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  明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術(第十一期)
笹井明子    −    2013/08/01 16:47:34
感動したり面白かった映画・本・音楽などを紹介しあい、その感動・興味を共有しましょう。
0014 >>>「憎悪のパレード(池袋ウエストゲートパークXI)」 パンドラ 07/20 10:00
 
>やっぱり!パンドラさんは絶対に石田衣良さんの愛読者に違いないと睨んでいました。

石田衣良の愛読者というか…池袋ウエストゲートパークは好きです。
是非「憎悪のパレード」読んでみたいと思っています。

>一緒にI/W/G/Pシリーズの話ができて嬉しいです。マコっちゃん、繊細で心優しい、肩肘張らない、今時の良い感じの若者ですね!

そうですね。
シリーズの一巻は、若いマコっちゃんとキングの活き活きとした躍動感あふれる活躍が見られる小説です。そこに住んでいる若者達の葛藤や激しさ、ぶつけようのない苛立ちなど丁寧に描かれています。

ただ、面白いけれどどちらかというと普段あまり本を読まない人にお勧めかな。私もこれを読んでライノベの面白さを知ったというか、ハマったというか。時間つぶしには丁度良いかも。確かに気持ちが落ち込んだ時ちょっとした清涼飲料水的な物ではありますね。
シリーズが進むに連れて文章も洗練されてきたというか、この小説は1998年に刊行されたそうで、石田衣良も若くて一番勢いがあった時代だったんでしょうね。私がシリーズ一巻を読んだのは2001年、この小説がテレビドラマ化されてからです。

一巻は文庫にもなっているしよろしかったらどうぞ。
笹井さんとライノベ…どんな感想をお持ちになるか楽しみです。
 
0013 >>「憎悪のパレード(池袋ウエストゲートパークXI)」 笹井明子 07/20 06:13
 
パンドラさん(0012)

あ、やっぱり!パンドラさんは絶対に石田衣良さんの愛読者に違いないと睨んでいました。一緒にI/W/G/Pシリーズの話ができて嬉しいです。マコっちゃん、繊細で心優しい、肩肘張らない、今時の良い感じの若者ですね!

シリーズは1〜3巻がお勧めなんですか?読んでみようかな。
 
0012 >「憎悪のパレード(池袋ウエストゲートパークXI)」 パンドラ 07/20 00:53
 
>石田衣良さんの‘池袋ウエストゲートパーク(I/W/G/P)’シリーズ第11弾「憎悪のパレード」(文芸春秋)を読みました。

笹井さん、池袋ウエストゲートパーク「増悪のパレード」お読みになったのですね。
早! 私は今図書館にリクエストしている所です。

池袋ウエストゲートパークは第1巻〜3巻までが面白くハマリました。途中の何巻かは、中だるみ感もありましたが、今回「憎悪のパレード」はヘイトスピーチ書かれているようで、また読んでみようかなとも思っています。

石田衣良の小説は、作品の出来不出来にバラツキがあるような気がします。

その中でもこの池袋ウエストパークシリーズはお勧めです。
マコっちゃん、今日も元気に池袋のストリートを駆け回っているんですね。


 
0011 「憎悪のパレード(池袋ウエストゲートパークXI)」 笹井明子 07/19 16:44
 
石田衣良さんの‘池袋ウエストゲートパーク(I/W/G/P)’シリーズ第11弾「憎悪のパレード」(文芸春秋)を読みました。巷では前から評判らしいこのシリーズも、石田衣良さんの本自体も、私が読むのは今回が初めてです。

読んでみようと思ったのは、最近社会問題になっているヘイトスピーチに対抗するカウンターの人たちが、ツイッターで「誰某がモデルになっている」と楽しげに?呟きあっているのを見て、興味が湧いたためです。

この本は、以下の4つの短編エピソードで構成されています。

(1)北口スモークタワー
(2)ギャンブラーズ・ゴールド
(3)池袋ノマドトラップ
(4)憎悪のパレード

(1)は今マスコミが連日取り上げている脱法ハーブに関する話、(2)はパチンコ依存症の話、(3)は「ノマド・ワーカー」(ノマドは「遊牧民」の意。自宅や会社のオフィスではなく、喫茶店やファーストフード店などでノートパソコンやタブレット型端末などを使って仕事をする人(goo辞書))の話、そして(4)はヘイトスピーチとカウンターの話で、どれも今社会問題化している事象を見事に切り取り描いています。

I/W/G/Pシリーズを読んできた人には、多分「今更」の説明だと思いますが、主人公(おれ)真島誠は、池袋の片隅で静かにクラシックを聞きながら家業の果物屋の店番を主な仕事にしている20代後半の男性。ストリートファッション誌にコラムを連載する「コラムニスト」の肩書きも持っています。

マコトは、マコトには厳しいけれど弱いものや子供には他人でもとことん優しい肝っ玉母さんのような母親と暮していて、マコトの直感的な善悪・好悪の判断はこの母親から受け継いでいるようです。

マコトの幼馴染みの安藤崇は、Gボーイズ(多分、ガーディアン・エンジェルズのイメージの組織)のリーダーで、冷徹な判断力と統率力で「キング」と恐れられている一方で、内に秘めた温かさを併せ持ち、マコトと一緒に池袋の町で起きる事件を巧みに解決していきます。

「格差がどんどん広がり、自分の身を守るのに精いっぱい。・・・おれには格差社会というのは、自分より下の人間にはどんなにひどいことをしてもいい社会に見える。」「でも、おれたちはここで生きていくしかないよな」「ああ、そうだ。だから目のまえの事件に全力であたる」というマコトとタカシの会話が、4つの作品に共通のモチーフ。

話はどれも危うい社会に生きる繊細な若者たち、そうした社会に巣食う弱者を食い物にするより大きな「悪」の存在、その「悪」に翻弄されるより弱い人たちの姿を描き、最終的には「悪」を倒し、町に平安を取り戻し、弱い人たちを助け、その弱い人たちの立ち直りに、ぶっきらぼうなやり方で寄り添う結末になっています。

ライトノベルというジャンルに全く興味がなかったのですが、日本や世界で日々起きている現実が余りにも酷く、いいようのない重苦しさによく眠れない夜が続く中、この本を読んで、ある種のカタルシスと安堵感を味わって、久々に安眠できるような気分になりました。恐るべし、ライトノベル!
 
0010 「アトミックスボックス」 池澤夏樹 パンドラ 06/01 09:31
 
池澤夏樹氏が、3.11の後に書かれた著書
「アトミックスボックス」を紹介します。

香川県から東京まで、新幹線も飛行機も車も使わないで移動する。
ただの移動ではない。国家権力を相手とする逃亡劇である。

アトミックスボックスの主人公、宮本美汐の父が癌に罹患して亡くなった。
若き日の父耕三は東京で国家的プロジェクトに関わりその仕事が頓挫した直後何故か故郷に戻って漁師になった。
それから美汐が産まれ、約30年にわたり家族は国家から監視されていた事実が分かる。父が亡くなった直後、娘の美汐に父親殺害の容疑がかけられ指名手配となる。しかし何故か美汐の手配写真は公開されず国家権力が狙っているのは嘗て父が関わった仕事に関する機密ファイルだった。

その機密ファイルと共に美汐は逃げて、逃げて逃げ切る事が出来るのか?
最初からサスペンスに満ちた展開は面白くてページを捲る手が止まらない
エンタメとリアルな社会性を合わせ持った作品を池澤夏樹氏だから描けたのかも知れない。
特に大学で美汐が、フイールドワークとしている離島の島々とその島に暮らす人々。原発と闘う祝い島の人々も出てくるが、離島の老人が国家権力に抗い美汐を逃がす様子が面白い。そこには毎日田畑を耕したり、漁にに出たり元気に暮らす老人達の活発で丁寧な暮らしが垣間見える。

それとは対照的に、核と原子力の世界も緻密に描かれていてこの物語にリアル感を与えている。
エンディングは賛否両論あるかも知れないが私はこれで良かったと思う。
美汐を追い詰める側の人間達にもそこはかとない人間性が垣間見られるのは
、池上氏がまだ日本という国に希望を失っていないからだろうか。

池上氏はつくづく、海と舟の作家なのだと思う。
原子力と核という国を揺るがすテーマと、離島、海に潜り泳ぎ生きる人々それらを繋ぐ舟…。

福島原発事故から三年、未だに何一つ問題が解決していない今だから
ぜひ、1人でも多くの人に読んで欲しい本である。
 
0009 「なだいなだ 常識哲学−最後のメッセージ」(筑摩書房) 笹井明子 05/28 16:58
 
なだいなださんが亡くなって間もなく一年が経とうとしています。最近、なださんが生前に書きとめていた原稿に講演原稿やブログに書かれた文章を追加してまとめられた本が、筑摩書房から出版されました。タイトルは「常識哲学」。なださんが最後まで拘っていたテーマです。

この本によれば、なださんが「常識」を‘有用な’哲学であり得ると着想したスタートは、精神科医としてアルコール依存症の患者を治療してきた時代に溯ります。若い医師としてアルコール依存の患者に向き合ったなださんは、この病の治療とは、従来常識とされていた‘医師が治す’というものではなく、‘患者自身が(断酒に)挑戦し続ける’という性質のものだと気づきます。そして、「偏見」とは「古い常識」であり、「新しい常識」にとって変わられるべきものとの認識に至ります。

その認識は更に発展し、「常識」は、宗教や倫理、あるいは神がくれたとされる「理性」のような「絶対性」「権威」を持たず、変化が宿命付けられた「相対的」「謙虚」なものである。しかし、この「常識」こそが、生身の人間や社会を変える上で‘有用性’を持つと、考えるようになります。

さらに、アルコール依存症の患者たちが「断酒会」を作って、仲間と一緒に断酒に挑戦し、成功していることから、有用なノウハウは自分たちの体験から生まれ蓄積されるもの、つまり常識そのものであると、なださんは「常識」への確信を高めます。

そうして長い時間をかけてたどり着いたのは、「特別なことをやる必要はない」「常識的にやればいい」「常識は偏らない、中庸である」という考えであり、その底流には、『常識には内部からブレーキをかけ行動を規制する、調和的な要素がある』という人間に対する本来的な楽観主義が垣間見えます。

なださんは、亡くなる5日前の最後の講演会では、「世界に常識的な政治家が少なくなった。自分もいつかは年を取るんだよということがわかる、そういう常識を持った政治家がいてくれたらいい。」「そう極端なことはやりなさんな。常識的にやりなさい。常識があればみんな平和を求める」と、「常識」の言葉を使って、今の政治について批判的に言及していました。

実際のところ、なださんが立ち上げた「バーチャル政党・老人党」の中でも、そこに繰り広げられた議論は、調和的な世界とは程遠いものでした。更に、現実の政治の世界では、「偏見」ならともかく、「非常識」が「今の常識」のような顔をして大手を振って闊歩し、世界中で謙虚や調和や寛容が通用しないような風潮が高まっています。

なださんの「常識哲学」と、こうした現実とのギャップついて、なださんはどのように考えていらっしゃったのかは、今となっては不明です。私自身、「常識」というある意味暢気な基準で今の事態が打開できるのかと、正直疑心暗鬼になる昨今です。

しかし、そうであれば尚のこと、本の最後のページに載っているなださんの温かな笑顔と、最後の講演の締めくくりに語った「常識という言葉があったことを広めて欲しい」というメッセージを、これからを生きる若い人たちが、「なださんの最後の贈り物」として真っ直ぐ心に留めてくれるようにと、今は願うばかりです。
 
0008 明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術(第十一期)  パンドラ 04/04 18:12
 
「原発ホワイトアウト」 若杉烈著

この本は、霞ヶ関の現役官僚が覆面作家として書いたという。
テーマも、日本の原発を中心としたエネルギー行政とそれに群がる
政、財、官の癒着。

霞ヶ関に身を置いていなければ知り得ない情報が読む者に
生々しく伝わってくる。

関東電力という大手電力会社の幹部が、落選した元議員に
「個人的つてがある大学で教師を探している。非常勤で月1三コマ連続講義するだけで年収も、先生が政治活動に専念出来るくらいはお出し出来る
肩書きも客員教授と言うことで」
と言葉巧みに誘い、その議員が当選した暁には関東電力にあらゆる便宜をはかる事になる。
これはほんの一例で、原発再稼働を検討する審議会の委員にも個人情報を調べ上げすり寄って行く。
関東電力はなりふりかまわず原発再稼働に向けて、政治家、官僚に働きかける。
官僚も関東電力を利用して自らの権限と利権を守るために動いていく。
現職の議員もパーティ券などを関東電力に個人的に売りさばき利益を上げる
もう、メチャクチャ、誰も原発事故が起きた時の住民の安全、避難なんて
考えていない。

ただただ、原発を金を生み出す打ちでの小槌としか思っていない。

そして、脱原発派の知事が贈収賄で逮捕された新崎県で(これも電力会社がでっち上げたものだった)起きてはいけない事故が起きてしまう。
今回は人の手に引き起こされた事故だったが、現実に似たような事がいつ起きても不思議はない現実が我が国にはある。

何時も犠牲になるのは名もない庶民。
しかしマスコミ等が流す情報に左右され、立ち止まって考える事無く、すぐ
分かった気分になり、そして忘れるのも早いのが日本の庶民の癖らしい。
喉元過ぎれば熱さ忘れる。

モデルになっている企業、国会議員、官僚は誰か。
霞ヶ関、永田町、大手企業の裏のつながりについて知るのも興味深いけれど、小説の中に描かれているマスコミと庶民の姿もふと、我が身を振り返るきっかけにはなる。

多くの方々に一読をお勧めしたい本ではある。

 
0007 >Re: 明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術(第十一期)  パンドラ 01/28 10:18
 
NHK土曜ドラマ1月18、25日で放送された
「足尾から来た女」前、後編を紹介します。

明治の頃、栃木県谷中村は足尾銅山の鉱毒で川も田畑も汚染された。
田中正造の闘いも空しく村は16戸まで激減し国は残った家の強制執行に踏み切る。泣き叫ぶ村人達、家が故郷が取り壊され二度と人が住めない汚染地域になっていく。

この村で育ち東京に兄信吉の仲介で社会運動家福田英子の元で働く
新田サチがこの物語の主人公。
当時の谷中村民3000人は廃村でちりぢりになり移住した不毛の土地で挫折し都市へ流出したという。
この谷中村と今の沖縄、福島の姿が重なる。
国策の名の下に住む家、故郷を破壊され強制執行の下に追い立てられる人達

東京でサチが本足尾銅山の副社長だった原敬に
「村を返して下さい、私達の故郷、家を返して下さい」
と詰め寄るシーンが印象に残った。
原敬は、サチの訴えに「私は足尾銅山の経営からは既に退いているそういう訴えは県の役人に言いなさい」と薄ら笑いを浮かべ去っていく。
このシーンでは細かい突っ込み所はあるけれど、当時の強大な国策、公権力
に対峙する時個人は非力だった。
それは今も変わらない、生活が幾ら便利に快適になっても一度国が「国策」という名の下に個人の権利、生活を破壊しょうとする時個人は非力である
その傾向はこれから益々強くなると思うが、非力な個人が何千、何万と集まれば強大な権力者達を脅えさせる力があると私は信じている。

サチは東京で、福田英子、幸徳秋水、石川三四郎、石川啄木などの姿を見て
公安に福田邸の内情を探れと命令されていた自分と葛藤するようになる。

最後は谷中村に帰ったサチが
「東京にもう一度戻って、勉強しなさい、東京で身に付けた事が必ずこの村の役に立つ時が来るから」と田中正造に諭され再び裸足で大地を踏む占めながら東京に向かうサチの姿で終わる。

このドラマで北村有紀哉演じた石川三四郎は、女好きで臆病で福田英子に頭が上がらない些か軽佻な男であるがそれも人間らしさが現れていた。
 
0006 Re: 明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術(第十一期)  名無しの探偵 01/25 17:45
 
「チューリング」ジャック・コープランド著NTT出版

アラン・チューリングは1930年前後に現在のコンピューター、人工知能など数学、論理学、暗号解読、計算機科学の基になる発明で天才的な業績を残した科学者として死後ますます評価が高まっている人である。
コープランド教授(哲学)はチューリングの評伝を著したが、これまでの
伝記と異なり一般向けの書物として書いている。
これは文系の人間にとってもありがたいことである。
これまでの本では高度な数学や計算機の科学知識がないと彼の「業績」が
よく分からなかったのである。

今回の紹介では「暗号解読」の業績だけに注目する。
結論を先に言えば、チューリング教授がドイツのエニグマという暗号を解読(解読者たちを解読に導いた)していなければイギリスはドイツに負けていたし、連合軍のノルマンジー上陸も二年ほど遅れていたとこの本の中で書かれている。

チューリングはエニグマ解読の機械(「ボンバー」なる)を作ってドイツ海軍の潜水艦U−ボートの動きをすべて予知していたのである。
そういう業績があるにもかかわらず、英国は戦後チューリングを同性愛の
罪で有罪にして不当な処置(女性ホルモンを強制的に摂取させた)を施し
スパイ容疑もかけていた。その苦痛からチューリングは毒のリンゴで自殺したとされている。
最近、英国は彼に謝罪することになり、王立協会による再評価が下されチューリングの評価はますます高くなっている。
救国の父を犯罪者に貶める英国という国は一体どんな国なんだろうか。
チューリングの他の業績もすごいといえるが、数学などに精通しないと詳しい解説は困難なので今日はこのへんで。
 
0005 >Re: 明日へのビタミン!ちょっといい映画 パンドラ 11/27 14:21
 
「昔は良かったと言うけれど:戦前のマナー モラルから考える」                    大倉幸宏著

駅の改札口では、順番を守らずに人を押しのけ我先に通過しようとする。
プラットホームでは、整列乗車どころか人が降りないうちに割り込み、前にいる人を突き飛ばし電車に乗り込む。
一部の人ではない、殆どの乗客がそうして電車に乗り込んでいた。
空いている窓から乗り込む人、荷物を放り投げて先に座った乗客と殴り合いの喧嘩が始まる。

東南アジアの発展途上国の話ではない。
60数年前の「麗しくも道徳と規範に満ちた」大日本帝国の、帝都東京で起きていた事である。

「明治維新が成されてから、江戸時代から綿々と受け継がれていた
道徳、規範意識はこの国の進歩と共に地に落ちた」
と、明治初頭の大人達は嘆いている。
なんだ、今と同じじゃん。

「戦後の教育により、日本人のモラルの低下は目に余るものがある」
「戦後、道徳とかモラルが地に落ち、年長者を敬う気風が今の若者達に無くなった、電車の中で席を譲らない彼らを見ていると情けなくなる」
何れも、戦後のモラルの低下を嘆く保守系政治家の言葉であるが
その風潮に、「ちよっと待って!もう一度よく考えてみよう」と
疑問を投げかけているのがこの「昔は良かったというけれど〜」という
本である。

著者は数々の資料、当時の記録などを使用して検証している。
先ほど挙げた駅での集団的行動。
街の公衆浴場での、ものすごーく汚い振る舞い。
職業人達の犯罪。
児童虐待、老人虐待とネグレスト。

これらが普通に行われ取り締まる法律も完全には機能していなかった。
生活が苦しく子沢山の家庭では、児童虐待もあっただろうし
年金制度もなく、老親は家族が扶養するという法律しかなかった日本の社会では、病気になったお年寄りを医療にも繋げず、爺姥捨てなども横行していたようである。
老人の自死率が異様に高かったという事実もある。

当時の日本人はどうも、公共の場での規範意識が薄く、ウチとソトを使い分け、身内や知人に対しては親切で礼儀正しいが、見知らぬ人には冷たいという傾向はあったようでそれは今にも繋がる現象ではある。

しかし、この本は「昔の日本はこんなに酷かった」と論う為のものではない。
今の日本のモラルは地に落ちたーと言われるけれどそんなことはない。
東日本大震災の直後でも略奪、暴動も起きずに整然と支援品の列に並ぶ日本人の姿は世界の人達を驚かせた。
「戦後の日本人のモラルは地に落ちた」というのは
戦後社会福祉を整え、年金制度を確立し、モラルや公共でのマナーの向上に努めて来た人達に対する冒涜であると著者は述べている。

そして何より大事なのは人々の「人権意識」ではないかと私は思った
自分の人権を大事に出来ない人は人の人権も踏みにじる。
個人の人権が確立されていない社会は決してその国の人々を幸福にはしない
社会福祉の財源やレベルが低下すれば、数少ない金品や食料を取り合い、建て前にガチガチに縛られた社会は人々を不幸にする。

そう言えば今回の「自民党新憲法草案」「自由には義務が伴う」」とか
書いてあって個人の人権より「公共の利益」を重視するような内容だった。
なんだか、嫌な時代に戻りそうな気がする。

  
 
0004 Re: 明日へのビタミン!ちょっといい映画 09/21 16:46
 
笹井さんお勧めの、「ウィスキー」!が重要な役割をする「天使の分け前」を観てきました。
飯田橋のギンレイで、1本分の値段で2本見られます。たいていは1本がオマケって感じなのですけれど、
今回は「世界でひとつのプレイブック」もなかなかです。来週の金曜日まで。

傷害罪を犯した若者が、支援者の趣味のウィスキー工場を一緒に訪れ、そこでティスティングの才能を開かせる…、
「おお、若者の更生して行く姿を清く正しく…」と思うでしょうが、一筋縄ではいかないのがケン・ローチ監督。

「天使の分け前」とは、樽に詰められたウィスキーが、年月を経るたびに少しずつ蒸発して行く、
そのわずかな減量分を言うのだそうです。

スコットランドと、イングランドと、アメリカ、ロシアとか、 お国柄の違いや、キルトスカートなら認められるとか、 
大金を払って古酒を買ったのに、混ぜられていても見極められないとか、随所に意味深な可笑しさをちりばめながら、 
貧しい若者たちへの思いが見えるのは、ケン・ローチ監督ならでは。 

清く正しくスッキリ…とはいかないけれど、ハリーへの1本が泣かせます。
しかし…父親になったロニーは仕事も得て、なんとか罪を犯さずに生きて行けそうだけれど、
あとの3人は、あぶく銭を使っちゃったらどうなるのかな…。

「世界にひとつのプレイブック」は、奥さんの浮気を目撃して以来、躁うつ病?を発症した男性と、
夫が事故死して精神的なバランスを崩した女性が出会い、女性の趣味のダンス・パートナーに誘われるお話。

男性の父親は、ギャンブル依存?と思わせる設定ですが、
不器用な父親の息子への愛情もなかなかで、面白い設定でした。というわけで、お時間があればお勧めです。

それからこちらはちょっとお値段の高い岩波ホール上映ですが、「楽園からの旅人」は秀逸でした。
イタリアの取り壊される教会を舞台に、カソリックの神父と、そこに一夜の宿を求めてきたアフリカからの違法難民たち。

難民の中には、教師もテロリストも娼婦も少年も妊婦もいて、その夜赤ちゃんも生まれます。
「善を行うことは信仰にまさる」とつぶやく老司祭の言葉は、キリスト教を越えた、キリスト教の神髄ではないかと思わせます。

そうそう、なださんの「ためらうなよ、人を救って罪になるなら、罪を犯しなさい。ちょっとおっちょこちょいになりなさい。
ぼくほど、ひどくならないほうがいいけれど」という『おっちょこちょ医』の本の中の言葉を思い出しました。
 
0003 >Re: 明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術(第十一期)  パンのドラ 08/29 18:32
 
「『青鞜』の冒険」 森まゆみ著「原始女性は太陽であったー」という有名な言葉で知られる「青鞜」の発刊から終刊までを
「谷根千」という地域雑誌を長年にわたり発行した著者が明治、大正を駆け抜けた、平塚らいてう等同人達の群像を描いている。

冒頭の言葉は女性解放宣言となったし、この時代に女性だけが集まって女性の手による女性の為の文芸誌を作る事は今の時代には想像も出来ないほどの大変な事業だったと思う。

平塚らいてうの名前は余りにも有名であるが、意外な事にらいてうは当時この雑誌創刊を「片手間仕事」にやろうとしていたーそうである。

何故文芸誌を作ることになったかと言えば、生田長江という、ニーチェを紹介したことで有名な人が、英語教師をしながら女性の為の「閨秀文学会」を開いていて、
塩原での心中未遂事件で平塚明を保護した生田が嫁にも行くでもなく、ぶらぶら勉強している明達に、文芸雑誌を作ることを熱心に勧めたのがきっかけだったそうである。

この文芸雑誌を作るにあたり資金的援助は平塚明の実母がしていたというし「青鞜社」は明の小学校の同級生の父、物集高見邸。
広大な屋敷で、部屋が幾つもあり、使用人などが往き来していたという。
集まった同人は5人、中野、木内錠は明と日本女子大の同級生、露伴門下。中野は新聞記者、雑誌編集者、木内は、雑誌記者。保持研は姉の友人、物集和は同級生の妹。与謝野晶子、戸川秋骨、森田草平などが手弁当で講師として来ていたーというから、
「青鞜」は本当にきら星のごとく、近代の知性と中、上流の女性達が集まって作られた雑誌だったのである。
雑誌の編集というのは執筆だけでなく、事務的な仕事も限りなくあるのでそれは、保持研、やその他の女性達が一手に引き受けていたようである。

このような恵まれた環境の中で文芸雑誌を作るなどと言うことが当時の日本の女性達の何人が出来たであろうか。平塚らいてうは、当時の大逆事件にもあまり興味を示さず、樋口一葉の事も「女の境遇を嘆くだけで、思想的進歩がない」と切り捨てているが
樋口一葉こそ、明治大正の、今とは比べものにならない格差社会でその出自ゆえに塩漬けにされた身分の中で喘ぎ苦しんでいた人々の声を小説という形で代弁していたのではないだろうか。

女性が集まり、女性の手で、女性のために作られた雑誌。階級的視点はともかく、若い女性達が明治という家父長制度の中で自分達の雑誌をつくりそれが何刊も続いたというだけでも驚異に値することである。
著者の森まゆみさんは「礼賛と、賞賛、カリスマ化から、らいてうという人を取り戻し二十五歳の聡明な、茶目っ気のある他人に執着しない女として団子坂の上に立たせてみたかった」と、後書きに書いておられる。
そういえば、この「青鞜の冒険」に登場する女達の何と活き活きとしている事か。尾竹紅吉の青鞜における後書きは今の時代の名ブロガーみたいだし
伊藤野枝のはち切れそうな若さと瞳の強さは、東京というモダンな環境を享受する楽しさに溢れている。

何時の時代でも女が集まって何か始めると、揶揄やバッシングの対象にされたりするけれど、好奇心一杯の若い彼女たちにとって文芸雑誌をつくるというのは、苦しいけれどまた面白い「冒険」だったのだろうと思う。
 
0001 明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術(第十一期)  笹井明子 08/01 16:47
 
感動したり面白かった映画・本・音楽などを紹介しあい、その感動・興味を共有しましょう。
 
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