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  メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期)
笹井明子    −    2018/08/01 04:09:57
既存のスレッドに当てはまらない「つぶやき」を投稿する場です。普段発言をしていないメンバーも、夫々の都合に合わせて、「毎日いちどは」「毎週いちどは」「毎月いちどは」投稿しましょう!
0058 参議院選挙総括 2019年7月25日 流水 07/27 11:18
 
参議院選挙が終わった。辛うじて改憲勢力が2/3以上を取るのを阻止した。それでも、安倍首相は、橋下徹との対談で、改憲を進めると豪語している。

今回の選挙の投票率は50%を切り、記録的な低投票率に終わった。これには様々な理由があるが、最大の理由は、大手メディア(特にテレビ)が選挙の争点を明確に分析せず、ただひたすら形ばかりの選挙報道に終始した事にある。

映画「新聞記者」の中で、「この国の民主主義は、形だけでよいんだ」というセリフがあるそうだが、まさに地で行く報道ぶりだった。

例えばテレビ朝日。「れいわ新選組」と山本太郎現象を取材はしていたが、選挙前には決して放映しなかった。番組中に「れいわ新選組」に言及したのは、羽鳥のモーニングショウでの玉川キャスターのみ。他のテレビ局も同様だった。

「寝た子は起こさない!」今回のメディア報道を一言で言うとそうなる。

ところが、選挙後の特番では、山本太郎の演説会や演説内容を報道し、報道しましたよ、というアリバイ作りをしている。他局も同様な報道を行っている。

一時期、メディアスクラムという言葉が流行ったが、現在の報道のありようは、スクラムより、【統制】という言葉がぴったりくる。

(1) 選挙結果の分析
(改選後の議席) 改憲勢力
自民党 113  (改選前 123)
公明党  28  (改選前  25)
維新    16  (改選前  13)
    合計   157
  ※ 改憲に必要な2/3議席数は、164議席。 
  
 (改選後の議席) 反改憲勢力
 立憲民主党 32議席 (改選前 24)
 国民民主党 21議席 (改選前 23)
 共産党   14議席 (改選前 13)
 社民党    2議席 (改選前  2)

さらに付言すれば、公明党は憲法9条に自衛隊を加筆する事には消極的。そう簡単に進むとは思えない。

おそらく、自民党は、これから以降、維新との連携を深め、さらに、国民民主党に手を突っ込んで、憲法改正論者の引き抜きに狂奔する可能性はある。

しかし、今後予想される消費税増税後の景気後退、日米FTA交渉、ホルムズ海峡での有志連合に参加するのか、日韓問題の泥沼化、厚生省の年金財政検証提出等々。本来なら、選挙前にこれらの材料を提供し、国民の投票行動決定の資料にしなければならないもの全てをほっかむり。すべて、選挙後に先送りした。

その為、今後、政権の基盤を揺るがす大問題が目白押し。どれ一つとっても、政権の運命を決めかねない大問題。簡単に憲法改正論議に入れる環境ではない。

◎さて、問題は、この選挙結果をどう読むか、である。

冷静に見ると、単独過半数を逃した自民党は敗北している。比例票は前回16年の参院選から240万票減。

投票率は、48%強。この低投票率では、組織政党が断然有利。つまり、自民党と公明党が有利になる事は明らか。それでいて、自民党は単独過半数を逸した。

どう贔屓目に見ても、自民党の敗北は明らかである。安倍首相や菅官房長官や麻生太郎が、国民の信任を頂いたなどと強弁しているが、何でも自分の都合の良いように解釈する独裁政権独特の感性である。

●絶対得票率の推移
※絶対得票率。
  これは自民党が全有権者のうちいくら得票したかを示す比率だ。

2012年に第2次安倍晋三政権がスタートして、今回で5回の国政選挙を行った。その結果がこれだ。

2013年参院選 17・7%
2014年衆院選 17・0%
2016年参院選 18・9%
2017年衆院選 17・5%
2019年参院選 16・7%

確実に減少しているのが一目瞭然。要するに全有権者数の2割に満たない得票率で一強と呼ばれる議席を得ている。有権者の5人に1人も自民党を支持していない。

この現実を自民党は良く知っている。だから、今回のように、有権者を眠らせて、低投票率へ誘導する事に選挙対策の全てを傾注している。「寝た子は起こすな」方針が徹底されている。

安倍首相の選挙日程が秘密(ステルス作戦)にされたように、今回の自民党の作戦は、選挙自体をステルスすることにあった。

裏を返せば、自民党は党勢の衰退に怯えている。だから、徹底的なメディア対策(統制)をして、決して国民に真実を悟らせない事に全力を傾注している。

今回の選挙前に政府が政府に不利な事柄を隠蔽、改竄、時には無いことにする。国民の目に真実が視えないようにするためにどれだけ腐心したか。安倍内閣の努力の80%以上は、権力維持のための小細工だと考えておかねばならない。

何度も言うようだが、投票率が10%上がれば、劇的な転換が起きるのが、小選挙区制度。オセロゲームのように、政権交代は可能。

※野党の最大の選挙対策は、選挙の盛り上がりをどう構築するか、以外にない。山本太郎現象を野党共闘に取り込まなくて、野党の勝利はない。

自民党が過半数を割り込んだと言う事は、自民党が進めてきた【アベノミクス】などの経済政策、年金などの福祉政策、医療政策、対米国、北朝鮮、ロシア、韓国などの外交政策、消費税10%増税政策に国民がNOを突きつけた、と言う事を意味する。

通常の常識を持った政権なら、この国民の厳しい審判に対して、反省の弁を述べる。ところが、安倍政権の幹部どもは、国民の支持を得られたと強弁するのだから、開いた口がふさがらない。

さらに言えば、通常の政治常識を備えたメディアなら、自民党敗北の現実を厳しく指摘し、様々な政策課題の見直しを迫る論調を張る。それができないメディアは、もはやジャーナリズムとしての役割を放棄し、政権の広告塔としての役割しか残っていない。

その典型的な証拠が、選挙翌日から始まった吉本興業の一連の騒動への集中的報道である。

●自民党敗北の現実を消去するための吉本興業問題

メディア(特にテレビ)は、安倍政権の敗北と言う現実を正しく分析し、国民に伝える義務があるが、吉本興業一色の報道である。しかも、問題の本質を外したお家騒動に焦点を当てた報道で、話にならない。

吉本の芸人と会社がどのような雇用契約を結び、どのような扱いを受けているかは、基本的には、吉本興業の内部問題。それを朝から晩まで微に入り細にわたり、報道する。愚民化報道極まれりと言って良い。

もし、この問題を報道するのなら、弁護士の郷原信郎氏が指摘している以下の問題についてきちんと放映すべきだろう。そうすれば、問題に【普遍性】を持たすことができる。

「契約書のない契約」という“闇”〜吉本興業の「理屈」は、まっとうな世の中では通用しない」
https://bit.ly/2YeTuvn
「吉本興業と芸人の取引」は下請法違反〜テレビ局、政府はコンプラ違反企業と取引を継続するのか」
https://bit.ly/2GprGu7
「吉本興業、独禁法「優越的地位の濫用」による摘発が現実のものに」
https://bit.ly/2Y9f19N

もう一つ言わせてもらえば、芸人の本質は、自らの芸を見せて、その対価を頂くという所にある。社会の「道徳的規範」の体現者でもなければ、国民の代弁者でもない。反社会的集団(振り込め詐欺集団)のイベントに招かれ、ギャラをもらったとしても、芸人の本質からすれば当然。ギャラを払ってくれる人間や集団がどのようにしてそのお金を稼いだなどと言う事は、知った事ではない。

まして振り込め詐欺グループの連中が、振り込め詐欺で稼いだ金だなどと言うわけがない。と言う事は、反社会的集団などと知らなかったというのは理解できる。会社が取ってきた仕事なら、そういう問題は会社のマネージメントの問題。芸人の問題ではない。

となると、問題は、会社に黙って闇営業をしたことだけになる。それは吉本興業と芸人の問題であり、テレビが朝から晩まで放送するような問題ではない。

ただ、最近の吉本の芸人は、お笑いの仕事より、一種のコメンテーターやMCなどの仕事に多く出ており、彼ら自身が【芸を売って、お金を頂く】という芸人の本質を忘れていることが、今回のように問題を大きくしていることも忘れてはならない。

経済学者植草一秀氏のブログによれば、吉本興業の内実は以下の通り。
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-48eff1.html
2019年7月26日 植草一秀の『知られざる真実』

・・吉本興業問題はこの企業に巨額の国民資金が投入されている事実があり、安倍首相が癒着とも言える深い関わりを有している企業であるだけに、主権者としての視点から軽視できない。

吉本興業は2009年9月にクオンタム・エンターテインメント社によるTOBによって買収され、上場が廃止された。

買付代金は506億円。

資金源はクオンタムファンドへの出資金240億円のほか、三井住友銀行などからの融資資金300億円などである。

「創業家の排除を狙った 吉本興業の非上場化(上)」
https://www.data-max.co.jp/2009/09/post_6997.html

非上場化された吉本興業の筆頭株主に躍り出たのはフジ・メディア・ホールディングスで持ち株比率は12.13%である。

このほか、
日本テレビ放送網
TBSテレビ
テレビ朝日ホールディングス
テレビ東京
朝日放送
MBSメディアホールディングス
関西テレビ放送
讀賣テレビ放送
テレビ大阪
電通
博報堂
博報堂DYメディアパートナーズ
BM総研(ソフトバンク子会社)
ヤフー(ソフトバンク子会社)
ドワンゴ
などが株主となっている。・・・・・・

・・・第三の反社会的勢力との関わりについて、吉本興業は、宮迫氏が参加した誕生パーティーの主賓である詐欺グループ首謀者が経営する企業がスポンサーのイベントにタレントを派遣していた事実が判明している。

2014年5月31日に開催されたイベントで、問題のフロント企業「CARISERA」がスポンサーになっている。

https://bit.ly/2Yk78JV

誕生パーティーの主賓であるフロント企業社長をフジサンケイグループメディアであるSankei Biz Expressが記事にして掲載していた事実も判明している。

「「日本と世界の懸け橋に」
CARISERA代表取締役社長、小林宏行氏(27)に聞く」
https://bit.ly/32R1fr8

上場廃止された吉本興業には上場企業のような監視の目が届かなくなる。

大崎洋会長、岡本昭彦社長、藤原寛副社長はすべて松本人志氏と極めて近い関係にあり、この少数が吉本興業を独裁的に実効支配し、フジサンケイグループとともに吉本興業を実質的に支配している構図が浮かび上がる。・・・・・

この構図を見れば、松本人志が「バイキング」で問題発言を繰り返しても、番組を下ろされるような事態に至らない理由が良く分かる。

本来、報道機関の役割からすれば、このような吉本興業とメディア(テレビ局)との関係性、吉本興業と安倍政権との関係(安倍首相は新喜劇に出たり、ダウンタウンの松本と食事をしたり、首相官邸を新喜劇連中が訪問している)⇒吉本に国税が100億近くつぎ込まれている)や、ジャニーズとテレビ局の関係(SMAPの三人のTV出演をさせないように圧力をかけた)を報道するのが重要。

これらの問題は、吉本興業という一企業の内部問題にとどまらない国民や社会に関係がある【普遍性】を持っている。

現在のテレビの政治報道のキャスターなどに多くの吉本興業とジャニーズのタレントが起用されている。この関係性を詳細に報道すると、安倍官邸とメディアの関係性のタブーに切り込めるはずである。

どうせ報道するなら、ここまで踏み込んで報道すれば、それなりの社会的意義もあるのだが、「お家騒動」に矮小化するのでは、報道機関の名が廃る。
 
0057 れいわ新選組(山本太郎現象)の躍進をどう読むか 流水 07/26 11:30
 
選挙結果:
当選 2名 
比例得票数 228万764票 
投票率 4.55%(20人に1人が投票)⇒政党要件獲得
無党派層の投票率 自民党20% 立憲民主党 19% れいわ新選組 10%

新党立ち上げから3ケ月。テレビ報道なしの政党が、よくぞ、これだけの得票を取れたと言わざるを得ない。

無いものねだりで言えば、もし選挙前にテレビ報道がきちんとなされていれば、おそらく「れいわ新選組」の当選者は、最低でも5人はいけたと思う。

ネットやSNSなどのツールを利用できない高齢者は、「れいわ新選組」の名前も知らないであろうし、ましてやその主張などは全く知らない。

山本太郎の最大の魅力は演説。今回の「れいわ新選組」の得票の大部分は、彼の演説に魅せられた人々の得票。

彼の言葉は、「理」だけではなく、【情】に訴えかける。ただの【情】ではない。人々の心の奥底に蠢いている【情念】に訴えかけている。

>「あなたは生きてる価値があるのか?何かの役に
>たったんですか?会社の役に、世の中の役に、
>何かの役に立ってなくちゃ、生きてちゃいけない。
>そんな空気、蔓延してるじゃないですか。
>そんなのおかしいでしょ。消えてしまいたい、
>死にたい、そう思ってしまう
>世の中のほうが間違ってんですよ」
>生きててくれよ

羽鳥の「モーニングショウ」での彼の発言にもその片鱗はうかがえる。

・・「いまの世の中って空気的に生産性で人間をはかられるような部分ってないですか。役に立っているのかとか、あなたが何できるんだとか。その苦しさのなかで、やっぱり、生きていたくなくなるというか、消えたくなるような人たち、たくさんいると思うんです。(中略)そのなかで、生産性で人をはからせない」・・

「生きている事自体が素晴らしい」という彼の信念が直截に人々に語り掛けられている。

既成のリベラル派連中の言葉では、「生きる権利」と言う事になるのだろうが、それを「生産性では人をはからせない」とズバッと語り掛ける。「あなたが悪いんじゃない。世の中の方が間違っている。あなたは胸を張って生きたらいいんだ。生きててくれよ」と語り掛ける。

これは通常の政治家の言葉じゃない。語り掛けられた人々の心の奥底に眠っている熱い思いを掻き立てる。「演歌」ではなく「艶歌」であり、限りなく「怨歌」に近い。

立憲民主党の枝野幸男は『けやき坂46』のファンだそうだが、「けやき坂」 からせめて「艶歌」に踏み込まないと、この列島で悔しい思いを抱えて生きている人々の情念を掬い取れない。「山本太郎の闘い」で指摘した枝野幸男の【戦い】と山本太郎の【闘い】の違いである。

山本の言葉は、宗教家の言葉に近いが、そうではない。彼の言葉は、きちんとした数字に裏付けられている。彼は真面目な勉強家である。

「山本太郎の闘い」でも指摘したが、彼は、社会を「上下」の関係で切り取り、その視点で彼の政策を組みたてている。だから、これから、イデオロギーを超えて、彼の支持層は広がる可能性を秘めている。自民党の支持層である地方の現状は、疲弊する一方。中央が「上」地方が「下」の厳然たる格差が存在する。

山本太郎現象が拡大するにつれ、地方の自民党支持層(地方の行政機構、農協や青年会議所など)の若手連中が反乱を起こす可能性が高い。

当然ながら、正規の労働組合から見放された流民化した非正規労働者の若者たちのアイデンティティ回復の闘いも参加する可能性が高い。

これは、日本の政治家で言えば、田中角栄の系譜に属すると思う。非エリートの経歴をプラスに変え、人心の機微を読み取り、政策に生かす、という「王道」の政治を歩み始めている。

政治学のカテゴリーで分類すると、山本太郎は「左派ポピュリズム」にあたる、と政治学者中島岳志は語る。

・・「ポピュリズムというのは一般的には悪い意味で使われますが、政治学では良い、悪いという価値判断を伴わない分析概念として使います。これは大衆化された民主主義の時代に、政治行政の中心をエリートたちだけが独占しているということに対する反権威主義的な異議申し立て運動なんですね。反エリート、反権威主義に基づく大衆政治運動というのが、基本的なポピュリズムです。」・・・中略・・・

「近年、ポピュリズムになってきたのは、世界的には右派でした。外国人移民の排除などを訴える反権威主義が、欧州やトランプ米大統領の支持層に現れた右派ポピュリズム現象です。これに対し、米国の(民主党の大統領候補の一人である)バーニー・サンダース上院議員など、リベラル側のポピュリズムもここ数年、出てきました。 日本のポピュリズムは維新の橋下徹さんとか自民党の一部とか、右派がずっと担ってきましたが、これにリベラル側が参入したということだと思います。」・・・

中島岳志・東工大教授に聞く 「毎日新聞」
https://mainichi.jp/senkyo/articles/20190724/k00/00m/010/242000c

中島教授の分析によれば、山本太郎は日本における「左派ポピュリズム」の嚆矢と言う事になる。

山本太郎は、次の衆院選では100名以上の候補者を擁立し、明確に総理大臣を狙うと公言している。その為には、野党共闘を積極的に推進するとも語っている。

実は、大言壮語とも受け取れるこの発言がきわめて重要で、「政権を狙う」「総理大臣になる」という目標を共有できた時、野党共闘の本気度、熱量、国民の参加意識は飛躍的にアップする。

国民の参加意識のアップなくして、政権奪取などできるはずがない。小沢一郎が二度にわたり政権を奪取した時には(特に民主党政権)、国民の参加意識が半端なものではなかった。

スポーツの世界で言う「勢い」をどう生み出すかが選挙の帰趨を決める。この「勢い」を生み出せない野党共闘が中途半端に終わったのは無理もない。

わたしは以前から【権力を取る】事を公言しない政治家や政党の存在意義を問うてきた。それは選挙における【勢い】をどう生み出すかに選挙の帰趨がかかっているからである。山本太郎にはそれができる。これは大きな希望である。

さて問題は、今後野党共闘がどうなるかである。わたしは、意外と楽観視している。共産党と国民民主党、社民党とは、間違いなく共闘できる。

問題は、立憲民主党だが、現在の「れいわ新選組」の存在感、勢いを無視して、立憲民主党が野党共闘のイニシアチブを取れるとは思えない。もし、微細な政策の違いに拘泥して、野党共闘に水を差すような行為をしたら、他党は、立憲民主党を無視して、野党共闘を進めるだろう。

理由は明確。現在の山本太郎「れいわ新選組」は、次の衆院選の台風の目になる事は確実。彼の演説が大手メディアで流されれば、「れいわ新選組」への支持が飛躍的に拡大するのは確実。下手をすれば、立憲民主党はその勢いに呑み込まれる可能性が高い。

(※理由は明確。現在の立憲民主党の選挙は、連合、それもかっての総評系の支持層に依存する割合が高い。党勢拡大には、無党派の支持層拡大が欠かせない。そこを「れいわ新選組」に食われたら、立憲民主党の退潮は明確になる可能性が高い。)

それが分かっていて、些細な違いに拘泥して、野党共闘を渋れば、次の選挙では立憲民主党の退潮は明らかだろう。

それほど、枝野幸男も福山も馬鹿ではないと思う。まして、【れいわ新選組】の勢いを利用すれば、枝野幸男の政権奪取も夢ではない。小選挙区というのはそういう選挙制度。オセロゲームのように、「白と黒」とが一瞬にして入れ替わる。

「左派ポピュリズム」結構。時代の閉塞感を打ち破るには、政治が、この列島で悔しい思いをして生きている人々の「情念」や「怨念」を掬い取り、解放する以外にない。

まず、政権奪取。それ以外の政治目標はない。
 
0056 Re: メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期) 猫家五六助 07/24 14:24
 
0054;流水さん
選挙前に流水さんが投稿された通り、山本太郎さんが結果を出しました。彼ならば落選しても議員資格にこだわる事もなく、自分の主義主張を貫けると思います。

 税金を数百億円も浪費する解散総選挙を、自分の都合で年末?などとうそぶく、安倍晋三。自分も難病だと公言する割には、な〜んもわかっちゃいない。

 正式な政党となった「れいわ新選組」の次の一手、衆議院選挙が楽しみです!

>今回の参議院選挙〜どのような話題をメディアに提供し、メディアはどうでもよい話題を如何にして大問題に仕立て上げ、それこそ重箱の隅をつついて、根掘り葉掘り報道し、国民の関心を選挙から遠ざけるかに苦心している。〜そうでなければ、あれほど見事に「山本太郎」と「れいわ新選組」が黙殺されることはない。
>〜山本太郎の闘いぶりに、時代の先触れを見ている。
>選挙前、わたしは、“現代のドン・キホーテか!それとも、現代の田中正造か!(山本太郎論)”で「ひょっとしたら大化けするかも知れない、という期待感を抱かせる。」と書いた。
>自分自身の当選より、障害者への理解、障害者の人権を守ろうという理念を優先〜【社会的弱者救済】の本気度が見える。
>〜山本太郎の場合は、永田町の政治的常識を超えた、あるいは、破壊すると言う意味で、【闘い】と書いている。
>彼は「権力を握る」という明確な目標を掲げる。〜「権力」を握る事を目標にしない政治家や政党に何の意味があるのか、と問いたい。自らの政治理念や政治思想を実現するためには、権力を握らなければ何もできない。〜

 昔の刑事ドラマで、サラリーマンから転職した正義感あふれる若い刑事に、老獪な刑事が「正しいことをしたければ、偉くなれ!・・・な〜んてな」と諭す場面がありました。山本さんには、期待したいです!
 
0055 >>「れいわ新選組のチラシ」がポストに入っていた 猫家五六助 07/24 13:53
 
0050;厚顔さん
まったく、おっしゃる通りです。
 彼だからこそ、東奔西走して4億円近い寄付金を集め、党利党略の特別枠を逆手に取り、自分よりも優先して”他人の痛みが身に染みてわかる”2名を国会議員に成し得たのです。

 共産党以外の、ほとんどの国会議員は「障がい者に国会議員など務まるわけがない」と考えるでしょう。”障がい者の代弁”は考えても、”障がい者を国会議員に”という発想は出ない、と。

 今後、れいわ新選組の国会議員2名に対して嘲笑・ヘイト・差別の言動を行った国会議員は「国会の品位を貶めた」として議員辞職を命じましょう。その第1号が、「ナチスの手口」チョイワルおやじの太郎ちゃんにならなければよいのですが。

>高校中退だから恐れを知らぬ事ができる、とても官僚出身の東大卒のエリート政治家には真似はできまい、久しぶりの党人派政治家の感がする。

0051;笹井さん

私も激しく、同意いたします。
何気ない野良猫ちゃんの姿を見て、このコメントができる山本さんは、只者ではない!

>〜『死にたくなるような世の中でただ存在しているだけでいいんだと教えてくれたのはネコちゃん。
>世界で自分が一番偉いと思っていないけど一番偉そうにしているただ食べて寝ているだけなのに。
>素晴らしい存在ですね。空気なんて読まない自分らしく生きる・・・』
 
0054 山本太郎の闘い! 流水 07/19 15:34
 
今回の参議院選挙。メディア総がかりで、如何にして盛り下げるかに腐心している。

その為に、どのような話題をメディアに提供し、メディアはどうでもよい話題を如何にして大問題に仕立て上げ、それこそ重箱の隅をつついて、根掘り葉掘り報道し、国民の関心を選挙から遠ざけるかに苦心している。おそらく、官邸を中心にして、各メディア首脳たちの間で綿密な作戦が練られていると思われる。

そうでなければ、あれほど見事に「山本太郎」と「れいわ新選組」が黙殺されることはない。

都合の良いことにジャニー喜多川氏が死亡した。メディアが総力を挙げて、ジャニーズ特集を組んだのもむべなるかな、である。「ジャーニー喜多川と子供たち」の物語を美談仕立てで、それこそ朝から晩まで報道した。

たしかにジャーニー喜多川という人物は、戦後日本が生んだ新たな日本人の象徴である。米国育ちのバイリンガルの彼が、戦後、アメリカ文化を日本流にアレンジ。男性アイドルグループという新しい芸能ジャンルを発掘。一代で時代の寵児にのし上がった。

わたしは、彼の時代を見る目や創造力と先見性を高く評価しているが、朝から晩までTVを占拠するほどのものではない、と思う。

わたしは、この選挙における山本太郎の闘いぶりに、時代の先触れを見ている。

選挙前、わたしは、“現代のドン・キホーテか!それとも、現代の田中正造か!(山本太郎論)”で「ひょっとしたら大化けするかも知れない、という期待感を抱かせる。」と書いた。

この期待感はかなりの部分で現実のものになりつつある。その最大の要因が擁立した10人の候補者。

全国公的介護保険要求者組合書記長・木村英子氏、難病ALS当事者・ふなごやすひこ氏。重度身体障害を持つ二人を比例代表の特定枠に選び、比例代表の1、2位に指名した。山本太郎は、比例代表3位になっている。山本太郎が当選するには、約300万票の得票数が必要になる。

自分自身の当選より、重度身体障碍者が国会議員になる事により、国会の改修が必要になり、さらに重度の身体障害者の人を目の当たりにすることにより、障害者に対する理解を深めようとする意図である。

自分自身の当選より、障害者への理解、障害者の人権を守ろうという理念を優先させている。山本太郎の政治理念である【社会的弱者救済】の本気度が見える。

さらに東京選挙区から立候補している野原ヨシマサ氏。彼は、沖縄創価学会壮年部に所属している。辺野古基地建設の有無を問う住民投票の際、公明党や創価学会指導部の意向に背き、基地建設反対に立ち上がり、公然と公明党や創価学会指導部を批判した。

今回の選挙では、公明党党首山口邦津夫の選挙区である東京から出馬。正面切って公明党批判を行っている。特に、公明党本部がある信濃町で、堂々と公明党批判を繰り広げ、多くの創価学会人の共感を勝ち取っているようだ。「公明党が平和の党ならば、辺野古基地建設を止めて見ろ」と舌鋒鋭く批判している。

蓮池透氏も安倍晋三批判、東京電力批判(彼は東電の原子力発電関係の技術者だった)、原子力行政批判を行っている。

その他、金融行政の専門家、労働政策の労働者側専門家など多くの人材を発掘している。そして、島田雅彦氏をはじめ、多くの有識者、知識人も彼の闘いに注目している。

自民党や翼賛メディアが山本太郎と「れいわ新選組」を黙殺するのは、逆の意味で、さすが、と言える。

彼らは、前の選挙の時の「枝野幸男の孤独な戦い」に学んでいる。枝野幸男の鬼気迫る表情での演説に多くの国民が引き付けられた経験から、山本太郎が、枝野以上の闘いをする可能性に怯えている。

権力を持つ側の危機管理は、堤防決壊の蟻の一穴をどのように埋めるかが勝負。権力側の論理からすれば、山本太郎と「れいわ新選組」の黙殺は、最善の対抗策というわけである。

逆に言えば、それだけ山本太郎と「れいわ新選組」が、本物の革命性、破壊力を保有していると言う事の証明でもある。

わたしは、枝野幸男の場合は【戦い】と書き、山本太郎の場合は【闘い】と書き分けている。枝野幸男の場合は、永田町の政治的常識の範囲内での戦いであるという意味で【戦い】と書き、山本太郎の場合は、永田町の政治的常識を超えた、あるいは、破壊すると言う意味で、【闘い】と書いている。

“現代のドン・キホーテか!それとも、現代の田中正造か!(山本太郎論)”でも書いたが、彼は現在の日本を上下の関係で視ている。5%の支配層と95%の被支配層という上下の階級的視点で日本社会を把握し、95%の被支配層の立場に立つという明確な政治姿勢で闘っている。

この【闘い】は、自らの生存そのものがかかっていると言っても過言ではない。田中正造と同じで、この闘いの後には、彼には何も残っていない事を覚悟している。

厚顔さんが、山本太郎の学歴に触れられていたが、非エリートの彼が雑草のごとく芸能界でのし上がっていく過程で、何度煮え湯を呑まされてきたことか。彼は世の中の不条理を身体で感じて生きてきたのだと思う。

だから、彼の【闘い】には、踏みつけられ、弊履のごとく捨てさられてきた人々の滓のように溜まった鬱屈した思いや怨嗟の感情を掬い取り、解放し、新たな地平へと導く力がある。「上品な戦い」で何が変わる!という魂の叫びが聞こえる。

同時に彼は「権力を握る」という明確な目標を掲げる。

わたしは以前にも書いた事があるが、「権力」を握る事を目標にしない政治家や政党に何の意味があるのか、と問いたい。自らの政治理念や政治思想を実現するためには、権力を握らなければ何もできない。政治のリアリズムとはそういうものである。

まだ一人の国会議員も持っていない泡沫政党であるれいわ新選組が、政権を握る、などと叫べば、それこそ噴飯ものだし、ドン・キホーテも良いところである。

それを本気で語り、多くの聴衆に信じさせる。驚くべき光景である。そんじょそこらの政治家が同じことを語っても、誰も信じない。鼻であしらわれるのが落ちだろう。山本太郎には、それができている。山本太郎という人物のカリスマ性躍如の場面である。

21日までもう何日もない。山本太郎とれいわ新選組の躍進に期待しよう。
 
0053 19日のれいわ祭りの場所変更ご案内 厚顔 07/19 15:28
 
昨日ご案内した本日(19日)の「れいわ祭り」は品川駅前から

急遽「17時より20時迄、新橋駅SL広場」に急遽変更とホームページに案内されて居ます。気づくのが遅くなりすみません。
 
0052 >>「れいわ新選組のチラシ」がポストに入っていた 厚顔 07/19 01:19
 
笹井さん、コメント有り難うございます。

猫ちゃんの話し、山本太郎の目線、視点を感じましたね。猫の気持ちと心裡が読めている感じですね。どうりで演説の内容も人の気持ちが心裡がよく分かっている様に感じます。

彼の演説を追っかけてみています。話の内容はほぼ同じですが、各地での人気度合いを注視しています。ドコモ盛況です。札幌ー秋田ー仙台ー福島ー栃木ー茨城と南下中です。18日15時半からの宇都宮駅前での街宣URLを掲載しておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=cMkDcbZKphM

・今後の東京での街宣予定のご案内(ボランティア協力は1時間前集合)

7月19日17時〜20時、品川駅港南口(れいわ祭り2)

7月20日16時〜20時、新宿駅西口小田急デパート前

東京では山口公明党代表とガチンコ勝負で立候補した沖縄創価学会員の
野原ヨシマサ氏の演説もあると思います。



>厚顔さん山本太郎さんの札幌の街宣の動画サイトのご紹介有難うございます。

ネコ命の私としては44分25秒あたりから始まるネコ話に痺れました。『死にたくなるような世の中でただ存在しているだけでいいんだと教えてくれたのはネコちゃん。世界で自分が一番偉いと思っていないけど一番偉そうにしているただ食べて寝ているだけなのに。素晴らしい存在ですね。空気なんて読まない自分らしく生きる・・・』そうそうそう、そうなんだにゃ〜ん(=^・^=)激しく同意!https://www.youtube.com/watch?v=UOJFoYCGZQs 
 
0051 >「れいわ新選組のチラシ」がポストに入っていた 笹井明子 07/17 17:20
 
厚顔さん

山本太郎さんの札幌の街宣の動画サイトのご紹介有難うございます。

ネコ命の私としては44分25秒あたりから始まるネコ話に痺れました。

『死にたくなるような世の中で
ただ存在しているだけでいいんだと教えてくれたのはネコちゃん。
世界で自分が一番偉いと思っていないけど
一番偉そうにしている
ただ食べて寝ているだけなのに。
素晴らしい存在ですね。
空気なんて読まない
自分らしく生きる・・・』

そうそうそう、そうなんだにゃ〜ん(=^・^=)
激しく同意!

https://www.youtube.com/watch?v=UOJFoYCGZQs 
 
0050 「れいわ新選組のチラシ」がポストに入っていた 厚顔 07/17 14:48
 
昨夕、夕刊を取りに行ったら「れいわ新選組」のチラシが神戸市の我が家のポストに入っていて、ビックリした。4月10日に立ち上げられた「れいわ新選組」が3ヶ月後でここまでボランティアが増えていることに驚くと共に、SNSやSMSによるスピードとその威力に改めて驚かされました。

ここは沖のカモメを観察して見ようと思う。何か潮の流れが変わりつつあるようである。そのボランティアの活動に触発され、早速銀行で「れいわ新選組にカンパ」する予定である。

しかし電波の利用がいくら便利になっても「れいわ新選組」そのものに共感できる政策とアイデンティーがないことには、誰も有料で知人に送信することはしない。

考察すれば、今の野党に求められるのは統一候補が立てられても、他党からぱくった二番煎じの政策(最低賃金の引き上げ)では魅力はない。また単なる与党の批判だけでは風は吹かない。

必要なのは例え不可能と思われようが、完全に旧民主党から脱皮した、目から鱗が落ちるような国民の価値観を変えるようなビジョンとアイデンティーである。

昨晩の札幌駅前でのれいわ新選組の山本太郎の街頭演説(下記URL)や一連の街宣にもそれがあり、一筋の光明と希望が感じられる。
https://www.youtube.com/watch?v=UOJFoYCGZQs

高校中退だから恐れを知らぬ事ができる、とても官僚出身の東大卒のエリート政治家には真似はできまい、久しぶりの党人派政治家の感がする。高等小学校卒の田中角栄はコンピュター付き国土再開発のブルドーザーと言われたが、彼はコンピュター付きヒューマニズム政治家であろう。ご批評は映像をみてから戴きたいと思います。
 
0049 Re: メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期) 名無しの探偵 07/02 14:52
 
「戦後史」を問い直す

安倍が「戦後レジーム」からの脱却を主張してから大分経過するが、この主張を推進するために「憲法改正」を目論んでいることは周知の通りなのである。

しかし、反安部政権の側にも戦後史の盲点;死角をあえて避けてきたことも否めない。

「戦後レジーム」を担ったのは日本政府ではなくGHQであり、特にアメリカ占領軍司令部であった。

そして日本国憲法の制定がアメリカの主導で行われた。マッカーサー草案と言われるものである。しかし、これは「押し付け憲法」などではない。あえてGHQが「押しつけた」対象は国民ではなく支配階級であった。

特に戦後史の死角になったのは「東京裁判」(極東軍事裁判)であろう。
日本の戦争犯罪の大きな部分である731部隊の免責と戦犯容疑者の免責(
右翼の免責と戦争指導者の多くの免責である。)がこの裁判のいかがわしさを裏付ける。「東京裁判」という表現も不適切であり、明確な「軍事裁判」であり、連合軍の主導ではなくアメリカ主導であったことも死角になっている。

今回は次回コラムの予告としてこの記事を書いている。

「戦後史」は問い直されるべき段階に来ている。沖縄の辺野古基地移設も「戦後史」の問い直しから再考するべきであると考えている。
アメリカの属国化を推し進める安部首相がなぜ「憲法改正」を目指しているのか。
それはアメリカの要請でもあることを示唆していることをもう一度考え直すべきなのである。
 
0048 現代のドン・キホーテか!それとも、現代の田中正造か!(山本太郎論) 流水 06/22 14:41
 
山本太郎が面白い。単身、権力に挑む姿勢が多くの人の共感を呼んでいる。
彼が全国で展開している街頭演説に多くの聴衆が集まり、わずかの期間で2億円近い寄付金を集めている。

山本太郎という人物。毀誉褒貶の激しい男。政界一と言って良いかもしれない。彼を支持するにしろ、敵対視するにしろ、みな熱くなる。こういう男は珍しい。カリスマ性があると言わざるを得ない。

とりあえず、今回の参議院選挙での彼の公約を見てみよう。

「れいわ新選組」の選挙公約
@ 消費税は廃止
A 最低賃金1500円、政府が補償
B 奨学金徳政令
C 公務員を増やす
D 一次産業戸別所得補償
E 「トンデモ法」一括見直し・廃止
F 辺野古基地建設中止
G 原発即時廃止・被爆させない

山本太郎の特色は、経済政策に重点を置いている点にある。特に、消費税廃止の政策は出色。

例えば、消費税10%の実施を求めた連合に対して、「国民生活を苦しめる法案の完全実施を求める労働組合など、どこが国民の味方なのか」と一蹴。
消費税10%実施をいまだに頑なに主張する野田元首相を【財務省の代弁者】と切って捨てる。

この発言を聞くと、彼は野党なのか、と訝る人もいるかもしれない。ひょっとしたら、左派やリベラルが嫌いなのか、と考える人も出るだろう。

そういう憶測を呼びかねないのが、アエラで書かれた「安倍内閣に財務大臣を要請されたら受けるかもしれない」という発言である。

実は、山本太郎の真骨頂は、誤解を受けかねないこの発言にある。彼は、リアリストで、政治は、権力を握らなければ何もできないと考えている。だから、財務大臣という日本の権力の中枢に就任できるのなら、安倍政権に入っても良い、と考える。

ただし、財務大臣として自分の考える財政政策を徹底的に実現するために就任するというエクスキューズがつく。彼に言わせれば、即座に解任されるだろう、と言う事になる。

一つは彼の時代認識と思想にある。彼は現代と言う時代の問題点は、右とか左と言う横の問題にはない、と考えている。彼は現代は、上下の関係にあると考えている。富裕層と貧困層、支配層と被支配層の上下の関係で現代を切り取っている。

以前から、わたしは現代資本主義は、資本主義の当初の時代に先祖返りしていると主張してきた。つまり、資本家と労働者、搾取階級と搾取される階級、支配階級と被支配階級という縦(上下)の関係が鮮明になってきていると主張してきた。

ケインズ以来の修正資本主義は、社会の縦関係を薄め、横関係にシフトするための資本の側の知恵だった。

新自由主義経済論は、この横関係重視の修正資本主義理論を縦(上下)関係重視の当初の資本主義に先祖返りさせているのである。

山本太郎の認識は、この認識に近い。だから、右派だろうが左派だろうが、上下関係で認識し、上から目線の発想には噛みついている。

彼の描いている政治家像はきわめてシンプル。自らの考える政策を実現するために存在するのが政治家。そのために、全身全霊を傾けなければならない。自らの生き残りだけを考えるような政治家は必要ないと考えている。

山本太郎は、1%の側でなく、99%の側に身を置くことを政治信条にしている。彼流の時代認識で言えば、【下】の側に身を置くことを決意している。その為になる事なら、どんな事でもやると決めている。一言で言えば、【本気】だと言う事。この本気さが人を集める。

日本の大人の知恵(世間知)から言えば、それこそ【青臭い】。そんな風に世の中は出来ていない、と一蹴されるのがおち。

しかし、そういう世故長けた政治家だけが生き延びている政治に夢が持てるだろうか。国民の政治的無関心(アパシー)の最大の要因は、世故長けた政治家どもの言説を信じられないという想いを拭いきれないからである。

山本太郎は違う。格差が開く一方の日本の現状。政治の私物化に狂奔する安倍政権の政治家・官僚どもの腐敗ぶり。その一方で明日の飯にも困る多くの国民の存在。多くの若者たちが結婚もできず、将来の夢すら奪われている。

山本太郎は、この現状をもう我慢できない、と叫ぶ。もう待てないと叫ぶ。俺たちが立ち上がらなければ誰が立ち上がるのだと叫ぶ。彼は、自らの思いのたけを吐き出し、若者たちに語り掛けている。“これで良いのか”と。

「わが胸の 燃ゆる思いに くらぶれば 煙はうすし 桜島山」 
幕末の勤皇の志士、平野國臣が詠んだ句。

※平野國臣
福岡藩出身。幕末の尊王攘夷運動の理論的指導者の1人。薩摩藩での説得に失敗。薩摩藩を退去せざるを得なかった時に読んだ句。36歳で刑死。
https://bakumatsu.org/men/view/214

平野國臣の思想云々はさておき、彼は自らの信念に殉じ、36歳の短い人生を駆け抜けている。

山本太郎という人間を見ていると、はち切れんばかりに膨れ上がった「わが胸の もゆる想い」を実現するために、たった一人で孤独の戦いを挑んでいるように見える。

全共闘運動が華やかだった時代、東大キャンパスに秀逸な立て看板が立った。【連帯を求めて孤立を恐れず!】というキャッチコピーは、当時の学生たちの合言葉だった。

さらに、東大安田講堂に警官隊が突入する前、当時人気があった高倉健のやくざ映画をもじって、「とめてくれるな/ おっかさん/背中の銀杏が /泣いている」という立て看板が立った。
https://dawase86.exblog.jp/10611485/

山本太郎の戦いは、【連帯を求めて 孤立を恐れず】という東大全共闘の戦いを彷彿とさせる。

さらに言えば、田中正造という人物も思い出させる。田中正造は足尾鉱毒事件で孤独の戦いを展開し、天皇に直訴した人物として知られている。山本も園遊会で天皇に手紙を渡し、物議をかもしている。

※田中正造
ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E6%AD%A3%E9%80%A0
※足尾鉱毒事件
ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E5%B0%BE%E9%89%B1%E6%AF%92%E4%BA%8B%E4%BB%B6

田中正造と足尾鉱毒事件
http://www8.plala.or.jp/kawakiyo/kiyo40_39.html

田中正造は、切腹を覚悟して、天皇に直訴した。彼は中流の地主の子供として生を受けたが、彼が死去した時には、一銭の財産も残っていなかった。文字通り、足尾鉱毒事件の解決のため、全財産も自らの生命すら失っても悔いなしの想いで戦い続けた。

山本太郎が、これらの歴史上の人物や事件に匹敵する何かを成し遂げるかどうかは分からないが、彼の行為はこれらの系譜に準ずるものである事は確かだろう。

だから、彼の街頭演説には、人が集まる。「なんで、山本太郎の演説は人を引き付けるのか」と久米宏が語っていたが、その秘密は彼の【本気さ】だろう。

前の選挙の時、立憲民主党の枝野幸男の孤独な戦いに多くの国民が共感し、立憲民主党は勝利した。あの時の枝野幸男には、人生を賭けた迫力があった。今の枝野にはそれがない。立憲民主党の問題はその一点にかかっている。

それに比べ、山本太郎には、【本気さ】も人生を賭ける【迫力】もある。同時に、「政治は権力」というリアリズムも持ち合わせている。

もう一つ重要な点がある。「れいわ新選組」というネーミングに象徴されるような【だささ】がある。東大闘争の洗練さと比較すれば、「れいわ新選組」はいかにもださい。【だささ】というのは、もろ刃の剣だが、山本太郎の場合、「だささ」が人々を引き付ける要件かもしれない。ひょっとしたら大化けするかも知れない、という期待感を抱かせる。

同時に政治という世界は、欲望に取り付かれた権力亡者どもの集合体である。むき出しの欲望と私益のためには、裏切りなど日常茶飯事。

権力を握ると言う事は、そんな彼らをうまく御する事と同義。一人で突っ走って成功する見込みはない。山本太郎の危惧される点は、これに尽きる。平野流の溢れる思いだけで成功する保証は皆無だろう。

政治力とは、こういう連中の人心掌握をする生臭さが重要。汚れる事を恐れては何もできない。

わたしは山本太郎にステンレスになれと勧めたい。どんな汚れの中にいても、水で洗えば、前と同じピカピカ。権力を握るとはそういう事である。汚れを拒否すれば、ただのドン・キホーテである。

小沢一郎の凄さはそこにあると認識しなくてはならない。
 
0047  老後2千万円不足問題、野党の統一ビジョンも聞きたい 厚顔 06/14 23:55
 
野党は政府金融庁が老後資金2千万円不足について国民へ自助努力を提言したことについて、政府の年金政策の批判のみに終止しているが、野党の統一ビジョンを国民に提示できていない。参議院選挙前の絶好の機会なのに、政府案批判と1人区一本化だけでは過半数はは獲れない。

端的に言えば、政府与党は国民に年金不足の自助努力を求めているが、自分たち野党が政権を担えば、政府が毎月5万5千円づつ年金不足を補い、生涯2千万円不足を解決する策を提示して、参議院選で国民に問えば良い。財源は辺野古基地建設中止、F35戦闘機購入中止、イージスアショア導入中止等、探せば自民党利権がらみの予算がいくらでもあるはずである。

また「れいわ新選組」の山本太郎議員が言うように、財源は法人税の累進課税導入、個人所得税の累進課税の強化、赤字国債の発行等も検討すればよい。旧民主党が政権を獲れたのもマニフェストというビジョンがあり、国民から期待されたからであろう。
 
0046 川崎無差別殺傷事件異聞!(登戸研究所考) 流水 06/06 15:14
 
今回の事件が起きたのが川崎市登戸。今は、戦前この地に日本の「15年戦争」の恥部を支えた研究所があった事を知る人は少ないだろう。
※ウィキペディア 15年戦争 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%BA%94%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89

小学校のこういう授業もある。
※15年も続いた戦争  http://sirius.la.coocan.jp/syakai/rekisi/kindai15.htm

今回の事件を聞いた時、わたしが真っ先に思い出したのが、戦前登戸にあった【大日本帝国陸軍登戸研究所】である。

1939年(昭和14年)、特殊電波・特殊化学材料などの秘密戦の研究部門として【陸軍科学研所】の下に設立されたものである。

岩崎隆一が個人で「無差別殺傷事件」を起こした場所がよりによって「登戸」だったという点にわたしは強い因縁を感じている。

何故なら、戦前、「帝国陸軍登戸研究所」は、大量殺戮兵器研究の第一線に立っていた。登戸研究所は「公の機関」としての大量殺戮研究。岩崎隆一の場合は、個人の凶行という違いはあるが、大量殺戮という目的に違いはない。

「研究 ・開発された武器」
原子爆弾、生物兵器、化学兵器、特攻兵器、謀略兵器、風船爆弾、缶詰爆弾、怪力光線、殺人光線、電気投擲砲

よく見てほしい。広島、長崎へ落とされた原子爆弾の研究もしていた。相手(米国)の方の完成が早かったと言う事だけである。その他、生物兵器や化学兵器などの研究も行っていた。怪力光線など漫画チックな研究もしていたようだが、現実にはBC兵器(化学兵器)や特攻兵器などのような地味な研究が主体。

その他、中華民国の経済攪乱のため、45億円の偽札も製造。⇒杉作戦(35億円の偽札をばらまく)

杉作戦と松機関
https://blog.goo.ne.jp/yshide2004/e/436f407107a9f90f99a9630a71a595fc

この「偽札作戦」と「阿片作戦」が中国作戦の裏側で行われていた。

※里見甫⇒(さとみ はじめ)ジャーナリスト、実業家、三井物産の下で関東軍と結託。阿片取引組織をつくり、阿片王と呼ばれた。余談だが、彼の祖先は、南総里見八犬伝で有名な里見氏だと言われている・・・・・ウィキペディア
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E8%A6%8B%E7%94%AB

・・・1932年に成立した満洲国では、主に熱河省でアヘンが生産され、ほかの地域に供給された。生産地と消費地を区別し、管理する手法は、ここで応用されたわけだ。
同じ手法は、中国本土にも適用された。中国本土では、主に蒙疆政権の綏遠省がアヘンの生産地に選ばれた。中国にはもともとアヘン吸煙者が大勢いたため、アヘンは売れに売れた。こうしてもたされた莫大な利益は、日本の戦費・占領統治費を賄ったのである。
たとえば、日本軍占領下の南京市では、占領1周年の1938年12月に、月間の市収入の23.1%をアヘン販売で賄っていた(小林元裕『近代中国の日本居留民と阿片』)。この結果、蔣介石政権のもとで減少しつつあったアヘン吸煙は、ふたたび増加に転じてしまった。
これほどまでアヘンを生産・販売・使用した戦争はほかに例を見ない。そのため、日中戦争の実態はアヘン戦争だったという指摘もある(江口圭一『日中アヘン戦争』)。その指摘に納得するほどに、日本の麻薬政策は大規模かつ巧妙だった。・・・

知られざる「麻薬大国」ニッポンの裏面史〜芸能界「薬物汚染」の源流はこんなところにあった!
―麻薬の利益でアジア太平洋戦争の戦費を賄う−
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/48659?page=4

以前書いた【陸軍731部隊】との緊密な関係も疑われている。

※1948年の帝銀事件⇒警視庁は犯行に使われた毒物が、登戸研究所で開発したものと推定⇒捜査メモ(甲斐文書)では、関東軍防疫給水部(731部隊)との共同による【人体実験】の関与を指摘する供述がある。
毒薬名⇒青酸ニトリール(アセトン・シアン・ヒドリン)の可能性が高いと第二科の職員は証言している。・・・ウィキペディア(登戸研究所)

戦後、登戸研究所の職員も、731部隊の隊員も、戦犯として裁かれていない。731部隊関係者で戦犯として裁かれたのは、ロシア軍によるものだけ。

それどころか、米軍は登戸研究所の存在を把握していたにもかかわらず、爆撃をしなかった。日本占領後、その研究成果を独占するためであった。731部隊の関係者が戦犯に問われなかったのも同様の理由。細菌兵器や生物兵器等の人体実験の記録など米軍に提供された、と言われている。

※関東軍防疫給水部(731部隊)の部隊長は石井四郎中将。その為、731部隊は通称石井部隊と呼ばれていた。
極東国際軍事裁判【東京裁判】において戦犯容疑に問われたが、詳細な研究資料を提供したため、GHQのダグラス・マッカーサー最高司令官とチャールズ・ウイロビー少将の協議により訴追を免れたと言われている。
・・・・・・ウィキペディア 石井四郎 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E4%BA%95%E5%9B%9B%E9%83%8E

帝銀事件でも、登戸研究所との関連を捜査していた警視庁は、GHQによって捜査にストップをかけられている。

戦後の重大事件(松川事件など)の多くに米軍の影を感じ、小説に書いたのが、松本清張。「日本の黒い霧」とか「小説帝銀事件」などで追及している。

戦後の戦犯追及を恐れた軍部は、敗戦前、登戸研究所の書類その他をできるだけ焼却、廃棄をして、その痕跡を消そうとしている。戦後、登戸研究所の敷地は、慶応大学や明治大学などに払い下げられている。現在の明治大学生田キャンパスには、かっての登戸研究所の痕跡も残っているし、その資料も、明治大学平和教育登戸研究所資料館に保管されているものもある。

※明治大学平和教育登戸研究所資料館
https://www.meiji.ac.jp/noborito/
※帝国陸軍の秘密戦の拠点「登戸研究所」を歩く
https://mananavi.com/73668-2/

岩崎隆一の大量殺戮事件の異様さと恐ろしさは、人間の持つ「悪魔性」の底知れぬ恐怖にある。

では、登戸研究所で示された戦争の持つ底なし沼のような「悪魔性」は、国策の名のもとに正当化されるものだろうか。

国家主義者たちの感性の鈍麻は、国策遂行のためには、どんな【悪魔的手段】をとっても許される、という点にある。現在の世界、日本の現状は、じょじょに、このような「悪魔的手段」を許容する感性に傾斜している。

わたしたちは、個人による大量殺戮という悪魔的所業を許容できないのなら、さらに大量の人間を殺戮する【戦争】と言う行為の「非人間性」と「悪魔性」も拒否しなければならない。
 
0045 Re: メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと(第十六期) 名無しの探偵 06/02 19:32
 
流水さんの「川崎無差別殺人考」の見事な分析と今後の取り組み処方の書き込みの後で、なかなかうまく表現できるか。自信はないが、この事件の余燼も冷めやらぬ今日の日曜日に突然飛び込んできたニュースがある。元農林水産省の事務次官を務めた人物の「ひきこもり」息子を殺害したという事件の報道である。
熊沢氏(76歳)がひきこもりの息子(40代)を息子の日常的な暴力に耐えきれず殺害したという事件である。
実は、川崎無差別殺人などが2000年以降多発した以前の20世紀末には
こうした日常的に暴力を振るう息子を殺害する事件はかなり多かったのである。また、息子が家族を襲って殺害したケースも多かった。世紀末の事件として、エリートの家族の家でこうした事件は多発(私の主観的観察であるが)していた。
昨日の今日という感じの二つの事件であるが、結論を先に言うと、日本という社会はそれが誰であろうと、つまりエリート家庭であろうが、反対の対局にいる貧困層であろうが、家庭内のトラブルを相談して(ここまでは行政は
かなり配慮している)、解決する手当(ケアー)は実は皆無に近いのではないだろうか。
つまり、相談窓口はあることはあるが、肝心の「解決」手段までを導く機関なりNPO団体は皆無に近いのである。
そして、川崎無差別殺人の事件の直後にNPO団体の代表であり、社会福祉士として有名な藤田孝典氏が異例の呼びかけをしたのだが、専門家によるバッシングにさらされている。
「ひとりで死んでくれればいいのだ、と言うと、この事件と同じ状況(ひきこもりで、しかも、切羽詰まった状態)の人たちを刺激してしまうので、やめてほしい」という緊急メッセージを藤田氏が呼び掛けたにすぎないのである。今も他のジャーナリストからの批判(非難に近い)を受けている。
少し、横道にそれたので、元に議論を戻そう。
日本社会は(前近代はそうではなかったという統計がある)相談窓口はあることはあるが、例えば警察や児童相談所などであるが、いじめ自殺や親の虐待になんらの対策もできない政府機関であることは証明済みと言ってよい。
また、自殺防止の相談窓口などである。
翻って、生活保護の申請受付などはどうだろうか。これは水際で相談のときに「生活保護」は受けれないなどと拒絶する行政が圧倒的に多いと聞く。
こうした「形式上での相談後」のケアーのないのが日本の行政窓口の「実態」なのである。
元農水省の事務次官だった熊沢氏も「相談」窓口があるようでないことに実は悩んでいたのでないだろうか。
その末に自らの手で暴れる息子を殺害してしまったのではないだろうか。

上はエリートから下は相対的貧困層まで、トラブルの解決に至る「道程」や「道標」が欠落しているのが現在の「先進国」(安倍が言っているだけであるが)日本社会の現状ではないのか。
コラムでも言及したが、ナチスの断種法を継承してつい最近まで「優生保護法」を大学の学会のさしたる抵抗もなく維持しつけてきた国である。
これが「先進国」?と言えるのだろうか。
消費税を10パーセントにしてトランプ政権から武器を爆買いする安倍首相官邸であり、消費税は「戦争をする国」への道程であり、ひきこもりがどんな事件を起こそうと「そんなの関係ねー」というところなのである。

要するに相談だけは「できる」のだが、解決への道は閉ざされているのがこの国の実態なのである。
その典型例として生活保護のケースでもう一度確認する。生活保護の「捕捉率20パーセント」と言われている。
つまり、要生活保護の対象者が100人いれば20人しか保護を受けられないということである。
これが福祉国家日本の現実である。「ひきこもり」の人たちは生活保護を申請しても拒絶されることは目に見えている。かれらは「家族の扶養」の下にいるので無理なのである。


 
0043 川崎無差別殺傷事件考 流水 05/31 21:23
 
・・・5月28日午前7時40分ごろ、川崎市多摩区登戸町新町の路上で、私立「カリタス」小学校のスクールバスを待っていた児童らが刃物を持った男に襲われた。同小の児童17人と近くにいた成人男女2人の計19人が刺されるなどし、・・中略・・が死亡、保護者と見られる40代女性と女児2人の計3人が重傷を負った。・・29日付け 毎日新聞一面トップ

また児童殺傷事件が起こった。大阪教育大学付属池田小事件以来の大きなショックを社会、教育関係者、保護者に与えたと思われる。

この種の事件では犯行動機の解明が最重要の課題だが、犯人、岩崎隆一は、その場で自殺。本当の意味での犯行動機の解明は難しい。ただ、岩崎隆一の家庭環境、生育状況、その人となりなどは、周囲の証言で少しずつは明らかになりつつあるので、推測に過ぎないとはいえ、何かしら犯行動機に近づけるかもしれない。

わたしは、“日本社会存廃の危機”の中で、(3)中高年の引きこもり問題と多死社会日本と題して、以下のように指摘した。

・・・もう一つ、これは以前から指摘し続けている問題がある。それは、決して統計など表には出ない【中高年の引きこもり】問題である。推定で言えば、全国で約61万人ともいわれている。
https://www.fnn.jp/posts/00044620HDK

上のサイトでの問題点に加えて、中学・高校時代のいじめ、不登校などが嵩じて、「引きこもり」になった人も多数いる。彼らは、就職するには、学力も学歴もスキルもキャリアも不足している。そういう彼らを支え続けていたのが、家族(両親)。しかし、その両親も高齢化し、続々と死去している。・・

今回の犯人、岩崎隆一の家族環境は、この問題にぴったり当てはまる。さらに言えば、両親の離婚。叔父夫婦の家に引き取られる。叔父夫婦の子供たちは、どうやら今回被害にあった「カリタス小学校」に通っており、岩崎隆一は公立小学校に通学していたようである。

さらに同居していた祖母が厳しい人で、叔父夫婦の男の子と岩崎隆一を理容院に連れてきたとき、叔父夫婦の子供の頭は坊ちゃん狩りにし、岩崎隆一の頭は丸刈りにするよう頼んでいたなどという証言も出ている。

子供時代の差別体験は、大人が考える以上に、真っすぐに子供の心に突き刺さる。ほんの些細な事でも敏感に感じ取る。おそらく、日常の様々な場面で岩崎少年の心は血を流していたに相違ない。

これらの証言から分かるのは、幼少期から青春時代まで、岩崎隆一は、肉親の愛情を知らずに成長しているのではないか、と言う事実である。「自分が愛されている」という実感は、人の成長にとって極めて重要で、その後の他者に対する接し方を規定する。

彼の成育歴を子細に調べなければ断言できないが、彼が人間の愛情というものをあまり知らずに成長してきたことだけは間違いなさそうである。

5/31の毎日新聞には、中学卒業後の進路を、彼の同級生すら知らなかった、と書いてある。これは異常な話で通常そんな事はあり得ない。もし、これが真実なら、如何に彼が周囲との関係性を拒み、絶っていたかを示すものだ。

ただ、他者との関係性を絶ち、本当の愛情を知らずに成長した人間の全てが殺人者になるわけではない。というより、ほとんどそれは例外的事例に過ぎない。逆に、親に愛情を注がれて成長した人間でも殺人者になるケースもある。

人間と言う生き物の分からなさの根源に、心の奥底に棲みついた魔物のような制御が難しい心の動きがある。それが一番現れるのは、青春時代。その時代を【疾風怒濤時代】と呼ぶ。この人間認識は意外に真実に近い。

江戸時代、得体の知れない悪意によって人が殺傷された場合、人の心に憑りついた【魔物】によって、人が乱心し、殺されたと考えていたようである。これが【通り魔】の原義。 

似たような言葉に、【逢魔が時】という言葉がある。夕方ごろ、時間で言うなら午後六時ごろ(季節によって5時から7時ごろ)を指す。この時間帯は、辺りが薄暗くなり景色が闇に溶け込み始める時刻。江戸時代のように灯りが少なかった時代、この時間帯には何かしら良くない事が起きるのではないか、と考えられていた。これには、闇に対する人間の本能的な恐怖が背景にある。

この古語からも分かるように、どの時代にも今回のような理不尽な殺人事件は起きていた。江戸時代の人々はこのような了解不能な犯罪を【魔物】と言う言葉で表現したのだろう。

事情は、現代でもさほど違わない。犯罪心理学者、元警察官、その他教育の専門家などと称する訳知り顔の人々の解説や手垢のついた【心の闇】などより、人の心の中に棲みついた【魔物】という表現の方がぴったりくる。

今回の事件で岩崎隆一は、無言のまま、何の逡巡もなく上半身(特に首)を狙って、刃物で突き刺し、わずか十数秒後には、自らの首を切って自殺。目撃者によると、何のためらいもなかったようだ。彼の強い【自殺願望】が見て取れる。

自らの人生を終えるために、多くの弱者(子供)を道づれにして、何のためらいも感じていない。彼の無言の無差別な襲撃とその後の逡巡のない自殺を見ていると、何かが憑依した人間の行為に見えて仕方がない。

この手口そのものが、「弱者いじめの社会」への彼なりの復讐だと読むことができる。「俺はこうしていじめられてきた」という彼の心の叫びが聞こえてきそうである。

社会的弱者としての半生を、子供という社会的弱者を襲撃する事によって解消しようとする。この矛盾した心の動きから、彼の本音を読まなければならない。

常識的にいえば、彼の復讐劇は理不尽そのもの。彼を排斥したかも知れない周囲の人間と、襲われた子供たちとは全く無関係。逆恨みともいえない。襲撃され、命を落とした人にとって、こんな理不尽な話はない。家族や親族にとって、彼は悪魔。いくら憎んでも憎み切れない。

それでも彼は復讐せざるを得なかった。この倒錯した心理こそが、われわれが考えなければならない問題である。

ごく単純な事実だが、わたしたちの社会は、岩崎隆一や大阪教育大学附属池田小事件の宅間被告のような人物の輩出を防ぐことはできない。どんな理想的社会を建設しても、それは難しいだろう。これが大前提で、社会は自己防衛的な手段を講じなければならない。岩崎的人物の輩出は防げないかもしれないが、その数をできるだけ減少させるにはどうしたら良いか、の知恵を絞らなければならない。

ここまでは、あまり異論がないだろう。ここから、方法論が分かれる。

@社会の隅から隅まで監視カメラを張り巡らし、徹底的な監視社会を構築する。例えば、すでに利用可能になっているそうだが、カメラに写っている人物の体温を測定し、犯罪を犯す可能性を予知する。それに基づきその人物を徹底的に追尾、防犯に役立てる。⇒全国の引きこもり人物を調査。監視対象にする。⇒予防検束社会(犯罪を犯す可能性が高い人物を事前に拘束する)の到来も予測できる。
⇒当然、権力側は、この機に応じて、反政府的言動を繰り返す人物も予防検束する。⇒戦前型ファッショ体制の確立。強権的ファッショ体制の国家ほど犯罪者は少ない。 
 ※@社会の到来は、一番現実的可能性が高いと考えていた方が良い。理由は、今回のような事件が起きれば、予防検束もやむ負えないと考える国民が出てくるからである。

A引きこもりなど社会から離れて生活している人に対する対策を充分に講じる。⇒セラピストや臨床心理士などのような専門家人員を増加。引きこもりの人々を受け入れる施設などを増設する。引きこもりの家族を抱えている家庭の精神的負担(恥ずかしいなど)を軽減するキャンペーンなどを通じて、社会的救済措置を講じる。⇒金も人員も手間も時間もかかり、効果がすぐには見えない方法である。
⇒一番難しいのは、世間の無理解と差別的視点をどう克服するか、という問題。⇒日本社会の後進性の克服と言う最大の難関が待ち受けている。

上記のように、今回の問題は、ただの無差別殺傷事件では済まない重要な問題を包含している。新自由主義社会への傾斜と深化は、岩崎隆一のような人物を次々と生み出す可能性が高い。貧富の格差の拡大は、社会への怨嗟を掻き立てる可能性が高い。例えば、派遣社員で生活している人々が、病気で仕事を失ったらどうなるのか。明日への希望の持てない社会の行く末は暗い。

わたしたちは、今回の事件を通じて、自らの未来の社会をどう構築するのかを真剣に考えなければならない。
 
0042 米中貿易摩擦と世界の多極化 流水 05/25 15:54
 
「世界を巻き込む中国と米国の貿易戦争の真の狙い!」でも指摘したが、米中の貿易摩擦(もはや貿易戦争)の本質は、米中間の覇権争いである。特に、ハイテク分野における覇権争いが中核にある。
https://blog.goo.ne.jp/rojinto_goken/e/554210b1110d99bb02ce59df909ca7ce

何度も指摘して恐縮だが、世界が一番危険になるのは、覇権国家の力が衰え、次の覇権国家が台頭し始めた時。両者の力は拮抗しているが、勢いは次の覇権国家候補に分がある。となると、現在の覇権国家は自らの地位を守るためにあらゆる手段を講じる。手段の当否を問う余裕がない。

今、世界の状況は、新旧二大勢力の覇権争いのただ中にある。これが現在の世界のカオスの根源にある。「世界の未来は?」でも指摘したが、米国主導の「新自由主義的経済体制」は終焉を迎え、中国主導の一路一帯経済(一種の国家資本主義的形態を持つ)へと世界経済は移行しつつある。

ただ、新しい経済体制がどのようなものになるかは、即断できない。欧州を中心に徐々に存在感を持ち始めている展相(Potenz)経済学がどのように展開するか、予断を許さない。

ただ、明確に言えることは、グローバル企業が各国の地場産業を潰し、富を独占する体制は、変化せざるを得ない。極端な【富の分配】の不公平は許されない時代に入る事は、間違いない。

さらに、金融制度も大幅な変更を余儀なくされるだろう。「複雑怪奇な世界情勢と右顧左眄する日本!」で指摘した米国の世界支配の根底的システムである【ペトロ・ダラー体制】は早晩崩壊せざるを得ないだろう。
https://blog.goo.ne.jp/rojinto_goken/e/ccd708ff46c72a5fe63c575bef4f429b

元世界銀行で働いていたスイス人のエコノミスト、ピーター・ケーニッヒは以下のように主張する。

・・国際金融と貿易の主要三悪党、IMF(世界通貨基金)、WB(世界銀行)とWTO(世界貿易機構)が、インドネシアのバリ島の豪華なリゾートで会合し、トランプ政権によって始められ、扇動された拡大しつつある貿易戦争の結果、国際投資の減少や世界経済成長の下落という怖しい結果を警告した。彼らは、各国の繁栄を凋落させるかも知れない保護貿易主義を批判した。IMFは今年と2019年の世界経済成長予測を引き下げた。

これは何の根拠もないただの人騒がせだ。実際、彼らが主張する貿易と投資の増加から生じた過去の経済成長もごく僅かな少数にしか役立たず、開発途上国、先進国双方の金持ちと貧しい人の格差を拡大した。GDP成長の内部分配について、今まで誰も話をしないのは興味深い。・・・(中略)・・・・経済的低迷から回復する必要があり、そう望んでいる国が、外部からの干渉を最小にとどめ、自身内部の社会経済的能力に集中し、促進する事で、大変うまくいくことは何度となく証明されている。

最も顕著な例は中国だ。何世紀もの欧米の植民地化と圧迫から、1949年10月1日に中華人民共和国として毛主席が作り出した中国が出現した後、毛主席と中国共産党は、まず病気や、教育の欠如によって破壊された国、欧米植民者による恥知らずの搾取の結果、絶望的な飢饉で苦しむ国を整えねばならなかった。

その為、中国は1980年代半ばまでほとんど国を閉ざしたままだった。蔓延する飢饉と病気に打ち勝ち、全国的教育制度を整え、穀物や農産品の純輸出国になって初めて国際投資や貿易のために国を開いたのだった。

そして今中国はどうなっているか、ご覧願いたい。わずか、30年後、世界第二位の経済大国で、欧米帝国主義によって侵略される事のない世界の超大国だ」・・・・

カナダの雑誌Global Research 「IMF-世界銀行―WTO−脱グローバリゼーションと関税の脅威で人騒がせー主権国家への回帰」
https://www.globalresearch.ca/imf-wb-wto-scaremongering-threats-on-de-globalization-and-tariffs-the-return-to-sovereign-nations/5656922

欧米のエコノミストでさえも、IMF、WB、WTOを国際金融における三悪党と呼んでいる。これら国際機関は、すべて米国の影響下にあり、米国流新自由主義(グローバリズム)の宣伝・広報・推進機関と考えて間違いない。

世界銀行などから借金をし、彼らの指導の下、新自由主義的経済政策を押し付けられ、経済変調をきたした国の代表が韓国。その他、中南米諸国、マレーシア、ギリシャなど枚挙に暇がない。

さらにこの論文で重要な事は、「外部からの干渉を最小にとどめ、自身内部の社会経済的能力に集中し、促進する事で、大変うまくいくことは何度となく証明されている。」点を明確に指摘している点にある。

まず、独立した経済、自立した経済を目指すことが重要であり、グローバル・スタンダードだといって、発達段階の違う国々に一律のやり方を強制する事は間違いだと言っている。

グローバル・スタンダードと言うのは、比喩的に言うならば、欧米、特に米国など先進国は、100M競走をする時、80Mから出発し、他国(経済後進国)は、100Mのはるか後方からスタートさせ、これが自由でフェアーな競争だと主張しているようなものだ。

この理不尽な競争の審判役が、WTO・IMF・WBと言う事になる。欧米諸国(特に米国)の自由でフェアーな競争と言う主張は、経済後進国にとって、いかに理不尽な主張かが分かる。

さて、米中の貿易戦争の結末はどうなるのか。世界中が固唾をのんで見守っている。少し詳細に検討してみよう。

(1)金融面での影響
   
これまで、中国は世界の製造業の下請けの役割を果たしてきた。米国も日本も欧州も安い労働力を求めて中国に工場を建設してきた。

中国は、米国などに輸出したドル建ての代金で米国債などの金融商品を買って保有してきた。(米国債の保有率は世界第一)

ここが重要だが、米国が中国に対して持つ貿易の赤字分の多くが、米国債購入を通して、米国に還流していた。(この構図は日本や他の国も同じ。)その為、米国の政府や金融界がどんどん借金を増やしても、金利が低く維持されて破綻しない構図が維持されてきた。(※米国は、印刷機でドルを刷れば儲かる、という構図)

合わせて考えておかねばならないのは、米国の世界支配のためのもう一つの金融政策であるペトロダラー・システム。つまり、エネルギーの中心である石油取引をドル決済で行うというルール。これがドルを世界の「基軸通貨」にした最大の理由。

しかし、現在、中国・ロシア・イラン・ベネズエラなどドル決済に従わない国々が多く出始めている。つまり、ドル支配体制に対する挑戦が拡大しているのである。ベネズエラ問題は、米国のペトロダラー・システムに挑戦している国に対する米国の報復・懲罰の意味合いが大きい。

※参照 「複雑怪奇な世界情勢と右顧左眄する日本!」

ところが、トランプは、この構図を無視して貿易戦争を仕掛けている。と言う事は、中国から米国への輸出が減少する。そうなると、中国の米国債の保有率が減少する。当然、日本もそうなる。 ※ここが重要だが、米国債の半分は、外国が買っている。

米国債を外国(中国・日本など)が買わなくなると、米国の長期金利が上昇する。膨大な額の米国債だから、長期金利が1%上がるだけで、米国の財政に与える影響は甚大。財政破綻や金融危機を引き起こす可能性が高い。

これまでの米中関係は、中国は製造業、米国は金融業で儲けてきた。この棲み分けがうまく機能していたが、おそらくこれからはそうはいかない。
中国は棲み分けを止めて、「自立」する道を選択した。「世界を巻き込む中国と米国の貿易戦争の真の狙い」で指摘した【製造2025】は、中国の自立宣言と読まなければならない。

現在、米国債の10年物の金利が3%を超え始めている。米中貿易戦争が長期化すると、中国はおそらく保有する多額の米国債(世界一)を売り出すに違いない。この時、米国債の長期金利の上昇がどれほどになるか。その結果いかんでは、米政府の財政破綻、米国発の金融危機が勃発する可能性が高い。

(2)貿易面での影響

米国が中国製品の関税引き上げを表明しているのは、対米輸出総額(2017年=5056億ドル)の枠内。第一弾⇒340億ドル 第二弾⇒160億ドル 第三弾⇒2000億ドル まで発動済み。第四弾⇒3000億ドル を発動すると、対米輸出の全てに関税引き上げを発動する事になる。

〇一言で言うと、世界最大の貿易赤字国(米国)が、世界最大の貿易黒字国(中国)に俺の国の商品をもっと買え。買わないのなら、関税を上げるぞ、と脅している構図。それに対して中国側がそんな事をするのなら、米国商品の関税も上げてやると言っている。まるで、子供の喧嘩だが、世界第一位、第二位の経済大国の喧嘩だから、その他の国々にかかる迷惑は半端でない。

しかし、上記の関税引き上げをよく見てほしい。米国は、中国が言いなりにならない場合、次の打つ手にはたと困る。つまり、これ以上、関税引き上げという手(脅し)が打てなくなっている。

ところが、中国には、米国債売却という奥の手がある。もし、中国が米国債売却に踏み切った場合、米国債が暴落する可能性が高い。そうなると、米国債の長期金利が一気に上昇する可能性が高い。長期金利の上昇は、米財政の破綻と金融政策の破綻につながる。世界第一位の経済大国の財政破綻、金融破綻は、即、世界的な経済恐慌につながる可能性が高い。

中国もその事をよく知っているので、どこまで踏み切るかは疑問だが、世界各国は薄氷を踏む思いで見つめている。

トランプ大統領が13日ツイッターで「中国は報復すべきではない−−(報復すれば)もっと悪い状況になる!」と書いたのは、中国に対する脅しというより、上記の事を心配しているからだろう。

そんなに心配なら、外交交渉で決着を付ければ良いのだが、対中国問題では、国内にタカ派が多数存在し、超党派の様相を呈しているので、そう簡単に妥協できない。

(3)対中貿易戦争の最大の被害者は誰か(被害が国内へ回帰するブーメラン現象)

中国がアメリカに輸出する製品⇒スマートフォン、パソコン、家具、衣料品など多岐にわたる。⇒これらの製品が25%も値上がりすると、それは即米国民の生活を直撃する。

ある評論家は以下のように書いている。

・・・中国商品輸入5000億ドルに対して25%の関税というトランプの案が丸ごと実行されれば、3人家族のアメリカ人の負担は約2,200ドルになる。

「5月末までに発効する、2000億ドルに対する、最近の10%から25%への15%追加関税に関しては、直接経費は300億ドルで、より高いアメリカ生産者価格からくる、ありそうな間接経費で、更に300億ドルある。合計で600億ドル、一家族当たり550ドルだ。」 中国は関税の「5%以上」を吸収しないだろう・・・・中国との貿易戦争のプロパガンダ激化
Moon of Alabama  マスコミに載らない海外記事
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-8eb9bf.html

大豆など米国から中国への農産品の輸出⇒25%の関税をかけられると、売れなくなる。⇒米国農家を直撃する。現在、日本のスーパーで、米国産牛肉を買えば良く分かるが、米国産牛肉の値下がりは半端でない。すでに、米国農産品が中国で売れなくなっている現状があるため、価格を安くして日本で売らざるを得ないのである。当然だが、中国の人口は日本の10倍以上。市場規模は比較にならない。

さらに中国へ進出している米企業は多い。ここで作られた製品が米国へ輸出されているのだが、これらの商品にも関税引き上げが重くのしかかる。そのため、リストラや給与カット、生産拠点の変更などの対応が迫られる。これも米国民の生活を直撃する。
 
このように関税引き上げ25%の影響は、ブーメランのように、米国民や米企業などに返ってくる。これにいつまで耐えられるか。米中双方の我慢比べの様相を呈している。

(4)習近平政権の核心的利益

習近平政権の推進するいわゆる【国家資本主義】的政策の根幹に位置しているのが、【補助金政策】である。IT産業に補助金を投入して景気にてこ入れし、国内不満を抑える事は、習近平政権の核心的利益である。この政策を止めろ、という米国の要求には、決して応じないだろう。

米国の要求にも無理がある。そもそも、重要産業育成のために補助金を投入するのは、各国政府の内政問題。それを止めろ、などと言う要求は、【内政干渉】と言われても仕方がない。米国も、農業にかなりの額の補助金を投入している。自国の投入は良くて、他国の投入は駄目だというのは、完全なダブルスタンダート。論理的に破綻している。

(5)世界貿易の現状 (米国凋落の現状)

世界の貿易額 2000年当時 約13兆ドル(1430兆円)規模
       2017年   約35兆ドル(3850兆円)規模⇒約2.5倍に拡大
貿易額における国別構成比
          2000年当時  米国15%以上 中国4% 米国独り勝ち
          2017年     中国・米国とも12%前後

※貿易額=輸入額+輸出額  貿易収支=輸出額−輸入額
問題なのは、貿易収支。
 米国 =2000年以降、毎年大赤字。
      2000年⇒5000億ドル(約55兆円)
      2015年⇒7619億ドル(約83・8兆円)
      2017年⇒8075億ドル(約88・8兆円) 
中国⇒ 徐々に貿易黒字を拡大
   2016年 ⇒5107億j(56・2兆円)⇒世界最大の黒字国

トランプ大統領にはこの現状が我慢ならない。米中の貿易戦争の直接的要因である。

冷静に考えるなら、この現状を招いた最大の原因は、米国にある。自国産業の競争力が衰退した結果、製造業などが衰退し、輸入が拡大したのである。
もう一つは、金融産業での独り勝ちが、楽して金儲け精神を植え付け、健全な資本主義の発達を阻害している。

トランプ大統領がやらなければならないのは、こういう米国内部の矛盾の解決のはずだが、そうはならないところが、「覇権国家」の「覇権国家」たる所以なのだろう。

Paul Craig Robertsは以下のように語る。

・・・アメリカ人は、常にそうなのだが、「グローバリズム」と呼ばれるいんちきにだまされているのだ。グローバリズムは、労働組合を破壊し、アメリカ労働者から中産階級の仕事を奪い、彼らから交渉力を剥奪するために使われるペテンなのだ。それは同様に、自給自足の第三世界の人々を土地から追い立て、国の農業を単一作物輸出商品生産に変換するため、多国籍農業関連企業に利用されるペテンなのだ。

 グローバリズムによる悪事は、先進国と第三世界の双方に犠牲を強いた。それは全く先進国の資本主義者連中による利益最大化の結果だ。それは中国とは無関係だ。

 中国産業がアメリカ産業より安く生産するからではなく、アメリカ・グローバル企業こそ、アメリカ雇用喪失の原因である事実を見えぬよう隠すため、身代わりに中国が非難されているのだ。・・・「関税問題」−マスコミに載らない海外記事 
http://www.asyura2.com/19/kokusai26/msg/461.html

トランプ大統領は、中国に対して、何が何でも米国製品を買え、と言っている。「買いたくなるような製品を作れ」というのが、他国の本音だが、寅さんではないが、覇権国家米国に対して「それを言っちゃ、終しめーよ」というのが、現状だろう。

(6)米国の通商政策
※基本方針⇒トランプ大統領の就任演説での【アメリカ・ファースト】⇒米商品を買い、米国人を雇う。
  ↓
米通商代表部の方針(2016年)

A.アメリカの国家主権を優先(通商政策)
B.アメリカの通商法の厳格適用
C.海外市場開放のため、あらゆるレバレッジ(梃子)を活用(簡単に言うと手段を問わない)
D.主権国家と新たな通商関係を設立
           ↓
●多国間交渉から、二国間交渉へ
TPP離脱。NAFTAの再交渉。米中包括経済会話。米韓FTA再交渉。
⇒他国の事情を考慮しない強引な交渉

◎トランプ流交渉の負の側面
★米国の要求を一方的に押し付ける。合意を拒めば、経済制裁をかける。⇒この方法では、二国間交渉もまとまらない。
特に、同盟国以外の国々との確執は酷くなる一方である。
・17年6月 ⇒2国間取引でキューバへの制裁強化
・17年8月 ⇒ロシアへの制裁強化
・18年4月 ⇒シリアへの空爆
・19年1月 ⇒ベネズエラへの制裁強化

しかし、制裁強化と恫喝を武器にした外交に簡単に屈服する国は、そんなにはない。かえって、態度を硬化させ、徹底抗戦の態度を醸成するだけである。米国の経済交渉は、常に制裁と軍事力による脅しの二本立て。これは、どう見ても、正常な交渉とは言えない。悪く言えば、まるで、やくざか暴力団の手口。これでは、決して尊敬を勝ち取れない。

その為、現在のベネズエラ・イランとの一触即発の関係、中東の危機、ロシアとの関係、中国との貿易戦争と南シナ海問題と台湾問題を梃子にした緊張関係、中南米諸国の移民問題、EUやNATOとの関係など、米国発の世界を揺るがす問題が目白押しである。

このように現在の世界の諸問題の大半は、米国が意図的に作り出しているといって過言ではない。かってのような世界の警察官としての存在感などどこにもない。あるのは、世界の鼻つまみ者としての米国である。

以前から何度も指摘してきた【覇権国家】が「覇権」を降りなければならなくなる過程が一番危険。現在の世界情勢はまさにこの状況であるといって過言ではない。

さらに危険なのは、米国は1992年以降、ウォルフォウィッツ・ドクトリン(世界覇権の確立)にこだわっている。(特にネオコンなど)覇権を手放さなければならないかも知れないという焦りと自分たちの最終目標を実現しようという戦争勢力内の二つの心理的要因が、現在世界の緊張の背景にある。

この状況を冷静に眺めると、米国はもはや強硬手段に訴えるしか方法がなくなっていると思える。
例えば、カナダ政府に頼んで、ファーウェイの副会長を逮捕させる。
19年8月から米政府はファーウェイなど特定5社の機器やサービスの利用を禁止。
20年8月から、5社の機器やサービスを利用している企業との取引を禁止する。
背景には、5Gの技術開発で中国に後れを取り、5Gの基地局市場をファーウェイに奪われるのを恐れている。

どう考えても米国のやり口はフェアーではない。あれだけ企業活動の自由を叫び、他国市場の閉鎖性や関税を非難しておきながら、自国の企業が負けそうになると、相手国の企業活動を国家の力で制限したり、その活動を受け入れた企業も処罰する。どこが「自由」なのか、と言われても仕方がない。

これが意味するところは、実体経済の中では、もはや米国企業は国際競争力を失っているという事実である。

何度も言うようだが、貿易収支を黒字に転換させるためには、顧客がどうしても買いたくなる商品や製品を市場に送り出すことが大前提。その為には、低コストで質の高い製品だとか、誰もが驚く最先端の技術を用いた商品を作るとか、企業努力が重要。

ところが、米国製品のお粗末な事。農産品で言えば、農薬まみれの農産物。成長ホルモン剤を多用した牛肉。遺伝子組み換え商品。健康に留意した欧州では、輸入禁止にしている国もある。

現在日本でも問題になっているグリホサート殺虫剤(モンサント社)(発がん性が疑われている)などきわめて危険な製品が多い。

※反証にもかかわらずグリホサートはOKと言うアメリカ環境保護庁
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-5920f8.html
 マスコミに載らない海外記事

その他、家電製品や自動車などの技術力の低下が顕著。先日、F35が墜落したが、世界最高水準を誇った飛行機、戦闘機でも事故が続発している。余談だが、米国製航空機のエンジンの多くは日本製。航空機エンジンといえば、航空機の心臓。それを他国に依存しているようでは、米国の技術力もたいしたことはない。

こう見てくると、まともな商取引では、米製品はあまり相手にされていなくなっている。では、どうやって商売敵に勝つのか。

編み出した戦術が、相手の商品を売れにくくする。その為の妨害行為を編み出す、という方法。これが、関税引き上げ。ファーウェイのように米国との取引停止。米国の同盟国や他国にもそれを強制するという方法。

これはどう見ても、正当な商取引ではない。こういうやり口しかできないとなると、どう見ても、これが米国の強みだとは言えない。むしろ、逆に米国の弱みを示していると考えるのが至当。

中国と習近平政権は、この争いが長く続くと予想しており、一時的な経済の低迷は覚悟しているようだ。しばらく我慢をすれば、必ず勝利できると考えている。何故なら、トランプ政権の狙いは、来年の大統領選挙に勝利するための材料づくりと言う事がはっきりしている。かりにトランプ大統領が再選されても、2年たてば、レームダックになる可能性が高い。この2〜3年を我慢すれば、何とかなる、と考えているに違いない。

こうなると中国と米国の政治制度の違いが大きな要素になる。習近平政権は、長期政権なので、この程度の我慢はすることができるが、トランプ大統領はそうはいかない。どうしても、成果を急がざるを得ない。

この彼我の違いが、今回の米中貿易戦争の帰趨を分けるような気がする。長期になればなるほど中国が有利、米国が不利になるだろう。
 
0041 天皇制を考える 流水 05/17 20:58
 
(1)米国の天皇制理解・・戦争準備の凄さ

明仁天皇が退位され平成の世が終わった。次は、令和の世だ、などというメディアのバカ騒ぎに与する気持ちはさらさらない。わたしは、これからは可能な限り西歴を使おうと考えている。

特に宮中祭祀(大嘗祭)を国事行為にして、バカ騒ぎを演出している安倍政権の反憲法姿勢と歴史修正主義には反吐が出る。これがどれほど明仁天皇を傷つけているか、安倍首相は考えたことがあるのか。

明仁天皇退位を伝えた外国ニュースの中で天皇の歴史修正主義に対する嫌悪の情を書いた英国報道があった。日本メディアが安倍首相に対する忖度で改元騒ぎを煽るだけの報道一色なのに比べて、外国ニュースが事の本質をずばりと切り取っていた。

本当に令和を新しい時代にするつもりなら、明仁天皇が生涯をかけて追い求めてきた「象徴天皇」の本質的意味を深く考え、次の時代の天皇像を官民挙げて模索しなければならない。前の時代の真摯な総括なしに新たな時代など来るはずがない。

だから、改元時における大メディアの責務は、明治以降の天皇制の歴史と役割を冷静に冷徹に振り返る事であり、令和(うさん臭い改元事情も含めて)を無条件に寿ぐ事ではない。

前の投稿「象徴天皇へ歩み続けた明仁天皇(帝王学の成果か!)」でも触れたが、米国は、戦争終了前から、天皇制の存続を考えていた。

加藤哲郎氏(当時は一橋大学教授)が「世界」に2004年12月に発表した論文『1942年6月米国「日本プラン」と象徴天皇制』によると、1942年6月時点にすでに「天皇制存続」と「戦後」の日本の繁栄=資本主義の再建というGHQの二つの占領方針が期計画されており、「天皇」を平和の象徴として利用するという戦後日本の占領計画が練られていたという。
http://netizen.html.xdomain.jp/JapanPlan.html

米国にとって日本との戦争に勝利するのは既定の事実。如何に占領支配を行うかが米国の主要関心事だった、と言う事である。戦争の相手国のこれだけの深慮遠謀と余裕。鬼畜米英を大声で叫び、大本営発表で国民を騙し、竹やりで本土決戦を叫ぶ以外能の無い政府。彼我の違いの大きさに愕然とする。

しかも、米国は、明確に「天皇」を平和の象徴として戦後日本の占領行政の中核として位置づけている。米国の天皇制に対する理解、日本や日本人理解は、相当なものだと言わざるを得ない。

実は、あまり知られていないが、天皇家と米国との間には、相当数の書簡の交換があった。天皇家と米国の関係は、傍が思う以上に親密だった。

5/4日、TBSの報道特集で、金平キャスターが、米公文書館でこの書簡を閲覧したのが放映されていた。同時に大正天皇の女官の肉声テープも放映していた。大変興味深く非常な力作だった。

※令和時代の幕開けと代替わりの原点 (2019/5/4 放送)
・・・約200年ぶり、憲政史上初めてとなる天皇の退位と新天皇の即位を国民はどう見つめたのか。歴史的な代替わりを様々な視点で取材し新時代の象徴天皇のあり方を考える。さらに、私たちは大正天皇の女官の肉声が収められたカセットテープなど、今回の代替わりの原点につながる新しい資料を日本とアメリカで見つけ出した。そこから見えてくる歴代天皇の姿とは・・。初公開となる歴史資料から代替わりと改元の原点に迫る。・・・
http://www.tbs.co.jp/houtoku/onair/20190504_1_1.html#

日本でも総力戦研究所で米国研究をしていたが、米国の研究とはその質と量及び研究範囲も違い、研究成果を受け取る政治家・軍人の指導層の能力の差があり過ぎたと言って良い。

結論は「日本必敗」///開戦前に存在した「奇跡の組織」総力戦研究所とは?
(HUFFPOST)
https://www.huffingtonpost.jp/kazuhiko-iimura/japan_failure_b_17694998.html
総力戦研究所(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%8F%E5%8A%9B%E6%88%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80

HUFFPOSTで書かれているように、総力戦研究所での対米戦争の結論は、【日本が必ず負ける】というものだった。当時の日本の指導者連中は、この結論を無視した。科学的合理的研究成果より、当時の政府・軍内部の人間関係を忖度し、結論が出された。如何にも日本的な意思決定経過である。

実は、わたしの学生時代の研究室の教授は、この総力戦研究所に勤務していて、彼が時折無念そうに当時の軍部を批判するのを聞かされていた。だから、わたしには総力戦研究所と言う名前は、かなりなじみのある名前だった。

それはさておき、当時の米国の日本研究者たちの日本研究は、レベルが非常に高かった。天皇制の研究もそうだが、日本文化の研究や日本人研究も非常に優れていた。

のちに、日本大使になり日本人に愛されたライシャワーもそうだった。(ただ、彼が日本人をどう見、どう戦略を組み立てたかについては、上記の加藤氏の論文に詳しい。彼もまた日本を冷厳と見下す占領国の官僚だったと言って良い)

その他、人口に膾炙したものに、ルース・ベネディクトの「菊と刀」がある。

※米国発・日本人論の元祖「菊と刀」とは? 「ここがヘンだよ日本人」を真面目に描いた必読の一冊
https://bushoojapan.com/tomorrow/2015/12/28/66251

私見だが、こういう研究をきちんと評価し、それを占領支配や占領行政に役立てるなどという芸当は、ファッショ体制の国家ではできない。

よく観察すれば、当時の東条政権も現在の安倍政権も論理性・合理性・科学性・国際性が欠如し、都合の悪い真実に目をつぶり、精神性だけを強調する点では全く同じ。

現在の安倍政権下の統計資料不正問題、記録を残さない、不都合なものは隠蔽する(黒塗り)、言い換える、真正面から答えない。真実に対してきわめて不誠実。こういう国家をファシズムという。こういう姿勢の国家に、ルース・ベネディクトのような真面目な研究を評価し、役立てるなどと言う発想は皆無だろう。

このような研究の素晴らしさを認識できる知性がない。知性がないから、研究の成果をどう利用するかなどという発想は出てこない。

これ一つ見ても、現在の日本の劣化は明らかであり、太平洋戦争勃発前の指導部のレベルの低さとほとんど大差はない。

(2)天皇制とは何か 

実は国民の大多数が「天皇制を意識し始めるのは、明治(近代)になってからである。天皇制それ自体は、古代から連綿と続いてきているが、それほど国民の身近な存在ではなかった。

江戸時代の終わりまで天皇は、京都(御所)で暮らしていて、外出もほとんどしていなかった。「行幸」などと言う言葉が残っているが、滅多にないから「行幸」なのである。

現在の天皇制の形態は明治以降のものである。幕府打倒の錦の御旗として、天皇を担ぎ出した薩長藩閥政府の庇護のもと、現在のような形態が作り出された。天皇の担ぎ出しは、尊王攘夷思想の帰結だった。

まず、天皇が全国を巡りはじめた。天皇を国民動員のツールとして利用し始めたのである。

江戸時代は、藩を中心とした地方分権国家。明治になってこれが中央集権国家へと変貌していく。その場合、国家や国民を統合するシンボルが必要になる。それが、天皇と言うわけである。

だから、江戸時代には考えられなかった天皇の全国への行幸。それに、国民を動員し、日本と言う国を意識させる。これが江戸時代とは違う明治と言う国家の形なのである。

さらに、教育現場で教育勅語が制定され、天皇中心の歴史教育が徹底され始め、天皇神格化が始まった。

一つは、【ご真影】。すべての儀式で使用された。⇒写真を加工して作成
一つは教育勅語の暗記。

教育現場で働いていると、【音読】の効果がいかに大きいかを痛感する。

「だんだん良くなる法華の太鼓」という言葉がある。日蓮宗の信者は、毎朝毎朝うちわ太鼓をたたいてお経をあげる。はじめはお経も下手糞。太鼓の音もやかましく騒音以外の何物でもない。ところが、そのうちにお経も上手になり、うちわ太鼓の音も澄んだ音になり、聞いて心地よくなる。何事も「習うより慣れよ」の典型だろう。

これと同様な事が教育勅語の音読にも言える。教育勅語の難解な漢字や意味もよく理解できないけれど、毎日毎日音読すると、何となく身体に染み入る。一種の「洗脳教育」だが、これが、戦前の教育の一つの柱になっている。森友学園の幼稚園で行われていた教育勅語の音読を思い出してほしい。あれが戦前型教育の一つの典型である。

もう一つは儀式。儀式は形式を徹底的に重視し、能う限り荘厳に行う。参加者全員が極度の緊張の中で儀式を行う事に意味がある。これが、権威を重んじる精神の涵養に役立つ。よく周りを見てほしいが、こういう儀式が大好きなのが、いわゆる右派連中に多いのは偶然ではない。

戦前、卒業式などの儀式で、ご真影の前で、校長が白手袋をして、恭しく、教育勅語を朗読する。読み間違えなどしたら大変である、校長の首が飛んだ例もある。こんな姿を小学校・中学校で見ている子供たちには、知らず知らず天皇の権威が教え込まれるのである。

・・・「4月30日、「退位礼正殿の儀」で、安倍晋三首相はおそらく歴史に残る大失言をしてしまった。それが起きたのは「国民代表の辞」のほぼ末尾だ。
「天皇、皇后両陛下には末永くお健やかであらせられますことを願っていません。
 これでは、国民の大多数の願いとは全く逆だ。」・・・(アエラ)

「願って已みません」と原稿に書かれていたのを、願ってやみません、と読めなかったようだ。お粗末と言う以外ない。戦前なら一発で総辞職ものだろう。戦前が好きな割には、そういう非礼には鈍感なようだ。

さらに言うなら、これだけの儀式での挨拶。事前に何度も練習しておくのが普通。わたしのようなものでも、卒業式で生徒の名前を読み間違えないようどれだけ練習したか。日の丸とか国歌とか儀式大好き人間のわりには、何ともお粗末と言わざるを得ない。

ともあれ、【君民一体】が戦前の天皇制の原点。この原則で全ての事柄が執り行われてきた。この原則は、戦後の天皇制でも変わることなく継承されている。

ただ明仁天皇の行幸は、明治・大正・昭和天皇のそれとは、明らかに性格を異にする。

たしか、「男はつらいよ」だったと記憶しているが、戦前の思い出話をする親父さんが、「天皇陛下が来られたのでお迎えに動員された。お姿を見たら目がつぶれる、などと脅されたので、じっと頭を下げていたら、天皇陛下がいつのまにか通り過ぎていた。ただ、頭を下げた記憶だけが残っている」という趣旨の話をしていた。映画の中の話だが、実はこの種の話は全国に転がっている。これが戦前の行幸である。

昭和天皇の場合、20年以降の行幸は、戦前とはかなり違っていたようだが、それでもただ手を振る程度で、民衆とは一線を画した畏れ多い存在としての振る舞いを逸脱する事はなかった。

明仁天皇は、このスタイルを根底から変更した。災害地慰問の時など、ひざまずき、被災者と同じ目線で話かけられた。

天皇を神として祭り上げようという戦前型天皇制論者からすれば、とても容認できる天皇の姿ではなく、当初はかなり激しい抵抗があったと聞く。それでも明仁天皇は、このスタイルを貫いてこられた。

このスタイルこそ、明仁天皇が考え抜かれたうえで、具現化された【象徴天皇】の姿だった。

以前にも何度か紹介したが、「世の中のありとあらゆる不幸はすべてわたしのせいなのよ」という存在を持つ国は、世界中にあまりない。あるとしたらそれは宗教というのが一般的。そういう意味で、天皇制と宗教とは紙一重の存在だと思う。

戦前の天皇制は、この「宗教」の側面を強調した。ところが、米国は、この天皇制の持つ「宗教性」を極力薄め、「制度として天皇制」を創出したのである。米国は当然日本の教育(教育勅語に基づく教育)の解体も視野に入れていた。一般的には民主化と呼ばれるものだが、米国の発想は、さらに視野が広く深かったと言わざるを得ない。

米国の狙いは、こうである。【制度としての天皇制】だから、天皇は憲法(法)の下の存在になる。つまり、神の存在ではなく、法の下の存在として位置づけられたのである。法治国家の原則を例外なく天皇にも適用したのである。こうして、民主化の第一原則である【法治国家】を実現した。

明仁天皇は、この原則(日本国憲法の遵守)を如何にして具現化し、皇室を永続化させるか、にそれこそ天皇としてのレーゾンデートルを賭けた。

哲学者内田樹は、その行為を「鎮魂」と「慰藉」だと定義している。彼は以下のようにいう。

・・「ここでの「鎮魂」とは先の大戦で斃れた人々の霊を鎮めるための祈りのことです。陛下は実際に死者がそこで息絶えた現場まで足を運び、その土に膝をついて祈りを捧げてきました。もう一つの慰藉とは「時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うこと」と「お言葉」では表現されていますが、さまざまな災害の被災者を訪れ、同じように床に膝をついて、傷ついた生者たちに慰めの言葉をかけることを指しています。
死者たち、傷ついた人たちのかたわらにあること、つまり「共苦すること(コンパッション)」を陛下は象徴天皇の果たすべき「象徴的行為」と定義したわけです。」・・・

わたしは、象徴天皇の果たすべき【象徴的行為】=「共苦」(コンバッション)という定義に感心させられた。見事と言うほかない。

「万世一系」と称される長い天皇家の歴史の中で天皇が天皇であり続ける所以は、担がれる神輿として最適な存在であり続けたという以外、見当たらない。担がれるには担がれる理由があり、それは、天皇家が時の政治権力(世俗権力)から超越的な存在であった点に求められる。

この点が西欧の王権と決定的に違う。天皇家は「権威」の代表者であっても、【武力】の代表者ではない。西欧の王権は、【権威】と【武力】を兼ね備えている。ところが、天皇制は、「権威」のみだと言って良い。天皇制が武力も兼ね備えた王権的支配を持った時代は、ほんの短い一時期に限られ、あとは武力支配からは遠い存在だった。だから、時代の転換に遭遇しても、革命的打倒の対象にならなかった。

しかし、今回の改元騒ぎで明確になったように、天皇制は「時間」を支配していると言える。明治、大正、昭和、平成、令和と言う具合に、時代の区切りを司る、と言う事は、時間を支配していると言って良い。

さらに、天皇の行幸の範囲は、日本国中に及ぶ。その先々で、熱烈な歓迎を受ける、と言う事は、日本と言う空間支配にも影響力を行使している。

王権というのは、空間支配も自らの権力が及ぶ範囲に限定される。同時に、その権威も武力も現世的と言って良い。だから、自らの権力が衰えれば、次の覇者に追い落とされるか、民衆によって追い落とされる運命にある。ところが、日本の天皇制は、鎌倉時代の「承久の乱」以外に、そのような形をとった事はない。承久の乱でも、天皇家は存続している。

これは何故なのか。天皇制がなぜ長続きをしているのか。明快な回答が出しにくい。

このように子細に天皇制存続の理由を探したり、その存在理由を明確化しようとしても、これぞという答えは見つからない。

天皇制の内実を問うと常にこの問題に行き当たる。西谷啓治が「近代の超克」で「無の哲学」と書き、ロラン・バルトが「空虚な中心」と述べ、柄谷行人が「ゼロ記号」と定義したのも同様な理由からであろう。

特にロラン・バルトが首都東京の中心に【空虚な空間=皇居】があると書いているのは、きわめて示唆的である。

近代的都市の代表格である東京のど真ん中に緑に囲まれた広大な空間(皇居=旧江戸城)がなぜ存在しているのか。そんなものがあるだけで、東京の交通も土地事情も大変難しくなる。ここを取っ払って開発すれば、東京の交通事情も土地事情も格段によくなるはずだろう。バルトがそう考えたかどうか知らないが、合理的・科学的・論理的に考えれば、そうなる。

誰でもそう考える事がなぜできない。そこに天皇家が住んでいるからだろうか。戦前で言えば、日本の中心権力がそこにあるからだろうか。近代的合理主義的考え方が全く通用しない【空間】がそこに存在している。

これをどう見るか。ロラン・バルトには、【空虚な空間】として視えた。天皇制否定論者には、文字通りの「空虚=からっぽ」としてしか見えなかった。

明仁天皇の「象徴天皇」への旅路は、これに対する一つの答えであろう。「無」とか「ゼロ記号」で【空虚】だからこそ、「鎮魂」と「慰藉」の旅が本物になる。現世の権力とは別物の「権威」だからこそ、「鎮魂」と「慰藉」=【共苦】の想いが受ける側の心に染み入る。「無」である事の強さを最大限に活用したのが、明仁天皇の「鎮魂」と「慰藉」の旅だったとわたしは考えている。

だから、戦前型の天皇主義者たちが、国民の前で膝まずいて話をする天皇を批判しても、そのスタイルを貫き通したと思う。「鎮魂」と「慰藉」に天皇制存続の活路を見つけようとしたのだろうと推測している。

私自身は、【空虚】とか【無】それ自体に価値があると考えている。日本文化の中にある合理性だけでは割り切れない「人のやさしさ」とか「損を承知で行動する無償の行為」などは、人の人生を【空】とか【無】であるという認識があるからこそ世間的利害を超えた行動ができるのだと思う。

難しい禅の教えを持ち出すまでもない。葬儀の時の般若心経を思い出せばよい。【色即是空 空即是色!】日本人の心の中にこの感覚があるからこそ、天皇制の【無】とか【空虚】が受け入れられるのだと思う。

建物もそうだが、無駄な空間があるからこそ、人は落ち着ける。わたしのような田舎者は、現代的建築の無駄のない消毒されたような空間は、落ち着かなくてそわそわする。多少の汚れや無駄な空間があればほっとする。

都市空間も同じで、わたしは上京するたび、東京と言う町は、緑の豊かな街だという印象を強く持っている。皇居もそうだが、新宿御苑を初めとして東京には素晴らしい公園が目白押し。近代合理主義からすれば、きわめて不合理な土地利用かもしれないが、これが東京に住み人にとってきわめて重要な場所になっている。そしてそれが東京と言う都市の魅力の一つである事は間違いない。

わたしは、明仁天皇の「象徴的行為」としての「鎮魂」と「慰藉」の旅は、国民に東京の緑豊かな公園的役割を果たしてきたと思う。現世的権力から可能な限り遠ざかる事により、逆説的に現世を生きる国民たちに生きる希望を与え続けることができたのであろう。

一つだけ難癖をつければ、天皇の象徴的行為が素晴らしければ素晴らしいほど、現世の権力者である安倍政権の悪行が薄められる。国民の側からすれば、安倍政権の悪行に我慢の限界を感じていても、天皇ご夫妻の「鎮魂」と「慰藉」の訪れを受ければ、その怒りもいくばくかは消え去る。

天皇の象徴的行為は素晴らしいが、素晴らしければ素晴らしいほど、国民の怒りが政権打倒のエネルギーにつながりにくくなる。この矛盾は如何ともしがたい。

安倍政権と明仁天皇との確執は人も知るところだが、私から言わせれば、安倍晋三は天皇に足を向けて寝られない。理由は、安倍政権の悪行三昧に対する国民の怒りを天皇ご夫妻の「鎮魂」と「慰藉」の旅が薄めてくださっているからである。

実は、米国が考えた「象徴天皇制」は、天皇を日本統治の精神的シンボルとして利用する事だった。天皇を平和のシンボルとして変身させることが、日本統治の要だった。

天皇のメタマルファーゼ【変身】は、明仁天皇によって完成した。明仁天皇は、ある意味見事に米国の日本統治の狙いを完成させた、と言って良いかも知れない。

しかし、明仁天皇は、米国の政治的狙いを凌駕した「象徴天皇制」の精神の具現化に成功したのである。それは、平和への願いと「鎮魂」と「慰藉」の旅を続ければ続けるほど、米国の反平和国家としての振る舞いがあぶりだされる結果になるのである。

その象徴的場所が沖縄と広島・長崎であろう。明仁天皇の沖縄訪問の真摯さが語られれば語られるほど、米軍の非道さがあぶり出される結果になる。明仁天皇の「象徴的行為」それ自体が、米国の思惑を超えたのが、平成という時代の一つの結果だったといえる。

最後に、国民の側が天皇制について考えておかねばならないのは、天皇制という制度は、いわば【ブラックホール】のようなもので、敵も味方も全てを飲み込んでしまう力がある。これは、占領国米国の日本通が見逃した天皇制の持つ摩訶不思議な力である。

日本の歴史を見れば一目瞭然だが、歴史の転換点(皆が悩み、苦しみ、迷っている時)には必ず天皇制が不死鳥のように甦ってくる。この度の改元騒動のもう一つの側面は、天皇制が見直され始めたと言う事は、国民が悩み、苦しみ、迷っている事の裏返しである。

だからこそ、令和時代の天皇制を考えるとき、この【無】とか【空虚】とか【ゼロ記号】という発想から出発しなければ、日本にとっての天皇制を考える事にならないと思う。
 
0040 お上に逆らう輩は許さない!(ゴーン氏4度目の逮捕) 流水 04/07 10:55
 
カルロス・ゴーン氏が逮捕された。これで四度目の逮捕である。しかも、保釈中の逮捕劇は異例中の異例。

しかも、これから始まる裁判の反訴資料(無罪資料)まで押収している。これは弁護士の反訴権に対する妨害と取られても致し方がない。(※この資料を読めば、相手がどこに重点を置いて弁護活動を行うかが一目瞭然。裁判が始まる前に知っておけば、裁判を有利に運べることは火を見るより明らか)
弁護士の弘中氏が、とても民主国家とは思えない、と憤っていたが、さもありなんと思う。

口の悪い日刊ゲンダイなどは、無罪資料の強奪がゴーン氏逮捕の狙いではないかと書く始末。郷原信郎氏(元東京地検特捜部で弁護士)は、まるで権力マフィアのやり口だと断じている。
http://www.asyura2.com/19/hasan131/msg/835.html

同じ元東京地検出身の弁護士が、容疑を否認し続けている被告を保釈決定したのが間違いだと言わんばかりのコメントをしていた。(羽鳥のモーニングショー)
とても法治国家の弁護士とは思えないコメント。一言で言えば、裁判所の保釈決定が間違っていたから、東京地検がこんなに強引な手法を採ったと言わんばかりである。

一般の人間の司法理解は、裁判官と検察官と弁護士は、それぞれの役割に応じ、対等な立場で裁判を行うものだと思っている。つまり、裁判官、検察官、弁護士は、正三角形の関係にあると思っている。ところがどうやらそれは間違っているらしい。

裁判所と検察の人事交流(いわゆる判検交流という)は、平成29年まで行われていた。
http://yamanaka-bengoshi.jp/saibankan/裁判官と検察官の人事交流%EF%BC%88平成%E
F%BC%92%EF%BC%90年から平成/


・・刑事裁判の法廷で論争を繰り広げる検察官と弁護士。裁判官は両者を公平に扱うのが建前だが、裁判官と検察官は役人同士であり、密接な関係にあるのが実態だ。そのため、裁判官は弁護士よりも検察官を優遇しているとの見方がある。今回は裁判官による検察官の優遇をうかがわせる事例を紹介する・・・

・・・刑事裁判でも最後に判決公判が開かれ、裁判官が判決を言い渡します。しかし、必ずしもこの時点で判決文が出来上がっている必要はなく、裁判官は自身の手控えやメモで「判決の骨子」を言い渡すことがあります。被告人の弁護人や検察官は一定の期間を経てから判決謄本を取り寄せることができるようになります。

最近、ある裁判に現職の検事が出廷し、かつて担当した複数の裁判で、判決公判後に判決の原稿を裁判所から提供されたと証言しました。弁護人に同じタイミングで判決の原稿は提供されず、裁判所は不当に検察だけを優遇していたことになります。こうした慣例の存在は指摘されていましたが、当事者が正式に認めるのは初めてです。・・

裁判官と検察の密接な関係 しらかば法律事務所
http://www.potato.ne.jp/shirakaba/hkeizai/92.html

元東京地検出身弁護士の高飛車な物言いは、この「判検交流」が背景にあると考えられる。おそらく、裁判所よりも検察の力が強いのだろう。裁判所は、検察の言う事を聞いておけばよい、と言わんばかりの物言いだった。

この力関係は、戦前の裁判でも同様だった。それだけではない。世界の独裁国家を見ていると、検察・警察に検挙された人間(反体制運動家は特に)の大半は有罪になり、処刑されるか、収監される。このメカニズムは万国共通である。

そして、このメカニズムが目立ち始めると、その国家はファシズム的独裁国家への道を歩み始めた、と認定できる。

「判検交流」は、体制側にとってきわめて都合の良い制度だと言わざるを得ない。起訴する側と裁く側が一体感を持ち、癒着すれば、それは有罪率99%になるわけである。裁判官の独立性など絵に描いた餅になる。

大学時代、わたしの下宿は司法試験の受験生のたまり場だった。下宿生6人のうち、司法試験受験生が4人もおり、毎晩のように激しい司法論争が繰り広げられていた。下宿屋のおばさんの息子も裁判官で、司法関係者の内輪話をよく聞かされた。司法関係者(特に裁判官や検察官)の交友関係は狭く、ほとんど司法関係者に限定されていると聞いた。飲み屋さんも限定されており、食事場所も決まっているそうである。

当然と言えば当然で、司法関係者以外の人とあまり交流を深めると、彼らがいつ裁判の当事者になるか分からない。さらにどこで情報漏洩するか分からない。そうなると、大変困る事になる。その為、どうしても、交流範囲や出入りする場所が限定されるのである。

こういう条件がある上の「判検交流」である。裁判所と検察の一体感がさらに増すのも理解できる。

さらに付言すると、司法関係者のエリート意識である。最難関とされる司法試験を突破したエリート連中で、さらに検察官は、人を「逮捕」し、身柄を【拘留】する。裁判官は、罪障を【裁き】、刑罰を【決定する】(死刑も含む)権限を持っている。彼らは、【国家権力】そのものの存在である。

エリート意識を持つなと言う方が無理で、彼らが自らを国民たちとは違う存在だと意識しても無理はない。とするならば、彼らにある種の仲間意識(連帯意識)が生じるのも無理はないと言える。

カルロス・ゴーンン被告の逮捕劇を見ていると、いったん国家権力に睨まれた人間は、とことん追い詰められるという恐怖心を覚える。彼は外国人。しかも、ルノーや日産の最高権力者。社会的地位は最高クラスだと言って良い。一般の日本人とは、自ずと扱いが違う。ましてや、国連や外国から「人質司法」の批判を受けている日本である。ゴーン氏の扱いは慎重にならざるを得ない。

それでも、東京地検は、保釈中の逮捕と言うきわめて異例で、無慈悲で、冷酷な権力を行使した。ゴーン氏の心中を推し量れば、この逮捕が如何に冷酷なものかが想像できる。

長期間の拘留は、精神的にも肉体的にもきわめて苛酷(特に冬場)。ゴーン氏は、保釈された時には心底ほっとしたに違いない。保釈条件が窮屈とはいえ、拘置所に比べれば天国と地獄。さらに拘置所内では、番号で呼ばれ、人間扱いをされていなかったはず。彼のような立場の人間にとって、これほど屈辱的なことはない。

この屈辱的な状況から脱出できただけでも、ゴーン氏にとっては娑婆は天国だったに違いない。この日常を断ち切られるのである。精神的に強い人でも、これはこたえる。ゴーン氏にとって今回の逮捕は、前回などとは比較にならないくらいショックだったろう。

これは高齢にならないと理解できないが、おそらく逮捕されて初めて、ゴーン氏は、自らの年齢と向き合ったと思える。自らの肉体的衰えと初めて向き合ったのではないか、と想像している。自らの衰えた肉体に本当に腹が立つ。再逮捕、再拘留は、もう一度これを繰り返す事を意味する。肉体的苦痛以上の精神的苦痛をもう一度味合う事になるのである。これは辛い。

ゴーン氏でもこのような扱いを受ける。何もない、普通の日本国民に対する権力行使は、さらに無慈悲な扱いになるだろうと想像できる。

ゴーン逮捕の狙いは他にもある。それは、被告人の「口封じ」である。

TVに出ている検察(東京地検特捜部)OBの弁護士たちは、そんな事は決してないと否定するが、そんな事はない。特捜部はこれまでも、不当逮捕を主張する容疑者や自分たちの不正を告発しようとする人物を恣意的に逮捕してきた。

その典型が2002年に起きた三井環事件だ。当時、大阪高検公安部長という要職にあった三井環氏を、大阪地検特捜部が詐欺などの容疑で逮捕した事件だが、検察が身内の検事、しかも高検幹部を逮捕したのには裏があった。実は、三井氏は、検察の裏金づくりという不正を実名告発する準備を進めていたのだ。・・・リテラ
https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_4645/

三井環事件については、ウィキぺディアでも書いている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%BA%95%E7%92%B0%E4%BA%8B%E4%BB%B6

その他、検察の口封じをうかがわせる事例には、森友事件の籠池夫妻の長期拘留もある。

リテラでも指摘されているが、検察の長期拘留は、基本的に「口封じ」だと考えられる。

長期間拘留の間、事件に対する情報は、全て検察がコントロールできる。逮捕拘留された人間の情報がメディアに出るときがある。それは全て検察(警察)のリーク情報だと考えて間違いない。こうした世論工作が成功し、逮捕拘留した人間の人格破壊が成功し、その社会的影響力が激減した後釈放すれば、逮捕拘留された人間の社会的地位もなくなり、その影響力もなくなる。しかも、この状況は裁判に大きく影響する。特に、裁判員裁判になったので、特に大きな影響を与える。

ゴーン氏を見れば良く分かるが、彼は、日産でもルノーでも居場所がなくなっている。反論したくても、長期拘留されたら、何一つ反論できない。東京地検に逮捕されたら最後、社会的地位も社会的信用も全て失う、という図式こそ、【検察の権威そのものの象徴】なのである。

こういう姿を見れば、普通の人は、検察、特に東京地検に逆らおうなどと言う気持ちは起きなくなる。すぐ「恐れ入りました」と言いたくなる。これが、今回の逮捕劇で「国民心理の萎縮効果」を狙う東京地検の目的だろう。

しかし、視点を変えれば、今回の再逮捕劇。東京地検特捜部の焦りの表れとも見える。

もし、ゴーン氏に対する嫌疑がきちんと立証できず、裁判で有罪を勝ち取れなかった場合、検察の権威は地に堕ちる。おそらく、二度と立ち直れないほどのダメージを受けるに違いない。

それはそうだろう。ゴーン氏の犯罪事実すらきわめて薄弱。しかも、会社組織が関与していたものを、ゴーン氏個人に責任を負わすことが正当化できるのか。保釈も認めずに100日余り拘留し、大金(10億円)を払わせてやっと保釈を認めたにも関わらず、またぞろ逮捕する。これぞ、人質司法の面目躍如。

それでいて、犯罪を明確に立証できなかったら、東京地検特捜部の連中は、何をやっていたかと言う話になる。それこそ、「東京地検無能部」ではないか。これで地検特捜部が持つとは考えられない。

しかも、これまでの地検特捜部のレーゾンデートルだった政治がらみ案件はことごとく捜査に着手する事さえしなかった。これまでの特捜部のありようで、信頼も権威も地に堕ちているのである。

これでゴーン氏の有罪を立証できなかったら、存在意義そのものが問われるのは当然である。

ゴーン逮捕に合わせるかのように、ピエール瀧被告が保釈された。「恐れ入りました」とお上に平伏すれば、情状酌量。お上に逆らえば、何度でも逮捕拘留。これほど分かりやすい国民教育はない。

おまけに、「安倍・麻生道路」疑惑に火を付けた塚田国交副大臣は辞任。一つ間違えれば、内閣のスキャンダルに火が付く案件のメディア報道を抑えた。

現在の日本の政治状況とメディア状況を考えれば、全ての司法案件は、政治案件であると考えたほうが良い。

外国メディアが報じた、【令和】=「Order & Peace」 という元号の意味通りの政治状況が醸成されつつある。
 
0039 新元号狂騒曲! 流水 04/02 20:54
 
相変わらずのメディアのバカ騒ぎである。特にNHKのはしゃぎ方は、狂ったとしか思えない。半日以上、元号騒ぎを放送し続けた。公共放送の矜持などどこにもない。わたしは、あほらしくて見る気もしなかった。

ところが、リテラを読んでいると、NHKの岩田記者は、事前に【令和】という元号を知っていたとしか思えないコメントをしていたようだ。

・・「菅義偉官房長官が新元号を「令和」と発表した直後のこと。岩田記者は、こんな解説をはじめたのだ。

「この令和の『令』というのは、良いとか立派なという意味があります。たとえば嘉辰令月ですとか、そういう言葉にも使われるように、良い意味があると。また、『和』は穏やかで暖かい、また争いのないという意味が込められています。想像なんですけども、これまで安倍総理大臣、よく色紙に書を求められますと『和を以って尊しとなす』という字を書いておりましたので、『和』という文字にはもしかするとこだわりがあったかもしれません」・・・(中略)・・・「「ただ、安倍総理大臣がどういった思いを寄せたのか、それはひとりひとり、個人個人が夢や希望を託せる時代にしたいというこの将来の希望から過去の古典に遡って考え方というものを手繰り寄せたということがにじみ出るのではないかと」

ご存じの通り、安倍首相はその後おこなった会見で、「見事に咲き誇る梅の花のように、ひとりひとりの日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたいとの願いを込め、『令和』に決定いたしました」と発言した。

ようするに、岩田記者による「ひとりひとり、個人個人が夢や希望を託せる時代に」という解説とほとんど一緒だったのだ。・・・リテラ https://lite-ra.com/2019/04/post-4639.html

報道によると、政府が、「元号に関する懇談会」に示した他の元号案は、以下の通り。
「令和」「英弘」「久化」「広至」「万和」「万保」
その一つ一つについて、根拠出典を示し、その意味付けをしようと思うなら、相当勉強しなければならない。

「令和」という発表を聞いた直後に、その意味をぺらぺら解説できるほどの学識を持っている人など、そんなにいるはずがない。岩田記者は政治部。余人に優れた漢籍や日本古典に対する学識があるとは思えない。

しかも、典拠の古典が万葉集。それも、歌ではなく、その前文。誰がどう考えても、発表を聞いた直後に解説できるはずがない。

典拠した万葉集の解説文を書いておこう。

初春令月 気温風和 梅披鏡前之粉、薫風珮後之香

この中の令月の令 風和の和から「令和」という元号を取っている。

考えられる合理的説明は、岩田記者は事前に令和という元号を知っていた。そして、その意味も説明を受けて、知っていたのだろう。だから、安倍総理の説明内容も知っていた。政治部記者が、朝から晩まで元号の解釈や意味を解説できたのもそれで説明できる。

問題は、元号発表などという政治ショーに仕立て上げた安倍内閣の「皇室の政治利用」をきちんと指摘したメディアが皆無に近い、という戦慄すべき事実だろう。

そもそも元号とは何か、がほとんど議論されていない。

●元号とは何か。
日本を含むアジア東部(特に中国の影響)における紀年法の一種。
特定の年代につけられる称号。
基本的には年を単位とするが、改元は年度途中でも行われる。
日本では明治以降、一世一元制が定着。元号が法的用語になる。

このように元号は有限のシステム。その本質は、君主が空間だけでなく、時間まで支配するという思想に基づいて行われている。※正朝を奉ずる⇒天子の定めた元号と暦法を用いる⇒王様への服従の要件
・・・・・ウィキペディア 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%8F%B7

その本質から考えれば、元号を定める事は、君主制を認める事であり、その元号を使う事は、君主(天子)への服従を意味している。とすれば、法の下の平等を基本とした日本国憲法の精神に反しているとも考えられる。

元号制定それ自体が、憲法違反だという意見もあるくらいで、メディアはそういう元号の本質を踏まえた論議を行うべきであろう。

一言で言えば、支配者に「空間」だけでなく「時間」までコントロールされても良いのか、という問題である。

さらに問題なのは、安倍内閣による元号制定の危うさ、と元号制定の政治利用(これは天皇の政治利用につながる)の危うさである。

歴史学者保坂正康氏は、元号制定時に考えるべき問題を以下のように書いている。

・・・1つは句読点と同じ役割があり、時代が息継ぎをするのに必要だということになる。もう1つは、天皇を意識することにより、この国の歴史をさまざまな局面からわかってくることだ。歴史を俯瞰した時に、何を継承すべきか、あるいは継承すべきでないかもおのずから判断できる。

 新しい元号が決まったのを機に、私たちは天皇(制)と政治権力との関係、天皇と国民の在り方を冷静に考えてみるべきであろう。天皇(制)を政治権力が利用した時にどのような時代になるか、それは昭和10年代、軍事がいかに暴威を振るったかを見れば
容易にわかることだ。・・・(日刊ゲンダイ)
 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/250908


保坂氏の指摘は重要である。改元を機に、天皇制と政治権力との関係、天皇と国民のあり方の問題を考える、と言うことが、最低限のメディアの役割である。

昨年、わたしも何度か象徴天皇制について投稿したが、天皇の政治利用は絶対に阻止しなくてはならないと考えている。

昨日の改元狂騒曲とNHK岩田記者に代表されるメディア利用を考えると、日本会議を中心とする右派勢力による戦前型天皇制利用が始まったと言わざるを得ない。

平成天皇の「象徴天皇制へのこだわり」と平和憲法を順守する頑ななまでの信念こそが、戦前型天皇制利用を目指す右派連中にとって目の上のたんこぶ的存在だった。わたしたち国民は、平成天皇のご退位を機に、もう一度天皇制と国家権力の関係、天皇制と国民のあり方について考え直す必要がある。

私個人の元号に対する考え方を言えば、元号という制度は、日本の歴史で絶えることなく使われてきたものなので、完全否定をする必要はないと考えている。保坂氏の言う【時代の句読点】的意味を認めている。

ただし、行政機関が国民に元号使用を強制的に強いる必要はないと考えている。国民が役所に提供する文書などは西暦で良いと考える。

外務省が西暦使用の急先鋒だそうだが、グローバル時代に生きるという意味を考えるなら、行政機関での元号使用を廃止すべきだと考えている。

その上で、個人の元号使用は、本人の自由意志で行えばよいと思う。極端に言えば、本人の嗜好の問題という程度の重さで元号を考えれば、こんなバカ騒ぎは起こらないはずである。
 
0038 新元号について思う事 パンドラ 04/02 09:47
 
「皆が待ちに待っていた新元号が決まりました!」
という掛け声と共にマスコミの新元号フイーバーが昨日から続いている。
私…別に待ちに待ってなんかいなかったんですけど。
テレビは相変わらず都心の電光掲示板に集まる人々を撮してしる。
「冷和」という元号に賛美する人々。中には涙ぐむひともいて…。

大事なのは「元号」という記号よりその時代の中身ではないかと思うのだが。
そんな意見は一つも聞かれなかった。
4月には色々な食材とか上がるし、10月には消費税も上がる予定。
お給料、年金は物価上昇を考えると実質的には下がるばかり。
平成から続いている問題は何一つ解決していないのに。

これを書いている今、オスプレイが伊丹空港に緊急着陸したとテレビのニュースは伝えている。住宅密集地を飛んでいたという。
「日本の誇りとか普段言っている人達はこういう問題には何故口をつぐむのだろう」
と青木理さんが言っていた。これは「日米地位協定」により日本の空に関しては日本には主権がなく沖縄県はその不平等を常に押し付けられている。

記号に過ぎない元号は「冷静」にすればよかった。日本の市民は
「冷和」にはしゃぐのではなく頭を冷やして「冷静」に考える必要があるのではないか
 
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