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コラムの感想(第十二期)
笹井明子
−
2014/08/01 10:30:48
「護憲+」HPの表紙を飾るコラムに、感想をお寄せください。
0017
Re: コラムの感想(第十二期)
猫家五六助
07/16 15:50
名無しの探偵さん
補足の解説を、ありがとうございました。国連と常任理事国の不思議については私も昔から思っていて、おっしゃる通りです。現在の国連会議は、常任理事国が右手で握手、左手は背後で自動小銃のトリガーを握っている状態です。その背後にいるスタッフには核弾頭ミサイルの発射ボタンを預けているかも・・・です。
「世界平和のため」ではなく「パワーバランスのため」ですね。だから結局、ウクライナ紛争でも動けないわけです。
安倍こべ首相が例える「アメリカ君が殴られて困っていたら、助けに行くのが日本男児」みたいな集団的自衛権行使の論理も、探偵さんのおっしゃる通りです。世界の警察官、殴られたら100倍返しできるアメリカにケンカを売るアホな国はイラクみたいになるし、もし殴られても「友人の日本君」の手助けがなくても(むしろ邪魔)「自分の家族」が超特急で殴り返しに行けます。
都合がよい時だけアメリカを対等・弱者扱いして集団的自衛権の行使を押し通す安倍こべ晋三君は、もはやワガママな独裁者です。
0016
>Re: コラムの感想(第十二期)
名無しの探偵
07/16 14:53
猫家さん、コラムの感想ありがとうございます。前回の投稿は少し不適切な書き込みがあり、もう一度投稿します。国会周辺のデモが大規模なものとなっており、アメリカが起こす戦争について行く「集団的自衛権」による後方支援に危機感を抱く人々が日に日に増えていることを実感しました。
国連憲章修正51条で「集団的自衛権」が容認されていることに一応なっていますが、自衛権が集団的に行われるという論理は自然人の場合だったら想定可能ですが、国家間でのそれは想定不可能です。
想定不可能な規定を条文化する国連というのも不可解な国際機関です。常任理事国に大きな権限を与えているのも不可解。紛争解決の役割を最初から放棄するような集団的自衛権を制度化する国連決議は大国の思惑に左右されているとしか考えられない。
集団的自衛権を「国家固有の権利」だというバカバカしい性格規定に至っては笑止千万。
安倍こべ首相のような人物が政権を握る日本国というのももう終わっているなという印象です。アメリカという超軍事大国を正面から侵略する国家は地球上では考えられない。
もし、アメリカに弓を引くという場合があるとするならアメリカに先制攻撃を仕掛けられた国であるケースである。
結局、アメリカの先制攻撃によって泥沼化した地域紛争に自衛隊が「後方支援」と称して海外派兵に出向くという定番の戦争がまた想起されます。
>名無しの探偵さん 今週のコラム、拝読いたしました。長丁場の講演内容をわかりやすくまとめていただき、講演者の趣旨がよく理解できました。 特に今、安倍晋三が安保関連法案の成立に躍起になっている理由を述べておられ、その内容に呆れてしまいました。>1954年から60年後の2014年、7月1日に(自衛隊の60歳の誕生日に)「集団的自衛権の容認」それは安倍の「歴史的使命」だという。公職追放されていた鳩山一郎の解除、A級戦犯容疑の岸信介が巣鴨プリズンから出所。1955年に保守合同で1955年体制の確立。〜 つまり、安倍晋三が重要な国家・外交戦略を私物化したくて、自民党+公明党の「数の力」でその野望を推し進めようとしている。 これを独裁者と言わずして、なんと言いましょうか。岸信介と同じく、二度と政治の世界に登壇させないように国民大多数の声で退場させなければ!
0015
Re: コラムの感想(第十二期)
猫家五六助
07/14 23:44
名無しの探偵さん
今週のコラム、拝読いたしました。長丁場の講演内容をわかりやすくまとめていただき、講演者の趣旨がよく理解できました。
特に今、安倍晋三が安保関連法案の成立に躍起になっている理由を述べておられ、その内容に呆れてしまいました。
>1954年から60年後の2014年、7月1日に(自衛隊の60歳の誕生日に)「集団的自衛権の容認」それは安倍の「歴史的使命」だという。
公職追放されていた鳩山一郎の解除、A級戦犯容疑の岸信介が巣鴨プリズンから出所。1955年に保守合同で1955年体制の確立。〜
つまり、安倍晋三が重要な国家・外交戦略を私物化したくて、自民党+公明党の「数の力」でその野望を推し進めようとしている。
これを独裁者と言わずして、なんと言いましょうか。岸信介と同じく、二度と政治の世界に登壇させないように国民大多数の声で退場させなければ!
0014
Re: コラムの感想(第十二期)
猫家五六助
07/14 19:47
珠さん
コラム拝読いたしました。おっしゃる通り、最近の「国会議員」とか「有識者」はその意義や資質の定義を考え直さなければなりませんね。あれはどのように見聞きしても会の名称とかけ離れ、ネトウヨの作家と国会議員がオドを上げているだけの話です。
確かに人権感覚のない自民党議員を選んだのは国民ですが、あれほど「民主主義国家の国会委議員」の基本がわかっておらず、無恥無知をオープンにできる人たちとは思わなかったです。
比例代表名簿で当選した輩を含め、小選挙区制と間接的民主主義のデメリットがモロに出現していると感じます。
0013
>Re: コラムの感想(第十二期)
笹井明子
04/30 18:17
百山さん(0012)
コメント有難うございます。「コラムの感想」スレッドへの投稿はめったにないので、悩み悩み書いたものにコメントをいただくと、勇気が湧きますね。(私も心がけたいと思います。)
それはともかく。今日の朝日新聞夕刊に、同志社大学の大谷実総長(80歳)が同大卒業式で述べた祝辞が話題になっているということで、「改憲の動き 自覚を」のタイトルでインタビュー記事が掲載されています。
記事の中で大谷氏は、
「戦後間もないころの教育で、『これからは個人主義の時代だ』と教え込まれた。・・・『個人主義』という言葉には『全体主義』に反対するという特別な意味がある。その意味が薄らいでいるのは、憲法にとって危機的な状況とも言える。
・・・自民党の憲法改正草案には『個人が大切にされすぎているので、もっと公の利益や秩序を大切にしないといけない』という考えが出ているように見える。・・・
集団的自衛権の行使を閣議決定で認めたことは、一番ショックだった。将来、『振り返ればあれが転機だったんだ』と後悔するときがあるのではないか。
学生の自覚を促すことは私たちの責任だ。・・・社会の流れをこのまま放っておいて良いのか、党派や政治的信条を抜きにして、私たち戦争体験者が語っておく必要がある。」
と語っています。
※卒業式の祝辞全文は以下で見られます。
http://www.doshisha.ed.jp/message/speech.html
戦争体験を経て憲法を手にしたことを実感する世代の発言が減って、安倍のような人間の跋扈を許していることに、「老人党」の先輩の皆さんに色々学んできた者としても、耐え難さと心細さを感じる日々ですが、まだ大谷総長のようなしっかりした語り部が居て、それが評判になっていることを知ると、希望を感じます。
私たちも、常に原点に立ち返って、今後も発言を続けていきたいですね。
0012
Re: コラムの感想(第十二期)
百山
04/29 21:21
笹井さん。コラム拝読いたしました。
戦後わずか70年にして、多くの犠牲の上に手にした「人類の構築すべき究極たる仕組み」を平然と捨て去る暴挙を繰り広げる政治体制の出現を許すようになるとは。
多くのかけがえのない命が塵芥のように捨て去られるのを、目の当たりにしてきた手に授けられた「たからもの」の実感が、もう 大多数の人々には感じ取れない時代になったということなのでしょうか。
すべては、「継承ということへの努力」を尊ぶ意識風土を軽んじてきた時々刻々にある。「教育の場」はもとよりのこと、社会全体の根っこに基軸として置き続けなければならないものが消散してしまっている。
熱しやすく冷めやすい。この国民性の為せるものなのかもしれませんが、これを生かしての今一度の喝の入れ直しが焦眉の急になりましたね。
0011
Re: コラムの感想(第十二期)
猫家五六助
11/19 11:47
流水さん
前略 今週のコラムを拝読いたしました。今回の解散総選挙は呆れ果てて言葉も出ませんが、流水さんの「新鮮だった」とおっしゃる通りだと思います。流水さんのご覧になった報道番組は、こちらに詳細がありました。
古舘氏が「報道ステーション」で佐藤芳之氏に「はっ?」
⇒
http://news.livedoor.com/article/detail/9472637/
ゲストコメンテーターの佐藤さんは「ルワンダ・ナッツ・カンパニー」会長で、アフリカベンチャー企業の第一人者と言われる方。ケニアでナッツ事業を興し、40年で年商を30億円にまでにした実績を持つとのことです。
総理大臣の専権事項「解散総選挙」をワガママに行使する安倍総理は、国民不在の私利私欲で政権存続を夢見て、勝利を確信しています。ならば、約700億円の浪費をして「国民に問う」などと白々しくのたまう彼に「国民あり!」の意思を締めそうではありませんか!
そうして、沖縄県民が一丸となって示した熱意に応えなければなりません。草々
0010
>Re: コラムの感想(第十二期)
パンドラ
11/12 18:45
名無しの探偵さん。
コラムの感想有り難うございます。
昨夜から親類のお通夜、葬儀がありお返事おそくなりました。
以前から、官僚や政府が発信する持って回った表現には不信感を感じていました。
「積極的平和主義」「集団的自衛権」「特定秘密保護法」…。
国民は寄らしめず、知らしめず。それで大事なことが決められたら
たまりません。
名無しの探偵さんがおっしゃるように伊藤真さんは「立憲主義」等
私達にも理解し易く講演などで奮闘なさっていますね。
小林節さんも「今の政権に改憲をさせたら、何とかに刃物を持たせるようなもの」とおっしゃっています。
多分安倍政権に対して危険なもの、不安を感じている人達はたくさんいると
思います。それがあのSASPLの若者達の行動にもつながったのではないでしょうか。
私達もまた諦めずに声を上げていきましょう。
政権の年内解散も囁かれる今、1人でも多くの人達が政治と今の日本で起きている事に興味と関心を持って行動する事を願ってやみません。
0009
Re: コラムの感想(第十二期)
名無しの探偵
11/11 13:48
『集団的自衛権と主権在民」の感想
パンドラさん、お久しぶり(春以来)。コラム興味深く拝読。
集団的自衛権の官僚的な用語をわかりやすく言い換えているなど誰にでも
伝えられる話法にいつも感心しています。
安倍首相のいつもの態度として「政権を取ったら何でもできる」という行動パターンにもその通りだと。
とくに「解釈改憲」で主権者(国政の最終的な決定権を持つ者)をないがししろにしで主権在民を裏からこっそり剥奪してしまうファシズム手法は安倍ならではの政治技術(悪魔的手腕)であり、これをきちんと批判する論理にも感服しました。
憲法秩序を踏みにじる政権にレッドカードをきることもできない民主党にも
あきれるばかりですが憲法逸脱政権にきちんと対処しているのも在野法曹の
弁護士法学館館長(名前亡失)ただ一人に近いのも残念至極。もちろん、弁護士会が全体で反対しているのはわかりますが、温度差がありすぎる。
学会でも反対運動の担い手は小林節さんただひとりに近い。
パンドラさんのような立ち位置として「ただの市民」が声を上げるのは重要なことだと思っています。これは小田実さんがいつも言っていたことでした。
0008
ポーランド雑記
流水
10/27 09:44
笹井さんのポーランド見聞録は、大変興味深かったです。ポーランドは、わたしの最も訪れたい国の一つです。羨ましい限りです。
学生時代、映画青年だった私にとって、ポーランドと言えば、アンジエイ・ワイダ監督。彼の抵抗三部作【世代】【地下水道】【灰とダイヤモンド】は戦後映画史の中でも屈指の秀作でした。ワイダ監督、フランクルの「夜と霧」、【アンネの日記】など、わたしのポーランドの記憶は、全て第二次大戦と結びついています。
特に、【灰とダイヤモンド】は、ドイツ軍が降伏した1945・5・8のポーランドを舞台にした傑作です。戦後共産化したポーランドについていけなかった青年の一日を描いて「政治」と「人間」の悲劇を象徴的に描いたものです。党権委員会書記のシュチューカの暗殺を依頼されたロンドン亡命政府派の青年マチェクが誤って別人を殺害し、翌朝、軍によって射殺されるまでの一日を描いた作品です。マチエクが、ぼろ布のようにゴミ山の上で死ぬ場面が大変印象的だった事をよく記憶しています。ワイダ監督は、政治の激流に翻弄された人間の哀れさを描きたかったのでしょう。
ポーランドの歴史は悲劇と苦難に満ちています。何度も国がなくなっています。国家がなくなりもう一度国家を再建するなど、そうそう経験できる国民はいません。
【灰とダイヤモンド】は、誰が敵やら味方やらわけが分からなくなった混乱の時代の悲劇を描いているのです。ワイダ監督の人間に対するまなざしの優しさの奥には、政治とか戦争などに翻弄される国民に対する限りない愛惜の念があります。
だからこそ、ポーランドの甞めた経験は、貴重です。日本の学校ではほとんど教えられる事はないのですが、ポーランドが第二次大戦とその後に味わった経験は、世界の人々の貴重な財産です。
その中でワルシャワ・ゲットー蜂起とワルシャワ蜂起の教訓を考えて見ます。この2つの蜂起は、同じものだと誤解されがちですが、ワルシャワ・ゲットー蜂起とワルシャワ蜂起は全然違う事件です。
【ワルシャワ・ゲットー蜂起】
1943・4・19〜5・16の間にワルシャワ・ゲットー(ユダヤ人を隔離した場所)で起きた事件。
強制収容所送りが死を意味する事を悟ったユダヤ人がドイツ軍に対して起こした武装蜂起。
映画「戦場のピアニスト」は、ワルシャワゲットー蜂起とワルシャワ蜂起を背景に作られています。
http://www.geocities.jp/torikai007/bio/warsaw.html
【ワルシャワ蜂起】
1944年8月にナチス・ドイツ占領下のワルシャワでポーランド市民がドイツ軍に対して起こした武装蜂起。
ちょうどその頃、ソ連軍はワルシャワ近郊10kmのところまで迫っていました。当時、ポーランド亡命政府(ロンドンにあった)は、過去の様々な歴史的経緯からソ連によるポーランド解放を望んでいなかった。あくまでも、ポーランド国民自身の手による解放に固執したのです。実は、この亡命政府の意図は、カテインの森事件などのソ連に対する不信感が根底にありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%81%AE%E6
%A3%AE%E4%BA%8B%E4%BB%B6
亡命政府は、ソ連軍がワルシャワ近郊に迫った時、他の連合軍などと連携して支援してくれる事を期待して、ワルシャワ地下軍組織に武装蜂起命令を出しました。もちろん、ソ連などと話はついていました。
しかし、ソ連軍は、ワルシャワ市民の蜂起を支援しませんでした。ワルシャワ近郊のビスツーラ川対岸で高見の見物をしたのです。その為、ワルシャワ市民の3ケ月に及ぶ懸命な奮戦も空しく、地下組織はほぼ全滅しました。犠牲者は約20万人に及ぶと言われています。
何故、ソ連軍は、このような非情な態度をとったのでしょうか。様々な解釈が行われていますが、・・・「戦後の東西対立を見据えて,ワルシャワ解放が,ポーランド国内軍によって達成されることを嫌い,親英米派の国内軍の弱体化を狙ったともいわれる。ソ連は,反共産主義の蜂起軍を自滅させるという政治的な思惑のために、ヴィスツーラ川目前で進軍を止めたとの評価もある。ドイツ軍によって,国内軍が壊滅的打撃を受ければ,ワルシャワ解放はソ連軍だけの功績であり,ポーランドの政権樹立に,ソ連の影響力を行使しやすいからである。」・・・
http://www.geocities.jp/torikai007/bio/warsaw.html
というのが、一般的な解釈でしょう。
ここに見えるのは、「国益」と言う名前の徹底的な非人間的思想です。
このような政治の非情さに翻弄されたポーランドの人々の悲劇が、ワルシャワ蜂起だったと言えます。
ナチス・ドイツも非情さにおいては、ソ連にひけはとりません。麻生副総理が「ナチス・ドイツの手法を真似る」といって顰蹙を買いましたが、実は、日本会議などの右派連中の間では、この問題意識は共通なのです。
では、麻生たちはどのような所に目を付けているのでしょうか。
ワルシャワ・ゲットーでのナチス・ドイツのユダヤ人支配に一つの典型的手法を見る事ができます。彼らは、ゲットー内でユダヤ人に対して非道の限りを尽くし、最終的には、トレブリンカ絶滅収容所へ送りました。ガス室で約75万人が殺害されたと言われています。
ナチス・ドイツは、ユダヤ人社会内の差異に目をつけます。
@同化ユダヤ人(キリスト教に改信)⇒勝ち組を自認する層
Aユダヤ教徒でありながらもキリスト教社会に溶け込んでいた“同化ユダヤ人”(一応勝ち組を意識する無責任・無関心層)
Bワルシャワ近郊のシュテットル(ユダヤ人コミュニティ)出身の貧しいユダヤ教徒(明らかな負け組のB層)
Cワルシャワないし都市部の正統派のユダヤ教徒(明らかな負け組の生真面目なB層)
この4つの層の微妙な確執を利用し、ユダヤ人が自主的に絶滅収容所へ向かうように仕向けたのです。これは社会心理学を応用した巧妙な作戦でした。そして、最後はナチス・ドイツに協力したユダヤ人もなにもしなかったユダヤ人も抵抗したユダヤ人も全て強制絶滅収容所へ送られました。
実はこの方法、わたしたちは、小泉政権時代に経験しています。当時、A層とかB層と言う言葉が飛び交ったのを記憶されていると思いますが、広告会社が考えたと言われるこの方法の淵源は、ナチス・ドイツのユダヤ人支配の方法だったのです。
現在の安倍政権はさらに露骨に巧妙にこの手法をまねています。気が付いたら私たち国民全てが【強制絶滅収容所】送りになるかもしれません。
勝ち組と自認する層と「自分には関わりがない」と無関心を装う自称勝ち組の無責任層。社会的差別を受けている負け組層、「人生真面目に生きていれば、必ず良い事がある」と信じている真面目な負け組層。
この層同士の間の考え方、行動、感性に微妙なずれが生じるのは当たり前です。この「ずれ」を刺激し、拡大し、ねたみ、そねみ、軽蔑、憎しみなどの敵対感情を増幅すれば、4つの層が団結して支配者に抵抗する事はなくなります。これが今も昔も変わらない【分裂して支配せよ】という支配の鉄則です。
人間心理を考えると、この種の統治方法は統治者(支配者)によほどの心理的歯止め(制御)がない限り、ナチス的蛮行まで行き着きます。イスラム国の殺害方法の残虐さに世界中が眉をひそめていますが、心理的歯止めがかからない統治者(独裁者)の残虐さは五十歩百歩です。民主主義を標榜する国家は、多少スマートな方法(法的手続き)で行っているのです。
彼らの心理的歯止めは、【法】と【選挙】です。イスラム国的むき出しの残虐さでは、【選挙】に勝利する事は難しい。選挙に勝利出来なければ、権力を掌握できません。だから、むき出しの残虐さを見せないのです。
実はナチス的心情は、人間にとっては身近なものだという事をわたしたちはよく知っておかねばならないと思います。
懺悔の思いを込めて言うと、荒れた中学時代、わたしたち教師も、ナチス的衝動に駆られたものです。注意しても注意しても同じ事を繰り返す生徒に対して無茶苦茶にしてやりたい、と思った事は一度や二度ではありません。そんな自分を辛うじて支えていたのは、人間としての【プライド】だけでした。彼らと同じ土俵に乗ってどうする、というプライドだけでした。
このように、ナチス的心情は、一人一人の人間の内面に潜んでいる可能性が高いものなのです。
では、社会的制度がどのような形を取り始めたらナチス的(ファッショ的)社会へ移行し始めるのか、を見て見ましょう。
(1)三大権力(立法・司法・行政)と(主要メディア批判力)の癒着と劣化
(2)支配形態を問わず不可避的に政治権力に潜む暴力の暴走(※権力は本質的に暴力性を持つ⇒警察・軍など)
(3)アカデミズムの暴走⇒御用学者の暴走⇒優秀であればあるほど危険。
上記の三条件を現在の日本の情況に当てはめると、ほとんど当てはまります。(1)は、今や誰にもはっきり見えます。(2)は小沢一郎事件を思い出してください。権力の暴走は、あのような形で、襲いかかります。(3)のアカデミズムの暴走は、竹中平蔵などを思い出せば、十分でしょう。今や日本社会は、ナチズム的なるものに満ち溢れているのです。
このような危険性を補完する国民の間に見られる現象
(1)際限なく膨張し、かつ持続する怨嗟の感情の高まり⇒(例)イラク戦争時の【自己責任論】。朝日新聞誤報問題を契機にして起こっているバッシングなど。
(2)忍耐力に欠け、結論をすぐ要求し、白か黒かの二項対立でしか物事を判断しない衆愚的短絡の感情の高まり
(3)ほとんど狂信レベルに接近した純潔民族主義(民族ナショナリズム)の暴走⇒ヘイトスピーチに見られる差別的・排外主義的思想と行動
(4)ニヒリズムがもたらす自己世界観の陶酔現象(狂気のナルシズム)の沸騰(ヒトラー型の道連れ自滅・自殺願望)⇒現在の安倍政権とその同調者(日本会議などの諸団体)たちの言動は、集団自殺する鼠を想起させる。
これもまた現在の日本の情況に瓜二つです。
笹井さんが訪問されたポーランドは、こういう政治状況の中で塗炭の苦しみを甞めてきたのです。戦後の歩みについては、笹井さんの記事に書かれています。これもまた苦難に満ちたものでした。
民族の独立を求める運動それ自体が生命をかけなくては出来ない事ですし、運動内の裏切りなど日常茶飯事でしょう。ポーランドの人々は、そういう苛酷な経験を経て、結局最後は、【人間の自由を奪う】あらゆる試みは、人々の【自由を求める粘り強い闘い】の前に失敗する、という強靭な楽観主義を持つ事ができたと思います。
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