは違った対応が取れるはずだが、それもないものねだりだろう。

参考
※取引コスト論は、「現代ビジネス」の以下の記事を参照しています。
コロナ対策で日本のリーダーはあの戦争と同じく合理的に失敗している
開戦時の日本のリーダーたちと比較してみる
https://news.yahoo.co.jp/articles/bc1aa7bf519381223727af580e4a8c81a7c89d71
 
0006 >報道1930の保坂正康氏について パンドラ 08/18 08:39
 
>8/6日報道1930はノンフィクション作家の保坂正康氏がゲスとして出演さしていました。
昭和の大戦とスペイン風邪と現代のコロナ禍についての議論でした保坂氏はスペイン風邪においても軍事中心の疾病対策が間違っていたと述べていました。
日本が戦争に突き進んでいった時、当時の政権中枢にいた軍人達は流水さんが先日書いておられましたように
「希望的願望を客観的事実とすり替えようとしていた」とそれは現代のコロナ対策にも言える事ではないかと述べてました。
当時日本の政権指導者だった東条英機は後に保坂氏が秘書に取材したエピソードによると巣鴨プリズンで20代の米国人からアメリカのデモクラシーについて説明を受け秘書に「君、アメリカのデモクラシーというのは素晴らしいものだ!」と語ったそうです。
東条英機だけでなく当時の軍人はアメリカの軍事力を冷静に客観的に見る事なく、戦艦一つ撃沈すれば「勝った」「勝った」と歓び、しかしその後次々と繰り出して来る戦艦と爆撃機の多さに打ち勝てず最後には「特攻」という人間を武器にして闘わせる所迄行き着いてしまったのです
今の時代も為政者はコロナについて、毎日陽性者が何人とか身の回りの事が大きく扱われ指導者がコロナという21世紀の疾病にどう向き合い対峙して行くのか少しも見えて来ない。だから人々は様々な情報局に振り回されコロナ禍の中で無意味な中傷や排他をし続けている。
指導者はコロナはどんな疾病なのか国民に明らかにして、だから我が国はどのような対策を立てコロナに立ち向かっていくのか国民に開示しなければならない。そのためには何が必要で何ができるのか指導者はこの国の国民と社会に向けて大局的見地に立って呼び掛け、実行しなければならない。
と語っておられました。最後に「国民はコロナの時代にどう向き合って行けば良いのか」と司会者から質問されたとき保坂氏は「スペイン風邪の後の世界恐慌は10年のタイムラグがあったが今回は戦後初めての疾病と恐慌が両輪で来ている」「戦前の恐慌の後にはファシズムが台頭してきた。国民は今、冷静にものんを考え個人としての市民的自覚を持って疾病と独り独りが向き合う事が必要」と述べておられました保坂氏の話を聞いて私が感じたのはコロナに感染しただけでネット誹謗中傷されたり都内では夜の接待を伴う店に立ち入り検査しようとする動きもあります。又他県ナンバーの車を傷付けたり帰省した人がいる家にココロナイ貼り紙をしたり…それに対して仕方がないと言ったり、困った事だけど…と他人事みたいに思うのではなくダメなものはダメと小さくても声をあげて行かなければ戦前の国民と同じ道を歩む事になるかもしれません。いや、更に過酷な厳しい道を歩むかも知れません自分達の生活を楽しむためにも大きな事から目を背けてはならないのです 
今日も、明日も、これからも。
これから日本の政権は海外の製薬会社から大量にワクチンを仕入れマスコミもそれを煽り、国民は我先にワクチンを接種しようとするでしょう。
それはオリンピックのためかも知れない。
アベノマスクの様に税金を中抜きするためかもしれない
実はたいした効果もなくて人によっては重症な副作用を伴う可溶性があるワクチンで大量に余ったのを押し付けられたのかもしれない
それは今の政権が信用できないからなのです
社会は小さな個人が寄り集まって作っているのですから私達個人が当事者意識をもって大きな力に立ち向かっていきましょう  
 
0007 玉木代表の誤算 厚顔 08/20 18:06
 
立憲民主党との合流に際して、最終的に玉木代表は政策の一致を優先して合流に加わらないと意思決定したが、今の時局で取るべき 選択ではないと観る。玉木氏の政策は消費税を5%に減税して自民党に対抗する旗のもとに結束しなければ政権は取れないとんとの主張であるが、これは昨年の参議院議員選挙の前に、れいわ新撰組の山本太郎氏が唱えていた政策で二番煎じである。と同時に現在の安倍政権の支持率は30%すれすれで、自民党に代わる野党勢力さえあれば、政策は二の次で野党に投票することを暗示している支持率低迷である。よってここは政策よりも先ず合流が優先であろう。合流後に5%への消費税減税を新党として掲げて欲しいものである。新党も立憲主義と敵失攻撃だけでは比較第一党にはなれても今の与党勢力を上回って政権は望めない。自民党に消費税減税 5%を先取りされたなら新党も政権奪取は危うい、よって玉木代表には合流に参加して5%減税を唱えて旗を建て直して貰いたい。コロナ不況から脱却するには先ず消費税減税して所得税の累進課税の強化、企業等の特別減税等の見直しで税収を計るべきである。どこかで聞いた内容であるが、れいわ新撰組の政策である。
 
0008 安倍首相の辞任を擁護する人々 猫家五六助 08/29 00:22
 
今日、ついに安倍晋三が総理の座を辞すると公言した。遅い!遅すぎる。責任感を頼りにされて疲弊した医療従事者も同じ憤りを感じているそうだ。

辞任の一報を受けて、立件民主党・石垣のりこ氏がツイッターで厳しい言葉をつぶやいた。
「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物」
私も大いに同意する。総理大臣とは日本のトップであり、強大な権力を行使する代わりに大きな責任を担う地位である。日本の安全保障にもかかわる重責ゆえ、過酷なプレッシャーを受けて相当なストレスが溜まる職務であろう。

その職責を第一次安倍内閣において同じ症状で投げ出した。普通の神経ならば恥ずかしくて、国民に申し訳なくて再登板など考えないと思う。

しかし、堂々と第二次安倍内閣として返り咲いた。当然、識者も世間も「健康は大丈夫なのか」「そんな重責を持病(難病)のある人に任せていいのか」と疑問の声を上げた。

すると、安倍応援団は同じ難病のグループを持ち出して「難病の苦しさを理解せず、差別するのか?」と議論をすり替えてしまった。安倍晋三自身も「難病は克服した」と宣言。健康な体に戻ったならば、誰も文句のつけようがなく、当時の私は「要領よく正当化したな」と感じていた。

その後の政権運営は既存のルール・常識・法令を捻じ曲げ、自分がやりたい事や自分に都合のいい事は率先して進めた。これならばストレスが溜まらないだろう。一方、不都合なことは「責任はある」と言いつつ説明もせず、責任も取らずにプレッシャーから逃げ回ってきた。国難ともいえる新型ウイルス禍においてオトモダチや電通の利益を優先し、くだらないアベノマスク配付や給付金事業の丸投げを行った。急ぎ法制化すべき事案があるのに臨時国会を拒否。そして、この辞任劇である。

病状の辛さには同情するが、「2回も途中で政権を投げ出した」と厳しく叱責されて当然であろう。ところが、先に石垣のりこ氏のツイッターに対して批判が相次いでいるという。いわく、

●作家・乙武洋匡氏
「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物、というアクロバティックな表現にこそ、まったく危機管理能力を感じないのだが......」
●イスラム思想研究者・飯山陽氏
「安倍総理だけではなく、私を含む、持病を抱える全ての人に対するヘイトスピーチである」

不思議だと思う。なぜ、総理大臣と一般人を同次元で語るのだろうか。

※引用;JCASTニュース、2020年8月28日付
https://news.yahoo.co.jp/articles/01b4da0c933c7ddcc019caa593d7748d64718974 
 
0009 自民党総裁選と野党新党党首選への雑感 厚顔 09/07 13:26
 
奇しくも与野党の党首選が同時期に行われる。巷間、自民党総裁は決まったようなものと言われる中、安倍路線を踏襲する旨を発表した管氏で次期衆議院選挙に勝てるのか、むしろその前後の総裁は誰になるのかを観てみたい。

今回石破氏の考えを読んでみたが、自民党議員としては伝統的な思想の持ち主のようで、40年早く生まれていれば、中曽根総裁後の竹下登、宇野宗佑、海部俊樹、宮澤喜一各総裁等と総裁が争えたのではないかと惜しまれる。残念ながら今の安倍一強の自民党は当時の自民党とは様変わりで右寄りになり、 石破氏のような伝統的な保守本流の思想の持ち主ははみ出し者扱いされて居るようである。

一方野党新党も枝野立憲民主党代表と泉国民民主党政調会長の争いとなり興味津々である。併せて党名争いもおもしろい、旧民主党の古狸に担がれている枝野氏はかなり苦戦するのではなかろうか、その中の一人岡田克也氏などは枝野氏に投票するが党名は泉氏が掲げる民主党に投票すると報じられている。
またこれまでの枝野氏の政治姿勢は過去の社会党のように政権奪取は諦め、立憲民主主義の理念と政府の敵失批判優先の政治イメージであった。過去に一度政権を担った民主党を母体にしているのであるから、それでは過去の支持者の共感と納得は得られまい。これらを払拭できないと例え代表に選ばれても苦戦が予想される。

対抗する泉氏は野党第一党として自民党監視も重視しながら、れいわ新撰組が唱え始めた消費税減税も視野に入れ政策提案型野党を目指し、民主党名を提案する以上過去の失敗の総括もいとわないと言っている。今日の共同記者会見での違いが見ものである。
 
0010 身内の「好き嫌い」で新総理を決めるな! 猫家五六助 09/08 10:39
 
仕事で一番厄介なのは、顧客(決裁者)が納入した商品・サービスを、その良し悪しではなく「好き嫌い」で判断される場合です。決裁者が創業社長ならば、その判断の責任・結果(損失)を負うのは本人だからしかたないですが、社員には迷惑なことです。

一方、決裁者が売上や株主の意向如何で交代する“雇われ社長”の場合、前社長の「好き」で決めたことが新社長の「嫌い」で変わったりします。さらに、良し悪しで決めていないから、社長が「好きな」商品が「悪い」ものだったら、会社は大損害を被ることになります。

それゆえ、私は感情を排して「善し悪し」で判断される仕事を心掛けていますが、たまに「好き嫌い」で判断する顧客に罵倒されることがあります。商品の提案時点では社長が「良い(好き)」と判断したにも関わらず、その商品を「友人にケチつけられた」ために「悪い(嫌い)」と反故にされた事例もありました。

さて、自民党の総裁選(国民にとっての新総理)では石破氏が自民党員の多数から支持を得ているのに、「現政権の(悪い部分を)見直す」という政治姿勢や過去の因縁により安倍晋三とオトモダチから嫌われ、圧倒的不利な状況にあると伝え聞きます。

つまり、新しい総理大臣は日本や国民にとっての「良し悪し」ではなく、安倍晋三とオトモダチの「好き嫌い」で決まろうとしているのです。この7年8か月の間、安倍晋三の「好き嫌い」で政治が翻弄され、忖度が生まれ、国民が分断され、不正がまかり通ってきました。

全国の自民党員の皆さん、これでいいんですか?ぜひ、「良し悪し」を示す意地を見せてください!
 
0011 世論調査について考える パンドラ 09/20 11:52
 
菅内閣の世論調査で64%なのだそうである。
私が第二次安倍政権の末期に体験した不愉快な事を記しておこう、

平日の昼下がり自宅に「世論調査センター」を名乗る電話が掛かって来た
しかもテープで。如何にも怪しいと思ったけれど安倍政権に対する意見色々聞かれ最後に
「安倍政権を支持しますか」
「いいえ」
と答えたら、プツンと切れてしまった。
???…何これ。後は空しいツーツーという音が聞こえるだけ
不愉快な世論調査の話は聞いた事あるけれどまさか我が身に
起きるとは。
これが支持率64%の正体とは言わないし新聞社等はきちんと
世論調査した上での支持率を出しているのだろうが
菅総理の、苦労人伝説やパンケーキ、令和おじさん等のどうでも良い情報が
TV等を通して拡散され「可愛い」等と言う声が巷では聞こえる
いや、これも官邸か何処かの宣伝会社が意図的に流したのかも知れない
菅総理は「自助、共助、公助」そして「絆」と述べた
政治家は国民を助けるのが仕事ではないか。先ず国が率先して動き足りない部分は共助、自助は国が口を出す事ではない。
ついでに言えば「絆」という言葉の元の意味は、牛や馬が逃げ出さないように縛り付けて置く黒くて太い綱の事を言ったという

早速、厚労省はPCR検査で陽性になっても入院を必要としない人は届け出を
しなくて良い。という流れを作ろうとしている。
無症状者、軽症者は自宅待機とか言っても「熱くらいで仕事休めない」
という日本社会。秋冬ににかけてコロナウィルスが社会に蔓延し数字の
上ではさほど増えていない。という摩訶不思議な事態になるかもしれない
この政権と総理は隠蔽に長け自己責任を国民に押し付けようとするだろう
国民が苦しむ苦いパンケーキは食べなくても済むように願うばかりである
 
0013 福島放射能汚染水対策、他3題 厚顔 10/25 01:15
 
癌対策で時間も余り割けないが、最近気になった4つの問題について所見を簡単にのべてみたい。

※福島原発のタンクの汚染水処理問題
・永年結論が出ずに貯まる一方で有ったが、最近極力浄化して海洋投棄しかないと言うことでコンセンサスができたと思いきや、漁民からの風評被害で、政府もまたふらつきだした。昨日の新聞情報では梶山通産大臣も海洋投棄を白紙に戻したようである。何を今更と思えば、1年内にやってくる衆議院議員選挙にマイナス要因となるからである。それまではタンクに貯めておこうとの算段と思われる。

小生は民主党の菅政権当時から日本の200海里水域の排他的水域の太平洋上にタンカーで都度投棄することを国際的に或いは国連で宣言すべき事を提言している。諸外国がからクレームが付いたら、かつて常任理事国は全て核実験をして大気や海水を放射能で汚染してきて核保有国になった事を理由に、不可抗力の自然災害で溜まった放射能汚染水を極力浄化して、どうして排他的水域に投棄して悪いのか、相対的に比較して道理として訴え反論すべきである。そもそも陸上の水は海に流れるのである。
福島漁民を救うにはこれしか方法はあるえまい。またそうすれば大阪府知事が言う、大阪湾で汚染水をうけいれる等の愚論も生じないとおもわれる。

※菅首相のアジア外交
・先日首相就任後初めての外遊先にベトナムとインドネシアを訪問した。
訪問に先立っての唱い文句は、法と自由、を共有できる国だった様に思う。
ベトナムは果たしてその基準に該当するのであろうか、この国も中国と同じく共産党一党独裁ではないのか?。将来民衆から独裁政治への不満が勃発した場合、民主主義を踏襲できるのであろうか。なんとなく今は中国と仲が悪く親日的で敵の敵は味方的なヒヨミリ的発想の様に見える。

それとなんと言っても、ベトナム戦争では共に反米で中国の協力を得ている国であり、中国とは陸続きであり、中国との利害関係は日本との比ではあるまい、それを思えば日米の南シナ海ヘの中国進出牽制には自ずと限界が見える。

※日本学術会議会長の甘さ
・菅首相の6名の任命拒否問題後、梶田会長と菅首相が会談したが、その時の会談で会長は強力に任命拒否問題を直訴せずに、今後の問題として未来志向で会合を持つことにした様な事を記者会見で述べていた様に感じた。歴代の会長が猛反発していた雰囲気とはかなり温度差があったようにおもわれた。第一、学術会議と内閣が運営面で未来志向で会合を持つ必要はないであろう。会合は何かの提言を内閣に行う場合に限るべきであろう。

※自民党石破議員の派閥会長辞任劇
・唐突な発表であるが、今回の総裁選での完敗はもう自民党総裁にはなれないことを予想させる敗北の仕方であった。一方国民民主党の玉木代表は野党統一戦線から離脱するとの報道もながれた。どうやらこの両者の機を同じくしての発表はキナ臭い。国民民主党には石破氏と政治信条の合う前原前民進党党首も在籍しているだけに今後の動向が要注目。
 
0014 橋下徹氏のフェイクニュースについて 猫家五六助 10/26 15:24
 
「今週のコラム」に日本学術会議に関する橋下徹氏のフェイクニュース(ツイッター発言)を書きましたが、私が疑問に思うことを詳細に論評しているサイトがありますので追記いたします。

★橋下徹が日本学術会議デマの説明求める取材に「無償のインタビューに応じていない」 望月衣塑子記者にスリカエ攻撃も/リテラ
https://lite-ra.com/2020/10/post-5680.html

まぁ、私人と公人を使い分ける橋下さんは「ああいえば、上祐」と変わらない、ズルい人ですから。
 
0015 トランプ大統領の不可解な選挙戦術 厚顔 11/09 23:54
 
日本時間の11月8日午前10時半頃、民主党バイデン候補が勝利宣言をしたが、下記はそれ以前の着手文であるが論点は変わらない。


米国大統領選挙の開票も大詰めを迎え未決着は5州となり、バイデン候補が急迫していると報じられている中、トランプ大統領は郵便投票の在り方にクレームを付けたり、証拠も提示せずに不正な投票や集計があるとの理由で残りの州で郵便投票の無効を求めて提訴を始めたと報じられている。

かつて大統領選挙で裁判沙汰となったのはブッシュ大統領と民主党のゴア候補が接戦となり、フロリダ州の僅差の投票数の数え直しをゴア候補が提訴したが却下され、国民の団結を優先して清く引き下がり、オフサイドにしたことが記憶される。それに比べ今回のトランプ大統領の戦術は異常にみえ、何かに取り憑かれた執念のように見える。

私ごとながら、今年5月に放射線治療のため1ヶ月入院した際、読み物として聖書も持参した。新約聖書は過去に全編読んだが再読し、旧約聖書は今回ヨシュア記まで読めた。そして旧約聖書を読みながら感じたことは、キリスト教も間接的に一神教を聖書で説いているが、ユダヤ教の聖典とされる旧約聖書は直接的に強烈に一神教を説き、この神の教えを信じない者は排除し、敵となる者にはあらゆる災いが降りかかることを預言して滅ぼすこともいとわない様なことが書いてあったように思う。

そして読みながらふと思い出したのがトランプ大統領とイスラエル、ユダヤ人との親密な関係であった。

・例えばイスラエルの米国大使館をテルアビブから聖地とされるエルサレムへの移転決定を実行したこと。

・イスラエルを訪問した際、エルサレムにあるユダヤ教の聖地とされる嘆きの壁を訪れ、ユダヤ人と同じように壁に口づけをしている姿が報道されたこと。

・パレスチナ自治区のガザ地区へのイスラエルの進出移住は国際法では違法とされているがトランプ大統領はそれを容認したこと。

・娘婿のクシュナー氏はユダヤ系アメリカ人でトランプ氏が大統領になってから大統領上級顧問に抜擢され、クシュナー夫人もユダヤ教に改宗したことが報じられたこと等々である。

以上の様なことからトランプ大統領は歴代大統領の誰よりもユダヤ教や旧約聖書の教義にシンパシーを抱いている大統領ではないかと思われたとしても不思議ではないだろう。

そして政策的にはアメリカファースト、白人至上主義を掲げての国連機構
WHOや地球温暖化防止のパリ協定からの脱退、メキシコとの国境壁建設、黒人大統領が策定したオバマケアの排除等。選挙戦術としてはフェイクニュースや極左よばわりでの民主党攻撃、個人的にバイデン候補を誹謗中傷して、政敵には手段を選ばぬ攻撃の数々である。また大統領選挙中に共和党寄りの判事を最高裁判事へ任命断行しての大統領選挙結果に対する法廷闘争等々。

このようなトランプ大統領の排他的な言動から感じるのは世界や国民がどう思おうが、神がかり的な信念で自説を展開し我が道を行く姿である。そしてそのような言動は旧約聖書の中で神がモーゼやその後を継いだヨシュアに指示し、二人が異教徒に対してその教えを実践して行く姿に類似して見えるのは誤認であろか。旧約聖書を読んでみて欲しいと思う次第である。

そしてこの手法がグローバル経済の負け組の白人層に熱烈に共感拡散され、またキリスト教右派福音派のトランプ支持層を惹きつけアメリカ社会の分断に繋がったように思われる。勿論トランプ大統領から旧約聖書を読んでいるとは語られていないが、旧約聖書に親しんでいるユダヤ系アメリカ人は感づいているのではなかろうか。

11月9日現在でトランプ大統領はまだ敗北を認めていないが、家族の中でも敗北受け入れの賛否が分かれていると報じられている。正に旧約聖書に照らしての議論ではなかろうか。敗北を認めれば熱烈なトランプ支持者(信者)を失望離反させ、去る者は日々に疎しとなり、トランプ大統領のバックボーンの寄り処を想像すると敗北を認めない初めての元大統領となる可能性もあるのではなかろうか。
 
0016 米国大統領選雑感 流水 11/15 14:46
 
(1)
米国大統領選が一応終わったようだ。世界の民主主義の盟主として振る舞ってきた米国だが、どれだけ古めかしい制度で大統領を選出していたかが良く分かる。特に選挙人を選出するというシステムがいまだに残されている点に驚く。

その選挙人も人口比で選出されていない。だから、東海岸と西海岸の人口密集地帯(民主党の牙城)の州の選挙人と人口の少ない中西部の農村地帯(共和党の牙城)の選挙人の数の割合が、人口比になっていない。一言で言えば、共和党が有利な選挙制度である。

・・・最も選挙人が多いのはカリフォルニア(55人)、続いてテキサス(38人)、ニューヨーク(29人)、フロリダ(29人)、イリノイ(20人)、ペンシルバニア(20人)だ。しかし人口比で考えると、人口が少なく選挙人も少ない州の方が、選挙人1人が代表する州民の数も少ない。例えばワイオミング州では1人の選挙人が代表する州民は18万人程度なのに対し、テキサスでは70万人強となる。
 
このため、総得票数の多い候補が選挙人数では少なくなり、選挙の結果も敗北、というケースが度々起こる。2000年のジョージ・W・ブッシュ対アル・ゴアでは最終的に最高裁が決定を下す事態となり、総得票数の多かったゴア氏が敗北した。そして4年前の選挙でも、総得票数が多かったヒラリー・クリントンがドナルド・トランプに敗北した・・

※選挙人制度はもう古い、改革はありえるのか
土方細秩子 (ジャーナリスト) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/21201

まあ、大統領選の制度改革は米国人の仕事でわたしがとやかく言う事もない。ただ、米国の民主主義制度には多くの欠陥があり、米国だけが民主主義の盟主面するのはもうやめてほしいものだ。

(2)
🔶大統領選の本質
わたしが今回の大統領選で最も興味があったのは、この選挙の本質をどう見るか、と言う点である。この点に関しては、日本の報道も米国の報道も物足りなかった。

この視点がなかったら、ただの選挙マニアの報道に堕してしまい。同時にトランプ大統領と言う米国の歴史では稀に見る【トリックスター】の本質を見逃してしまう。

わたしは、トランプが勝利した前の米大統領選も、今回の大統領選も米国社会の経済的要因が最大のものだと考えている。

しばしば引用される1%の支配層と99%の被支配層の【貧富の格差】が根底にあって、それに付随して【人種問題】【差別問題】それと米国建国以来の【リベラリズムとモラル】の相剋が背景にあり、問題を複雑にしている。

GAFAに代表される米国の大企業はグローバリズムを一直線に推進。低賃金と市場を求めて海外進出に邁進した。その結果、現在日本でも同様な事が起きているが、米国内でも中小企業は壊滅状態に追いやられた。国内トップ50人の資産=2兆ドル =下位50%(1億6500万人分)の資産

🔶政策の選択肢
1、金融資本、大企業と軍産複合体中心の政策
2、低所得者に配慮し、特に国民全員への医療保険などを行う政策
3、アメリカファースト(国内工場を優先し、外国製品には高額関税)」=トランプの政策

▽選挙結果 ⇒ 「金融資本、大企業と軍産複合体中心の政策」の政策を採るバイデン氏の勝利。

トランプ支持の岩盤層は、南部や中西部の白人層。それも低学歴・低所得の貧困層が中心だと言われている。

白人が人口の大半を占めていた時代は、彼らは幸せだった。明確に白人が人口でも収入でも社会の全ての階層で優位に立っていた。自分たちの社会的不満は、黒人差別をすることでいくらか解消され、その不満が直接国家とか社会に向かう事は少なかった。

しかし、新自由主義的経済(大企業や軍産複合体中心)が浸透し、移民が増加。白人層の人口的優位は崩れ、学歴・能力・社会的ヒエラルヒー・経済的にも白人の上位に立つ有色人種が増加してきた。

産業革命の時代、時代の流れについて行けないイギリスや西欧の労働者たちは、機械の【打ちこわし運動】をした。時代の端境期は、このように「新しいもの」と「滅びゆく者」の争いが起きる。

現在のアメリカの病は、白人の貧困層だけでなく、膨大な移民や有色人種の貧困層を抱え込んでいる点にある。その格差は凄まじく、年々広がりつつある。以下の数値を見れば一目瞭然。
※アメリカの貧困と格差の凄まじさがわかる30のデータ
http://socius101.com/poverty-and-inequality-of-the-us/

トランプ政権下、メディア的には好景気だと言う事になるが、その内実は、所得格差が広がり続け、【南北戦争後】と同じレベルだと言われている。

※所得格差は「南北戦争後」と同レベル。米国民がトランプ景気を実感できない10の理由
http://www.businessinsider.jp/post-198155

この格差こそ、今回の大統領選の最大の争点。トランプ大統領は、7,200万票を超える票を集めている。これは過去の大統領選での最高得票を超えている。負けたとはいえ、「トランプ的なるもの」の大きな存在感を示した。

🔶トランプ的なるもの

(1)格差の下位に属する人に、上位の人間を攻撃できる「大義」を与えた点にある。

あるTVの若いコメンテーターがうまいことを言っていた。「バイデン氏は学級委員を選挙したようなもの。トランプ氏は、番長を選んだようなものだ。」

まさにその通り。バイデン氏を選択した人は、社会的にも政治的にも危険を避けた無難な選択をしたのである。常識から照らしてみても、あまり文句が出ない選択である。

と言う事は、上記に示した凄まじい【格差】や社会の【病根】に対しても、革命的で破壊的な手法は選ばず、漸進的手法を採ると言う事を示している。結果として、何も変わらないだろう。

ところが、トランプ氏を選ぶと言う事は、社会的にも政治的にも非常識な手法を採るかもしれない。しかし、これまでのような常識的で微温的なやり口ではどうにもならないので、こちらに賭けてみるか、というきわめてリスキーな選択をしたことを意味する。

実は、このような気分に駆られている貧困層は何も白人に限らない。黒人・ヒスパニック・アジア系などあらゆる人種に広がっている。さらに言えば、都市の白人若者層にも広がっている。

カマラ・ハリスのような成功者はごく一部。多くのマイノリテイの鬱屈した心情は、微温的・漸進的手法では埋められない。こういう若者たちが、サンダースや民主党リベラル派内の過激派に多数存在する。

これからの米国を考える時、最も重要視しなければならないのは、イデオロギーを超えたこのような人々や若者たちの心情をどう掬い取るかである。

このように、トランプ支持層の心情とサンダース支持者の心情には重なるところが多い。前回の選挙でヒラリーが敗れた最大の要因は、ヒラリーがこのようなサンダース支持の若者たちの心情を汲み取れなかった点にある。

バイデン勝利後も彼は若者たちの心情をどう掬い取るかで悩み続けるだろう。

🔶差別問題(黒人差別を中心)

このように共通する心情を持つ彼ら若者たちを今回の選挙で分けたのは、【BLACK LIVES MATTER】だろう。

わたしに言わせれば、トランプはこの問題で間違った。トランプは差別問題を理念的問題と考え過ぎた。それは、彼が白人であり、貧困とは無縁の家庭で育った成育史にあるだろう。

【差別問題】は、すぐれて『人権の問題』であり、『社会的問題』である。【差別問題】は、人の生死にかかわる問題であり、全ての問題の根源に差別問題が横たわっている。

その意味で差別問題は、被差別者にとっては、日々を生きる「生活の問題」なのである。日常のさりげない一言、さりげない仕草が、差別される人間にとっては、心や体を傷つける鋭い刃になる。針の山を歩くような日常の差別こそ問題の本質。

トランプ大統領は、そこが分かっていなかった。どうせ、民主党支持者が多い黒人層。彼らの味方をするより、世論の袋叩きを浴びている警察官や秩序信奉者を味方につけたほうが選挙に有利だと考えたのであろう。

これが彼の大きな計算違い。深刻な格差社会である米国。「差別」は黒人だけではない。あらゆるマイノリティ、白人の貧困層(都市)、高齢者(医療から見捨てられた)、路上生活者などなど、ありとあらゆるところで「差別」は存在し、顕在化している。彼らにとっても、【BLACK LIVES MATTER】は他人事ではない。

そういう人々に、トランプ大統領の本質が見抜かれたのが敗因の一つだと思う。

🔶コロナ問題

次に、トランプ大統領の最大の誤算は、コロナ問題の対処。

◎コロナ問題を中国問題にすり替え、自己正当化した事。⇒どのパンデミックでも、それが最初に起きた国だけの責任は問えないというのが常識。パンデミックにどう対処するかは、その国の政府の責任というのが常識。⇒大統領の人間性と見識が疑われた。

◎科学者の知見に従わなかった事⇒ファウチ氏との確執は、科学を信頼しないトランプ氏の知的能力に疑いを抱かせる要因になった。

◎米国が世界最大の感染者と世界最大の死者を出していることは事実。おまけに、自分自身やホワイトハウスの住人達にも多数の感染者を出している。
国民の生命財産を守るのが政府の第一義的役割だとすれば、トランプ大統領の責任は重い。同時に、ホワイトハウスのスタッフに感染者を出すと言う事は、【危機管理】に重大な問題が生じる。

トランプ大統領は、これらの問題にきちんと答えていない。彼の危機管理能力や大統領としての資質に重大な疑義を差しはまれても仕方がない。

🔶「リベラリズム」と「モラル」の相剋

◎リベラリズム(自由主義)⇒啓蒙主義思想から導き出された思想。900年になんなんとするヨーロッパ中世を形作っていた思想(王や貴族が強い権力を持っていた社会を秩序付けていた慣習や思想、封建法と教会法などの法体系など)を否定。全ての人間に共有される人間の【共通性】に着目し、個人の権利という概念を重視する思想。

米国のリベラリズムを考える時、ルイス・ハーツの『アメリカ自由主義の伝統』が非常に参考になる。※アメリカ自由主義の伝統: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E8%87%AA%E7
%94%B1%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E4%BC%9D%E7%B5%B1


ハーツによれば、米国は入植した欧州人(英国、フランスなど)によって始められたリベラリズムの国である、と言う。

ところが、米国は封建社会の歴史を持っていなかったため、本来は封建思想の対抗思想である【リベラリズム】が、対抗思想がないため、絶対化し、保守化した。それがアメリカの【保守主義】になった。

リベラリズム(自由主義)が絶対化したため、米国では社会主義という考え方は定着しなかった。そのため、【リベラリズム】という保守思想に対峙する左派的政治思想もまた【リベラル】と呼ばれる奇妙な思想状況が生まれている、という。

例えば、イラク戦争を主導したブッシュ・ジュニア大統領の口癖は、『自由』だった。イラク戦争には何も大義がなく、新しい形の侵略戦争だと言われても仕方がないが、それでもブッシュ・ジュニアは最後まで『自由』の戦士を気取っていた。ブッシュ大統領の政治理念が保守的である事は疑いがないが、『自由』の理念だけは手放さない。

この一事を見ても、【リベラリズム】というのものが、米国建国の理念である事が良く分かるし、米国人にとって骨がらみの理念である事が了解できる。その理念が「保守主義」に変異していくことも理解できる。

例えば、民主党は【リベラリズム】の政党であるが、それは米国伝統の【保守主義】と同義だと言う事がなかなか理解できない。何故なら、サンダースやオカシオ・コルテスのような主張も「リベラリズム」と呼ばれているからである。サンダース議員が社会民主主義者を自称するのは、ここを明確にしたいからであろう。

民主党内の難しさは、このような保守主義化した「リベラル」と社会主義的主張を持つ「リベラル」とに分断されている点にある事も理解しておかねばならない。

◎モラル

人は、多かれ少なかれ共同体の中で生きざるを得ない。特に田舎ではそうである。ところが、人が所属する共同体の「モラル」(規範、約束事、掟)を受け入れる事が出来ない場合、きわめて苦しい立場に追いやられる。

例えば、是枝監督の「万引き家族」という映画がある。この場合、家族が所属する共同体では、「万引き」という行為が悪ではない。是枝監督の意図とは離れた地点で論ずるなら、この家族の中で「万引き」を拒否する事はきわめて難しい。「人の物を盗むな!」という倫理観がこの共同体の中では通用しない。

共同体の【モラル】には、そういうものがかなりある。各共同体ごとにこのような個別性の高いモラルがあるのが、米国の州だと考えると分かりやすい。

当然ながら、「万引きをして良い」というモラルを認めるのは国家として難しい。これを正当化するためには、国家としての【法規範】による以外ない。

米国の選挙制度の難しさと「州と国」の関係は、上記のようなモラルの難しさを含んでいる。

例えば、あるモラルがその州を覆ってしまえば、少数者はきわめて息苦しくなる。米国の場合、キリスト教的倫理観の押し付けが一番分かりやすい。例えば、堕胎の自由をどう考えるかのような問題。米国の選挙では、この種のモラルをどう考えるかがしばしば争点になる。

日本流に言えば、国が法で決めればそれで終わりだろうが、そう簡単にいかないところが米国。米国という国家が成立したのは、1776年。しかし、東部13州に代表されるように、それ以前に州が独立して存在していた。国家以前から州が存在していたのである。

これが現在に至るまでの米国の選挙の難しさの根底にある。つまり、国家の理念としての【リベラリズム】と各州・各個人の【モラル】との相克が米国の選挙の根底にあるのである。

🔶結語

上記で見たように、トランプ氏の敗北は、様々な要素が絡み合った複合的要因だろう。しかし、彼は7200万票余りを取り、米国民の半数近い支持を得ている。もし、コロナ騒ぎがなかったら、おそらく彼は大統領選に勝利しただろう。

これを逆の視点から言えば、今回の選挙は、バイデン氏が楽勝しなければならなかった。それをこのような接戦に持ち込まれたところに米国の抱え込んでいる困難があると見なければならない。

トランプ大統領のような特異な個性の持ち主が大統領になれた、という所に、現在の米国の抱え込んでいる問題の深さを感得しなければ、大統領選報道を延々と続けた意味がないだろう。

バイデン氏が勝利したと言う事は、【金融資本、大企業と軍産複合体中心の政策】にシフトする事を意味する。そうでなければ、選挙資金でトランプ大統領をはるかに凌駕するはずがない。ウオール街の献金がバイデン氏に集中したのであろう。

と言う事は、バイデン氏の政策が、トランプ以前の政策に先祖がえりをする可能性が高い。

【米国の10年後は日本!】そう揶揄されるくらい日本は米国の後をひたすら追いかけてきた。

トランプの存在意義は、そういう世界のモデルとしての米国の姿を徹底的に破壊してきた点にある。

そのトランプにひたすら隷従してきた日本である。それでいて、自国の自主自立を促進してきた形跡もない。これでは、米国民主党や世界各国からの視線が冷たくなるのもやむ負えない。

トランプ大統領の政策は、米国ファースト(米国一国主義)。逆から言えば、他国の独立を促進する政策。米国は、世界の警察官を降りるという政策。米国一国主義の世界秩序から、世界覇権の多極主義を促進する政策である。

この流れをバイデン氏が阻止して、これまでのような「米国一極主義」政策を維持できるか。きわめて微妙な情勢である。何故なら、中国の存在の大きさは、これまでとは比較にならないほど大きくなっている。この流れを本気で止めるつもりなら、戦争以外にない。

世界の混迷はさらに深くなるであろう。
 
0017 選挙人の造反は防げるか? 厚顔 11/16 00:45
 
米国大統領選挙でバイデン候補は306人、トランプ大統領は232人の選挙人を獲得したことで、次期大統領はバイデン氏との報道であるが、正式には12月に上記の代理人が造反せずに各々立候補者に投票すれば問題ないが、過去にも選挙人の意思で投票して造反者が出たこのがあった様である。州政府が適切な対応をして大事には至らなかった様であるが、今回はかなりの造反者が出てトランプ大統領に票が流れることも予想される。
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その様な場合には州政府が事後に選挙人を差し替えることを最高裁も認めている様であるが、州政府が差し替えを申請しなかった場合にどうなるのか曖昧らしい。
両候補の選挙人の差は74名だからトランプ大統領の逆転の可能性は小さいが、仮に233人以上でトランプ大統領の代理人が1名でも増えて確定されれば、民主主義の危機であり、次期大統領選挙までに現在の選挙制度の見直しが急務となるのではあるまいか。

何にしろ選挙人の投票結果といつトランプ大統領がホワイトハウスを明け渡すのか注目である。エルサレムの嘆きの壁に口づけする人に敗北宣言は神への背信であり無いのではあるまいか、老兵は死せず、目には目、歯には歯を胸に秘めて、一時的に立ち去るのみの心境ではなかろうか。
 
0018 USAよりイスラエルファーストのトランプ外交 厚顔 12/13 10:58
 
前回、トランプ大統領の親イスラエル政策として下記のような内容をピックアップしたが、その後アラブ首長国連邦、バーレン、スーダンに続き、今回モロッコとイスラエルの国交正常化の仲介をしたと報じられている。従来、敵対的な国家間の交流を取り持つ事は悪いことではないが、トランプ大統領の肝入りだけで成り立つような国交が果たして長続きするであろうか、第三国がどこも正式に保証しておらず、しかも年明けには大統領退任である。
またイスラエルとこれらのアラブ諸国との国交がアメリカファーストの外交と言えるのだろうか、むしろイスラエルファーストの外交努力としか見えない。
   
                  記

・例えばイスラエルの米国大使館をテルアビブから聖地とされるエルサレムへの移転決定を実行したこと。
・イスラエルを訪問した際、エルサレムにあるユダヤ教の聖地とされる嘆きの壁を訪れ、ユダヤ人と同じように壁に口づけをしている姿が報道されたこと。
・パレスチナ自治区のガザ地区へのイスラエルの進出移住は国際法では違法とされているがトランプ大統領はそれを容認したこと。
・娘婿のクシュナー氏はユダヤ系アメリカ人でトランプ氏が大統領になってから大統領上級顧問に抜擢され、クシュナー夫人もユダヤ教に改宗したことが報じられたこと等々である。

以上の様なことからトランプ大統領はユダヤ教や旧約聖書の教義にシンパシーを抱いている大統領ではないかと思いたくなる。勿論信教の自由は基本的人権として尊重されるべきであるが、為政者が特定の神に狂信的になれば民主主義と相容れないことになり、今回の米大統領選挙のように、事実無根の選挙妨害をでっち上げ選挙結果の無効を叫ぶ行為はその実例ではなかろうか。極論すれば祭政一致の政治にもなりかねない。

そしてそのような言動は旧約聖書の中でモーゼやその後を継いだヨシュアが神に師事しイスラエルの民のために尽くして行く姿に瓜二つにみえるのである。またアメリカ大統領という世界最強の権力の地位について、信ずる神への忠誠の野望を抱いたとしても不思議ではない。

上記のイスラエル寄りのトランプ外交もアメリカ国民よりイスラエルの民の勢力拡大の布石と見れば腑に落ちるような気がする。未だに大統領選挙の敗北を認めず、イスラエルファーストの外交努力を続けるトランプ大統領の深層心理は自ら語らないので不明であるが、何がそうさせているのか、どのメディアも明らかにできていない。

一方、トランプ外交の功罪の功の面では中国共産党の一党独裁の野望を洞察して、それなりの対策を具体的に示して世界に警戒心を呼び覚ましたことは
トランプ大統領にしかできなかった事ではあるまいか。
 
0019 なかにし礼 死す!(昭和という時代への愛と恨みの歌の表現者) 流水 12/30 10:07
 
作詞家なかにし礼が死んだ。82歳だった。

わたしは、なかにし礼は作詞家では、阿久悠と双璧だと高く評価している。

なかにし礼と阿久悠の違いは、二人の戦争体験の違いにある。この違いから、阿久悠は「瀬戸内少年団」を書き、なかにし礼は「赤い月」を書いた。
なかにし礼の出世作は、【恋のハレルヤ】。黛ジュンが歌いヒットした。

ハレルヤ 花が散っても 
ハレルヤ 風のせいじゃない
ハレルヤ沈む夕陽は 止められない
・・・ https://www.youtube.com/watch?v=cBF7v8lfsg0

なかにしが「ハレルヤ」と書いた時、彼の脳裏にあったのは、大連の青い空と海だった。なかにしによれば、「僕の歌は戦争体験の記録だ」そうだ。

そういえば、「沈む夕陽は止められない」と書いている。満州経験のある人に聞くと、誰しもが「赤い夕陽」が忘れられないと言う。なかにし礼が満州に住んでいたのは8歳まで。子供心に地平線に沈む赤い夕陽の景色が心に刻み込まれたのだろう。

この歌が出たのは1967年。戦後すぐの貧しさからようやく脱し、高度成長経済のとば口に差し掛かったころである。

わたしは黛ジュンという歌手をよく覚えている。ボーイッシュな髪と小太りの身体。スカートはミニ。見るからに健康そうな足でリズムに乗った軽快な歌を歌っていた。

彼女は、間違いなく戦後が表現した世界の明るさを体現していた。おそらくなかにし礼は、意図して戦後世界が具現化してほしい「希望」の松明を黛ジュンに託したのだと思う。これが、なかにしが8歳まで住んでいた満州の日本人世界が持っていた一種の明るさにつながっていたのだろう。

なかにし礼は引揚者。敗戦以降の満州の荒野をさまよいながら、人間世界の地獄絵図を見てきた。引揚者にとって、日本と朝鮮・満州を隔てる対馬海峡は、絶望的に遠かった。

日本の戦後も地獄だったが、植民地が崩壊した朝鮮や満州の開拓民や移住者の地獄とは比較にならない。彼らは、一夜にして自分自身の存在やアイデンティティが根こそぎ崩壊したのである。

しかも、自分たちを守ってくれるはずの役人も軍隊も見事に消え失せ、身一つの裸のままで放り出されたのである。文字通りの棄民になったのである。

彼らは、国がなくなる悲哀と地獄を自らの体で味合わざるを得なかった。満州や朝鮮の人々が一夜にして豹変し、全てが、植民地に入植した日本人の【敵】に変貌したのである。

この恐怖は、本土の日本人には想像もできないものだったろう。朝鮮や満州の引揚者たちは、カフカの【城】の世界を現実に体験したのである。
 
対馬海峡を隔てた満州や朝鮮と日本の人々の間には、その人間観においても、越すに越されぬ隔たりが生まれたのである。

この体験が人間を変えないわけがない。小説家五木寛之などもその一人である。わたしは、五木寛之などの引揚者たちの複眼的思考を【海峡の思想】となずけている。なかにし礼もその体現者だったと言わざるを得ない。

なかにしによれば、弘田三枝子の「人形の家」も満州経験から書いたそうだ。
https://www.youtube.com/watch?v=rEEax0Nd4L8

“顔をみたくないほど/あなたに嫌われるなんて/信じられない・・・・(中略)・・・
愛されて捨てられて/わたしは あなたに 命を預けた“

なかにしは、この歌詞は国に見捨てられた旧満州の日本人の絶望を詠んだものだと言う。

それに比べれば、阿久悠の戦後は違う。「瀬戸内少年野球団」の若い女教師や少年たちの野球に打ち込む姿は、明らかに戦後という新しい時代をもつと明るく表現していた。

★六三制 野球ばかりが強くなり!
そう揶揄された戦後の子供たちの姿が見事に表現されていた。かく言うわたしも、野球以外の競技はスポーツでないくらい野球が好きだった。

この違いがなかにし礼と阿久悠の歌の世界の違いだろう。

なかにし礼の歌が、【昭和という時代への愛と恨みの歌】とすれば、阿久悠の歌は【昭和という時代への愛と喜びの歌】なのかもしれない。

コロナに明け暮れたこの一年。この国の本質は、旧満州の地獄絵図を招いた戦前の国の姿と、さほど変わっていないのかもしれない。

“わたしは あなたに 命を預けた”のは良いが、“愛されて 捨てられて”の結果を招きかねないのが、この国の本質だろう。

こういう国の本質をズバリ切り捨ててくれる詩人がまた一人鬼籍に入った。
心から冥福を祈りたいと思う。
 
0020 なぁなぁ、まぁまぁ、の「ムラ社会」主義国家、日本 猫家五六助 02/06 21:18
 
「余人をもって代えがたい。」

このゴマすり発言は自民党・世耕弘成参院幹事長の記者会見で飛び出したものだが、丸く収めて話を進めたい「ムラの集会」丸出しである。

さらに吐き気がするのは、このフレーズは東京五輪を無理やり招致した石原慎太郎元都知事が都の芸術事業「トーキョーワンダーサイト」(TWS)に四男を起用して公私混同がバレたとき、自分の息子を評した言葉だからだ。

高須院長に至っては「正直にもらした失言に執拗な攻撃。すでに後悔なさって謝罪しておられます。許すのは日本人の美徳なのに…」と、上から目線の恥ずかしいエセ日本人を露呈。

この手の愛国主義者は、ろくなもんじゃない。国家愛をカタリながら結局、自分が可愛いナルシストなのだから。そういえば、「神の国」発言の森喜朗を会長に推したのは愛国主義者・下村政調会長だったというから始末が悪い。

なぜ、この世界的失言&老害男を掃き捨てられないのか。五輪の理念にツバを吐く失言の場で同調していたJOC理事は全員、辞職した方がよい。柔道
金メダリストの山下さんは武道が重んじる「礼儀」の精神をすっかり忘れ、ムラ社会にどっぷり浸かっている。

いろいろあったけど、乙武さんの発言には大いに同意したい。
「1兆6440億円をかけて開催準備を進めているイベントが、『たった一人』の肩にかかっているなんて、組織としてあまりに脆弱ではないだろうか」
https://news.yahoo.co.jp/articles/49a9c09c58f0f38ffadf200b79525793102978fc 
 
0021 Re: メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十八期) コナシ&コブシ 03/01 19:40
 
【当たり前をアップデートしよう】

「逃げるは恥だが役に立つ」というドラマの特別編が1月に放映されました。
その中で育休を1ヶ月とることにした夫が、会社で「正気か?」「1週間でも普通はとれないだろう」と上司に言われたと妻に報告。
でも1ヶ月とるのが当たり前の社会になるように、「当たり前をアップデートしよう」というセリフがありました。

実は最近趣味の会の集まりで、70代、80代の男性が話しているのを耳にしました。
「森さんも気の毒だよな。これまで一生懸命頑張ってきて、ちょっと本音を言っただけであんなに叩かれて・・・」「全くだ」。
思わず話に割って入りたくなりましたが、逡巡しているうちに機会を逸しました。
このお2人は趣味の会の中では温厚でいろいろな役も引き受けてくれる「いい人」なのです。
今の日本では森喜朗元会長の発言は「当たり前のことを言ったまで」と思っている人はまだまだ多いのかもしれません。
自分の中でさえ、怒りよりは諦め(またか・・・、どうせそんなものだろう)という気持ちの方が勝っていたように思います。

でもすぐそのあとに、若い女性たちが発起人となって彼の差別発言についての署名活動が立ちあがり、16万筆近くの署名が集まりました。
また24人の女性たちが発言する、インターネットの番組(Choose Life Project)で、20歳位の女性の「これから後に続く少女たちに、もうこんな時代をわたすわけにはいかない」という発言を聞き、胸が痛かったです。

「84年生れ キム・ジヨン」という小説と映画には韓国の女性が小さいときから当たりまえのこととして言われてきたこと体験してきたこと、それが日々積み重なり、心を病んでいく過程が描かれていました。
そしてそれは私にもいくつも思いあたることでした。

私たちは、選択的夫婦別姓制度をもう30年以上前から待っていますが、これが当たり前の世の中になるのは今の政権ではどうも無理そうです。
全くアップデートできない自公政権には一刻も早くお引き取り頂いて、この国の政治がこの国で暮らすひとりひとりにとって生きやすい方向にアップデートしていけることを願います。
 
0022 具体例で考える利権行政批判と市民発信型対案提示 yo-chan 03/26 18:55
 
数ヶ月前の報道になるが、警察庁は視覚障害者の安全対策上、信号機とスマホの連携システムを作り障害者に横断歩道上での危険を知らせる、事故防止に役立つ新システムを発表。
来年度25億円を計上し全国約20万の信号機の1%に相当の約2000基に設置するという。

一見この警察庁の方針は望ましい将来像と映る。が、しかし俗に言われる業界との利権がらみの施策ではないかと思い、信号機−スマホの機械に障害者の事故対応を任せるのでない、障害者の外出補助者としてヘルパー制度という別の対応策対案を提案したいと思う。

警察庁のやり方と対案ヘルパー制度とを経費の観点並びに運用上の是非から比較してみる。

警察庁新システム案  
 全国信号機に組み込む新システム代金として2500億円以上。設置にかかる 工事代や工事期間中の交通整理員の費用等勘案すると2倍の5000億円は下ら ないだろう。
 関連業種は情報システム業界、設置工事業界と整理員を斡旋する派遣業界  が予想される。
対案ヘルパー制度 
 仮に10万人をヘルパーとし、ヘルパー1人当たり年経費120万円とするとそ の経費は年1200億円となる。(ヘルパー1人月10万円の仮定は議論ある部  分と思います)

経費的には立場の違いで両論があろう。情報関連会社と設置工事業者、交通整理員派遣業界等は警察庁案賛成だろう(そもそもこのプランは警察庁と当該業者間で練ったものともいえるので)。一方ヘルパー案は直接支持を表明する業種はないかもしれない。がしかし新たに出来る職として、働く機会の少なさに苦しむ人たちに大きな夢と希望を与える可能性がある施策と思う。更に全国に約31万人と言われる視覚障害者にとって危険な場所は信号機のある横断歩道だけではない。渡る前と渡った先に広がる街の空間全てに当然ながら危険は存在している。ヘルパー制度の利用のほうが障害者にとってどれだけ利点があるかは自明と思う。また視覚障害者に限定する必要はなく他の障害ある人にも及んでいく施策である点も強調出来よう。

基本的に人が相対する相手は人が望ましいとの大前提を大切にする世の中であってほしい。
機械がベターの場合でも、あからさまな利権の発想からではない形で施策が組み立てられることを望む。今回の警察庁のプランは視覚障害者団体の意向にも後押しされている事とは思う。しかし繰り返しになるがここに提示のヘルパー案は全ての障害者に対して生活全般の安心安全に及ぶ応援歌になる可能性のあるプランと思い発信する次第です。
 
  
 
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